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魔法国家騒動記53

 ガーラント師団長と二人、ソファに並んで座ったまま、長い沈黙が続いた。

 夫婦の愛の強さが、呪いに打ち勝ったのか。

 ……それとも、元々そんな呪いなんてあったのか?

 いやいや、実際、隣に呪いにかかった人が座っているじゃないか。ということは、やっぱり夫婦の愛が……。

 ぐるぐると止め処ない思考を繰り返していると、不意に喉を鳴らしてガーラント師団長が笑い始めた。

「……なるほどな。情けないことに、私はずっと騙されていたという訳か」

 突然何の話だ、と引き気味になる私の横で、ガーラント師団長は自嘲気味な笑みを浮かべながら天を仰いだ。

「私のこのどうしようもない想いを、異能の副作用だということにして、お前を憎むよう仕向けた。でないと、あいつは私がお前を手放さないと思っていたから」

「あの……」

「でも、お前が何者であっても、この想いがどんな理由で湧き上がってくるものだとしても、あの時、私はお前をあいつには渡したくなかった。例え、どんな手を使ったとしても」

 濡れたように光る金色の瞳が、私を捉える。

「許さなくても構わない。だが、少しだけでいい、私の話を聞いてくれないか」

 熱に浮かされたような動悸の中、私はただ頷くことしかできなかった。


 アレックス・ガーラントは、ガーラント伯爵家の三男としてこの世に生を受けた。

 上の二人とは腹違いで、母親は亡くなった前妻の後添いとして嫁いだ、小さな男爵家の娘だった。

 両親にはあまり似ず、ガーラント家の特徴を色濃く受け継いで生まれたアレックスは、小さな頃から見た目で判断されることが多かった。ある者からは畏怖され、ある者からは忌避された。彼の本質的な部分を見て愛してくれる者などいなかった。ただ一人を除いて。

 母は決して美しい人ではなかったが、優しくて穏やかで、なのに時々突拍子もないことをして周囲を驚かせる楽しい人だった。赤ん坊の頃から神経質で泣いてばかりのアレックスを、本当に根気よく、しかも明るく前向きに育ててくれた。

 腹違いの二人の兄も、アレックスの母にとてもよく懐いていた。

 アレックスが生まれた年に勃発した獅子門前広場事件と、その後の先王の失脚、崩御。そして、元王妃であり叔母であるミランダの後宮追放と、立て続けにガーランド伯爵家を襲った不幸の中で、父が踏みとどまることができたのは、ひとえに母の前向きな明るさに励まされたからだった。

 アレックスにとって、家族にとって、母は唯一無二の太陽だった。

 だが、アレックスが七歳の時、それは突然起こった。

 王都に忍び込んだ反乱分子が、大通りで魔導弾を爆発させたのだ。

 丁度、買い物のためにアレックスを連れて馬車に乗って通りかかった母は、愛する息子を庇って亡くなった。

 アレックスは、自分の太陽が消えてなくなる瞬間を、その腕の中に抱かれたまま、目の当たりにした。

 それからのアレックスは、唯一理解してくれる人を失い、暗闇の中を彷徨い続けていた。

 気に入らないことがあれば、例え自分が傷付こうとも徹底的に相手を打ちのめした。やがて、恐怖に駆られた同年代の少年たちが取り巻きとなって彼の機嫌を取るようになったが、アレックスの心はますますすさんでいく一方だった。

 変わったのはアレックスだけではなかった。父は滅多に家に戻らなくなり、狂ったように仕事に打ち込むようになった。やがて公安大臣にまで上り詰めた彼は、以前からは考えられないほど気難しい能力者至上主義者となっていた。

 無口になった長兄は魔導学院を卒業すると、早々に文官となった。希望して外交官となり、様々な国の駐在員として派遣され、今でも滅多に家に帰ってくることはない。

 元々凝り性だった次兄は、妙な趣味に走るようになった。生き物を捕えては解剖し、やがて人間の体の仕組みに興味を持って変態まがいの行動を取るようになった。やがて、魔導学院を卒業すると、魔導科学研究所の研究員となり、その一室に住まいを構えて家に戻らなくなった。

 アレックスは、ますます孤独感を深めていった。

 自分がなぜこんなに辛い人生を歩まなければならなくなったのか。それは、全て母を奪われたからだ。母を奪った奴らに復讐するにはどうすればいいのか。アレックスが選んだのは、魔法騎士になることだった。

 だが、魔法騎士団は良くも悪くも騎士道に則った、正義感と団結心の強い男たちの集団だった。目上も目下もなく好き勝手に傷つけてきたアレックスは、自ら死地に飛び込んだようなものだった。

 事あることに厳しい指導を受け、黙っていると生意気だと殴る蹴るの暴行を受けた。けれど、これも母に復讐する力を得るためだ、と思って耐えていた。

 が、集団暴行はエスカレートしていく一方で、ある日とうとうアレックスは致命傷を負ってしまった。

 不満分子に襲われたことにしよう、と裏路地に放置されたアレックスは、このまま母の復讐もできずに死ぬのかと思うと悔しくて仕方がなかった。

 その時だった。声が聞こえたのは。

 母だ、と思った。声は、死んではダメ、生きて、と何度もアレックスに語り掛けてきた。

 その声に包まれるように、アレックスはゆっくりと目を開けた。

 目の前にあったのは、見たこともない少女の顔だった。しかも、顔面蒼白になり、明らかに魔力の限界を超えてなお魔力を使い続けている。少女が何をしているのかすぐに悟ったアレックスは慌てて止めようとしたが、少女はアレックスが目を開けたことに気付くと、安堵したように微笑みながら気を失ってしまった。

 アレックスは塞がったばかりの傷の痛みに耐えながら何とか表通りに這い出して助けを求めた。通りがかった市民によって、アレックスはガーラント伯爵家に、少女は魔法学校の寄宿舎へと運ばれた。

 知らせを受けて家に戻ってきた父は、何も語らずとも何があったのか察したようだった。当時公安副大臣だった己の地位を利用して魔法騎士団に圧力をかけ、集団暴行に加わっていた魔法騎士達は除名、もしくは国境付近に配置されている他の師団に配置転換となった。アレックスへの暴力は、それでようやくなくなった。

 アレックスは、自分を救ってくれた少女がどうなったのか気になって仕方がなかった。

 どうやら、下町の一番ランクの低い魔法学校に通っている生徒らしい、という情報を掴んで、彼は少女に会いに行くことにした。

 会いに行くにあたり、アレックスは考えに考えた末、伯爵家の執事に相談することにした。心からの感謝を伝えるのにはどうしたらいいだろう、と。

 執事は目を見張り、しばらく考えた末、感謝の言葉と共に何か贈り物をすればいいでしょうと答えてくれた。

 贈り物は何がいいか、と問えば、それは相手にもよりますが、自分の大切にしているものを贈ることもあります、と教えてくれた。

 だから、アレックスはずっと大切にしてきたものを持って、少女に会いに行った。母の形見である、ネックレスを丁寧に包んで。

 少女はアレックスを見て驚き、一瞬怯えたように顔を曇らせたが、押し付けるようにネックレスが入った包みを渡して礼を言うと、助かってよかった、と笑顔を見せた。

 アレックスに作り笑いではない本当の笑顔を見せてくれた人は、母以外ではその少女が初めてだった。

 その時に感じたむずがゆいような温かな気持ちが忘れられず、アレックスは非番になると必ず授業の終わる時間を見越して彼女に会いに行った。

 少女は母ほど明るい光ではなかったが、まるで冬の日の風が当たらない陽だまりのような心地よさを感じさせる子だった。彼女は魔法学校で懸命にいい生徒でいようと努力していて、それはアレックスが魔法騎士団で人間関係を一から構築していくのに少しではあるが参考になった。

 少女と知り合って一年と半年ほどが経過した頃だった。アレックスが、怪我をした少女の傷口が自然に塞がっていくのに気付いたのは。

 何だろう、あの異様な能力は。

 当時、魔導生物研究所という新分野の研究所を若干二十歳そこそこで開設していた次兄の元へ行き、少女のような事例を調べた。だが、次兄に何を調べているのかと追及され、アレックスは答えを急ぐあまり次兄に少女のことを喋ってしまった。

 次兄は少女本人の身体を調べたいと言い始めた。不穏なものを感じ、反対するアレックスに、次兄はこう言った。

『彼女は、自然治癒の異能を持っていたという伝説の魔術師と同じ呪いをお前にかけたんだよ。お前が彼女を愛しいと思うその気持ちは、本物じゃない。それは、命を救われる代わりに彼女へ強制的に捧げられる忠誠心さ』

 更に、次兄はアレックスが敢えて知ろうとしなかった少女の身元も探り当てていた。

 少女は、ウィル自治区出身者だった。大切な母の命を奪った反乱分子を排出し続けている、ウイル自治区。アレックスは、再び目の前が真っ暗になった。

 けれど、だからといって少女を次兄に引き渡したくはなかった。次兄も、好きだったアレックスの母の命を奪った反乱分子を、ひいてはウィル自治区住民を恨んでいるのを知っていたから。きっと少女は、次兄の復讐心の捌け口にされ、切り刻まれて殺されるに違いない。

 彼女が何者であっても、自分の命を救ってくれた人であることには変わりはない。

 でも、アレックスは素直に手を差し伸べることはできなかった。

 王都にいれば、いずれ次兄は少女を強制的に魔導生物研究室へ連れ去るだろう。

 けれど、ウィル自治区に戻れば、次兄の手は彼女には及ばなくなる。

 その日から、アレックスはありとあらゆる手段を使って少女の王都での就職を妨害した。と同時に、次兄には必ず彼女を魔導生物研究室へ連れていくと嘘を吐き、時を稼いだ。

 少女が魔導学校を卒業し、ウィル自治区へ戻ることになった日。その日偶然、アレックスは王都とウィル自治区とを隔てる獅子門の警護に当たっていた。

 少女はアレックスを見つけると、これ以上はないほど悲しい顔をして泣き叫んだ。あの日、不器用な感謝の言葉と共に渡した母の形見のネックレスを首から引き千切って投げつけるほどの、強い怒りと憎しみを込めてアレックスを詰った。

 アレックスは、自分がしてしまったことの結果に呆然としながら、獅子門の外へ押し出され、去っていく彼女の背中を見つめることしかできなかった。そして、少女の姿が通りの角を曲がって消えると、ゆっくりと屈んでネックレスの欠片を一つずつ丁寧に拾った。そうすれば、自分の手で壊してしまった彼女との絆をいつかまた繋ぎ合わせることができると信じて。

 けれど、それから一年が過ぎようとした頃だった。

 突然訪ねてきた次兄が、少女が死んだ、と告げたのは。

 少女がウィル自治区に戻ったと知った時の次兄の怒りは凄まじかった。白銀の悪魔と異名をとるほど周囲に恐れられていたアレックスさえ、恐怖のあまり動けなくなるほどの異常な怒りようだった。

 次兄はそれから、あらゆる手を使って本来なら許されないウィル自治区行政への接触を試みた。そして、次兄がようやく少女の名前を市民名簿から発見した時、その名簿にはすでに『死亡』の文字が書き加えられていた。

 お前が殺したんだ、と次兄は何度も繰り返した。もしお前が彼女をウィル自治区に戻さなければ、彼女は外国に渡ろうとすることもなく、乗っていた船もろとも沈むことはなかったのだ、と。

 その言葉は、アレックスの胸の中に刻み込まれ、何年たっても消えることはなかった。

 実家から別邸に居を移し、魔法騎士団内で小隊長から師団長へと昇格しても、王宮でどんな美しい貴族令嬢と引き合わされても、その言葉が沁みるように痛みを発した。

 自分は、きっと愛する人を不幸にしかできない人間なのだ。

 いつしかそう思うようになり、人並みに暖かな家庭を持つことはおろか人を愛することも諦めきったまま、歳月が流れた。

 アレックスの率いる第三師団が獅子門周辺とウィル自治区の警備担当となって数日後、王都に不満分子らしき侵入者があった。

 奴らさえいなければ、母を失うことも、少女を不幸にすることもなかった。

 燃え上がる冷たい怒りの衝動がアレックスを突き動かし、彼は誰よりも先んじて獅子門を潜り、ウィル自治区に足を踏み入れた。

 そこで、アレックスはいるはずのない人を見つけた。

 大怪我をして横たわっている女性。だが、その顔に残る面影を忘れるわけがなかった。

『……なぜ、貴様は生きている?』

 喜びよりも、戸惑いの方が大きかった。

 再びあの獅子門での別れの時のように詰られ、怒りをぶつけられるのが怖かった。

 そして、何より、再び彼女を不幸にしてしまうであろう自分から、彼女を遠ざけたかった。

 けれど、それよりも、彼女に傍にいて欲しいという気持ちがどうしても強くなってしまう。

 何としても、この呪いに打ち勝って、彼女を解放しなければならない。

 けれど、どんな努力も空しく、アレックスは彼女を忘れることはできなかった。

 それは仕方のないことだったのかも知れない。何故なら、恐らく呪いなど最初からなかったのだから。


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