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ツジンシのスウハーラミ

「ヒャッハー!漸く体を手に入れられたぜェ!」

「――――――!?」


 突然の巡の変貌に驚愕する『お客様』。


「――――――?」

「『 何が起きた』って、見りゃあ分かんだろうが?入れ替わりだよ。入、れ、替、わ、り!」

「……………………。」


『お客様』は呆然としている。


「そんじゃあ、とっととアイツに会いに行ってやるか!」


 名状しがたい巡だったモノはミラーハウスの出口に駆け込んでいった。


「………。」




 ―――――――――――――――




「どうしたんですか?お客様?」


 タルトは戻ってきた巡に声をかける。


「もう隠す必要はねえだろ?」


 巡はそう答えた。


「やっぱり!アナタも鏡の中から戻れたのね!」


 タルトはそれを聞くと、顔を綻ばせて巡に抱きつく。


「あぁ……きっちり戻ったぜ」

「でも、体が自分のモノじゃないのはイヤね。アタシも胸の辺りに変な感じがするもの」

「ハッ、体が変わってもお前はお前だろ?」

「もう、そんな事言って……ありがとう。でも、体がさっきセクハラしてきた男ってのがイヤね」

「まあ、容姿を選ぶ余裕はなかったからな」


 巡とタルトは謎の会話を続ける。


「にしても、お前のその体の持ち主も間抜けだよなぁ。何だっけ?確か……」


 巡は明後日の方向に目を動かして、考え込む。


「客を案内する途中でくしゃみして、目を瞑ったのよ。バカみたいよね。だけど、だからこうして体を奪えた」

「そっからのお前の機転も大したもんだよな。こうして俺に体を奪う隙を与えてくれたしな」

「えぇ、戻るなら二人で、ね?」


 地獄から逃げ延びた二人は再会の喜びを分かち合う。


 さながら、逃避行する夫婦である。


「戻るなら二人、か」

「どうしたの?アナタ?」


 急に雰囲気の変わった男に目を丸くする女。


「その言葉――忘れないでくださいね?」

「――なっ!?」


 巡の口元が三日月のように歪み、女を見下ろす。


「さぁて、泳がせてみたんですが……こうも愚かだとは思いませんでした」

「な、何の事ですか!?巡さん!?」

「今更、取り繕っても遅いですよ」

「……アンタ、何者?」

「裏野ドリームランド廃園後に社長を務める事となりました巡と申します。以後、お見知りおきを」

「しゃ、社長?こんなイカれた遊園地の?」


 只者ではないと知って、後ずさりする女。


「二兎を追う者は一兎をも得ず。運が悪かったですね。最初の客がまさか、私と『お客様』だなんて……」


 クスクスと余裕の笑みで女を見据える。


「そ、そうだ!もう一人の奴はどうしたのよ!?アイツも鏡の前で目を瞑った筈よね!」

「いやぁ、どうでしょうね?『お客様』が鏡の前で自分自身を見つめていたかどうかまでは見ていなかったので……」

「鏡と鏡の間には、反射を繰り返す事で良い物も悪い物も場に蓄積する。そこに留まり、目を瞑る事がマズいのであって、自分の姿を見ているかどうかは関係ない筈よ!」


 女はとぼける巡に、真実を突きつける。


「フフフ、どうやら経験者のようですね?ファストパスは如何でしたか?」


 誤魔化しても無駄と悟った巡は口元だけ笑った不気味な表情でそう返す。


「最悪よ!」


 女はドアを開けて、その場から逃げ出す。


「わざわざこの場に戻ってくれるとは……『戻るなら二人で』。その約束を果たせそうですね?」

「ふざけないで!」


 ――声を張り上げたら自分の場所を教えているのと、同義でしょうに。


 呆れたような顔をしながら、巡はミラーハウスの内装を見回す。


「この場を貴女は知り尽くしているのかもしれませんが、それは貴女の専売特許ではありません」


 ――まだまだ、じっくり話したい事があるというのに。


 物足りない表情でどうしたものかと、ゆっくり歩き始める巡。


 この鏡の迷路は、正解の道は一つではない。


 複雑かつ広大だが、迷った挙句戻れなくなる客が出ないように数パターンのルートが用意されている。


 ――とすれば、向こうは入口と見せかけて出口に駆け込んで逃げる可能性が高い。計算高そうな女性ならわざわざ他の客と鉢合わせる入口から出るような真似はしないでしょう。


 もっとも、巡が出口の前から動かなかった場合はその限りではない。


 それを計算の内で、巡は敢えて出口から遠ざかっている。


「私が貴女の入れ替わりに気づいた種明かし。聞きたくありません?」

「………。」


 巡が揺さぶりをかけるも、女は息を殺してどこかで身を潜めている。


 ちなみに、壁は天井までバッチリ続いているので天井を見て把握する事は出来ない。


 数多の鏡の壁の反射で隠れている姿が遠くから見え見えになるリスクもあるが、お互いそんな事は計算内である。


 ミラーハウスを完璧に理解した二人による駆け引きの脱出ゲーム型隠れ鬼ごっこ。


 ――『お客様』も連れてくるべきでしたかね?まあ、タイマン勝負の方が公平さがある。二人で追いかけて、ただの追いかけっこになってしまうよりは良いでしょう。


 巡はタルトの体が懸かっていながら、全く気にせず純粋に楽しんでいた。


 ――カツン……カツン……


 自分の足音を敢えて踏み鳴らし、巡はゆっくりと獲物を探し出す。


 一方――追われる女。


「(足音から察するに、今は出口付近。このまま入口から出ると、他の係員に異常を察知される。速やかに逃げるならそれは避けなきゃいけない)」


 音をたてないように、靴を脱いですり足で巡の足音に合わせて移動していた。


 やがて、足音は部屋の中心部で止まる。


「さて、ではネタバラシに入りましょう。私が貴女の入れ替わりに気づいたのは――」

「(わざわざアタシに中心部に来た事を教えるような発言。いったい、どんな意図が――?)」


 疑問に思いながら、女は静かに出口へと向かう。


「――タルトさん、()だからです」

「(うそーっ!?)」

 ――ゴンッ!

「(あっ、ヤバッ!?)」


 女は自らの体を触って困惑する。


「そもそも上司が部下にセクハラなんて、信用に欠けるでしょうに……『胸の大きさ』を聞いたのも、過去にセクハラした嘘までついたのも、このドッキリの為ですよ」

「(趣味悪っ!?)」


 まったくもって、その通りである。


「何でも彼、可愛くありたいから性転換したとか……ほら、女性の体にしては違和感があるでしょう?」


 さも、自分も試したように語るが、そもそも男の巡が言うべき台詞ではない。


「では、そろそろ本気で追いかけるとしましょうかね」


 ――カツカツカツカツ……


 ペースが上がり、足音がドンドン女性の方へと迫る。


「(に、逃げなきゃ!)」


 女は急いで出口に向かって駆け出す。


 位置は知られているのだから隠れる為に息を潜める必要はない。


 所見でなくとも迷うであろうミラーハウスの中を全力疾走する。


「(見えた……!)」


 そして、出口が見え、すぐさまドアノブに手をかけた。


 ――ガチャ……ガチャ……


「嘘っ!?」


 しかし、ドアは開かない。


「何でっ!?何でよっ!?」


 女はドアを蹴破ろうとするが、ビクともしない。


 ――おや?気になりました?実はですね、『()()()』。鏡が傷ついては見映えが悪くなるでしょう?ですから、表面を宝石でコーティングしてあるのですよ。ゆえに壊れる筈がありません。


 ――カツカツカツカツ……


 足音は徐々に迫ってくる。


「(もう一度逃げるしか――!)」


 そう言って、女はその場から立ち去ろうとした。


「――二度はありませんよ」

「―――ッ!?」


 しかし、足音とは明らかに違う道から巡が現れてドアに押し戻される。


 巡が逃がさないように女の首を掴み、ギリギリと首が絞まる。


「なん……でっ……!」


 女は抵抗しながら巡を睨む。


 しかし、その体は全く鍛えていないタルトのモノ。か弱く、女の子と大差ない力量しかない。


「その問いかけに対する答えは、私の足を見れば分かるでしょう?」


 おや、見れない?と巡は呟き、話を続ける。


 ――カツカツカツカツカツカツカツ!


「ほら、来ましたよ」

「あ、れ……は……っ!?」


 曲がり角から現れたのはひとりでに走ってきた靴だった。


「やはり、靴を履いてないと歩いてる実感が湧きませんね」


 巡は首を絞めたまま、ひとりでに動く靴に任せて、改めて靴を履いた。


「薄々勘づいているのでしょう?こんな遊園地を経営している者達がタダの人間である筈がない、とね?」

「ばけ、も……の……!」

「あぁ、安心して下さいね?貴女が抵抗をやめても、タルトくんは既に死人ですから……。所詮は仮初の体。再び死ぬような致命傷を受けても体は再生します」

「っ……あがっ……ぐぅっ……!」


 女がどれだけもがいても、巡からは逃げられない。


「(目を閉じたら負け!絶対にそれだけは!もう、あんな所には戻りたくないッ!)」

「貴女の生前の罪は……『自分を棚に上げて他者を虐げていた罪』でしたっけ?よくもまあ、自分だけ得をしようと色々画策したものです。罪悪感を抱いてないのが一番厄介です」

「(アタシだけ罰を受けるなんて間違ってる!それも、こんな男が平然としているのだって――!)」


 意識を失わないように必死に耐える女。


「元お客様。私が話し終えるまでよく頑張ってくれました」


 だが、そんな均衡は巡が話終えるまでの茶番。終わりが迫る。


「では――死を楽しめ」


 空いていた左手で、巡は女の両目を覆い隠す。


 そして、女は糸の切れた人形のように、全身から力が抜けて、首をカクンと俯かせた。


「タルトさーん?生きてますかー?」

「はーい!死んでまーす!」


 巡は首から手を離せば倒れかかってきそうなタルトの体を揺さぶると、タルトは顔を上げて笑顔でそう答える。


「おや、死体が動き出すくらいには元気なようですね。では、次のお客様をお迎えに行ってくださいね?」

「はーい!でも、その前にぃ――」

「お礼のキスは遠慮しておきます。とっとと、働いて下さい」


 身を寄せてきたタルトにアイアンクローをして、開けたドアの外に追い出す。


「ちぇー、せっかく巡くんの為に可愛くなったのに……もっと優しくしてよ?」

「貴女、もとい貴方も本来の理由を見失わないでくれます?」


 上目遣いをされても巡は無反応。辛辣に返す。


「過去よりも今だよ!」

「では、未来は必要ありませんね?給料は抜き、と――」

「――今すぐ、行く!」

「………。チョロいですねぇ」


 給料を盾にする様はさながらブラック企業である。


 ――そもそも、ここは年中無()ですからね。


 前言撤回。ブラック企業よりも酷かった。


 廃園になった遊園地。入場料がないのだから給料もないのも当然であった。


 ――おや?電気代等が気になりましたか『お客様』?それは、また別の話ですよ。




 ―――――――――――――――




 あ……れ……?


 気づけばアタシは真っ暗な世界の中にいた。


 何で、ここに……?


 戻ってきちゃったの、またここに……?


 真っ暗で何も無い世界。


 だけど、おかしなものが二つある。


 一つはミラーハウスの鏡の部分だけの世界。


 もう一つは――全ての中心にある歯車。


 今、アタシが動かしているモノだ。


 ここの住人は普段はあの歯車を回す為だけに永遠に働かされる。


 そして、ミラーハウスの鏡の部屋に客が入ると、強制的に誰かが転送される。


 鏡像の数だけ転送され、鏡に映る像の体勢をとらされる。鏡の像なのだから、勿論アタシ達の思うように体は動かせない。


 休みはない。


 疲れても、体が勝手に動く。


 筋肉が悲鳴を上げても、終わらない。


 泣き叫んでも、声は出ない。助けも来ない。


 地獄の労働。


 ううん、この地獄のような遊園地の養分にされる。労働なんて生易しいものじゃない。


 過労死すら許されない。


 あの四枚の合わせ鏡の前で誰かが目を閉じない限りは、永遠にここから出られない。


 その蜘蛛の糸のような、淡く細く儚い一筋の希望に縋るしかない。


 (獲物)は入れ替わりがあると知ってもなおやってきて、たまに入れ替わりを起こす。


 誰かが楽をすれば、誰かが苦労する。


 ここは、そういう世界。




 ―――――――――――――――




「ふぅ……お待たせしました。『お客様』」


 そんなに時間はかけたつもりはありませんが、待たせたのは事実です。


 ついつい楽しんでしまいました。


 我ながら、まだ童心が抜けてないようで。


 まあ、そんな事より――。


「………。」


 三度目の正直とばかりに、こちらに抗議の視線を送ってくる『お客様』への対処はどうしましょうか。


「ミラーハウスの噂と真実。楽しんでいただけましたか?」


 とりあえず、今はミラーハウスの話だけをさせていただきます。


 ミラーハウスの入れ替わりの噂。


 その表向きの真実は『入れ替わった演技』。


 さっきの私ですね。


 ですが、その本当の真実は『この遊園地の裏側で苦しみ続ける』。


 なお、タルトさんは体を奪われてましたが、恐らく働いてません。


 あの裏側の世界は、ある基準を越した人間は自由に動けます。


 私とタルトさん、そして他のミラーハウスの係員は皆動けます。


 まあ、タルトさんがいつでも戻れるのにあんな事をしていたのは、私が来る事を読んでの事でしょう。


 まったく、()()な事をしてくれたものです。


 今度、()()を差し上げなくては……。


「――――――?」

「私が何者か、本格的に気になってきましたか?」


 ですが、そんなあっさりとは教えられません。


 人間が良好な関係を築くように、段階を踏まないと、ね?


 それでは、次のアトラクションに向かいましょうか。

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