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魔法国家騒動記63

 それから後も、私は時々国王陛下に王宮へ出仕するよう命じられるようになった。

 大臣たちが同席したのは最初だけで、後は補佐官立ち合いの元で国王陛下とこの国の在り方について意見交換をするようになった。

 それはある意味、マジカラント建国に関わる伝説の魔導師が国王陛下に忠義を尽くしている、それはすなわち国王陛下をこのマジカラントの覇者と認めているということだと受け取られ、私の存在を警戒している貴族達も黙認してくれている。

 私は、ウィル自治区出身の能力者で、王都にいられずに故郷へ戻った者や、ヒーリィのように幼い頃能力者であることに目をつけられて攫われ、反乱分子へ加わってしまう者の問題について話した。

 それから、マーシュのように、優秀なのにウィル自治区出身というだけで不遇な状況にある能力者のことも。

 国王陛下は、真摯に私の話に耳を傾けてくださった。

「この国には課題が多い。それを解決していくことが国王としての責務なのだが。そなたの意見は、王宮にいては見えないものばかりだ。今後とも、私に力を貸してくれよ」

 私のようなものにさえ、そう言って感謝を示してくれる国王陛下と接していると、ついついガルス隊長を思い出してしまう。

 この人の力になりたい。

 そう思うと、ついつい周囲が見えなくなってしまうのが、私の悪い癖だ。

 それに、自分の立場を考えて警戒しなければ、と常に思っていても、何もない平穏な日々が続くと、いつの間にか気が緩んでしまうのは人の性というものだろう。

 そして、自分の身に危険が降りかかって初めて、しまった、と思うのだ。


 その日、私は国王陛下といつものように意見交換を行い、帰路についた。

 いつもは、王宮を出たところでリーディア伯爵家の私兵が待っていて、彼らに護衛されながら帰るのだけれど、その日はその私兵がいなかった。

 私兵がいないことは、それまでもあった。リーディア伯爵が私よりも先に王宮から外へ出た場合、彼らはその警護のために同行するのだから。

 当初、私は私兵が戻ってくるまで、王宮の門の傍で、馬車に乗ったまま待っていた。

 でも、ある日、恐る恐る私兵が戻るのを待たずにそのまま馬車で帰っても、何も起こらなかった。

 そうよね。この馬車に私が乗っているなんて知っている人はごくわずか。しかも、まだ日の高いうちに、王宮と目と鼻の先の貴族街に帰る貴族の馬車を襲おうなんて奴はいないだろう。

 そんな油断が、更なる気の緩みを呼んだ。

 私は、その日、日が傾きかけた時刻に馬車で王宮を出た。

 リーディア伯爵が緊急の用件で王宮を出ていて、私兵はまだ戻ってきてはいなかった。

「……遅くなっちゃったな」

 今日は珍しい人と王宮で再会して、つい長居をしてしまった。

 国王陛下と談笑していると、何とフィリア王女がやってきたのだ。

 彼女は、私とアレックスとの間にあったことを知らないから、自分も悲しくて仕方がないだろうに、私を気遣ってくれた。

「あなたも悲しいでしょうね。でも、気を落とさないで」

 もし、私が彼を裏切ったことを知ったら、王女はきっと私を責めるだろう。そう思うと、本当のことが言えなかった。

 そんな私に、国王陛下が衝撃的な事実を告げた。

「実は、フィリアの婚約が決まったのだ」

「えっ?」

 そんな、彼女は好きだった人を亡くしたばかりなのに、と愕然とする私に、フィリア王女は苦笑した。

「相手は、何とレイモンド・ガーラントなのよ」

「えええっ!」

 何ということだろう。好きだった人の兄と婚約させられるだなんて、いくら王女は結婚相手を選べないとはいえ、これは酷過ぎる。

 けれど、フィリア王女は思いのほかケロっとしていた。

「レイモンドは外交官として実績のある人だから、私もその伴侶としてこれからも外交に携わることができるわ」

「ガーラント伯爵家には、先王の妃の件もあって、何らかの形で報いたいと思っていた。フィリアを降嫁させることで家格を上げ、保守派の不満を逸らしたいという意図もあるが、何よりフィリアがこの婚姻に乗り気でいてくれることが救いだ」

 国王陛下の言葉に同意するように、フィリア王女も頷く。

「レイモンドは随分と年上だけれど、穏やかで優しい人だわ。私、きっとうまくやっていけると思うの」

 以前会った時、何故か私に対抗心を剥き出しにして、つんけんしていた王女とは違い、悲しみを乗り越えて達観したかのような穏やかな表情が浮かんでいた。

「……そうかぁ。フィリア王女が結婚するのかぁ」

 王宮を出て、薄青い闇の中を走る馬車の中で、私はそう溜息交じりに呟いた。

 そうそう。先日は、王宮を出ようとしたところを、待ち伏せていたらしいユーリ殿下に呼び止められた。

 以前、魔導科学研究所魔導具研究室で会った時とは別人のようにこざっぱりとしていて、やはり腹違いの兄弟のせいかヒーリィとどことなく似ていた。

 彼は今、内務省管轄のインフラ部門で、魔導具によるインフラの普及と生活用品の開発に努めているという。

「正直、自分はあのまま研究室に閉じこもっていたほうがいいと思っていた。けれど、君と出会ったことで、表の世界に興味が沸いた。別に、王位には興味はないけれど、自分がこれまでやってきた研究を活かして人の役に立てることが、こんなに遣り甲斐のあることだとは思わなかった」

 まだ少し人と接することは苦手らしいけれど、ヒーリィという異母兄弟と出会ったことも大きな刺激になっているらしい。

「お互い、親の恋愛沙汰に振り回されて、不幸な人生を送ってきたからね。でも、私達のような王位継承権に絡む厄介な存在を快く受け入れてくれた国王陛下の温情に応えるためにも、自分にできることを精一杯やっていくつもりだよ」

 ユーリ殿下は、私達が立ち話をしている場面を警戒するように見守っている周囲の視線を気にしたのか、それだけ話すとすぐに立ち去った。

 でも、道に迷った私を研究室に招き入れてパンと紅茶を振る舞ってくれ、部屋まで送り届けてくれたあの夜の出来事をずっと覚えていてくれて、私との出会いをそんなふうに受け止めて人生を変えてくれたことが嬉しかった。

 親の恋愛沙汰に巻き込まれ、ユーリ殿下は本来なら王太子にも国王にもなれた生まれの方なのに、国を傾けたとして失脚した王の子として不遇な状況で育った。きっと、私なんかには分からない、辛い出来事もたくさんあっただろう。

 でも、きっともう大丈夫。あの様子なら、彼は母親の実家であるガーラント伯爵家を筆頭とする保守派に担ぎ上げられ、王座を狙うなんてことはなさそうだ。

 どんなに悲しい出来事が起こっても、時は止まってくれない。前に進めない人を残して、時は移ろっていく。

 私がこのまま歳をとって白髪のお婆ちゃんになっても、アレックスはずっとあの時のままで、私の中で生き続けていく。

 それは切ないけれど、きっとそういうものなんだ。

 ズキンと痛む胸に手を当てて、そっと目を閉じた時だった。

 ガクン、と馬車が揺れ、急に停まった。

 勢いで体が前に吹っ飛び、咄嗟に手を着いて顔を庇う。

「……何?」

 呟くと同時に、冷や汗が全身から噴き出す。

 ……まさか。

 嫌な予感に身体を強張らせる私に、再び走り出す馬車の動きが伝わってくる。

「一体、何があったの?」

「ああ、すみません。馬車の前を急に犬が横切ったもので」

 恐る恐るそう声を掛けると、聞き覚えのない声が御者台から答えた。

 ……ああ、しまった。

 いつの間にか、馬車は速度を上げ、疾走というレベルまでに達している。これじゃあ、ドアを開けて飛び降りることもできない。

 停めて、と声をかけても無駄だ、と私はすぐに悟った。それよりは、こっちが気付いていない振りをして、賊の油断を誘うしかない。

 ……そして、絶対に相手に利用されたりしてはいけない。そうなるくらいなら……。

 国王陛下の凛々しくも優しい笑顔、フィリア王女の晴れやかな笑顔、そしてユーリ殿下の少し照れたような微笑みが、脳裏を過る。

 前に進もうとしているこの国の妨げになるくらいなら、私は……。


 明らかにリーディア伯爵家に戻る道のりの三倍以上の距離を走って、ようやく馬車は停まった。

 護身用にと身につけていた魔導短刀をドレスのスカート部分に隠しながら、私は馬車のドアに向かって身構えた。

 ここしばらく身体を動かしてはいないし、元々運動神経も低く戦闘能力が低い私だけれど、修羅場だけは何度も潜り抜けている。だから、恐怖のあまり腰を抜かしたり、震えて身体が動かなかったり、なんてことはない。

 馬車のドアが乱暴に開かれ、踏み込んできた男が私に詰め寄ってくる。

「メウル」

 突然名を呼ばれて、ドキン、と鼓動が跳ねた。

「……何で?」

 どこかで見た顔だ、と思った瞬間、私は自分の表情がみるみるうちに険しくなっていくのを実感していた。

「まさか、君が噂の『真紅の魔導師』と同じ能力を持っている人物だなんて」

 何も言えずに固まっている私を凝視した彼は、美形とまではいかないけれど整った顔をくしゃりと歪ませる。

「……はは、馬鹿だな。あの怪我の回復具合を見て、察するべきだったのかもな」

「マーシュ、どうしてこんなことを。一体、どういうつもりなの?」

 私は、かつて同じ魔法学校で学んだ、同じウィル自治区出身の青年の腕を掴んで詰め寄った。

「自分が何をしているのか、分かっているの? これは……」

「分かっているさ。君を手に入れたいのは、この国のお偉方ばかりじゃない」

「え……?」

 マーシュは私の手を振り払うと、逆に私の両肩を強く掴んだ。

 純朴だったその目に、今は狂気の色が浮かんでいる。

「何故なんだ」

「え?」

「君は、俺と同じ、いや、俺よりもずっと価値のない能力者だったはずなのに」

 マーシュの言葉に、私は愕然とした。

「俺よりずっと劣っていて、王都にさえいられずにウィル自治区に帰った負け犬だったはずなのに」

「……何、それ」

 彼は、私をそんな風に思っていたのか、と初めて気付く。

「なのに、今じゃこの国の貴族はおろか、他国までが君を手に入れようと躍起になっている。はは、馬鹿みたいじゃないか」

「本当ね。馬鹿みたいだわ」

 努めて冷静に答えながらも、冷や汗が止まらない。

 マーシュの目は血走っていて、完全に常軌を逸していた。彼に捕まれた肩が、焼けるように痛い。どれだけの力を込めて掴んでいるというのだろう。

「俺がこれまでの理不尽な扱いと不遇を我慢できたのは、君のような俺よりもっと酷い境遇の連中がいたからだ。なのに、君は…………許せない」

 ……彼は、他国から私を浚ってくるように言われたんじゃないんだろうか。

 現に、彼は一人じゃなく、馬車の周囲には仲間らしき人の気配もあるのに。

 大きく骨ばった手が私の首に絡みつき、馬車の壁に押し付けられる。

 私の手から滑り落ちた魔導短剣が、乾いた音を立てて馬車の床に落ちた。

 かつて、カーヴェリ川に流されていた私を助け、手当てをし、美味しいスープを作ってくれた手。

 学生時代は魔法学校で一番モテていた、優しくて優秀で格好よかったマーシュ。

 その顔は怒りと悲しみと狂気で歪んで、暗闇の中微かな月明かりの中に浮かび上がっている彼はまるで幽鬼のようだ。

 苦しくて、頭が破裂しそうだった。

 どれほど自己回復能力があるとはいえ、息の根を止められたらそれでお仕舞いだ。

 ……ああ、これでアレックスのところへ行けるのか。

 無意識に助かろうと抗いながらも、薄れていく意識の片隅でふとそう思った。

 アレックスの代わりにこの国の行く末を見守っていこうと思っていたけれど、どうやらそれは叶わなかったようだ。

 もし、死後の世界があるのなら、そこでアレックスに会えますように。

 彼は私を見て何て言うだろう。いや、それよりもまず、彼を裏切ってしまったことを謝らないとね。

 そして、許されるならそれからはもうずっと彼の傍から離れない。

 二人で寄り添って、ずっと同じ時を過ごすんだ。永遠に……。 

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