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残虐な表現があります。苦手な方はご注意を。

 ……ところが。

 乱暴に揺す振られて、私は気だるい眠りから引きずり出された。

「……んあ?」

 尋常ではない眠気で、体が痺れたように動かない。それなのに、誰かが私の襟首を掴んで揺す振っている。……あ、今度は頬を叩きやがった。しかも、結構思いっきり。

 うっすらと目を開けると、視界に飛び込んできた人物に、私の心臓が一つ、飛び跳ねるような鼓動を打った。

 あー。また、あの夢だ……。

 悪夢の中、冷然とした笑みを浮かべ、私の怒りの言葉をそよ風のごとく受け流す、鬼畜のような男。

 だが、いつもと違うのは、男の表情が妙に強張っているように見えることだ。それに、いつもより老けて、……いや、成長して大人になったように見える。加えて、私はいつものようには泣き喚いていない。

 しかも。

「……メウル・オーエン。……貴様、どうして生きている?」

 喋った……! 今まで、幾度となく夢に出てきて私を苦しめてきたけれど、その間一言も発することはなかったのに。

 声を聞いたのは、いつ以来だろう。最後に会った時も、確か奴は無言だったように思う。

「……なぜ、と、いわれましても……」

 喋ると、左脇腹に響くような痛みが走った。その痛みで、私は自分が少年に斬られたことを思い出した。

 いや、本当に、なんで生きているんだろう。

 タイミング的にも痛み的にも、完全に死んだ、と思ったのに。

 けれど、手を当てたらでっかい穴が開いてるとか、内臓出てるとか嫌だな、と思うと、傷口に触れて状態を確かめるのは躊躇われた。

 いやいや、生きてるって言ったって、どんな状態か分からないし。瀕死の状態で、これから悶え苦しみながら死んでいくのかも知れないし。

 そう思い至ると、冷や汗が出た。

 返す返すも、眠りから引きずり出したこの男が憎らしくて堪らない。どうせ死ぬなら、あのまま静かに寝かせていてくれればよかったものを。

 沸々と湧き上がる怒りを込めて睨みつけると、男は急に私の襟首を掴んでいた手を離した。持ち上がっていた頭部が支えを失い、後頭部が石畳に激突する。

 ……ぐわっ、また目の前に星が飛んだ……。

 頭を押さえて悶える私の耳に、奴以外の人の声が聞こえた。

「そちらは命があったようですね。こちらは両方……」

「王都から逃げた男の行方は?」

「闇に紛れて逃走中です。特警隊の第一小隊が途中で遭遇、追跡中とのことですが」

「当てにならん。アルヴァ、貴様の小隊を連れて後を追え。魔導兵器の使用も許可する。決して逃がすな」

「はっ」

 奴の命令に応えて、石畳を蹴る足音が遠ざかっていく。

 傷が痛い。まるで、心臓が左の脇腹にもあるように疼いている。まだ血は流れ出ているのだろうか。

 降ってきそうな満天の星空を見上げていた私は、ほんの少し首を横に捻った。

 真紅の地に銀糸の縁取りの軍服を着た男が、手を伸ばせばその足首を掴めそうな位置に立っている。

 すぐ側を照らす投光機の光を受けて輝く銀糸のような長い髪。僅かな光でも分かるほど不健康までに白い肌。真っ直ぐ通った鼻筋と細い唇、そして細く鋭い目と金色の瞳は、まるで古の悪魔が夜の闇から現れたかのようだ。

 その目が、まるで汚い虫でも見るように、こちらを見下ろしてくる。

 私は、こいつにこうやって看取られながら死ぬの?

 ふとそう思い、ぞっとした。

 冗談じゃないわよ!

 今の状況は、あの時と全く正反対だ。けれど、こいつは絶対に私を助けない。

 いや、助けられたくなんてない! こいつに助けられるなんて、悪魔と契約するようなものだ。

 私は意を決して、左手を傷口にそっと当てた。ぐっしょりと濡れた服の感触に思わず気持ちが折れかけたが、奴が見ているんだ、と気持ちを奮い立たせる。

 痛みで動揺する心を何度か深呼吸して整えると、私は左手に意識を集中した。

 左手にはめている手袋の掌には、魔石が縫い付けられている。その魔石に魔力を注ぎ、魔石に触れた部分の傷を癒す。

 じんわりと暖かく心地よい波が、傷口から体に入ってくる。

 痛みが少しずつ和らいでくると同時に、魔力を消耗する時の気だるい感じが強くなってくる。

 と、銀糸の髪が視界に入った。

 気付けば、奴の顔が驚くほど近い所にあった。

 うわっ、と思わず息を飲む。

「答えろ。貴様はどうして生きているのだ」

「はあ……」

 運が良かったのか、斬られどころがよかったのか。日頃の行いが良かった、というにしては、その後の展開があまりにも悲惨すぎるのだけど。

 それに、逆にこっちが聞きたい。

「……というか、なぜあなたがここにいるんですか」

 噂では、白銀の悪魔アレックス・ガーラントは魔法騎士団の第三師団長として、王宮警護の任に就いていると聞いていた。それが、どうしてウィル自治区内に出張ってきているというのだろう。

「特警隊か。貴様のような無能の輩でも入隊できるとは。しかし、無様だな」

 はい、口の悪さは相変わらずですね! しかも、こちらの訊ねたことに答える気は更々ないというその態度! 全く変っておりません。

「無様で悪かったですね。あなたこそ、口の悪さは相変わらずで」

 よくこんな性格で、武門の花形、魔法騎士団の師団長にまでなれたものだと感心する。いや、あれだ。親のコネだ、七光りってやつだ。そうに違いない。さすがは、建国から続くガーラント伯爵家の子息だ。

 思い切り嫌味を込めて言ったのに、奴は薄い唇の口角を上げて笑った。笑顔を見せているのに、見ている側が寒気を感じるという笑みを浮かべられる人間も、そう多くはないだろう。

「随分と図太くなったようだな。尻尾を巻いてコソコソ逃げ出した負け犬が」

「……っ!」

 思わず、カッとなって私は飛び起きると、奴に向かって平手を繰り出した。しかし、呆気なく手首を掴まれて阻止される。

「目障りだ。この私の目の前をうろちょろするようなら、特警隊にも居られないようにしてやる」

 奴の瞳に見据えられると、自分がとんでもなくちっぽけでゴミ屑のように思えてくる。

 一枚一枚剥ぎ取られるように持っていたものを奪われ、何もかも無くして空っぽになった昔の自分に戻ってしまったかのような錯覚を覚えた。

「……酷い」

 ズキリ、と刺した胸の痛みは、じわりと広がって目から涙となって溢れ出す。まるで、昨日の朝の悪夢が現実になったかのようだ。

 あんたのせいで何もかも失って、ようやく今、自分がいられる場所で生きているというのに、それすら私から奪おうというのか。

「ご希望通り、あなたの目の届かない場所でひっそりと生きてきました。なのに、何が気に喰わないっていうんですか!」

「何もかも、だ」

「……は?」

 呆気に取られてポカンと口を開く。 

 と、不意に掴まれていた手が自由になった。

 と同時に奴は素早く立ち上がり、私と数歩距離を取る。

「メウル!」

 石畳を蹴る足音が聞こえたかと思うと、次の瞬間、背後から誰かに抱きかかえられた。

「メウル、大丈夫ですか。怪我は?」

「……ヒーリィ?」

 首を捻ると、危うく唇同士が触れ合いそうになる位置に彼の顔があった。

 心臓が口から出そうになるほどの衝撃だった。気弱になっているときに、男前を至近距離で見るものじゃない、と今初めて知った。

「あ、あああああの、大丈夫、大丈夫だから」

「大丈夫って、こんなに血が出て……」

「ちちち治癒した! 自分で治癒したから大丈夫!」

 怪我をした時よりも動揺が酷い。っていうか、そんな恋人同士みたいに背後から抱きしめるなんて止めてください!

「本当ですか? 見せてください」

 正面に回ったヒーリィに両肩を抱かれ、頭の天辺からつま先まで何度も嘗め回すように見つめられる。

「ほ、本当だってば。斬られたのここだけだし、もう血もでてないでしょ?」

「斬られたんですか!」

 ヒーリィの手が、血に濡れた左腹部に伸びる。

「ちょ、まだ触らないでよ。傷口塞がったばっかりなんだから」

「そんな中途半端な状態で、全然大丈夫じゃないじゃないですか! いいから診せてください。私が……」

 言いかけて、不意にヒーリィは私を突き倒した。

「……ったぁ!」

 傷口に痛みが走るのと、魔力のぶつかる閃光と摩擦音がしたのとは同時だった。

「よく、受け止めたな」

 唇を三日月状に釣り上げて不敵な笑みを浮かべるアレックス・ガーラント。その振り下ろした長剣を、片膝を付いた状態のヒーリィが剣で受け止めている。

 ギリギリと剣が擦れるたび、小さな稲光状の魔力が放出される。

 え、何? この状況……。

 何で、魔法騎士団第三師団長が、特警隊第八小隊の平隊員に突然斬りかかっている訳?

 ガーラント師団長の顔に表情はなく、金色の瞳だけが魔法剣の光に照らされて濡れたように輝いている。それが返ってこちらの恐怖を駆り立てる。

「一体、何の真似でしょうか」

 応じるヒーリィの声は、この緊迫した場面に似つかわしくないほど冷静だった。

「仮にも、同じマジカラントの治安を司る者同士であるのに、何の理由もなく突然斬りかかってこられるなど、正気の沙汰とも思えませんが」

「我らと貴様らごときを一緒にするな。吐き気がする」

 ガーラント師団長は相変わらずの無表情だが、声はゾッとするほど冷たかった。

 ひと際音高く剣同士がぶつかり、直後に二人はやや距離をとって睨み合う。

 今しかない、と本能的に声が出た。

「……ちょ、ちょっと、二人とも、止めなさいよ。何なのよ、一体!」

「止めなさいと言われましても、こちらはいきなり攻撃されて、防御しているだけなんですが」

 ヒーリィがちらりと視線だけをこちらに走らせた。

 だよね。あんたは悪くない。

 肯定の意味を込めて何度も首を縦に振る。

「そ、そうよね。おかしいのはあなたですよ、ガーラント師団長。それとも何ですか。これは十年前の嫌がらせの続きですか?」

 そう言えば、さっきこの男は、私を特警隊にもいられなくすると言っていたじゃないか。そうか、早速その言葉を現実にしようとしているのか!

 と、次の瞬間、私は世にも恐ろしいものを目撃してしまった。

 ……笑った。

 遠い異国の神話の時代には、その目を見るだけで人を石に変えてしまうという怪物がいたらしいが、ガーラントの笑みには精神的に同様の効果があった。

 どうして、こんな男と関わり合いになってしまったのだろう。

 これまでも、何度もそう思ってきたけれど、改めて猛烈な後悔が押し寄せてきた。

 十二年前のあの日に戻れるのなら、私は全力で自分の行動を阻止したい。安易に頼まれ事なんか引き受けず、真っ直ぐに寄宿舎に戻りなさい、と。


 ……ようやく、夢の主の登場ですが、甘い恋物語とは無縁でした。。。

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