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魔法国家騒動記55

 ヒーリィと初めて会ったのは、私が特警隊に入隊してから二三年ほど経った頃だった。

 当時、特警隊ではウィル自治区内に潜伏していた反乱分子への大規模な掃討作戦が計画されていた。

 反乱分子は、どこからか手に入れた魔導具を使ってウィル自治区内の親王政派や自治区の行政組織を攻撃していた。勿論、特警隊も警邏中に襲撃され、仲間が何人も犠牲になっていた。

「魔導具は盗めば手に入る。問題は、誰かが魔力を充填しているということだ」

 ガルス隊長は、反乱分子の潜伏先に、能力者がいると踏んでいた。

 第五小隊の潜入捜査によって、反乱分子の拠点となっている場所が判明した。そして、とある闇夜を待って、特警隊が突入した。

 私たち第八小隊は、戦闘要員としてはてんで使い物にならない。けれど、現場で魔導具に魔力を充填したり、押収した魔導具を回収したりといった後方支援として戦闘に参加することになった。

 私たちは、貴重な魔石の手袋を使い回して怪我をした隊員を治癒し、魔力切れとなった魔導具に魔力を充填した。

 ガルス隊長の予想通り、反乱分子側の魔導具もなかなか魔力切れにならない。アジトの中で、誰かが魔力を充填しているらしい。このまま相手の魔導具が使えなくなるまで消耗戦を続けても埒があかない、とガルス隊長は判断した。

 命知らずの第一小隊を中心に、アジトへの突撃が開始された。

「最前線で魔力を補充しろ」

という筋肉馬鹿どもの主張が通り、私とあと二名が突入部隊に同行することになった。勿論、出来る限り敵の目に触れないよう物陰に隠れ、味方に守ってもらいながらだったけれど。それでも、自分の身を護るために自ら魔導銃を撃つこともした。

 突入した第一小隊は、少なくない犠牲を払いながら反乱分子のアジトを制圧した。

 が、かつては貴族の別邸だったというその大きな屋敷の裏から、何人かが逃亡を図ろうとしていた。

 すぐに、控えていた第二小隊が後を追う。そして、激しい戦闘の中で私はその人を見つけてしまった。

 白に近い水色の長い髪に、闇夜に浮かび上がるほど白い肌。長身の身体は舞うように剣を操り、まるで人外の悪鬼が夜陰に紛れて人を襲っているかのように見えた。

 他を圧倒する力を見せていた彼だったが、圧倒的な数の違いによって追い詰められ、やがて数か所を刺されて倒れた。

 間もなく戦闘は終わり、私は傷を負って座り込んでいる隊員達を手当てするために駆け寄った。

 地面に横たわってピクリとも動かない彼を横目に見ながら、隊員たちの傷を治していく。動けるようになった隊員達は、すでに事切れた仲間と反乱分子の遺体を片づけ始めた。

 と、

「おい、こいつまだ息がある」

 驚いたような声と共に、隊員の一人が飛びのいた。

 顔を上げて見ると、うつ伏せから仰向けにひっくり返された水色の髪の男が、目を閉じたまま微かに口を開けて呻いていた。胸も微かに上下している。

 その時、私が治療を施していた隊員が無言ですっくと立ち上がると、突然剣をスラリと抜き放った。

「何をする気? 止めて!」

 咄嗟に、私は彼の制服の裾を掴んで止めていた。

「は? 馬鹿かお前。こいつのせいで、仲間が何人殺されたか知ってるだろうが」

 ……ああ、何てこと。今思い出した。その隊員は、当時まだ第二小隊の平隊員だった、現第一小隊長グレン・ドレイクだった。

 まだ今ほど筋肉隆々ではなく、脳ミソまで筋肉でもなく、綺麗な顔立ちと軽いノリで女性隊員をとっかえひっかえ彼女にしていた頃の彼だった。

 後で知った。その戦闘で、当時の第二小隊は小隊長を含めて三名が命を落とした、と。だから、彼が瀕死の重傷を負った敵に止めを刺そうとする気持ちも分からないではない。そんな事情を知った今なら。

 でも、その時の私はもう、人が死ぬのを見るのが嫌だった。それが、例え敵であったとしても。

「もう止めてよ。その人にはもう、抵抗する力なんて残ってないじゃない」

「何言ってやがるんだ。完全に息の根を止めなきゃ、こいつらはいつまでもしぶとく生き残ってまた誰かを殺す。そうなる前に、俺がる」

 グレンの制服の裾を掴んでいた私の手が振り払われる。追いすがろうとする私の目に映ったのは、白々と明けていく静謐な空気の中で、静かに眦から零れ落ちる水色の髪の男の涙だった。

 その時、何故、私はそんな行動を取ろうと思ったのか、今ではよく覚えていない。

 気が付けば、水色の髪の男に止めを刺そうと剣を振り上げたグレンの背後から叫んでいた。

「動かないで。動けば、撃つ!」

 両足を踏ん張って立ち、グレンの背に向けて両手で魔導銃を構え、安全装置を解除して引き金に手をかける。

 向かい側に立つもう一人の隊員の驚愕の表情から、グレンは背後で私が何をしているか察したのだろう。剣を振り上げたまま動きを止め、こちらに背を向けたまま苛立ったように叫んだ。

「はあっ? お前、自分が何をしているのか分かっているのか?」

「……分かっているわ。馬鹿な真似をしていると分かっている。あなたも動かないで」

 銃口を一瞬向けて、もう一人の隊員にも視線を送って牽制する。

「言っとくが、放っておいてもどのみちこいつは死ぬぞ」

「なら、止めなんて刺さなくてもいいじゃない。そのまま剣を収めて、立ち去って」

「で、俺たちがいなくなった後、お前はこいつをどうするつもりだ。治癒するってのか? 無理無理、もうこいつは助からねぇよ」

 そのグレンの言葉が、私には、お前にこいつは助けられない、そんな力は今のお前には無い、と言われているように聞こえた。

「やってみなければ分からないわ」

「お前、正気かよ。仲間が大勢死んで、今もまだ重傷の奴らが何人も治癒してもらえるのを待ってるんだぞ」

 それは正論だった。けれど、一度グレンに反発心を覚えた私は、素直にその正論を受け入れることができなかった。

「治癒できる隊員は他に何人もいるわ。いいから行って!」

「……畜生。こんなことをして、タダで済むと思うなよ!」

 吐き捨てるように怒鳴ると、グレンは乱暴に剣を収め、戸惑うもう一人の隊員の腕を掴んで歩き去っていった。

 残された私は、水色の髪の男の傍に歩み寄り、膝を着いた。彼の傷は胴回りだけで数か所もあり、息も弱弱しく、朝日に照らされた顔は死人のように青白かった。

 その時、私の頭の中にあったのは、この男も私と同じだということだった。

 ウィル自治区にいる能力者は、例外なく、王都に居られなくなって戻ってきたウィル自治区出身者だ。

 この男も何等かの理由で王都から排除され、戻ってきた故郷でも受け入れられなかった。だから、反乱分子なんかに身を落とす羽目になったのだろう、と。

 それは、ガルス隊長からの誘いがなければ、私が陥っていたかも知れない人生だった。

 だから、この男をこのまま死なせたくはなかった。私がガルス隊長に救われたように、この男にも救いの手が差し伸べられるべきだ。

 私は魔石の手袋を嵌めた手を、男の傷口の一つに当てた。

 これまでの戦闘で、私は随分と魔力を消耗していた。だから、この男を救えるだけの魔力が残っているかどうか分からない。

 治癒を施しながら、私は心の中で呟いた。

 あんたを救えるかどうかは微妙なところだわ。でも、もし私があんたを助けることが出来たなら、これからは心を入れ替えてまともな道を歩みなさいよ。そうね、これは賭けだわ。私が勝ったら、今度は私の為に生きてもらうからね……!


 ああ、何だか大変なことを思い出した……。

 特警隊宿舎の自室に戻り、ベッドに寝転んでヒーリィとの出会いをつらつらと思い出していた私は、思わず両手で顔を覆って悲鳴をかみ殺した。

 アレックス、そしてガルス隊長の話から察するに、治癒している時の私の心の声は、何故か治癒されている側に届いているらしい。

 ということは、あの時の「今度は私の為に生きてもらうからね」は、ヒーリィに聞こえていた訳だ。しかも、その声は後々まで気になって仕方ないほど強く相手の心に残るようだ。

 だから、意識を取り戻した後、グレンの報告で駆け付けたガルス隊長らに拘束されたヒーリィは、やけにあっさりと改心を表明し、特警隊に入隊までしてくれたのか。

 今思えば、「私の為に生きてもらう」というその言葉を実現するがごとく、彼は本当に私に献身的に尽くしてくれた。

 ヒーリィの魔力は私とは比べものにならないくらい強く、身体能力も高かった。

 ただ、驚いたことに彼は王都での教育を受けておらず、それどころかウィル自治区の学校にも就学したことがなかった。それもそのはず、彼はウィル自治区の市民名簿にも載っていない無国籍者だった。だから、魔力を持つ者が六歳になると王都で教育を受ける制度から漏れてしまったのだ。

 彼は能力者なので第八小隊へ組み込まれたけれど、第八小隊は全員が王都での教育や暮らしを経験した知識人ばかりで、魔導具も扱わなければならない。それでも彼は、私の指導を素直に受け、すぐに私以上に仕事をこなすようになった。そして、常に私の傍にいて、能力の低い私をサポートしてくれた。

 妙に懐かれている、きっと他の隊員とは馬が合わないからだろう、なんて思っていたけれど、彼は私自身も意識していなかった私の要求に、忠実に応えてくれていたのだ。

 こんなに長い間、特警隊として生き残ってこられたのも、彼のお蔭だ。彼の命を救ったことが、結果的に自分の命を救うことになったのかも知れない。

 ……じゃあ、ヒーリィが特警隊を脱走したのは、私がいなくなったせい?

 私のいない特警隊に留まっていても、私の為には生きられないから?

 じゃあ、なぜ彼は『先王陛下の落とし胤』なんてことになっているの?

 それが事実だとして、どうして彼は革新派に取り込まれているの?

「……ああっ、もうっ!」

 分からないことだらけで苛々する。こんな事実なんか、出来ることなら知りたくなかった。

 ……でも、何も知らないで、突然王族となったヒーリィに再会していたら、私はきっととんでもなく驚き、混乱しただろう。けれど、彼の後ろに革新派がいると知らなければ、私は恐らく何の警戒も抱かずに彼と接していたに違いない。

 教えてもらって良かったんだ、多分。

 本来ならこんな情報は私の耳には入らない。アレックスは、迂闊な私の危険を一つでも減らそうと、情報を与えてくれたのだ。

 だから、アレックスの為にも、ヒーリィに会って革新派から距離を置くよう説得しようだなんて無茶な真似は慎まなければいけない。

 ……本当は、そうしたくてうずうずしているんだけれど。


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