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 開いたままの獅子門から、腹に響くような作動音と共に、足のない馬型の乗り物が滑るようにこちらに近づいてくる。車輪もないその乗り物は、人を乗せたまま、地上から膝丈ほどの高さまで浮き上がった状態で進んでくる。

 魔導艇という、馬に代わる乗り物だ。ボディは艶のある黒、手綱代わりにハンドルがあり、前方には小型投光機がついている。乗っているのは、勿論真紅の制服を着た魔法騎士だ。

 五台の魔導艇は、ガーラント師団長の十歩ほど手前で止まった。そのうち一人が、魔導艇を下りて敬礼をする。

 奴はようやく剣を鞘に収めた。駆けつけた部下に指示を出すべく、こちらに背を向ける。

「行きましょう、メウル」

 そう耳元で囁き、こちらはまだ剣を抜いたまま、ヒーリィが左手で私の肩を抱いた。

 そっとその場を離れながら、私はそっと一度だけ後ろを振り返った。

 奴の金色の瞳が、じっとこちらを見ていた。それに気付いて、私は思わず咽喉の奥で悲鳴を上げた。

 ……何で、まだこっち見てるのよ。恐いんですけど!

 腹部を刺されて死に掛けたことよりも、奴の視線のほうが、私にとってダメージが大きいかも知れない。

 気付けば、私はヒーリィのほっそりとした体に抱きつき、ぐったりと体を預けていた。



 ガーラント師団長とその部下との会話から、覚悟はしていたが、小隊長とナサエラは助からなかった。

 獅子門前広場を出たところでヒーリィに負ぶわれた私は、特警隊庁舎に戻る途中、気を失うように眠りに落ちていた。徹夜に大怪我、治癒による大量の魔力の消費、それに精神的苦痛が加わって、限界を超えてしまったようだった。

 気が付いた時には、医務室のベッドの上だった。

気が付いて、最初に目に入ったのが、左腹部が大きく裂けて血に染まった、自分の制服の上着だった。ご丁寧に、近くの椅子の背に着せるようにかけてあるので、その惨状が丸分かりだ。

 なのに。

「気分がいいなら、もう起きて大丈夫だよ。傷は完全に塞がってるから」

 特警隊専属医師ににべもなくそう言われ、私は、はあ、と間抜けな声を出した。

「治癒で魔力を消耗して疲れが出たんだろう。よく眠っていたよ」

「それは、どうも。お世話をおかけしました」

 気分は悪くない。眠りすぎて、頭が多少ぼうっとしているくらいだ。

 ベッドから下り、ブーツを履いて、椅子の背にかけられている制服を手に取る。と、椅子の座面の上に、丁寧に畳まれた制服が一式、中に着る開襟シャツと共に置かれていた。

「ああ、そうそう。ここで着替えていって。そんな血みどろの制服でうろうろされちゃ困るからね。それに、繕うっていったって、限界があるだろう?」

 確かに、私の制服は、血を洗い落として繕ったくらいでは追いつかないほど酷い有様だ。

 けれど、いくら支給品だとはいえ、制服だって無料じゃない。謂わば隊の備品のようなものだ。それなりの丈夫な生地を使っているから、原価だって結構なものらしい。だから皆、多少の損傷くらいは自分で補修しているのに。

「……ありがとうございます」

「礼なら隊長に。君の事、心配していたようだから」

 ドキン、と心臓が跳ねる。

「……そ、そうですか」

 ペコリと頭を下げ、私は愛しむように新しい制服を抱きしめた。

 ベッドを囲むように天井から吊り下げられたカーテンの陰で着替えながら、隊長の優しさに勘違い妄想を展開する自分と、貴重な魔力持ち要員だから心配しているだけだ、と卑屈になる自分がせめぎあう。

 そう、第八小隊は小隊長ともう一人、隊員を失った。同じ警邏の組で、私だけが助かってしまったんだ……。

 上着のボタンを留める手が、今になって震え始めた。

 特警隊に入隊して、仲間が死ぬのは今回が初めてじゃない。これまで何度も経験してきたことだ。

 けれど、いつまで経っても慣れることはない。

 ……いや、慣れなくたっていいんだ。

 自分に言い聞かせるように大きく息を吐くと、勢いよくカーテンを開ける。

「…………!」

 声にならない悲鳴を上げて、私はベッドに尻餅を付いた。

 医務室の窓から差し込む西日を浴びて、白銀の悪魔がそこに立っていた。


 マジカラント王国には、不文律(暗黙のルール)がある。

 魔力を持たない者は、魔力を持つ者が住まう土地に入らないこと。逆もまた然り。

 これは、現王の治世になってから、お互いの無用の争いを避けるために取り決められた。

 勿論、例外もある。私のように、魔力を持たない者としてウィル自治区に暮らしていた親から生まれた能力者もその例外の一つだ。こういった子は六歳になると、王都の魔導学校に集められ、教育を受ける。支配者側の人間になるために。

 ただ、集団というものは、必ず強者と弱者を生み出す。弱者として競争から脱落したり、あるいは負け犬の象徴として仕立て上げられ、振るい落とされる者が必ずいる。

 そうして、ウィル自治区に戻ってきた者に、故郷の風当たりは強い。

 支配者側の思想を植えつけられ、魔力を持たない者を見下しているという偏見が、今度は彼らを襲う。

 けれど、競争を勝ち抜いて支配者側の人間となったところで、ウィル自治区地出身者というだけで理不尽な扱いを受ける。

 そういう理不尽な扱いをする者の多くが、王侯貴族の子弟、とりわけ建国以来続く由緒正しい血筋の人達だ。

 ガーラント家はその筆頭として名高い。

 何でも、ガーラント師団長の叔母が先王の正妃であり、彼女が後宮入りしてから先王は狂ったように魔力を持たない者を弾圧し始めたのだという。

 私が王都の魔導学校で学んでいた幼少時、アレックス・ガーラントの名は恐怖の対象として幾度も耳にしていた。

 子どもながらに、大人も眉を顰めるほどの残虐な嗜好を持ち、子分を引き連れて気に喰わない相手に制裁を加える。特に、ウィル自治区出身者に対しては人間扱いしないから、決して近寄ったりしないように、と。

 けれど、王都は広い。それに、私達が通う下町の魔導学校と、彼ら王侯貴族の子弟が通う王立学園とは建っている地区も離れていて、行動範囲もほとんどかぶらない。

 だから、本当に気を付けていれば、お互いに顔と名前が一致するような関係にならずに済んだのだ。

 ……いや、あの時、私が奴の顔と名前を一致させさえしとけば、私の人生はまた違ったものになっていただろう。王政府の役人……は競争率が激しいから無理だとしても、王都の魔導具専門店の店員くらいにはなれていたかも知れない。

 ともかく、魔法騎士団と特警隊は、お互いに警備区域の棲み分けをしている。今回のように、不満分子が王都で騒ぎを起こしてウィル自治区に逃げ込んできた場合などは、一時的に彼らがこちら側まで出張ってくることもあった。けれど、それも一時的なことで、すぐに王都へ引き上げていくのに。

「……あの。どのようなご用件でしょうか」

 天下の魔法騎士団、第三師団長ともあろう人が、なぜ特警隊の医務室なんかに立っているのだろうか。

 まさか、私の見舞い……? いやいや、それはありえないから!

 ガーラント師団長は、相変わらず無言のまま、冷え冷えとする視線を私に送ってくる。その視線を浴びていると、まるでこちらが生きている価値もない虫けらだという気分になってくる。

「ああ、こちらにいらっしゃいましたか」

 低く優しい響きを持った声が、医務室の戸口から聞こえた。

 その声を聞いただけで、情けないことに肩が震えるほど反応してしまった。

「隊長……」

「ああ、メウル。もう起きて大丈夫なのか。無事で何よりだ」

 短く刈った金髪に、日に焼けた肌。目鼻立ちは平凡なのに、引き締まった頬と鋭い目つきには仄かに大人の色気を漂わせている。上背もあり、鍛えられた身体はガッチリと引き締まっていて、青い隊長服がとてもよく似合っていた。

「申し訳ありません。何のお役にも立てず、あっさりと手傷を負ってしまって……」

「気にすることはない。お前だけでも無事でよかった」

 ああ、隊長! そんなに甘い声で微笑みながら言われたら、私、勘違いしてしまいます……!

 顔が熱くなるのを感じながら、私はヘニャッと笑った。

「ところで、メウル。お前達を襲った犯人のことなんだが、どんな奴だったか覚えているか?」

「え? あ、はい」

「明け方、不審な人物を拘束したんだが、そいつが犯行を否認している。面通しをしたいんだが、体調のほうは大丈夫か?」

「はい」

 魔法剣の光に浮かび上がる少年の顔が脳裏に蘇る。どこにでもいる普通の少年だったのに、何の躊躇いもなく二人の命を奪っていった。

「では、行こう。……ああ、失礼いたしました。メウル、こちらは魔法騎士団第三師団長のガーラント殿だ。先日付けで、王都東地区及びウィル自治区は第三師団の管轄になったそうだ」

「げっ、……そうなんですか」

 思わず、心の叫びが口から出てしまった。

 勿論、奴がそんなことくらいでいちいち反応しないことは分かっている。

「着任早々、大変でしたな」

 隊長がそう声をかけると、ガーラント師団長はまるで小馬鹿にしたように口の端に笑みを湛えた。

「前任の第五師団長のやり方は手緩いと、前々から思っていた。だが、私は容赦しない。マジカラントの治世を脅かす者は、徹底的に排除する。それが、何者であったとしてもだ」

 相変わらず、奴は人の言葉を受けての会話が出来ないらしい。よくこれで、王政府の要職を勤められているものだ。

 いや、つまり、私達のような下賤の者とは、会話する意志もないということか。なるほど、それなら分かる。

 で、なんでそんな物騒な台詞を、私に向かって言うのかな。まるで、私がマジカラントの治世を脅かしているみたいじゃないか。

「師団長は、お前達を襲った犯人を特定し、不満分子の潜伏先を吐かせ、掃討作戦を実行されるのだそうだ。我々も、その作戦に加わることになる」

 隊長の言葉に、私は耳を疑った。

「そんな。ウィル自治区の治安維持は、特警隊の役目です。魔法騎士団が表だって動いたら、住民達だって反発し……」

「メウル!」

 強い口調で隊長に遮られ、私はハッと口を閉ざした。

「……失礼しました」

「隊長殿。こちらも暇ではないのでね。支障がないのなら、速やかに任務を遂行したまえ」

 突然、奴は淡々とした口調で、けれど明らかに上から目線で物を言った。

「これは、申し訳ない。では、行きましょう」

 隊長は、さすが大人の対応というべきか、爽やかな笑みを浮かべて詫びると、奴に先を譲って医務室を後にする。

 こちらを人間扱いしていないのは分かるが、こういった大人の対応と比較すると、何とも幼稚というか、子どもっぽく見えてしまう。

 そうか。大人の対応をすればいいんだ。

 続いて医務室を出て、廊下の先を行く隊長の広い背を見つめながら、私は嘆息した。

 魔力を持たない者でありながら、王政府からウィル自治区の治安維持の最高権力を与えられている人だ。ここまで来るには、生半可な苦労ではなかっただろう。

 隊長のように達観するには、生まれついての能力も人生経験も全然及ばないけれど、私もその能力を見習わなければならない。

 そう、奴の理不尽な扱いなんかに振り回されてはいけない。こいつは、恩を仇で返すような極悪非道な人間なんだから、そういう人間として認識していればいいんだ。

 でも、そう割り切るには、まだまだ私は未熟で力不足なのだった。


一部誤字を訂正し、設定を変更しました。

・ガーラントの叔母が前王の即妃→正妃……即妃って何だよ。。。

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