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魔法国家騒動記64

 頬を何度も叩かれ、肩を激しく揺すぶられて、私はゆっくりと目を開けた。

 目を瞬かせると、次第にぼやけている視界が定まって、こちらを見下ろしている人がいることに気付く。

 白に近い灰色っぽい髪を短く刈り上げ、黒っぽい戦闘服を着た青年。

 ……誰だろう?

 訝しげに首を捻ると、突然、その人物にガバッと抱きつかれてしまった。

「ひえっ」

 思わず悲鳴を上げて身体を強張らせると、私を抱きしめるその腕に益々力が込められていく。

「……そんなに私が嫌か?」

「……は?」

 その声を聞いて、私はビクッと肩を震わせた。

 えっ。……まさか。でも、どうして?

 そっと青年の背に手を回してしがみ付く。私の手には、ちゃんと彼の身体が存在するという感触が伝わってくる。

 ……あ、そうか。そういうことなんだ。

「やっぱり、私、死んじゃったんだね。で、迎えに来てくれたんだ……」

「……ん?」

 私を抱きしめていた腕が解け、青年は私の両肩を掴んだまま、訝しげに顔を覗きこんでくる。

 月明かりしかない中でよく見えないけれど、目を凝らせば、その彫刻のように端正な顔は、間違いなくアレックスだった。

 けれど、彼は死後の世界でかなりのイメチェンをしたようだ。ぱっと見た限り、これがあの白銀の悪魔とは分からない。それほど、彼は長い白銀の髪に真紅の制服というイメージが強かったから。

「お前、本当に大丈夫か? お前も私も死んでないのだが」

 ……え?

 目を瞬かせながら、改めて手を伸ばしてそっとアレックスの頬に触れると、血が通っている温かな肌の感触が指先から伝わってくる。

 身体の奥底から、震えと共に底知れない歓喜が押し寄せてくる。溢れだしそうになるそれを飲み込んで、私は努めて冷静を装うとした。

「……何で、生きているの?」

 そう訊くと、アレックスはフッと笑みを零した。

「お前も同じことを訊くんだな。あの時の私のように」

「ああ……」

 数か月前、獅子門前広場で再会した時、アレックスが私に投げかけたのと同じ問いを、図らずも彼に投げかけてしまったようだ。

「事情があって、特殊任務に当たっていた。私が生きていることは、陛下と父と長兄しか知らない」

「……そう、なの?」

「ああ。だから、お前が私が死んだと思って傷ついているだろうと思いながらも、お前に何も告げることが出来なかった」

 その言葉がきっかけで、感情を抑え込んでいた堰が切れた。

「……酷い」

 私があんなに苦しんだのは、一体何だったんだ。

「すまない。許してくれ」

「ううっ、……許さない。許さないんだからっ!」

 これまで抑え込んでいた感情が溢れ出し、止められなかった。

「あなたが、私のせいで死んじゃったんだって、ずっと自分を責めていたんだからねっ。あんなことせずに傍にいれば良かったって、ずっと後悔してたんだからっ……!」

 アレックスの胸に縋り付き、私は子供の様に声を上げて泣いた。

 泣きじゃくる私の頭や背を優しく撫でてあやしてくれたアレックスは、私が多少落ち着くのを見計らって耳元で囁いた。

「お互い様ということで、許してくれないか」

 うっ、と私は嗚咽を飲み込んだ。

「私は、お前が私を捨ててリーディア伯爵の元に帰ったことを許すから、お前も私のことを許してほしい」

 冗談じゃない。私や周囲がどれだけ悲しんだと思っているんだ。

 ……でも。

 私は、馬車の座席に腰を下ろして私を横抱きに抱きかかえているアレックスを見上げた。

 うん、もうどうでもいい。彼が生きて帰ってきてくれた、それだけでいいじゃないか。

「……分かった。でも、もう黙ってどこかへ行ったりしないでね」

「ああ」

 艶やかな笑みを浮かべたアレックスの色っぽさに胸がキュンとした瞬間、その顔が下りてきて唇が重ねられた。


 アレックスは、ウィル自治区で反乱分子との戦闘中、火災で崩れた建物の下敷きになり、危うく命を落とすところだったという。

 それを救ったのが、長兄レイモンドの部下だった。その部下は、隣国フォルスに外交官として赴任しながら裏で国情を探っていたレイモンドの指示で、反乱分子に潜り込んでいたという。

 重傷のアレックスは、長兄の指示で密かに下町の隠れ家に運び込まれ、辛うじて一命を取り留めた。

 だが、魔法騎士団へ戻ろうとした彼に、長兄からの指示が届けられた。このまま死んだことにして、マジカラント国内に入り込んだフォルス王国のスパイを炙り出すように、と。

 長兄レイモンドは、表向きは外交官だけれど、裏では諜報活動も行う権限を与えられた、かなりの実力者らしい。さすがはガーラント伯爵家の長男だ。

 すでに陛下と公安大臣の許可を取っていると言われ、アレックスはその象徴的な長い髪を短く切り、真紅の制服を脱ぎ、白い肌色を暗く見せるよう化粧をして、長兄の部下と共に諜報活動を行うようになった。

 そのお蔭で、フォルス王国に逃亡しようとした革新派貴族を捕え、その屋敷から密書を発見し、その密書から芋づる式にフォルス王国と繋がる国内の不穏分子を摘発することができた。

 そして、マジカラントを国内から揺るがすための駒を次々と失ったフォルス王国側が、最後の手段として私に目を付け、不満分子であるマーシュ達下町の住民を金と地位で釣って攫わせようとしたところを取り押さえたのだという。

 けれど、まさかマーシュが、馬車の中で私を殺そうとするとは思っていなかったらしく、危うく手遅れになるところだった、とアレックスは再び私を固く抱きしめた。

 連絡を受けて駆け付けた魔法騎士団が到着する前に、アレックスは長兄の部下だという黒づくめの男と一緒に、夜の街に姿を消した。

 私はその間、馬車の周囲に縛られて転がされているマーシュはじめ五人の男達と取り残されたけれど、それから間もなく魔法騎士団がやってきて、事情を聞かれた後、すぐにリーディア伯爵家へ送り届けられた。

 アレックスに言われた通り、魔法騎士団には彼のことは喋らなかった。気を失って、目覚めたらこういう状況だった、と説明すると、魔法騎士団はそれ以上追及してはこなかった。私の証言を信じたというよりは、ある程度の指示が上の方からあったのだろう。

 もうすぐ、諜報活動は終わる。そうすれば必ず戻って生きていることを明かすから、それまで私のことは黙っていてくれ。

 別れ際、そう言って微笑んだアレックスを思い出す度に、頬が熱くなって口元がにやけてしまう。

 そのぐらい我慢できないほど、私の心は狭くないし、口も軽くない。

 ああ、でも、喋らなくても絶対に周囲にバレてしまいそうだ。こんなにも嬉しくて堪らない気持ちが、黙っていても溢れ出してくるんだから。

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