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やっぱりトリップしないとだめですか?  作者: 物想空之
ハザマノクニ
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ハザマの世界の男

「さて。」

「あの…さっきのは…従者様はいったいどこへ。」

「やはりシキが消えても、あなたの記憶から彼は消えないのね。」

「え?」

「あまり時間がたつと出口が離れてしまうから、手短に話す。私の予想では、あなたはもともとこの国の王女ではない。」

「…いったいそれは…どういう…。」


「私たちは管理人(キーパー)、異世界へのトリップを望む、もしくは偶然の産物で異世界にトリップしてしまった人々を導き、世界の均衡をたもち、ゆらぎを補正する義務を負っている。」

「……。」

「彼が消えたとき本来ならばあなたの記憶から彼の存在は自動的に消去される。しかしあなたは彼を覚えているでしょう?」


王女は先の従者を思い出し、思い出せることにうなずく。


「だいたいさっきの話もよく考えたらおかしいのよ。最後の勇者がおじいさまなら、あなたのお母様は誰と結婚したの?あなたは一体、どうやって育ったの?思い出せる?」


そこで王女は驚き、それから困った顔をし、不安げな顔になってうつむいた。


「あなたのその地位はおそらく、つくられたものではない。どこかに王女がいる。ただし、この国ではないようね。だから、私たちは王女を探しに行く。」

「……私は一体…」


王女の不安気な顔を見て、エマは続きを話すか一瞬間迷う。しかしすぐに、躊躇わずに続けた。


「あなたはおそらく…私たち同様ハザマの者…だと思うわ。でもハザマの世界がこの国に送り込んだ管理人(キーパー)の記録に、私以外に女性の記録はなかった…。」

「そんなに確証のもてないことばかりなのに、どうしてあなたは私をハザマの世界の者だと考えるの?」


エマはそこで王女をまじまじと見つめた。


「あなたさっき彼に、懐かしい感じがすると言っていたでしょう。」

「…聞いてらしたの。」

「…私も、あなたを見たときからずっと思っていることがある。」

「思っていること?」

「あなた、リラって名前に何か感じない?」


王女の目が見開かれた。


な ぜ だ ろ う。


リオーナと呼ばれるよりリラと呼ばれた方が、どこかすっきりとした気持ちになれる、と彼女は思った。


エマはその様子を見ながら、腕時計を軽く見た。

結構たってしまった。

はぐれてしまうと面倒なんだがなと、彼女が思ったとき、王女は呟くように言った。


「…イ。」

「?」

「カイ。」


今度ははっきり、彼女は言った。


「夢に見るの、カイという名の男。顔や姿がもやがかっているのだけれど、私は彼に指輪を渡している。」

「指輪?」

「それはすごく大切なもののように思えるのだけれど、渡してしまった途端、どうでもいいもののように思えてしまうの。彼はそれを受け取って、私に何か一言言うのだけれど、私はそれを聞き取れず、いつも夢はその一瞬だけで終わってしまう。」


カイ。エマの頭に、一人、ハザマの世界の男の顔が浮かんだ。部署が違うから話したことはないが、デキる男だと聞いている。彼が何か知っているのか。


「ありがとう、必ずまた戻る。」


エマは一言そういうと、窓に向かって歩き出した。

ゴーグルを装着する。


「あのっ、一緒に連れて行ってはくれないの?」

「…この国に王女は必要よ。つまり今は、あなたが。必ず戻る。迷子の王女をつれて。」


エマはそう言うと妖艶に笑った。

王女はその笑顔を、どこかで見たことがあるような気がした。


エマは城の窓を開け放つ。

ゴーグルの示す青い線は、真っ直ぐ地面に向かって伸びていた。

縁に足をかけ、地面に向かって華麗なフォームで飛び込んだ。


暗転する視界の中で、エマは考えた。

ハザマの者を、異世界に定着させ、その国の者を別の国へ転送する、そんなことが可能なのか。


『俺たち管理人(キーパー)のすむハザマの世界って、いったい何なんだろう。』


彼が言ったとき、自分も確かにそう思った。

私たちは一体どうして存在するのか。

世界のゆらぎを補正する、そんな必要が果たしてあるのか。


いや、こんなことを考えるのは、とりあえずこの面倒な事案が片付いてからにしよう。


暗転し、無数の光が四方を囲み、幻想的な闇が彼女を覆っている。

例えるならそれは、向こうの世界の夜空や宇宙空間のようなもの。

平衡感覚は失われ、あらゆる自分の五感が失われ、ただし視界だけは良好だ。

ほんの数秒のこのトリップする瞬間の景色を、幼馴染は見たことがないだろう。


いや、他の誰も知らないかもしれない。


トリップするとき五感は完全に失われ、自分と言う存在は一度消える。それは規則であり常識であり、事実なのだ。

そうであるはずなのに、彼女はその空間が見える。

いつまでも覚えていられる。

そしてまた見たいと思うことをやめられず、トリップにとりつかれ、今の仕事が好きになってしまった。


だから無駄に出世などしてしまったのだろう。


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