僕からの贈り物
「俺さ結婚するんだ」
目の前でそう言って微笑む友人に、火をつけかけたタバコもそのままに俺はそいつを凝視した。何の冗談を言ってるんだこいつは。素直にそう思った。
「どうした? とうとう頭おかしくなったか?」
「違ぇよ。ずっと黙ってたんだけど、半年前から付き合ってる彼女がいるんだ。その彼女と結婚しようと思ってる」
「……はあ」
どう反応するのが正解なのか分からなくて、とりあえずタバコに火をつけた。
「お前さ、今までそんなこと言ってなかったよな?」
「まあ、そんな改まって言うことでも無いかなーと思ってね。会ったら紹介しようと思ってたし」
「ふーん」
「それでさ、親友のお前に頼みたいことがあるんだ」
出たよ。こういう時だけ使ってくる『親友』っていうワード。まあ確かに俺もこいつのことは一番の友人だとは思っているけど、このワードを使ってくる時はろくなことがない。
『親友』の俺に対して、そんな大事なことも教えてくれていなかったのにいきなり頼みがあるって……。イラッとした俺は、わざとらしく煙草の煙を奴の顔面に吹きかけた。一瞬、顔をしかめたが、またすぐに得意気な表情に戻る。
「そう怒るなって。親友のお前にしか頼めないことなんだよ」
「その親友っていうのもう良いから早く言えよ」
「分かった分かった」
まあそう焦るなとでも言いたそうな表情で、奴は鞄の中から何かを取り出す。
「これ、彼女に渡す婚約指輪な」
「もう用意してるんだな」
「渡すのはクリスマスの日にする予定なんだけどな」
クリスマスに渡すとかロマンチックなんだなこいつも。ていうか、気が早すぎるんじゃないか? まだ8月だぞ? それまでに別れたとか言われたら洒落にならないだろ。
「ここからが本題な。この指輪をさ、配達で届けてもらいたいんだよ。お前にな」
「は?」
「クリスマスの夜。俺と彼女は、彼女の家で過ごしてるんだけど、そこへ突然インターホンの音が鳴り響く訳。で、届いた荷物の中にはこの婚約指輪と『結婚しよう』っていうメッセージが入ってるっていう……な!」
「何で俺がそんなことしないといけないんだよ。荷物運ぶのは仕事だけにさせてほしいわ」
「だからこそお前に頼んだんだろ! な? 頼むよ!!」
「特別料金いただきますが、よろしいでしょうか、お客様?」
「そんなのいくらでも出すから! 俺たちの記念すべき日のために頼むよ!!」
「まあ、良いよ。その代わり失敗したとか言ったら許さないからな」
「このご恩は一生忘れません! ありがとうございます!!」
***
それで、どうなったんだっけ? 確か、その日の内に、あいつは荷物を預けてきたんだ。「頼んだよ」ってとびきりの笑顔でな。
どうしてそんな早く預ける必要があったんだろうか? ってその時は思っていた。でも、今なら分かるよ。
なあ、和樹。
お前は自分がこうなることを見越して、大事なものを俺に預けたんじゃないか?
だとしたらお前は凄い奴だよ。
墓の前で静かに手を合わせると、静かに立ち上がる。線香から立ち上る煙は、冷たい風と共に消えていく。
和樹はあっけなく死んだ。3ヶ月前の酷い雨の降った夜に、トラックにはねられて。あいつは、確かその日に限って全身真っ黒な服を着てたんだ。明るい色の服を好む奴だったのに、その日に限ってな。だからトラックの運転手も気がつくのが遅れたんだろう。本当に一瞬の出来事だったらしい。
和樹は何を考えていたんだろうか。死ぬ間際も、彼女のことを思っていたのだろうか。どれほどの痛みだっただろうか。……どれほど後悔しただろうか。
俺はとある所へと車を走らせていた。
住所をしっかりと確認しながら、その場所へ辿り着く。そういえば、上司にサンタの衣装を着て配達して来いって言われて、そのまま衣装を貰って帰っていたんだった。ついでにこれを着ていくか。せっかくのクリスマスなんだ。この衣装も来年まで着てもらえないのなら、今日の内にしっかり着てやった方が良いだろう。
確か、203号室だったよな。もう一度住所を確認しながら、階段を上る。部屋の前に辿り着くと、大きく深呼吸をした。
今から俺がしようとすることを、全員が正しいとは言わないかもしれない。でも、親友のあいつからのお願いなんだ。その願いは叶えてやりたい。
緊張しながらインターホンを押す。とくに返事はない。出掛けているのだろうか? もう一度インターホンを押してみると、中から微かに物音が聞こえた。そして、ガチャリと勢いよく扉が開く。
「あ、荷物が届いてるんでハンコ良いですか?」
「あ、はい!」
彼女は側に置いてあったハンコを手に取ると、俺の言われるがままに印を押す。差出人をきちんと見たのか、見ていないのかは分からないが特に動揺しているようには感じられなかった。
そういえばこの子、和樹の葬儀に来ていたな。棺の前で泣き崩れていたのをよく覚えている。和樹は、本当に愛されていたんだなと思う。
「ありがとうございます」
「あ、はい。こちらこそ!」
俺の言葉に色んな意味が含まれているのは彼女、宮本葵さんには分からないだろう。それでも良い。一度お礼を言いたいと思っていた。
和樹は本当に幸せだったんだろう。あいつがここまでのことを、人のために考えるのは初めてのことだ。その初めての取り組みを、彼女と一緒に迎えることは叶わなかったが、その想いは彼女にきっと届くはずだ。
階段を下りたところで、煙草に火をつける。煙を夜空に向けて吐くと、まるで夜空に溶けるかのように消えていく。
「……和樹……メリークリスマス」
鈴の音が遠くから聞こえた気がした。
お気づきの方もいらっしゃるかと思いますが、この話は1年前に投稿した『君からの贈り物』の別視点の話になっています。
本当は去年のクリスマスに投稿したかったんですけど、その頃はちょうど色々と悩んでいる時期でして……かなり遅れての投稿になってしまいました(笑)
必ず裏のエピソードを書きたいと思っていたので何とか仕上げられて良かったです!
まだ『君からの贈り物』を読んでいない方はそちらも是非読んでみてください!