ミラーハウスのウワサ
「――――――!――――――!?」
突然、『お客様』が私に掴みかからんばかりに問い質してきました。
……えっと、何なに?
『このドリームランドは何なんだ』と?
「それは『お客様』がこの遊園地を巡っていくうちに知る事です」
「――――――!」
『アクアツアーが三途の川で、客が食い殺された』?
どうでしょうねぇ。
「『お客様』。また、悪い夢でも見たのではないですか?現に、『お客様』はこの場に帰ってきております」
それに、ほら?他のお客様だって、きちんとお戻りになっているでしょう?
「――――――!」
ふむ?『客の中に死者が混じっている』ですか?
「まさか、そんな超常現象が我々の身近で!?」
おや、白々しい?
しかし、私はこのドリームランドを案内する事しか出来ません。
私のいない所で起こった出来事など、説明のしようがありませんからねぇ。
ですが、まあ――
「もし、本当にそのような事が起きているのだとしたら――飛んで火に入る夏の虫のように、異物は排除されるでしょうね」
私は焦燥に駆られる『お客様』を見ながら、クスクスと微笑んだ。
「まあ、そんな事はさておきです」
次のアトラクションをご案内しなくてはいけませんね。
私は次のアトラクションへと、『お客様』をお連れしました。
―――――――――――――――
「こちらが当園自慢のミラーハウスとなっております」
建物内部のほとんどがピカピカな鏡で出来た迷路になっており、お客様を惑わすように設計されております。
自分を見失う事に定評があるようで……。
「――――――!」
「おや?妙な悪夢を二度も見たせいで、入る気になれない?」
困りましたねぇ。
「『お客様』。私は『お客様』が全てのアトラクションを楽しみ、そして元いた場所に帰れるように『お客様』の安全を保証します。ゆえに『お客様』に降りかかる危険が万が一あったとしても、私が責任をもって全て振り払います」
この命に変えても、この命を賭けて、必ず成し遂げましょう。
少々、柄ではない台詞ですがね?
……まあ、その心配は杞憂でしかありませんが。
「………。」
唖然されても、困ります。
困りますと言えば、かつて私のメイドがやっていた――
『お坊ちゃまお坊ちゃまお坊ちゃま!!困ります!!あーっ!!!お坊ちゃま!!』
――なんて、取り乱す様を私がやったら、『お客様』はどんな顔をしますかね?
しかし、これも柄ではありませんからね。恥の上塗りというものです。
「……こほん。気を取り直しまして、ミラーハウスの入口に向かいましょうか」
長蛇の列――の二つ横の『お客様』用の通路であっさり進みます。
そして、漸く入口に着いたと思うやいなや――
「――はわわぁっ!?」
―― 一人の女性が私に倒れかかってきました。
「………。」
……ふむ。
恐らく躓いて転んで、入口から現れた私に抱きつく形になったのでしょう。
小野さんの話によると、これはラッキースケベとやらに分類されるモノだった気がしますが……生憎、『お客様』をご案内している今のこの身には目障りでしかありません。
「も、申し訳ありません!?お客様!お客様は二名でいらっしゃいますか?」
倒れかかってきた女性はこのミラーハウスの係員だったようで、そう謝罪しつつ確認してきました。
「………?」
おや?『お客様』がきょとんとしておられます。
まあ、今までは私を見て驚く係員ばかりでしたからね?
しかし、彼女は新人ゆえ……おかしくありませんね。
「はい、二名です」
私はお客様と肩を組んで、アピールします。
「ところで、タルトさん――胸、また大きくなりました?」
そして、ニッコリと営業スマイルでジョークを飛ばしてみました。
「………!?」
私の白昼堂々としたセクハラ発言に、『お客様』の目が飛び出しそうになる。
「お、お客様!?そういう話は困ります!?」
目の前の女性係員ことタルトさんは胸を抱いて叫んできました。
「冗談ですよ?以前も貴女に案内して頂いたので、つい嬉しくて」
「そ、そうですか……」
困った様子のタルトさん。
「まさか、覚えておいででない?」
しかし、タルトさんから見れば私はただの有象無象の客の一人に過ぎない。ゆえに、覚えていないのは無理もありません。
「えっと……あっ!思い出しました!以前も私にエッチな事を言ってきたお客様ですね!?」
手をポンと叩くと、タルトさんは思い出したのか、そう答えてくれました。
「言ってませんよ?初対面の人にそんな失礼な事を言うわけないじゃないですかぁ。常識的に考えて」
「えっ!?あれぇっ!?」
しかし、私が呆れたように言うと、更に困った様子で目を泳がせております。
「冗談です。以前、『突然ですが、貴女の胸ってプリンアラモードみたいですねぇ?』と言った話、覚えていてくれたようで何よりです」
タルトだけに、そんな冗談を飛ばした事があったりなかったり……ね?
「あははは……もう、相変わらずですね」
タルトさんは困ったように苦笑しました。
「………。」
『お客様』?そのような冷ややかな視線は、夏にはぴったりですが、私に向けられても困ります。
「こほん……それより!早速ミラーハウスをご案内致しますね!」
そう言って、タルトさんは私達二人を誘導するように先へと進んでいきました。
「………!」
「わぁお、綺麗ですねぇ」
ドアを開けて部屋に入ると、そこには壁も床も、更には天井も鏡で出来た世界がありました。
「あの遠くから手を振ってくる男性、中々の色男ですね」
私が右手を振ると、左手を振り返してくれた男性に微笑む。すると、微笑み返してくれました。
執事のやり込んでいたゲームの道化ではありませんが、こんな色男は初めてです。
「あははは……自画自賛ですね」
「―――。」
苦笑するお二人。いやはや、手厳しい。
「あちらの胸の大きな女性も中々お綺麗です」
「えっ!?あのっ、そのっ……困りますっ!」
私がからかうとタルトさんは、すぐ顔を真っ赤にして頬を膨らませる。ハリセンボンみたいですね。
友人の話していたミナミハコフグで遊ぶカードゲームを思い出します。まあ、私はゲームセンターとやらには一度も行った事がないのですが……。
「それより、タルトさん?このミラーハウスのウ、ワ、サ。聞かせてくれませんか?私はともかく、私のご主人様は初めてですので……」
咄嗟に浮かんだお連れ様は親しい間柄であれば不適切。『お客様』と言うと後々のドッキリが台無しになってしまうのでこのようにご紹介させていただきました。
「あっ!そうですね!それでは説明しますね!」
タルトさんは調子を整えてから説明し始める。
「このミラーハウスにも、こわぁ〜い噂があるんです」
「どんな噂です?」
相槌を打つように、『お客様』の台詞を代弁する。
「なんでも、中から出てきたお客様が『別人みたいに人が変わった』とか、『中身だけが違うみたい』だとか、入れ替わりが起きる噂があるみたいです」
「ほぅ?私もタルトさんみたいなナイスバディに性転換が出来るんです?」
「そ、そういうのではなく、鏡の中の自分と入れ替わっちゃうんですっ!」
私がすっとぼけると、慌ててタルトさんは訂正する。
本当に面白い方ですねぇ。
「だそうですよ、ご主人様?」
「――――――。」
やはり慣れないのでしょう。『お客様』は苦笑しながら、噂の詳細を理解して頷いております。
ですが、まあ、どうかこのミラーハウスを巡る間だけはこの茶番にお付き合い願いたい。
家畜は太らせてから食べるように、道化は踊らせてからでないと、せっかくの茶番も楽しめないでしょう。
「それにしても、ここは何度見ても飽きませんねぇ」
目の前の鏡に映る自分に右手を振る。
すると、鏡の中の自分は右手を振り返しました。
「こうやって、たまに自分と同じ動きをする鏡があるのが、ポイントですね」
鏡を二つ組み合わせて出来る完全な自分の像。
では、普通の鏡に映る自分はどうなのでしょうね?
自分と左右真逆の存在。果たしてそれは、自分と言えますでしょうか?
自分と同じ姿をした何かが、鏡の中で自分に操られる人形。そんな解釈も出来ますよね。
「鏡と言えば、色んな怖い話がありますよね」
本来、見えてはいけないモノが映ってしまったりなんて話とか。
「鏡は別世界に繋がっているなんて話も聞きます」
「………!」
おや?別世界で何か思い出しましたか?
……あぁ、そういえばアクアツアーは三途の川と繋がっている噂がありましたね。
「ご主人様、ご安心下さい。入れ替わりなんて、あくまで噂ですよ」
「………………。」
そんな、『いや、お前は何か知ってる筈。この秘密主義野郎』みたいな目で睨まれても困ります。あーっ、困ります。
「そういえば、お客様!お客様は合わせ鏡は知ってますか?」
合わせ鏡、ね。
「向かい合わせた鏡が反射し合い、混沌が生まれたり生まれなかったりするアレですね」
「はい!ここでは沢山の鏡が向かい合っていますが、どこかの鏡の前で立って自分の背後の鏡像を見据えてから目を閉じると大変な事になるとか!」
「なるほど」
「――――――。」
ふむ、『お客様』はご遠慮したい、と。
まあ、悪夢を二度も見てはそうなるのも無理はありません。
「では、早速試してみますか」
鏡の中の自分を見据えてから、その像を映した背後の自分と目を合わせる。
そして、目を瞑る。
………。
………………。
………………………。
「……何も起きませんね。ここではないようです」
そもそも、入れ替わりなんて起きる筈がないと思いますが。
その後――
「ここは……あっちですね!――へぶっ!?」
「こっちですよ、ご主人様。まったく、案内とは何だったのやら」
「………………。」
エレベーターに何度も激突する某工場長の如く、何度も鏡に激突するタルトさんを同情するような憐れみの視線を向けつつ、無事に出口のドアへと辿り着いたのでした。
「いやぁ、出口のドアにダミーがあるなんて……ここの設計者はかなりの意地悪とみました」
いったい、どんな性格の悪いお坊ちゃんが建て直したのやら。
「――ところで、お客様」
突然、改まったように声をかけるタルトさん。
「どうしました?」
「――――――?」
『お客様』と共に、私は首を傾げる。
「そちらの……」
「あぁ、巡と申します」
「はい!では、巡さん!右手をご覧下さい!」
右……?
ふむ……。
「これは……」
試しに右手を上げると、向こうも右手を上げる。
そして、その背後に映る自分の背中も右手を上げる。
「二つの鏡を前後に計四つ設置したモノですか」
「ここだけは、完全な自分を見つめる事が出来るんです!」
改めて、自分を見つめ直せるというわけですね。
中々のイケメン。育ちの良さが見ているだけでも伝わります。
しかし、こういう人に限って、内心は傲慢だったりするんですよねぇ。
まったく、困った世の中――。
「わぁっ!」
「………!」「ッ―――!?」
タルトさんが耳元で急に叫ぶものですから、反射的に私と『お客様』は目を瞑ってしまいます。
「耳元で囁くのは愛だけにしてくれます?」
「…………………。」
あーっ、『お客様』!そんな目を向けられても困ります!
「ふふっ、全然怖がらないお客様に悔し紛れのドッキリです。満足しましたか?」
「えぇ、それはもう……ね?」
「………。」
『お客様』に目配せをすると、『お客様』は頷く。
「それじゃあ、ここから出ましょうか」
私は足を踏み出す。
「――っと!」
――ゴンッ!
目の前の鏡で出来たドアに頭をぶつけます。
「だ、大丈夫ですかお客様!?」
「大丈夫ですよ……少々自分を見失っているだけです」
タルトさんに目を合わせて答える。
「………!」
おや、口元が僅かに緩みましたね。
何故でしょう?
とりあえず、ドアに手をかけて、外の部屋に出ます。
「さっきまで鏡ばっかりの世界にいたせいで、調子が狂いそうですね」
ふらつきながら、そう呟く。
「――――――?」
おや、『お客様』はそんな事はない?
それは何よりです。
「それでは、お疲れ様でした!気をつけてお帰りください!」
「はい」「………。」
『お客様』と共に軽く会釈してから外に出ます。
………。
「……ところで、『お客様』」
私はタルトさんから離れたのを確認してから声をかける。
「―――?」
「『お客様』は自分を失ってはいませんか?」
「――――――。」
『問題ない』と……。そうですか。
「―――――――――?」
『急に改まってどうした?』と言われましても――。
「実は――オレ様は既に自分を見失っちまったんだよなぁ!これが!」