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ジェットコースターのシンジツ

 つまり、計画通りというわけです。


 我々の敷いた思惑(レール)を、あのコースターが外れた事は一度もありません。


「…………………………………………?」


 おや?『お客様』の目が虚ろに?


 焦点がズレて、私ではない何かを見据えています。


 いったい、何を見ているんでしょうね?




 ―――――――――――――――




「高級お食事券も貰えたし、ラッキーだったな!」

「それなー!マジ、アタシら神だし!」

「お客様は神様ってな!」


 とある男達はノリノリでコースターに乗り込む。


 そのコースターはさっきのシンプルなモノとは異なり、骨で出来ているように見える装飾のコースターだった。


 安全バーを下ろすと、コースターは発車した。


 しかし、誰も気づかない――『お客様』とは異なり、彼らはベルトで固定されていなかった事に。


「ヒュウウウウウウ!このロケットスタートは気持ちいいぜ!」


 ロケットスタートによる風を感じて、男は気分を良くする。


 カタカタと骨が震えるかのように、骸骨のコースターは坂を上っていく。


 その上る様は、蜘蛛の糸を伝うように弱々しく緩慢な動きだった。


 まるで、消えかけの生命の灯火を懸命に燃やしているような……。


「ちょ、ちょっとぉ!アレって、本物の炎じゃない!?大丈夫ぅ!?」

「大丈夫!大丈夫!どうせ、それっぽく見せてる作り物だろ!」


 男は侮り、意気揚々と炎へ飛び込む時を待つ。


「ひゃっほぉおおおおおおおおお!」

「きゃああああああああああああ!」


 コースターの車輪が炎を纏うと――後に断末魔の叫びとなる声を張り上げて、地獄へと堕ちていった。


「――っはぁ!?熱ッ!?お、おい!な、何だこれ!?体が燃え……燃えてるじゃねえかッ!?(あち)ちちちちちちちっ!」

「いやぁああああああっ!?ど、どういう事!?な、何で……燃え――いやぁああああああっ!?助け、助げでぇえええええええっ!」


 炎の膜を突き破ると、乗客は苦しみ悶えながら、のたうち回る。


「ク、クソッ!外れろ!外れろよォ!」


 しかし、安全を守る為の筈の安全バーが乗客を拘束して離さない。


「嘘づぎ!嘘づぎ嘘づぎ!嘘づぎぃいいいいいっ!」


 乗客の悲鳴を乗せて、獄炎の曳車は爆走する。炎を纏って走り回る。その様はまるで炎の龍であった。


 息を吸えば、鼻や喉の粘膜、肺を焦がす。生きる為に必要な呼吸が苦痛に変わる。しかし、苦痛を紛らわす為に叫ぶ事は忘れられない。


 叫べば、思わず掻き毟りたくなるような全身を駆け回る熱い痛みを少し紛らわせる事が出来る。


 ――しかし、気が狂う程に身体の芯が熱い。


 呼吸を控えれば、喉が、鼻が、そして体内が焼ける痛みが抑えられる。


 ――しかし、気が狂う程に頭のてっぺんから足の先までが熱い。


 夏場は暑苦しいモノだが、この地獄は熱苦しいと表現するのが的確だろう。


 そして、片方の痛みでもう片方の痛みを紛らわせる選択肢は次第に消え失せていく。


「「「あ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!」」」


 血液が沸騰し、体内の水分が失われていく。


 包帯を巻いていないミイラへと変貌するかのように、急速に渇きで満ちていく。


 乗客は既に正気を失い、カタカタと骸骨のように、あるいはロックンロールに、首と髪を振り乱しながら暴れ狂う。


 地獄は終わらない。


 コースターは止まらない。


 ――えぇ、線路は続くんです。どこまでも、ね?


 正気を失った乗客は最早このコースターが何周したかを知らない。


 次第に平衡感覚を失い、臓物が悲鳴を上げ、胃から喉へと酸っぱい物が込み上げる。


「あ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛――ゔぷっ、お゛ぇ゛あ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛!」


 傷口に塩を塗るというのはよくある話だが、傷口に塩酸を塗られる体験をするのは彼らくらいだろう。


「うわぁあああああああああっ!?」


 燃えて吐き出して痩せこけて、小さくなりゆく人達の体がジェットコースターから振り落とされていく。


 緩急のある筈のコースターが止まらない加速を続けて、凄まじい速度で走り抜けていく。


 風を超え、音を超え、空気の塊が顔に叩きつけられ、息ができなくなる。


 意識が朦朧としていく。視界が黒く狭まっていき、ブラックアウトを起こす。


 人間には耐えかねる熱、速度、呼吸困難。


 それらの悪環境により、ふるいと化したコースターから振り落とされた者は落下して、死んでいく。


 しかし、耐え抜いた者は体を焼かれ続ける苦しみを味わいながら、じわじわと死んでいく。


 安全バーは灼熱に熱せられ、振り落とされる苦しみと安全バーを手の皮を焼かれながら全身を炎に包まれる苦しみの二択を迫られる。


 ――これが、ジェットコースターの噂の真実です。


 無限に走り続ける獄炎の曳車。


 暗く不気味な夜を、乗客を燃料に紅蓮に照らすアトラクションはこの遊園地の名物の一つです。




 ―――――――――――――――




「……『お客様』?」


 私はぼーっとしている『お客様』に声をかける。


「―――。」

「どうかしましたか?死んだ魚のような目をしたかと思えば――まるで、地獄でも見たように顔を青くしてますよ?」

「………。」


 おや、黙ってしまいましたか。


『お客様』の気分を悪くさせてしまうのは、よくありません。


 どうしたものでしょうかと悩んでいると、やがて『お客様』は口を開く。


「――――――――――――?」

「外からジェットコースターが見てみたい?構いませんよ?」


 私は見やすい場所へと『お客様』をお連れします。


「ほら?ちょうど来ましたよ?」


 駆け抜けていく炎のコースター。乗客は楽しげに叫びながら去っていきます。


「………。 」

「何か悪いモノでも見ましたか?何せ

 当園は廃園になった遊園地。悪いお化けが皆様に怖い夢をみせるかもしれません。気をつけてください」

「………。」


 おや?『お客様』の気分がよろしくない?


 これはいけませんね。ここはひとつ、軽い叙ジョークでも……。


「そんな、死んだ魚のような目をしてはいけませんよ?」

「―――?」

「死んだ魚の目を見た事があるのかって?あるんですねぇ」


 私は自分の昔話を披露します。


「私が幼少の頃、スシ……でしたっけ?アレを食べてみたくなりましてね。厨房に忍び込んで見様見真似で捌いてみたんですよ。中々上手く出来たと思うのですが、勝手に刃物を扱ったので怒られてしまいました」

「………。」

「お腹が空いてきました?では、早速当園ご自慢のお店へお連れしましょう」


 私は『お客様』の手を引いて、その場を後にします。


 ジェットコースターの三つの列――『お客様』の並んだ列、普通のお客様の並ぶ列、ファストパスをお持ちのお客様の並ぶ列――を一瞥して。


 ――お疲れ様です、信楽さん。


 ()()の一人の事を考えながら私はクスッと笑った。

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