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戦闘シーンがあります。苦手な方はご注意ください。

 ウィル自治区は、王都を囲む城壁の外側の東に位置し、そこに広がる旧市街地と、王都の北を流れるカーヴェリ川以南、東の国境となるエルシオン山脈と南のホル樹海に囲まれた土地を指す。マジカラント王国に住む魔力を持たない者達が居住を許された唯一の土地だ。

 獅子門前広場は、ウィル自治区と王都を直接結ぶ唯一の門である獅子門のウィル居住地側にある広場で、その場所柄、幾度も歴史的な血生臭い舞台となってきた。

 先王の時代、住み慣れた土地を追われてウィル自治区に強制移住させられた、魔力を持たない者達。その中には国家権力に反発する者も多かったが、力の差は歴然としており、多くの犠牲者が出た。

 当時を知る者にとっては、辛い記憶を呼び起こす忌まわしい場所。

 そして、その騒乱を体験した訳ではない者の中にも、この場所に来るといたたまれなくなる者がいる。

 魔石を散りばめた門や城壁は、魔導兵器でしか壊せない。堅固な灰色の城壁を見上げながら、私は両方の人差し指でこめかみを押さえた。

 あれから数え切れないほどここに来ているというのに、相変わらず胸がじくじく痛む。ましてや、今朝のような夢を見た後だと、特にだ。

 獅子門前広場に集合した第八小隊の面々も、ほぼ全員が浮かない表情だ。それはそうだろう。魔力を持って生まれ、将来を期待されて獅子門を潜り、王都で教育を受けて育ったというのに、その社会に受け入れられなかったのだから。

 傷心のまま、この門を潜って故郷に戻った。その記憶は、痛みと共に何度でも蘇る。

 小隊員全員が整列する中、小隊長が六人の小隊員の警邏の組分けを読み上げた。

 それを聞いて、私は思わず斜め前方にいる青みがかった白髪を見つめる。

 初めてかも知れない。ヒーリィが入隊してきて以来、私と彼とが警邏の組分けで別々になったのは。

 ……やっぱり、彼を怒らせたのは私かな。

 ひょっとしたら、彼は彼なりに私のことを心配してくれていたのかも知れない。それなのに、生意気な捨て台詞を吐いて一方的に席を立ってしまった。それで、気分を害したのに違いない。

「ヒーリィ、あの……」

 声をかけたが、聞こえなかったのか、彼はさっさと同組の二人と一緒に広場の外へ出て行ってしまった。

 ……ま、いいか。いつでも謝れるんだし。

 何なら、夜警明けの一杯に付き合ってくれるよう、誘ってもいい。

 そうなったら、酒代は私の奢りになるのは仕方がないということで。


 日付が変わる頃には、ウィル自治区は静寂に包まれる。

 自由を制限され、貧しい者が多いウィル自治区には、繁華街や歓楽街などといったものはない。小さな酒場はあるが、規制で営業は夜十時までと決まっている。

 獅子門前広場に近い西区周辺を一回りし、私達は一度広場に戻ってきた。

ここまで異常はない。酒場の前で酔いつぶれていた男を自宅まで送り届けたことと、急患が出た家の少年が医者を呼びに行くところを職務質問しただけだ。

「さあ、もう一回りしますか」

 小休止をして、同組の小隊長が立ち上がり、それに私とナサエラという女性隊員が頷いて立ち上がった時だった。

 突然、獅子門上部の城壁の上から放たれた眩い光が、私達を照らし出した。

 あまりの眩しさに目を覆いながら、咄嗟に身構える。

 と、バシュッと何かが放出される音がした後、頭上で炸裂音がした。一拍置いて、それが異常事態を知らせる発光弾を小隊長が撃ったのだと理解する。

「第一小隊が来る。我々は退くぞ」

 投光機から放たれる光の中で、小隊長の顔がいつになく緊張している。

「はい。……一体、何があったのでしょうか」

 ナサエラが、駆け出した小隊長の後を追いながら、城壁を振り返った。私も彼女の視線を追いかけて振り返る。

 投光機の眩しい光から逃れて、ようやく周囲の光景が目に入ってきた。城壁の上には夥しい数の光が瞬きながら蠢いている。

「あれ、全部警備兵よね。あんなに出てくるなんて、よっぽど……」

 言いかけて、私は暗闇に目を凝らす。

 獅子門の支柱の影に、何かがいる。地上から人二人分ほどの高さ、ちょうど獅子門の上部にある、獅子の彫刻と城壁の間だ。

「あ、あれ、あそこ……」

 先を走る小隊長を呼び止めようと前方に目をやったとき、彼の数歩先に少年が立っているのに気がついた。

 二時間ほど前に夜道で呼び止め、職務質問をした少年だ。家族のために医者を呼びに行くと言っていたが、どうして今、こんなところにいるのだろうか。

「おい、君。ここは危険だ。王都で何かあったらしい。魔法騎士団が来るかもしれないから、早く家に帰りなさい……」

 足を止め、呆然とした様子で立ち尽くす少年の肩に、小隊長がそう呼びかけながら手を置いた時だった。

 小隊長の体が不自然に戦慄き、おもむろに地面に崩れ落ちた。

「……小隊長!」

 叫び声を上げた時には、少年の体は素早くナサエラにぶつかる。大きく開いた彼女の口からは、悲鳴すら上がらなかった。

 白い頬に返り血を浴び、殺意に満ちた目でこちらを睨む少年の瞳に、私は既視感を覚えた。

 ああ、彼は不満分子のメンバーだったのだと今になって気付く。

 おそらくは獅子門付近の警備状況を探るため、医者を呼びに行くなどと嘘を吐いて、わざとこちらに接触してきたのだ。そして、今日の警邏当番が第八小隊だと知り、こちらの戦闘能力の低さを見越して襲撃してきたに違いない。

 ナサエラの体を踏み越えて、少年はゆっくりとこちらにやってくる。手にしているのは魔法剣だ。刃が短めで刀身も細く、濡れたような虹彩を放っている。

 捕捉された草食動物のように、私はもう自分が助からないのだと諦めた。ただ、崩れそうになる足腰に力を込め、なんとか無様な死に様だけは晒したくないと、抵抗を試みる。

 腰に下げている魔法剣の柄を掴み、引き抜く。

 逃げる、という選択肢もあったはずなのに、徹夜状態の妙な高揚感と、昨夜の悪夢から続く精神的な不安定さが、私を暴走させていたのかも知れない。

 少年の素早い一撃が、私の剣を薙ぎ払う。刃がぶつかった瞬間、魔力が弾けて火花が散った。

 思いの外強い打撃に剣を払われ、体勢を崩した私の無防備な左脇に、焼けるような激痛が走った。

 息が詰まり、目の前が真っ白になる。

 ああ、今日が最期の日だったのか……。

 膝から崩れ落ちながら、死とはこんなふうに呆気ないものかと思った。

 特別、思い残すこともなかったが、それが返って虚しい。死ぬ間際に目の前を過ぎるような相手もいないなんて悲しすぎる。

 こんなに早く人生が終わるなら、せめて、もう少し幸せを味あわせてくれればよかったのに、と、薄れゆく意識の中で思った。


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