第七話『真麻の友達が遊びにきたけど…… 後編』
「真麻、取材したいの! 今度ね、ロリキャラとお姉さんキャラのイチャラブなシーンがあるんだよね。菜乃華お姉様もそういうの好きだから。というわけで、清明ちゃんの相手をよろしくね、水紋お姉様!」
「えぇ~僕だってやだよ。絶対に変なことされる……。それに、清明ちゃんは真麻ちゃんのお友達でしょうに」
「弱気な水紋お姉様でご飯3杯はいける気がする。はいこれ」
「孫太郎虫は結構!」
「違う、赤まむし!」
もう嫌だ、この子。どうしてこうなってしまったのか……」
「ささ、それをぐいっと飲んで、清明ちゃんを押し倒してーー」
「しないからね!」
もう、なんでこんなことになるの。まだ開店準備も終わっていないのに。今日は八百屋奥さんと魚屋の奥さんと肉屋の奥さんが来るのに……どうしよう。
最近新しく作ったケーキはチャンバーの中にしまってあるから大丈夫。ちなみに、チャンバーは飲食店用語で冷蔵庫のことを指す。なんでチャンバーなのかは僕にもよくわからないけどね。
珈琲豆もストックは十分にあるし、ケーキ以外の料理の仕込みも終わっている。だから開店準備に必要なものと言ったら、清掃ぐらいしかないんだけどね。
だから、清明ちゃんの相手は真麻ちゃんに任せたいところなんだけど、僕は一応取材対象とかモデル的なことにもなっている。真麻ちゃんのイラストレーターとしての仕事のために、そそるシチュエーションを演じなければならないんだ。
正直めんどくさいけど、というか清明ちゃんに関わりたくないんだけど、やるしかないか……。僕は今、断る勇気が欲しいな……。
「それじゃあ、清明ちゃんと適当にお話しているから、開店前ぐらいにはちゃんと出てきてね」
「うん、わかった!」
可愛らしい笑みを浮かべて真麻ちゃんは頷いた。これだけ見たら普通の小学生なんだろうけどね。いつか真麻ちゃんの歪みを取り除いてあげよう。
僕はそう思いながら清明ちゃんのところに戻った。
「ごめんなさい。ちょっとまたせたーー」
「ぶへぇ」
「ちょ! 何してんの!」
清明ちゃんが突然自分のことを殴った。柔らかそうな頬が赤くなり、すごく痛そう。突然の奇行に驚きながらも、僕はお店のおしぼりを持って行って、清明ちゃんの頬にそっと当てた。お店のものは冷たいおしぼりなので、冷やすにはちょうどいいはずだ。
「うう、いたい……」
「当たり前でしょう、自分の顔を殴るなんて。女の子なんだから体は大事にしなさい!」
「ふへぇ、かかかかか体! 水紋様は一体何を考えているんですか!」
「あんたこそ何考えているのよ!」
茹でタコのように真っ赤になる清明ちゃん。困ったな。この子は真性の変態。ちょっとした言葉でも危ない方向に持って行ってしまう、危険種だ。言葉には気を付けないと。
「清明ちゃん。どうして自分のことなんて殴ったのよ」
「えっと、その…………ふへぇ」
俯いて顔を隠しながら笑うその姿はまさに変質者。その姿に僕は若干引いた。
なんかこう、相手にされてすごく喜んでいるような気がするんだけど、喜び方が尋常じゃない。
「もう怒ったりしないから、ちゃんと話しなさい」
「あの、さっきは悪魔とか言ってごめんなさい」
「ん? ああ、さっきのね。あんなのは気にしないわよ。でも、自分のことを殴るのは許せない。自分のことを大事にできない子は嫌いだよ」
「そ、そんな……私、なんでもします。だから許してください」
「そんなに必死にならなくても大丈夫よ。すぐに嫌いになんかならないから。これからちゃんと自分のことを大事にするのよ。わかった?」
「うん!」
子供らしい笑みを浮かべてはいるのだが、その……なんというか、菜乃華に貸してもらった漫画に登場するヤンデレヒロインのような笑い方な気がする。
どうしよう、このまま取り返しがつかないことになりそうな気がするよ。
「あの……私は一人っ子で、お父さんとお母さんも仕事が忙しくって……いつも一人ぼっちなんです。だから、水紋さん……にお願いが……」
「ん? どうしたの?」
「私のお姉様になってください!」
「お、お姉様?」
「そうです、お姉様です。初等部で広まっている水紋さんの噂。真麻さんの家に突如として現れた女神様。誰にでも親しく、とっても優しい。実の姉と錯覚してしまうほどの魅力があるという。真麻さんも水紋さんの夕御飯がいつも楽しみでお話してくださるんですよ」
「そ、そうなんだ」
僕はちらりと後ろを見た。ちょっぴり照れくさそうにしている真麻ちゃんの姿が写る。なんだか新鮮だ。あのとんでもない少女があんな嬉しいことを思ってくれているのもそうだし、なんだかもっと頑張れる気がする。
「だから、水紋さんに私のお姉様になって欲しい。そして……」
「そして?」
「真麻さんを私の嫁にするんです。あんな可愛らしい子、見たことない。いえ、水紋姉様もとっても美人だよ。すっごく可愛い。スカートの中身がどうなっているのか気になるぐらいに! だけど、真麻さんの魅力はそれ以上にすごい。白い肌、ぷにぷにのほっぺ、ひらりと振り向いた時に、ふわっと浮かぶスカートが見えるか見えないかの絶対領域だったりする仕草。どれもこれもが最高級のぐへへですよ。もう最っ高です。盗撮したい、ストーキングしたい、真麻さんの体毛をパンにはさんで食べた~い!」
「ちょ、落ち着いて! 犯罪が混じってるから、ストーキングとかダメだから!」
「今日はほんとうに素晴らしい日だな。新しいお姉様ができて、真麻さんと同じ空気が吸えて、盗撮カメラを4つも設置しちゃった。ふふ、嬉しいな~」
と、盗撮カメラを4つ!
それって僕と真麻ちゃんが話している時にやったってことだよね。いつの間にやったんだよ。怖いよ、この子は真麻ちゃん以上に怖いよ!
こんな子のお姉様に勝手にされちゃったけど、僕の命は大丈夫なんだろうか。いや、ダメかもしれない。
諦めかけたその時、カランと音を立てて、リーベルの扉が開いた。
「水紋ちゃん、まだクローズってなっているけど?」
「あ、八百屋の奥さん。すいません、ちょっと真麻のお友達が来ていまして、すっかり忘れてしまいました……」
「もう、そんなことじゃ危ないわよ。いつ、うちの馬鹿旦那が来るかわからないんだから。予定の時間にお店が空いていなかった場合、うちの旦那だったら、外でずっと覗いてハァハァ言っているわよ」
「ひぃ! なんて恐ろしいことを言うんですか!」
「そうならないためにも、ちゃんとしなさい」
「は~い。では、席に案内しますね」
「ん、よろしくね」
僕は八百屋の奥さんに少し話をしたあと、清明ちゃんの頭をそっと撫でた。
「ごめんね、お店のことをしなくちゃいけないの、盗撮カメラはあとで回収しておくとして、真麻ちゃんが奥にいるから、いってらっしゃい」
「うう、水紋お姉様も遊んでくれないの。私のお姉様になったのに……」
「う、それはしょうがないでしょ。今度休みの日にでも遊びに来てよ。料理とか、好き?」
「料理は大好き。真麻ちゃんの髪の毛おにぎりとか、真麻ちゃんの体操服しゃぶしゃぶとか、真麻ちゃんの匂い付き動物消しゴムサンドイッチとかを自分で作って食べたりしているんだよ」
「そ、それは料理じゃない。今度、本当の料理を教えてあげる。真麻ちゃんをお嫁さんにしたいのなら、ちゃんとした料理ぐらいできないとダメよ」
「うう、わかった。また今度お願いね、水紋お姉様!」
「ええ、わかったわ」
清明ちゃんが店の奥に行って、真麻ちゃんと合流するのを見届けたあと、八百屋の奥さんたちをお店に案内した。ちゃんとお店の看板をオープンに変えることも忘れていないよ。
お父さん、お母さん。あと碌でもないダメ姉、元気にしていますか。
僕はまた新しい妹が出来たみたいです。なんでって? そんなの僕にもわかりません。ただ、ひとりは寂しいって気持ちはなんとなくわかるから、悲しませたくなかったんだと思います。
だけど、その妹になった清明ちゃんはとんでもない変態。真人間に戻すのはかなり大変そうです。寂しさのあまりストーカーに成り果てるぐらいですから。
うん、僕も頑張らなくちゃ。
そして社会不適合者なダメ姉。お前はさっさと更生して、ちゃんとした人間になれ。弟に女装を仕込む癖をさっさと直せ。僕はそれを願い続けます。
そんなことをしても無駄なんだろうな~。
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