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ジェットコースターのウワサ

「では、『お客様』。最初はどのアトラクションに致しましょうか?」

「―――――――――!」


 なるほど、ジェットコースターですか。


『お客様』は絶叫系は、スリルが楽しくて好きだから最初に乗るタイプです?


 それとも、怖いモノはとっとと終わらせてしまいたいタイプ?


 どちらにせよ、良いチョイスだと思います。


「いきなりジェットコースターとは、お目が高いですね。こちらのジェットコースター!これでも一時期は世界一と言われる程の長さ!そして、高さがあったのですよ!」


 私は『お客様』に熱弁する。


 ……まあ、世界一なんて聞くと、その肩書きの為にどんぐりの背比べをしたくなるのが欲深い人間です。


 少しでもいいから記録を越して、世界一になろうとする方々が多くいましたので、あっという間に埋もれてしまいました。


 まあ、このジェットコースターの魅力はそれだけではないのですが、それは乗りながら解説いたしましょう。


「さて、ここは廃園になった遊園地。当然、このジェットコースターにも噂があるのですよ」

「―――?」


 どんな噂か、ですって?


 えぇ、ゆっくりと語っていきましょう。


 このアトラクションの噂を……。


「このアトラクションにはですね――様々な噂が飛び交っているのですよ」

「―――?」


 どんな噂か気になりますよね?


「ほら、耳を澄ませてみて下さい――?」


 ――他のお客様の声が聞こえてくるでしょう?


「ねぇ〜、知ってる?このジェットコースター、『速すぎて呼吸困難になって、窒息死した』人がいるんだってぇー?」

「や、やめてよぉー!?乗る前からそんな怖い事言わないでよ!?」


 一つ目の噂は『速すぎて窒息死』。


「オレの知ってる話だと、『長すぎて酔って、リバース。その時、気管に逆流した胃液が入り込んで死んだ』奴がいるって聞いたぜ?」


 二つ目の噂は『長すぎて嘔吐』。


「僕の聞いた噂は……『乗り物から振り落とされてしまった人がいる』というモノでしたが?」


 三つ目の噂は『遠心力に耐えきれず振り落とされた客』。


「―――。」


 おや?『お客様』?乗る前から怖くなってきちゃいました?


 でも、ご安心ください。


『ジェットコースターで謎の事故があった』という事は知っていても、誰もそれが本当に起きたかどうかまでは知りませんから。


 ですから――


「こうして乗る前に噂を色々囃す事で――恐怖心を抱きながらスリルを楽しむ事が出来るのです」


 ジェットコースターの醍醐味は『死ぬかもしれないと錯覚する程の(スリ)(ルな)体験』。


 人生で中々味わえない臨死体験に近しいモノを味わう為だと私は思っております。


 死なないと分かっているからこそ乗る。死ぬと分かってて乗るような馬鹿は自殺志願者以外いないでしょう?


「―――?」


 おや?ガイドを担当する私なら真相を知っているんじゃないか、と?


「申し訳ございません、『お客様』。それは企業秘密となっております」


 まあ、この場で私は『そんな事実は無かった』と、経営の為に言うしかないんですがね?


「ママー!ボクもアレ乗りたいー!」

「ダメ!アナタはまだ乗れないでしょっ!」


 あらあら、子供が母親にせかんでおられますね。まだ、身長が足りず、身長制限を越えられないようですね。


 その点、『お客様』はきちんと身長制限を満たしているので、問題なく楽しめますよ。


「それでは、早速乗りましょうか」

「―――?」


 こんな行列なのにって?


 ところがぎっちょん!


 ……あ、これって、もう死語です?そうですか。そうなんですかぁ……。


 ともかく、『お客様』は私がご案内する特別なゲスト。


 ファストパス的なノリで、快適にサクサク進んで乗る事ができますよ?


「―――!」

「ご遠慮なさらずに……全ては誤って『お客様』をこちらに招いてしまった私達の不手際。快適に過ごして貰わなくては困ります」


 私は困った様子の『お客様』の手を引いて、ご案内。


「それでは、次のお客様!――って、アンタは!?」


 ジェットコースターの操作をする男性が私の顔を見て、目を見開く。


「これはこれは、(しが)(らき)さん?お疲れ様です」

「め、(めぐり)さん?何でここに?」


 おや?話が伝わっていない?


 伝達不備ですかね?


「こちらの特別な『お客様』を、私が直々にご案内するよう任されたのですよ」

「……あぁ、そういう事か」

「えぇ、というわけでお願いしますね?」

「あいよ」


 彼に頼み込んで、私は『お客様』と二人で最前列に乗り込みます。


「おい!何で俺達がまだなんだよ!?」

「席空いてるじゃん?マジ意味分かんないんですけどー?」


 おやおや、クレーマーですか。


 まあ、対応は信楽さんに任せるとしましょう。


「信楽さん、コレを……」

「ん?おぉう、分かった――」


 私は『お客様』を連れて、コースターに乗り込む際、信楽さんにある物をお渡ししました。


「申し訳ございませんお客様。今回の発車は、こちらの御二方のみとなっております。つきましてはお詫びとして、今回発車を見送る事になったお客様にこちらの食券をお配りしたいと思います」


 マニュアル通りに信楽さんが食券をお配りする。


「―――?」


『アレは何』と、おっしゃいますか?


 当園ご自慢のレストランの高級お食事券でございます。食べ放題かつ無料になる特別なモノとなっております。


 ……まあ、『お客様』に関してはあんなモノが無くとも、無料で提供いたしますのでご安心下さい。後で向かいたいのであれば、お好きなタイミングでご案内します。


「そろそろ、発車しますよ?」

「―――。」


 私はポケットからシートベルトを取り出して、『お客様』の肩から腰までを固定する。


『お客様』のシートベルトが全く動かないように固定されているのを確認。……大丈夫そうですね。


 私自身も固定し終えたら、安全バーを下ろして、いざ発進。


 ――ガタガタ……ガタガタガタ……!


 ロケットスタート用のエンジンが稼働し、コースターが振動を始める。


「『お客様』。こちら、本日初めてのアトラクションとなりますが、意気込みはいかがでしょうか?」

「―――。」


 ―――。


 なるほど。そうですか。


「では、共に黄泉路を楽しみましょう」


 お客様のお答えに満足した私はそう告げます。


 ――ゴォッ!


 そして、ジェットコースターは発車しました。


 発車すると、すぐに先の長い上り坂が見えてきます。


 コンベアーを利用して、コースターはカタカタと坂を上り始めます。


「今から上る先が、建設当時最も高かった急降下ポイントです」


 少しずつ、少しずつ、上っていきます。


 カタカタと振動を背中に感じながら、コンベアーがコースターを押し上げて、『お客様』を恐怖の頂きへと誘っていきます。


 乗ってしまえば、どうする事も出来ません。


 乗客である我々は敷かれたレールの上を走らされ、コースターに乗って叫ぶ事しか出来ません。


 怖いですか?怖い人もいるでしょうねぇ。


 思い通りに行かない未来。事前にどうなるかを知っていながら、防げない未来。


 されるがままに、恐怖の未来へと運ばれる。


 後戻りは出来ません。


 乗る事を選択したのは『お客様』です。


 さあ、風と共に――地獄の釜へと飛び込みましょう!


 私達の乗る先頭が坂を上り終えて、下る先が目に入ってくる。


「―――!?」


『お客様』が進行先を目の当たりにして、目を剥きました。


「見えてきましたね――」


 そう、先にあるのは――炎の壁。


 煮え滾る地獄の釜の如く、熱く身を焦がさんとする獄炎。


「――――――!――――――!?」


 こんな事があっていいのかと?


 何をおっしゃるのですか、『お客様』?


「お忘れですか?ここは、いわくつきのジェットコースターですよ?」

「――――――!?」


 どう見ても事故ではない?


 フフフ、乗ったのは『お客様』です。


 例え、スタッフの故意のドッキリでも、事故として処理されます。


「噂の内、二つが『窒息死』だったでしょう?その真意がこれです」


 不完全燃焼により生成された一酸化炭素が『お客様』の体内に入り込み、酸素を奪う。すると呼吸困難へ誘われ、窒息死というわけです。


 どんな噂であれ、何かしらの尾ひれがついているものです。


 そこに真実も含まれているとは知らず、噂を噂と信じ、侮った『お客様』は火傷する。気分はいかがでしょう?


「――――――――――――ッ!」

「ヒェッハァアアァアアアァッ!」


『お客様』は目をぎゅっと瞑りながら、後に断末魔の叫びとなるであろう声を上げる。


 私も見習って、少々下品な高笑いを一つ。


 そして、地獄の業火へと私達は飛び込みました。


 頬をチリつく熱気、(かまど)の前に立った時のような吹きつける熱された空気が顔面へと叩きつけられ、突き抜けていく。


「―――?」


 ――まあ、タダの立体映像なんですがね。


『お客様』が目をぱちくりさせる。


「当アトラクションはぁあああああっ!リアリティを追究する為にぃいいいいいっ!立体映像(ホログラム)と実際の炎をぉおおおおおっ!織り交ぜておりまぁあああああすっ!」


 ほぼ、垂直落下の勢いのまま、レールの上を爆走するコースターを、私は必死に解説する。


 ……あ、舌を噛むといけないので、『お客の皆様』は絶対に真似しないで下さいね?


 飛び込む時に見えた炎は、コースターと接触しない外枠だけは実際の炎であり、その内側は立体映像にする事で本物の炎に飛び込んだかのように錯覚させております。


 火というものは人類の最初の進化(大きな一歩)と言ってもいい文明の始まり。同時に最初の凶器とも言えます。 ……まあ、厳密には石器等が先ですが、今もそのまま使われているモノと限定しましょう。


 美しく灯り、光を放つモノ。幻想的かつ神秘的に輝くソレは、触れればたちまちその身を焼き焦がし、命の灯火を奪ってしまいます。


 美しくも危険な毒の花に飛び込むような禁忌的恐怖を体感出来るというわけです。ただ、レールで滑り落ちるだけの他のコースターとはひと味違います。


 その後も、私は解説を続けました。


「ギリギリまで車体を傾けたぁあああああああ!このコースはぁああああああ!当園自慢のカーブとぉおおおおおお!なっておりまぁあああああああす!」

「一回転がベターな所をぉおおおおおお!当園は三回転にしておりまぁあああああす!」

「最後の急降下の前にはぁああああああ!コークスクリュードライバーと呼ばれているぅうううううう!急上昇地点がありまぁああああああす!」


 コースターの爆走と共に、解説は無事終えました。


「ふぅ……ふぅ……久々のガイド、中々堪えますねぇ」


 乗車時とは別の専用出口で私達は降ります。


 私達が降りると、無人のコースターは戻っていきました。


「―――?」

「大丈夫、ですよ。これしきの事、やってのけなければ……当園で営業なんてやってられません」


 あまり長いこと醜態を晒すのも良くありません。私は急いで息を整える。


「ところで、噂の真意は分かりました?」


 私は『お客様』に問いかける。


「―――――――――。」

「その通りです『お客様』。全ては安全の為、『身長制限に達していない小さいお子様を乗せない為の嘘』というわけです」

「――――――?」


 おや?結局事故は無かったのか、と?


 まあ、一度『お客様』も体験なさったので、そろそろお答えしてもよろしいでしょう。


「――事故なんて一度も起きてませんよ」


 えぇ、一度きりもね?


 我々が管理している限り、予定と異なる事など――起きる筈がありませんからねぇ?


 私はほくそ笑んでみせた。

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