勇者、王女をアシゲにす
王国系か?
まさしく城、と言うに相応しい立派な古城がある。
いかつい甲冑を被った、これまたいかにもな門番が、門の前でぼんやり佇む俺を、不審な目で見ている。
待て。
エマはどこだ。
周りを見渡すが、影も形もない。
後ろを振り向くと、丘の下に城下町が見える。
トリップ先が王国であった場合、トリッパ―は城にいる可能性が高い。それは城の王女と話すためであったり、勇者として迎え入れられ訓練をしていたり。あるいは城下町にいる可能性もあるが…いずれは何らかの形で城に来ることが多い。
つまり俺は、この中に入る必要があるわけだ。
「よし。」
意を決して、じろじろと俺を見る門番に話しかけることにした。
「あの。」
「民間人は入れぬ。」
「ですよね、知ってます、だいたいそうですよね。」
「不審人物め。それは一体どこの国の服だ。魔術師か、妖術師の類か。」
なるほど、スーツを知らないのは予想できるが、魔術師やら妖術師やらが存在する国だということは新たな情報だ。そういえば、俺はエマから預かった道具の中に、能力値操作があったような…あれ、おかしいぞ…見当たらない。
「答えよ。城に何用か。」
「あー、いえその、実は旅をしてまして。」
「そのなりで?何ももたずにか?」
「あー、お、襲われて、荷物をとられて。」
「このあたりは平和だ。いったい何に襲われたのだ。かついていた魔物も、もう100年は噂を聞かない。」
「うーん。」
お手上げだ、いつもならもう少しこう、スマートに仕事をこなしてるんだが…何せ、仕事内容も目的も、対象人物も全くエマに説明されていない。こんな状態で、一人放置されたら、それこそトリッパ―と変わらないじゃないか。たまには対象者の気分を味わうのもまぁ、悪くはないが…なにせこんな状況だと捕まってしまうなんてこともある。
そうか、捕まえてもらえば、中には入れるか。
「えっと…俺は不審者です、どうか捕まえてください。」
門番は今までになくらい怪訝な顔をした。
そうだよな、分かるよ、いや、不審者って何すりゃいいんだよ、とは思ったがそのまま言うのは絶対に違うよな。どうしよう。
「ふざけるな、貴様、その場でこの槍に刺されたいか。さもなくば立ち去れ。」
あぁ、殺されるか、逃げるかしか選択肢はなくなってしまった。俺って無能。
「ちょっと。」
「え。」
聞き覚えのある声。エマだ。
しかし、なぜ門のそちら側から俺を見ているのか。
ちゃっかり勇者風の恰好までして。
俺に声をかけ、門番を見た。
「ごめんそれ、私の従者なんだ。」
「は、勇者様の。」
「そう、ちょっとね。はぐれて放置してしまった。」
「そうでしたか、直ちに中へ。」
門番は笑いながらエマにそう言い、あっけなく俺は中に入ることができた。
颯爽と歩くエマの後ろにつきながら、俺はまず何から問うべきか考えた。いやまず、文句を言うべきなのだろうか。
「いろいろ考えてて、言いたいことがあるのも分かるけど、もう少し黙っててくれると助かる。ちょっと問題が起きててね。急いでるの。」
「エスパーかよ。」
「とりあえずSО(スペックオペレーションの略)勝手に使って中に持ってきちゃったのは謝るから。使って従者的な何かになって。」
「俺も勇者じゃだめなんですか。」
「何でも良いってば。」
言いながら彼女はダウジングらしきものを出し、先のゴーグルをかける。勇者の恰好でそれは怪しくないか?と思ったが、俺はとりあえずSОのメモリを従者に合わせ、自分に向けた。反射的に目をつぶり、その拳銃のような形の機械のトリガーを引いた。
「結局従者にするのね。」
目を開けると彼女がゴーグルを上げながら、楽しそうに笑っていた。俺的には、妖艶な笑みよりこういう笑い方してる時の方が良いと思う。
「目、つぶってたわよ。」
「見んなよ。」
「はいはい、行くよ従者君。あっち。」
「どうせ俺は従者キャラさ。」
「自分で選んだくせに。」
彼女はダウジングを片手でくるくる回しながら、廊下を、右に左にと迷いなく進んでいく。どこを目指しているんだろう。
「このあたりのはずなんだけど。」
「さっきから何探してるんだ。」
「痕跡。」
「ゴーグルに出ないのか?」
「出ないから困ってる。トリッパ―がいた形跡はあるけど、痕跡が見当たらない、最近、よくこういう問題が起きてるわけ。そんなとき、この原始的な機械が多少役に立つのよ。」
彼女はまた言いながらゴーグルを装着し、ダウジングを始める。指し示す通りに進むとある、大きな扉の前にたどり着いた。そしてためらいもなく、ふさがっている両手の代わりに、足で扉を蹴り開けた。
「きゃっ。」
「あ。」
エマの声とは違う、可愛らしい悲鳴が聞こえた。
直後に漏れた俺の声。
ダウジングを手にゴーグルをかけた勇者を見て、いかにも王女と言うにふさわしい金髪の女性が、驚いている。そして、隣に立つ俺を見た。目が合う。
「おいエマ…どこに王女を足蹴にする勇者がいる。」
「ここにいるわね。王女は任せた、従者よ。」
「なんかずっと思ってたけど、俺、お前とキャラ逆の方がいいんじゃないか。」
「はてはて?」
エマが蹴り開けた扉の前で腰を抜かし、怯えた表情をする美しい王女に、とりあえず俺は膝をつき、謝ることにした。