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「あなたが、メウル・オーエンですね?」

 鈴が鳴るような声でそう問いかけられ、私は半ば相手に見惚れつつ頷いた。

 卵型の小さな顔に、長い睫毛が高密度で生えている大きな瞳。その深く澄んだ青色の瞳は宝石のように潤んでいるのに、毅然とした意志を持っている。小ぶりながら鼻筋の通った鼻の下にある口はぷっくりと花びらのように可憐で、細い首にかかる巻き毛は眩しいばかりの金色に輝いている。

 生まれ変わったら、こうなりたい! と女なら一度は理想として描く女性像を具現化したような女性が、私の目の前に立っていた。


 午後、自室に運ばれた昼食を食べ終え、迎えに来たクレイヴと共に再び外宮へと向かった私は、謁見の間で国王陛下に謁見した。

 国王陛下は四十代半ばで、この特殊な国の頂点におられるとは思えないほど穏やかな表情をした素敵な方だった。

 そう、醸し出される大人の余裕。ガルス隊長にも通じる、強さと己への自信からくる他者への優しさが感じられる慈愛に満ちた眼差し。

 私がウィル自治区出身だとご存知でしょうに、陛下は私に優しく微笑んでくれた。

「クレイヴからも聞いているとは思うが、そなたの能力は建国の歴史に携わった伝説の魔導師と同じであり、利用しようとする輩も現れるだろう。政争の具にならず、純粋に魔導科学の発展に寄与するよう努めてくれ」

 すでに根回しは終わっていて、私はただ陛下に顔を見せてクレイヴの実験体という身分のお墨付きを貰うだけだった。

 陛下の側には、いかにも貴族然とした初老の男から若い男まで、十人近い人々が控えていた。後で、クレイヴから、あの人達が各省の大臣やその副官だと聞かされた時は肝が冷えた。知らなくてよかっただろう? と笑うクレイヴに、悔しいけれど頷くしかなかった私だった。


 さて、謁見を無事終えた私は、すぐに魔導生物研究所に戻るものだと思い込んでいた。ところが。

「君に、紹介したい人がいるんだ」

とクレイヴに連れて行かれたのは、外務省が置かれている棟の一室だった。

 その部屋に足を踏み入れた瞬間、私は思わず息を飲んだ。

 きっ、貴族のお姫様だぁ……。

 私の生涯で、貴族様に遭遇したことは何度もある。王都で過ごした学生時代に遭遇した魔法騎士団も大半が貴族の子弟だし、ガーラント師団長もその一人だ。王都に戻ってからも、クレイヴを始め外宮ですれ違う人々はほぼ貴族様といっていい。

 けれど、貴族の女性に関しては、目の当たりにするのは今回が初めてといっていいかもしれない。ハンナなら、ひょっとしたらどこかの貴族出身ということは有り得るかも知れないけれど、彼女はいつもメイドのお仕着せに髪をひっつめているので、とてもお嬢様っぽくは見えない。

 けれど、部屋で待っていた二十歳前後のこの女性は、まさにお姫様という言葉がぴったりの超美人だった。素材がいい上、高価でセンスのいい装飾品との相乗効果によって更に輝きを増している。

 背は私よりも僅かに高いくらいだが、ほっそりとした身体は女の私からしても守ってあげたい欲求を駆り立てる。まさに、お姫様として生まれてきたような女性だ。

 ところが、私が彼女の質問に頷くと、彼女は「そう……」とため息交じりの小さな声で呟き、目を閉じてしまった。

 え? と首を傾げた瞬間、つっ、と開かれた彼女の大きな瞳には、何故か挑むような強い光が宿っていた。

「私は、第二王女フィリア・ブレナックスです」

 やっぱり、リアルお姫様だった……!

 感激しつつも、私は彼女に睨まれているような気がして、小さく息を詰めた。いやほら、美人って時々、真面目な顔をするとキツく見える時があるから、気のせいだとは思うけれど……。

 と思っていたら、どうやら気のせいではなかったようで。

「あなたなのね。アレックスの心を奪った女性というのは」

 あれー? この台詞って、ひょっとして恋敵に対する第一声のお手本みたいじゃないですか。あれれ? お姫様。白くたおやかな御手をそんなに握り締めたりして、拳が震えているじゃないですか!!!

「あ、……あの?」

 王女様に対して失礼だとは思ったが、私もどう反応していいのか分からない。

「まあ、突然のことで、君が戸惑うのも当然だとは思うけど」

 暢気に笑っているクレイヴを、私は横目で睨んだ。

 戸惑っているどころじゃありません! 完全にてんぱってます!!

 王女様は白い頬を上気させながら私の目をじっと見ていたが、ふとその視線が身体の方へ下がると、衝撃を受けたように口元を押さえた。

「……分かりましたわ! アレックスは、このように女性らしい丸みを帯びた御方が好みなのですね」

「は……?」

「どうりで、私は相手にしていただけない訳だわ」

 ……確かに、お姫様に一つだけ弱点があるとしたら、ほっそりとした、という表現の中に隠れてしまう、出るべきところが出ていない、部分だろうか。

 けれど、あなた。そんなものは高価なドレスでいくらでも隠せるし、その弱点を魅力に変えることもできるじゃないですか。

 っていうか、ちがーーう!! 確かに、私はガーラント師団長の心を奪ったかも知れないけれど、それは私の魅力とかそういうことじゃなくって。

 ……そういうことじゃなくって、ズルなんですってば。

「あの、クレイヴ様。王女様は何か勘違いなさっておいでではないでしょうか」

 クレイヴに助けを求めると、彼は苦笑しつつ頭を掻いた。

「いや。フィリア様も君の能力についてよくご存知だよ。けれど、フィリア様は独自のお考えをお持ちのようでね」

「アレックスは、あなたに恋をしているのですわ!」

 突然、王女様は声を高めた。まるで芝居のような大袈裟な宣言をした王女様は、次の瞬間、胸を押さえて悲痛な表情を浮かべた。

「それは、間違いのない事実なのです。わたくしにはないものを、あなたは持っている。わたくしの思いなど、アレックスにとってはそよ風ほどにも感じてはくれないのです」

 あの、もしもし? お芝居でしたらお一人でやっていただけますか?

 などと不敬なことは言えないので、心の中で呟いておく。

「わたくしは陛下の第一子ですが、母は側室で、いずれは内宮を出てマジカラントの貴族か、他国の王家へと嫁がなければなりません。元々、好いた御方の元へ嫁ぐなど無理なこと、と弁えておりました」

「はあ……」

「ですが、わたくしが恋をしたのは、嫁ぎ先として申し分ないガーラント家のご子息だったのです。陛下も、双方が望むなら、とお許しになってくださいました。それなのに、アレックスは……」

 あー、はいはい。ガーラント師団長が数ある縁談を断り続けたという中に、この王女様との縁談も含まれていたのだろう。

 それにしても、疑問がある。

「失礼ですが、お聞きしてもよろしいでしょうか」

「何でしょう?」

「王女様は、ガーラント師団長のどこに惹かれたのでしょうか?」

 幼い頃から周囲に陰湿な虐めを繰り返し、その恨みを募らせた同僚らに殺されかけた男なのだ。今だって、無愛想どころか相手を完全に見下しているし、周囲から恐れられているし、決して優しくて女性にモテるというタイプではない。

 一体、何が王女様の心を掴んだというのだろうか。

 王女は口を噤み、深く息を吐いた。

 やっぱり、思いつかないんだろうな、などと思っていた私は、次の瞬間、アゴが外れるかと思った。

「勿論、全てですわ」

 開いた口が塞がらない状態の私を、クレイヴがまたニヤニヤしながら見ていた。

 彼が何を企んでいるのかも気になったが、それよりもこの王女様が衝撃的過ぎて、私は軽く眩暈を覚えたのだった。

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