巡の最期
「……違うんだよ、お姉ちゃん」
少年は天へと昇っていった女性を見送ってからそう呟きました。
無力さを嘆くように。
あるいは、取り返しのつかない事をして泣きじゃくるように。
――何故なら彼は知っていたからです。
何故、一度は助かったように見えた女性までもが、この場で霊になっていたのかを。
少年が声をかける前、佇む女性はこう言っていました。
「――出して」
彼女は、愛していた男性と奇しくも同じ台詞をうわ言のように繰り返していたのです。
その真実は――。
『――だ、誰か!?出して!ここから出して!いやぁああぁぁあああああっ!?』
上から落ちてきた他のゴンドラによって落下し、その落ちてきたゴンドラの下敷きになった彼を見ていた次の瞬間。
一部のゴンドラを失って、釣り合いの崩れた観覧車が更に崩壊を起こし、一度は生き延びた彼女にトドメをさしてしまったというモノだった。
「ボクが初めての遊園地ではしゃいだから……お姉ちゃんの彼氏は死んじゃって、お姉ちゃんもせっかく生き延びたのに、逃げられずに死んじゃった」
せめて、向こうでは幸せに。
落ちてきたゴンドラに乗っていた少年はそう願いました。
ゴンドラの点検不備だとしても、自分がもう少し落ち着いていれば、こうならなかったかもしれないと嘆きながら。
――そして、私はこれらの話を語り継ぐようになったのですよ。ですから、コレは最後ではなく、最初の話というわけです。
―――――――――――――――
「ですから、私は人を殺めた悪霊としてここにいるのです」
「………。」
思えば、あの女性に対しての気持ちが、私の初恋でしたかね。
ふと、どなたかにホモ社長呼ばわりされたのを思い出して、そんな事を考える。
まあ、好きな男がいる時点で即玉砕。悲しい初恋です。
しかし、娯楽の少ない死後でも、こうやって遊園地で部下との日常を楽しんでいるだけで、充分幸せですからいいでしょう。
「それでは、この裏野ドリームランドの真実。そのおさらいといきましょう」
まず、ジェットコースター。
これは炎が『理不尽な暴力』となって襲いかかる。
しかし、その被害を誰も気づかない。
それは、ここが死後の世界であり、同時に現実の世界でもあるからです。
より詳細な説明は他のアトラクションを追いながらに致しましょう。
次のアクアツアー。
アレは『自然界における異種族間での弱肉強食』が襲いかかります。
乗ったはずの客が帰ってこない事に違和感を抱かないのはそもそも死んだ霊は現実の人間には見えないからです。
現実の人間と死後の人間は相互不干渉。
我々のような『人間に噂される程の怪奇に関係した』霊だけが現実に干渉できるのです。
そして、ミラーハウス。
鏡しかない世界により、『自分を見失いそうになる』危険が襲いかかります。
『自分を見失ったら人として終わり』。
我ながらよく出来た企画だと、自画自賛しています。
次のドリームキャッスル。
城の中、地上で王子様やお姫様の気分等を味わえる。
その一方で、地下では『戦場で拷問のような痛みに苦しむ人々がいる』。
同種族間での弱肉強食。『より強者から齎される度重なる死の恐怖』が襲いかかります。
ゲームなら何回でも死ねますからね。エグさでは一番だと自負しております。
なお、客がたまに消えるのはゲームに没頭するあまり帰ってこれなくなったんでしょう。
こんな事が起きて訴えられないかと言われましても、ここは死後の人間専用エリアです。問題ありません。
そして、メリーゴーランド。
誰かが遊んでいる、その裏では『誰かは苦しみながら必死に働いている』。
なお、こちらは生前で怠惰に生きた者が主に働かされております。
知っての通り、ミラーハウスの鏡像と兼任です。ちなみに、鏡像は向こうからはきちんと自分の姿に見えているので、誰が姿勢をとらされても変わりません。
最後に、観覧車。
私が悪霊となった全てのきっかけである事件です。
実は、この時起きた点検不備による事件が廃園になった本当の理由でございます。
一度の事件から客足が減る。信用を失うというのは大変なモノです。
一方、死んで悔いを残して現世にとどまった私は様々な噂を耳に入れていました。
霊の話をすれば、霊がやってくるというように、我々はその手の話には敏感なのです。
ゆえに、噂は簡単に集められました。
さて、廃園になった裏野ドリームランドをどうするのか?
私は現実と死後の世界を重ねるように暗躍しました。
今の裏野ドリームランドが現実と死後の世界の両方に存在するのは、この遊園地が廃園済みだからです。
アクアツアーを見れば分かるように、何も人間だけに死後の世界があるわけではありません。汚れた水や魚を殺す死海がアクアツアーの三途の川になっていたようにです。
ゆえに、この裏野ドリームランドは遊園地の事件と廃園した事実によって現実の世界と死後の世界を繋げているというわけです。
私は現実と死後の世界の両方に客を招く為に動きました。
死後の世界には新品の整備されたかつての様子が、現実の世界には客足の減り遂には廃園した遊園地が、それぞれありました。
まず私は現実の世界に干渉し、ボロボロになった遊園地を整備しながら、ネットを利用して噂をそれとなく流す事で肝試しにやってくるように画策しました。
現実の世界に死者である私が干渉をするのは悪と言えます。それにより、どんどん私は悪霊となっていきました。
そして徐々に、噂を利用せずとも私一人でも怪奇現象が起こせるようになりました。これにより作業効率が跳ね上がり、現実の世界の裏野ドリームランドは廃園した筈なのにひとりでに動く遊園地として復興し始めます。
次に死後の世界の裏野ドリームランドです。
現実の世界に人知れずたっぷり干渉し終えた私は、自分が死んだ事すら忘れて彷徨う霊達にファストパスを渡して誘い込みます。
ファストパスを渡す事で現実の世界の客と列を分けて、自然に客を運ぶというわけです。
時には、ジェットコースターで焼き尽くし。
時には、アクアツアーで動物の餌にして。
時には、鏡の中に閉じ込めて。
時には、ドリームキャッスルの地下室で悲鳴をあげさせて。
時には、鏡の中に閉じ込めた人間をメリーゴーランドで働かせて。
そうして、私は噂を現実に変えました。
一人で現実と死後の世界を弄っているうちに、気づけば憑依まで出来るようになった私は客の記憶を盗み見て、スカウトするようになりました。
……あ、ちなみに、『お客様』が『視』ている横から時折口を挟んでいたのは、ぼーっとしていた『お客様』に憑依していたからです。ミラーハウスの余裕もこれが理由です。
さておき、そのスカウトした死者達が彼らというわけです。
――と、まあ、長話はこのくらいですかね?
「以上がこの裏野ドリームランドの全ての真実です。お疲れ様でした、『お客様』」
「――――――。」
まだ、話してない事がある?
フフフ、『お客様』の秘密ですよね?
それに関しては、退園しながら簡単にご説明いたしましょう。




