第34話 そばに居たいと思っただけ。
和の都編(エマside)
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エマは校内を歩き回る。
もしかしたらもう少年は学校を出てしまったのか。
全く影も形も見つからない。
意を決して何人かの生徒に、一緒に来た少年とはぐれてしまったが見かけなかったかと聞いてみたが、誰一人として見たものはいないようだ。
妙だ
体育館、部室、使われていない教室をしらみつぶしに見、最上階までやってきたエマはここに居なければまたあの家屋の前で張るしかないと思い、ため息をついた。
その時だった。
スパン
小気味良い音がして、最奥の部屋が空いたかと思うと、そこから見知った顔が出て来た。
「え、葵さん…?」
「…どうしてここにいるの」
「それは…こっちのセリフなんだけども…」
「ここは、私の通う高校。そして私はここの生徒会長」
なるほど、そういえば。葵の来ていたセーラー服と同じものを、女子生徒は着ていた。
「何しに来たの、こっちの世界に。我が校での迷惑行為は厳重にお断りする」
なぜかこっちの世にいるのに腰にさしている刀の鞘ごと、ビシッとエマに向けた。様になっている。
「その、迷惑をかけるつもりは…ただ、少年を追ってここに」
「少年…?」
葵の表情が険しくなった。そしてちらりと、自分が出て来た部屋の中を見た。
「そこにいるの?」
「…なぜこの子を追うの?」
「…あなたにそれを言う義理はないわ。だいたいどうして、あなたが今ここに?先生と市場に出ていたはず」
「…書物屋に行ったらあなたたちがいなかった。先生を問いただしたら、秋社への道を教えたと言うから追いかけたが、途中であなたを見失ったという連れの男が戻ってきたのに遭遇した。ひとまず先生のもとへ帰ると、露実が現れ、私に助けてと言った。だからこっちに彼とともに来た」
「…露実を…どうして知ってるの?あなたはいったい、何者?」
開け放たれた廊下の窓から、一瞬強い風が吹いた。
夏だからか、その風は生暖かかった。
葵がゆっくり、しなやかな動作で刀を抜いた鞘を後ろに放る。
カラン
「あなたとはこうなる気がしてた。本当は河原であなたの連れを助けるべきか迷った。でも助けた。さて、どうしてでしょう」
言いながら葵は真っ直ぐエマに向かって突っ込んだ。切りかかられる、エマは反射で身をひるがえし、自らも刀を抜く。
「フツウの刀じゃ折れちゃうと思うよ?」
葵は真顔で次の攻撃にうつる。
エマは刀を出したものの、刃でうけてはならないと思うと間一髪のところで避けるしか手はない。
「私はあなたとは戦いたくない、だいたいどうして切りかかるの、ついさっきまでは味方だったのに」
「さて、どうしてでしょう」
葵はうっすら笑った。
さらさらとした黒髪が刀を振るうと同時に揺れる。
その肩越しに、天狗の面をつけた先ほどの少年を、エマは見た。
「露実、その面を渡して、お願い」
エマの問いかけに、少年は肩を揺らし、切りつけてくる葵は目を見開いた。
そして部屋の入り口を見る。
「どうして視えるの?」
「え?」
「面をつけているとき、彼は視えないはずなのに…」
「…それで誰も見かけた人がいなかったのね」
エマの頬を葵の刀がかすめた。
そのまま葵の刀は縦に振られる。
肩を切られる
と思ったエマはとっさに自らの刀で受け止めた。
一度でいい、もってくれ
と。
しかし思ったより、確かに受け止めたという手ごたえをエマは得る。
かなりの力で押されているのに、刀は折れる気配がない。
「なんで…これは妖刀…アヤカシを追い払うほどの邪気をもつはず」
エマも不思議に思ったが、ガキンと押し返すと少し距離をとって自分の刀をみた。
もしかして、刀の中身は勇者の剣のままなの?だとしたら…
「おあいにく、フツウの刀じゃないの」
「どういうこと」
今度はエマが葵に向かって刀を振る。倒すつもりはないが、その手から刀を打ち落としたかった。
「ドラゴンと戦ってるの、真っ黒い、悪魔のようなね?」
エマは何度も何度も葵の刀の一点を集中して切る。
目には見えないがそこには小さなほころびができかけていた。
キィン カキン バキン ガキン
葵は防戦するしかない。
エマの振るう刀は、細い体のどこからそんな力が出るのかと思うほどに重い。
少しずつ、少しずつ後ずさりする。目の前で激しく討ちあう少女二人を目の前に、露実は固唾をのんだ。
「っく」
葵の刀を持つ手が震えた。
エマはそれを見逃さず、今まで以上に大きくかぶりを振って刀を振り下ろした。
もちろん葵は受け止めたが、ピリピリと刀には目に見えてひびが入った。
葵の眉間にしわが一瞬寄り、そのあとフッと、諦めたように柔和な顔になった。
「…どうしてロキの手助けなんか…あなたに一体なんのメリットが?」
「メリット?そんなこと考えてなかった…もともと私はオタクで、まさか本当にトリップできるとは思ってなかったけど、できてすごくうれしかったの。そしてトリップした先で最初に見たのが、先生。彼がアヤカシに襲われ、必死になにかを描いて追い払ったところに偶然居合わせた。そのとき声が聞こえたの。男の声。先生に、『般若の面を被せたら、ずっとそばに居られるぞ』って。変な話だけどね、私はそれを信じた。だって……ただ…ね。ただ、先生のそばに居たいと思った。そう思ってしまったの…その時。本当に、それだけだったの」
葵はそう言い、儚げに笑った。
パキン
葵の刀が折れる。
折れると同時にその刀は粉々に砕け、きらきらと光る欠片の山が二人の足元に小さくできた。
葵は腰が抜けたようにストンとそこに座り込んだ。
成り行きを見ていた少年が慌てて部屋の中に入っていく。
エマが追って入ると、そこは生徒会室らしい。棚をかきわけて奥に行くと、少年が古ぼけた細い木のロッカーのようなものを開けて中を必死にさわっていた。
「なんで…なんでないんだ、入り口が…」
幼い声が震えていた。
迫りくるエマに気づき、ロッカーをさわるのをあきらめ、逃げ道を探そうとした。
「ねぇ、その面、どうしたの?お願いだからそれ、私に頂戴?どうして私から逃げるの?」
「…っ、これは僕が僕からもらったんだ、だから僕のものだ」
「…僕って…ロキにもらったの?」
「大人になった僕が、葵姉ちゃんに渡したの、子供の僕に渡してって。だから僕のもの。いつか、この面を奪おうとするやつが現れるかもしれないけど、絶対に渡しちゃいけないって」
「どうして私の顔を見て、私がその面を奪おうとするやつだって分かったの?」
露実はその言葉を聞いて、怯えるのをやめた。
こわばっていたからだから一気に力が抜け、その手はそっと自分の面をとった。
幼い顔つきだが、そのエマをまっすぐ見る目だけは、どこか老成していた。
「奪いにくるのが君だと、分かっていたからだよ」
露実はそう言い、無表情に面を放った。
エマは慌ててその面を落とさないように持つ。
どこからともなく突風が吹き、エマは一瞬目を瞑ってしまう。
目を開けるとそこには露実の姿はなく、今まで、戦っていた時から全く聞こえていなかったセミの声が煩わしいくらいに耳に入ってきた。
「どう…なってるの」
エマの手には、禍々しいオーラを放つ天狗の面が握られていた。




