↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR

季節のト音記号

夏のト音記号

作者: 銘尾 友朗
掲載日:2018/12/03


 これは、とても、とても、とても、遠(とお)い昔のお話かもしれませんし、つい最近(さいきん)のお話かもしれません。


 そして、とても、とても、とても、遠(とお)い街(まち)でのお話かもしれませんし、すぐ近(ちか)くの街(まち)でのお話かもしれません。



 なんども、なんども、たくさんの雨が降(ふ)ると、森や街(まち)がうるおってきます。雨水(あまみず)は川へと流(なが)れこみ、やがて、海(うみ)へたどりつきます。その、川と海の水がぶつかるときの水しぶきから、夏(なつ)の妖精(ようせい)は生まれてくるのです。


 夏の妖精は生まれてくると、体についた水滴(すいてき)を払(はら)おうと、空中(くうちゅう)をくるくるっとまわります。そして、お日さまの光を浴(あ)びながら体をのばします。


「さあ! ここから大いそがしだぞ!」


 あわてんぼうのラファルが言(い)いました。


「なに分かりきってることを、いばっているんだよ」


 口のわるいルネートが、いじわるを言います。二人はいつも張(は)りあいたがるのです。


「ねえねえ、どうしてお月さまは、昼間(ひるま)は白いのかなぁ」


 思(おも)ったことを、すぐにおしゃべりしたくなるエトマが言いました。


「今(いま)話(はな)すことか? それ」


 おこりんぼのシャルウが言いました。


「うわぁ、きれいな貝(かい)がらだねぇ。あっちにもありそう!」


 いつも、すぐにどこかへ行こうとする、ニュージュが飛(と)び上がろうとします。


「まって! ニュージュ!!」


 シェノエレはのんびりやなのですが、急(いそ)いでニュージュを止めました。


 シェノエレとニュージュの二人が、皆(みんな)の方をむくと、ラファルとルネートは今にもケンカしそうに、頬(ほほ)をふくらませています。おしゃべりエトマは泣(な)きそうな顔(かお)をしていて、シャルウは怒(おこ)り顔(がお)をしています。


「ぼくたちは、海のおくまで飛(と)ばなきゃいけないんだから、ケンカはやめようよ」


 と、シェノエレが言うと、「そうだよ、こんなときは海をみるのさ」と、エトマがのんびりと、調子(ちょうし)外(はず)れなことを言いました。


 けれどこれは、良いアイディアでした。皆で海をながめて、何度(なんど)もおこる波しぶきを見て深呼吸(しんこきゅう)をすると、いらいらした気持(きも)ちがおちついてきたのでした。


 シェノエレは、『みんな、これからやらなくちゃいけないことを考(かんが)えて、気持(きも)ちがソワソワしたり、心配(しんぱい)したりしているのかもしれないな』、と思いました。



「いつまで海をながめていればいい?」


 深呼吸(しんこきゅう)を十回ほどくり返(かえ)すと、ラファルが言いました。


「とりあえず行こうよ」


 ニュージュも言います。二人とも、じっとしているのがイヤなのです。


「そうだな。回遊魚(かいゆうぎょ)をさがしに、海のおくへ行くんだから、もう行こうぜ」


 ルネートも言いました。


 それで、海のおくへ行くために、皆は砂浜(すなはま)から飛び上がりました。


 お日さまは、まだ午前中(ごぜんちゅう)だというのにぎらぎら光(ひか)って、妖精たちの背中(せなか)をジリジリとあつくさせます。これには妖精たちも参(まい)ってしまいました。


「ねえ! ちょっと海(うみ)につかって、体(からだ)をひやそうよ!」


 しばらく飛んでいると、ニュージュがさわぎました。


「うんうん。それか、カモメさんたちの足に、つかまらせてもらおうよ」


 エトマも泣(な)き言(ごと)を言います。


「なさけないなぁ、オレたちは夏(なつ)の妖精だぞ! あつさにつよいんだぞ。そんなの、かっこわるいじゃないか」


 ルネートはそう言いつつも、汗(あせ)びっしょりです。シャルウはだまっていますが、なんだか機嫌(きげん)がわるそうに見えます。


 背中(せなか)のあつさにくわえて、お腹(なか)の下の海面(かいめん)のてり返(かえ)しがあるので、かなりなあつさです。シェノエレは、『エトマやニュージュのきもちも分かるなあ』と思いました。


 と、そこへ、だまったままのシャルウが、ニュージュとエトマの間に行き、二人の手をとって力強(ちからづよ)く翅(はね)をうごかしました。


「しょうがないなあ」


 それを見たルネートはニュージュと手をつなぎ、「だれか、そっち」と、ぶっきらぼうに言いました。


 シャルウとルネートは、少し顔(かお)を赤くしています。


 だれかに親切(しんせつ)にすると、なんだかむずがゆく、はずかしいような、それでいてうれしいような気がします。二人は怒(おこ)っているわけではなく、そんな顔をしていたのでした。二人の気持ちが皆(みんな)にも分かったので、のこりの皆も手をつなぎました。


 「ありがとう」ニュージュとエトマが、うれしそうに声をそろえて言いました。


 それからは手をつないだまま、横並(よこなら)びになって飛(と)んで行きました。そんな妖精たちを飛(と)び魚(うお)たちは、おもしろそうに追(お)いかけてくるのでした。



 さて、しばらく飛んでいると、波(なみ)が渦(うず)をまいているところに着(つ)きました。


 いよいよ、妖精たちの仕事(しごと)です。海を泳(およ)いでいる、回遊魚(かいゆうぎょ)をさがさなくてはなりません。


 回遊魚とは、さむい冬(ふゆ)のあいだ、南(みなみ)のあたたかい海に行っていた魚(さかな)たちのことです。季節(きせつ)がうつり、あたたかくなると、生まれ育(そだ)った海へと帰(かえ)ってくるのです。


 魚たちの体はあたたまっていますから、その魚たちを街(まち)へ近づけることで、街は夏(なつ)になっていくのです。


 けれどそのためには、もう一つ、大切(たいせつ)なことがありました。


 妖精たちが回遊魚を街へ近づけるには、魔法(まほう)の杖(つえ)がひつようです。その魔法の杖は、クジラの潮(しお)吹(ふ)きの、水しぶきから作り出すのです。


 でもこれは、それほどたいへんではありません。回遊魚がいるところには、クジラも近(ちか)くにいるものなのです。


「クジラはどこかなあ」


 ラファルがさわぎます。


「シッ! 大きな声(こえ)をだすなよ、魚たちがびっくりして逃(に)げちゃうよ」


 シャルウが小さな声(こえ)で言いました。いつもならシャルウこそ、すぐに大きな声でさわぐのに、この旅(たび)でシャルウも何かを感(かん)じたようでした。


「大丈夫(だいじょうぶ)。魚たちは、ぼくたちのことがめずらしいのか、おとなしくしてくれているよ」


 いつもはいじわるなルネートも、やさしく言いました。


 皆、がんばってあつい中を飛んできたので、それぞれ、みとめあう気持ちになっていたのでした。


 そのときでした。


 とつぜん回遊魚がいっせいに、あちらこちらへ、逃(に)げるかのように泳(およ)ぎ出しました。


 そして、妖精たちの真下(ました)の海に、くらい影(かげ)の塊(かたまり)ができた、と思ったら、それがみるみるうちに海面(かいめん)へ、もり上がって来たのです。


 「うわぁー!」

 

 「なんだ、なんだ!!」

 

 「これって、ひょっとして?」


 妖精たちは口々(くちぐち)にさわぎます。


 海の中からクジラが顔を出したのでした。


「やった! クジラだ!」


「良かった。これで、魔法の杖を作れるね」


「まって! なんだか様子(ようす)が変(へん)だよ」


 クジラはくるしそうに、体をよじっています。


「みんな、あそこを見て!」


 エトマがさけびました。


 皆でエトマが指(ゆび)さしたところを見ると、クジラが潮吹(しおふ)きをする孔(あな)に、なにかがはまっています。


「あれ、なんだろう?」

 

「たいへんだ! きっとくるしいんだよ」

 

「とってあげなくちゃ……」


 そこで皆はクジラに、少しじっとしててくれるようにお願(ねが)いしました。そうっとクジラの背中(せなか)におり、何がはまっているのか見てみることにしました。そこには大きな真珠(しんじゅ)がありました。


「クジラくーん、ぼくたちが真珠(しんじゅ)をひっぱってみるから、せーので、潮(しお)吹(ふ)きをしてみてくれない?」


 シェノエレはクジラに聞こえるように、大きな声でゆっくりと言いました。クジラはかすれた声で、「わかったよ」とこたえました。


「せーのっ」


 大きな真珠(しんじゅ)は海水(かいすい)でぬれていて、つるつるとしていて、つかみようがありません。それにどうやら、孔(あな)にがっちりとおさまっているようで、びくともしませんでした。


「だめだよ。これは逆(ぎゃく)に押(お)したほうがいいよ」


 エトマが言いました。


「じゃあ、何人(なんにん)かで押して、何人かでくすぐってみたらどうかな?」


 ルネートがいたずらっぽく言いました。


「よし、そうしよう! じゃあ、体が大きいシャルウとラファルは真珠に体当(たいあ)たりして。のこりの皆で、クジラくんをくすぐってみよう」


 シェノエレがそう言うと、シャルウとラファルは顔を見あわせ、うなずき、空たかく飛び上がりました。


「じゃ、行くよ!」


 その声に合わせ、のこりの皆もクジラがくすぐったがりそうなところへと飛んでいきました。


「せーの!」


 シャルウとラファルはかけ声が聞(き)こえると、はなたれた矢(や)のように一直線(いっちょくせん)に、真珠(しんじゅ)目がけて飛んで行きました。


 クジラをくすぐっていたシェノエレたちのところに、『どーん』という振動(しんどう)がひびいてきました。そしてすぐに「ダメだー」という、ラファルの声も聞こえました。


 皆、真珠のところへ集(あつ)まりました。どうやら真珠はびくともしなかったようです。


「これ、とれるのかなぁ」


 シェノエレのつぶやきに、ルネートが言いました。


「弱気(よわき)なことを言うなよ。僕たちの杖はともかく、クジラくんが苦(くる)しそうじゃないか。がんばろうよ」


「……そうだな。よし、もう一度(いちど)やってみよう!」


 ラファルが元気(げんき)よく言いました。


「ねえ! ほかの生き物たちにも手(て)伝(つだ)ってもらおうよ。おーーい、だれかぁ、クジラくんをくすぐるのを手伝ってくれないかぁ?」


 エトマの声(こえ)に、波(なみ)がまるでくすくす笑(わら)いをするかのように、さざめきました。


「わっ、見て!」


 海の中からイワシやアジ、タコにイカ、それからエビやカニなどの、たくさんの生き物が、クジラを囲(かこ)むように顔をのぞかせたのです。


 それだけではありません。空にはカモメやウミネコといった、海鳥(うみどり)たちも来てくれました。


 妖精たちは海と空の生き物たちにも、さっきの作戦(さくせん)を伝えました。そして、くすぐったり、真珠にぶつかったりするために、じゅんびをしました。


「せーの!!」

 

 かけ声が空たかくひびくと、シャルウとラファルと海鳥たちは、真珠めがけてもうスピードで突(つ)っこんでいきました。


 シェノエレたちと魚たち、そしてタコ・イカ・カニたちは、クジラのあちらこちらをくすぐりまくりました。


「ふわあっはっはっはーーーーっ」


 クジラの大きな笑い声がひびきわたると、つづけて、さっきのような振動(しんどう)が伝(つた)わってきました。


 そしてついに、すぽーーーーんっと、小気味(こきみ)いい音がひびきわたったのです。


「やったーー!」


「クジラくん、取(と)れたよ、取れたよ!」


 海鳥たちと妖精たちは大喜(おおよろこ)びで、空に向(む)かってジャンプしました。魚たちも楽(たの)しそうに、クジラのまわりをくるくると回っています。


 クジラの口から飛び出した真珠は、一瞬(いっしゅん)だけ波間(なみま)に顔を出すと、日の光をうけてきらめき、それから、ゆっくりと海のそこへしずんでいきました。


 それを、皆でながめました。


「夏の妖精さんたち、どうもありがとう。おかげですっきりしたよ。……さて、お礼(れい)に、潮(しお)吹(ふ)きをしよう。さ、皆あぶないからはなれて」


 クジラはそう言うと、ゆっくりと海にもぐります。そうして体の中にたっぷりと、海水を吸(す)いこみました。


 妖精たちは空に飛び上がり、そのときを待(ま)ちます。


 クジラはゆっくりと海面(かいめん)に背中(せなか)を出すと、「そうれっ」と、潮(しお)吹(ふ)きをしました。それは、とても大きな水しぶきで、上の方には虹(にじ)ができました。


「よし、行こう!」


 妖精たちは虹(にじ)に飛びこむと、くるりと回転(かいてん)しながら、魔法の杖を作りました。


「さあ! 夏(なつ)のト音(とおん)記号(きごう)の魔法(まほう)の時間(じかん)だよ! シャルウが夏のト音記号を書いて!」エトマが言いました。皆も、「それがいい」と言いました。


 おこりんぼのシャルウは本当(ほんとう)はやさしくて、イヤかもしれないことも、何も言わずにがんばってくれていたのです。それが分かったので、夏のはじめの魔法をやってもらいたい、と皆は思ったのでした。


 シャルウは緊張(きんちょう)するような、うれしいような気持ちで、それでいて泣きたいような気持ちになりました。


 なので、黙(だま)ったままうなづいて、それから杖をかまえ、腕(うで)を大きく振(ふ)りながら空たかく飛び上がりました。それから大きく体を動(うご)かしながら、大きな大きなト音記号をかきました。


 ラファルたちもシャルウの側(そば)へ飛び上がり、五線譜(ごせんふ)をかきます。


 そこへ、カモメやウミネコたちが集(あつ)まって、五線譜(ごせんふ)に気ままにとまりました。


 するとそこから、ゆったりとして楽しげな、夏(なつ)の音楽(おんがく)がながれてきました。音楽は日の光にてらされて、キラキラと光りながら、海へ降(ふ)っていきました。


 海の水にひびいた音楽は、まるで『さあ、街(まち)へ夏をとどけに行(い)きましょう』、と言ってるように、魚たちには聞(き)こえました。


 魚たちは顔を見あわせると、バカンスへいくかのように、陽気(ようき)に街(まち)へ向(む)かって泳(およ)いでいきました。


 海のそこでは色とりどりの海草(かいそう)が、魚たちに「行っておいで」とでも言うかのように、やさしくゆらめいていました。



おしまい


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 水しぶきから生まれる夏の妖精、回遊魚が運ぶ夏……イメージが美しく、夏が待ち遠しいような気分になれるお話だと感じました。 [一言] こういうノリ大好きです。宮沢賢治の童話を思い出しつつ読ませ…
[良い点] 物事の正確性を気にし過ぎると、物語が理屈っぽくなってしまうから、面白ければアバウトでもいいと思いますよ。創作ですからね。 アンデルセンも、外国の文化を空想で書いているから、正確ではないとこ…
[良い点] 気持ちがほっとする、そんな優しいお話でした。 真珠を押し込んで口から出す、というのは、斬新なアイデアですね。確かに、あのてっぺんの穴と口はつながっていそうです。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。