従者、王女の胸にトビコむ
「貴方たちは…一体…何をしているんですか?私の部屋で。」
「それがですね…話すと長くなりましてね。」
「勇者様、そこは私の衣装が入った棚です。あまり荒らされては困ります。」
「ねえ従者君、ちゃんと王女様のお相手してて。」
「俺ばっかりなんでこんな気苦労を…王女様大変申し訳ございません、勇者はあなたの部屋から魔物の残り香を感じ取ったため、このように調査しているのです…少々手荒ですが…どうかお許しを。」
「ま、魔物?そのようなものはここ100年ほど、誰も見ておりません。」
「そのようですね。」
俺はエマの行動を気にしてそちらに行こうとする王女を、なんとか引き止めながら適当な話をする。
もう少しこう、ムードのある、キザなセリフかなんかが言えたらな、とは思っているが、今更、従者の上に吟遊詩人の能力を上書きするのもなんだかな、と思ってやめる。
「やはり分からない。」
エマはつぶやいた。
ようやく部屋荒らしをやめたエマにほっとした王女が、まっすぐ俺を見た。
「ところであなたは、勇者様の従者様なのですよね。」
「え?ええまあ。」
早口言葉みたいだなと思っていると、王女様は急にしょんぼりとした様子を見せる。
「それは残念です。あなたも勇者様であったならば、結婚できましたのに。」
「……は、え?」
「ほう。」
俺の間の抜けた声と違って、エマは興味深げな返事を返した。
「あれか、もしや。べたな。このままでは、わけのわからない、滅んだと言われる魔物の一族の末裔とやらと結婚させられてしまう、とかいう設定?」
「べた…?何のお話か分かりませんが…私はかつてこの国の魔物を討伐してくださった勇者様と、そのときに王女でいらしたおばあさまの子孫なのですが、そのときの勇者様があまりに優秀で、魔物を根絶やしにしてしまい、100年の平和が訪れ、ゆえにこの国には私の結婚相手となるはずの勇者様がいらっしゃらなくなってしまったのです。」
「……それはまた……難儀な。」
思ったことが口から出てしまった俺を、エマはちらと見、何かを考えこむ。
「どう思うシキ」
エマが俺を名前で呼ぶ。
真剣なとき、彼女はそうする。
そうでもないときはめっきり名前など呼ばないのに。
そもそも、部下や同僚の名前など彼女はいちいち覚えていない。
「ゆらぎか…?」
「私もそう思う。」
「だがトリッパ―はいないぞ。おそらくその勇者とやらが、最後のトリッパ―なのでは?」
「だとしたら痕跡が見当たらないのもうなずける。時間が経ちすぎている。ただ…」
「?」
「いかにこの世界の時間軸がハザマの世界と違っていたとしても、100年間一人の管理人もよこしていないなんて…考えにくい…。とりわけゆらぎの可能性があるならば…なおさら。」
「……ずさんな上司の管轄なんだろ。」
「……。」
エマは真剣な顔をした。
そしてしばらく考えた挙句、部屋を出て行った。
廊下で、ハザマの転送係と話をしているようだ。
俺とエマの話の行方を不思議そうに見ていた王女が、所在なさげに手もみしている。いくつくらいなんだろうか、この王女は。若そうだが色気がある。たっぷりとした金髪に、澄んだ青い瞳。デフォルトだな、なんて思いながら、対照的に真っ黒いさらさらした髪にすこし垂れた、しかし意志の強そうな瞳をしたエマと比べた。タイプの違う美人というやつか。
「あの。」
「え、あ、はい。」
「シキさんとおっしゃるんですか、従者様は。」
「そうです。王女様、そういえばお名前は?」
「私はリオーナと申します。」
「リオーナ王女。」
「不思議ですね。」
「?何がです?」
「なぜか勇者様や従者様を見てどこか懐かしく思うのです。」
ぼんやりと彼女はそう言いながら、どこかを見ていた。懐かしいとは何だろう。一体どういう意味だ。
「従者、すぐ次に行く。」
「え。」
エマが急ぎ足で部屋に入ってきたかと思うと、なぜかリオーナの背後にすっと立った。
「あの」
そして何を思ったか、軽く王女の手を後ろに拘束する。
「いいか、二重トリップする。ここから次へ。」
「え、今?」
「今、すぐ。」
「入り口は。」
「……」
エマは自分より少し背の低い王女の胸元を見やった。まて、嘘だろ、そんなことしたら、俺は完全に変態だ。
「入り口係に感謝するんだな。」
「複雑な気分だ…申し訳なさのほうが多少大きい。」
「あの、勇者様いったい…」
「王女様大変申し訳ないのですが、ほんの一分でいいのでこの状態で目をつぶっていて下さい。絶対怪我も、嫌な思いもさせません。本当に一瞬ですから、どうかお願いします。」
言いながらエマは王女の手を押さえていない方の手で王女の目を覆い、俺にはやくと口パクで合図した。
ああ、なんて犯罪臭のするアングルだろうか。
俺はそう思い、しかしかぶりを振り、思い切り、走り出した。
やわらかそうな白い肌。
エマの何とも言えない表情。
エマの手の隙間からしっかり俺と目があってしまった王女。
それらの景色が一瞬にしてまた暗転した。
本当に、この瞬間がなにより嫌いなのに。
今回のそれはそんなに嫌な気がしなかった。