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「王都の魔石加工場を爆破? そんなことしたの、あいつら」

 危うく、咀嚼中の鶏肉が口から出てしまうところだった。

 夕食の時間帯。丸一日何も食べていなかった私は、ようやくありついた食事を夢中で貪っていた。

魔力を消耗するとやたらと眠くなるが、と同時にむしょうに腹も減るのだ。

 地下牢で、鼻が曲がるような悪臭を嗅ぎ続けたくらいでは、失せるような食欲じゃない。事情を知っているのか、食堂のおばちゃんも肉体派の隊員用かと思うほど盛りを良くしてくれている。

 そんな私を目敏く見つけ、向かいの席に座ったのはヒーリィだ。

彼は、私が医務室で寝ている間に起きたことを詳しく話してくれた。

「成功はしなかったようですが、犯人と遭遇した警備員が殺されたようです。持ち込まれた魔導弾の数も半端ではなく、実行されていれば加工場どころか王都の半分が吹っ飛んでいたとか」

「……まぁ、そりゃそうよね」

 魔石は、古の一族と比べれば微々たるものになってしまった現代の魔力を増幅し、魔導具の動力へと変換してくれる石だ。魔導弾の爆発が加工場に大量に備蓄された魔石に引火したりしたら、考えるのも恐ろしい事態になる。

「魔法騎士団側では、今回のテロが師団の配置転換の隙をついたものだと捕えているようですね」

「なるほど。それであんなにムキになってるんだ……」

 王都東区及びウィル自治区担当の魔法騎士師団が配置換えになった。当然、新任の第三師団は現場に慣れておらず、隙が出来る。そこを突こうという考えは、確かに賢いと思う。

 だが、それは返って、奴の怒りの火に油を注いだ。奴の心情を分かりやすく言うと、『虫けらどもがこの俺様に対してナニ舐めた真似してくれちゃってるワケ? そんなに地獄に行きたいのか!』というところだろうか。

慣例を無視してウィル自治区に師団長自ら腰を据え、徹底した捜査を行っているのは、そういう背景があってのことなのか。

「メウル。一つ確認しておきたいのですが」

 ヒーリィが突然、身を乗り出してきた。

「……何?」

 私はスープ皿を抱えたまま、思わず上半身を引いた。……だから、男前に真顔で接近されると怖いんだってば。

「ガーラント師団長とは、以前からの知り合いなのですか?」

「…………」

「…………」

「……ま、……まあ。そんな感じ」

 ヒーリィの無言の圧力に負けて、私は渋々認めた。

「と言うと、魔導学校時代ですよね、交流があったのは」

 交流……。そんな青春の一ページみたいな爽やかなものじゃなかったんだけどね。

「でも、意外ですね。白銀の悪魔が、ウィル自治区出身者と旧知の仲だったなんて」

「ちょっ、黙っててよ、ヒーリィ。噂にでもなったら、こっちが言いふらしてると思われるじゃない。そうなったら命がいくらあっても足りないんだから」

 私は慌てて彼の長い横髪を引っ張って引き寄せ、耳元で囁く。

「何故です? そんな疚しいことが、二人の間にあったってことですか?」

 だから、こんな至近距離で目を見て笑うな。しかも笑ってる割に目は怖いし。

「んなわけないでしょうが!」

「昨日から、なんだかおかしいですよ、メウル」

 大真面目に言わないでほしい。それに、言っちゃ悪いが、あんたの方がずっと変だから。

「とにかく、私は別に、あの師団長のお友達でもなんでもないの。できれば、夕べが初対面だってことに過去を書き換えてくれた方がいいくらいなの! 分かった?」

「……怪しい」

 子どもが大人を疑うような目でこっちを見るな。男前がすると、結構破壊力が大きいんだから。

「ま、早いところ犯人を捕まえてもらって、とっとと王都にお帰りいただくのが一番ですね。今度の担当師団はやけに張り切ってくれてますし、不満分子を根こそぎ壊滅させてくれると、今後こちらも負担が減るというものですし」

「でもさ。あんまり魔法騎士団がウィル自治区を動き回ると、余計に反感を買うんじゃない? ほら、獅子門前広場事件を事ある毎に持ち出す団体とかいるし」

「別に、あんな奴らのことなんか気にする必要なんてないですよ」

 ヒーリィは吐き捨てるように言った。

「ああいう輩は、特警隊すら王政府の犬扱いですから。自分達の平穏な生活を守ってもらっていながら、そのために命を賭している人達にそんな感情しか持てないんですからね。特警隊と魔法騎士団が入れ替わっても、大して変わりはないでしょう」

 まあ、それもそうか、と彼の言い分に納得する。

 獅子門前広場事件が起きたのは二十七年前。私が産まれる前の話だ。

 先王の勅令で、魔力を持たない者が城壁外の旧市街地へと強制移住させられて、三年後のことだった。

 当時は、ウィル自治区は自治区ではなく居住地と呼ばれ、王政府から派遣された執政官が市政を運営しており、治安維持は魔法騎士団が担当していた。

 今でこそ、ウィル自治区とそれ以外の土地は相互に住民の出入りは厳しく規制されているが、当時は能力者がウィル自治区に出入りすることは自由だった。能力者はウィル自治区で好き勝手に暴れても、その外にさえ出れば罪を逃れられる。ウィル居住地住民は泣き寝入りするしかないという酷い時代が続いた。

 ある日、獅子門前広場で遊んでいたウィル居住地住民の子どもが、酔っ払った能力者に酷い殺され方をした。それを見ていた父親が能力者を手にかけ、その父親を庇うために親族が団結した。それがやがて大きな集団となり、ウィル居住地全体に広がった。

 マジカラントは内戦状態となり、やがて隣国がウィル住民側と接触、内戦を拡大させようと介入の動きを見せた。そこまできて、ようやく穏健派の貴族たちが立ち上がり、先王を廃して、まだ少年だった現王を即位させた。

 それから後、ウィル自治区の制定、特警隊創設、能力者のウィル自治区立ち入り制限の方針策定と、現王の治世の下、ウィル自治区住民は虐げられてきた日々から少しずつ解放されてきた。

 それでも、まだまだ両者の格差は大きい。その不満を煽り、再び内戦の時代へと向かわせようとする人々はいる。

 ウィル自治区住民を徹底的に排除したい保守層貴族と、他国の力を借りてでもこの国の支配層を追い落としたい不満分子ら。両者は正反対の立場にありながら、やりたいことは同じなのだ。

 その保守層貴族の代表格、ガーラント家の子息がウィル自治区の治安維持に乗り出してきていることに、私はなぜかとても嫌な予感を感じていた。彼なら、意図的にやり過ぎることなど造作もないだろう。

 不安が先に立って、お腹は膨れたが、満ち足りた、とはかけ離れた気持ちだった。

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