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 朝八時から、特警隊内でミーティングが行われる。主に、各小隊長が集まっての引継ぎや隊長からの連絡事項で、その後小隊長から所属の隊員達に伝達がある。

 私が所属しているのは第八小隊。言いたくはないが、特警隊でも最弱部隊で、何か事が起こってもまず最前線に出ることはない。主に、市民の安全確保と隊の後方支援を担っている。

 小隊長はアンリさんといい、線の細い穏やかな中年男性だ。体力はまるでなく、一見、なんで特警隊にいるのか不思議な人物だ。長がそれなら、部下も一様に個性的で戦闘に向きそうもない面々ばかり。もれなく私もその一人なのだが。

「えー。……今日は午後三時から、明け方まで夜警の当番です。第四小隊からの引継ぎ後、獅子門前広場から三人一組で北区と西区を回ります。何か異常を発見したら、同時刻に東区南区を警邏中の第一小隊へ速やかに連絡、引継ぎを行い、後方支援に回るように。以上、質問はありませんか」

 著しく戦闘能力の落ちる第八小隊には、常に戦闘能力の高い第一もしくは第二小隊が同時刻の警邏を割り当てられている。アンリさんは当たり障りのない表現を使っているが、要は、何か問題があったら強い奴らに任せてさっさと逃げる、足手まといになるな、というお達しだ。

 毎度お馴染みの伝達事項に、誰もが無言で頷く。覇気のない部下たちを見回して、小隊長は無表情のまま解散を告げた。

 警邏の時間まで、隊員達は思い思いに過ごす。大半の者達は、訓練場で走りこんだり、剣や馬の腕を磨いたり、筋トレをしたりと精力的に体を鍛えている。

 私はそんな熱い彼らを横目に見ながら、特警隊庁舎の裏手に回った。雑草が膝丈辺りまで伸びてきて、古びた倉庫までの進路を塞ぎかけている。

 今度、草むしりしなきゃ……。

 取り敢えず、道を作るように雑草を踏みつけ押し倒しながら倉庫に辿り着き、さび付いたドアノブの下の鍵穴に鍵を差し込む。

 力を込めて回すと、固い手ごたえと共に鍵が開いた。鍵を引き抜いてドアノブを回す。

 窓もない倉庫内は、灯火もないのに、不思議な色の光で淡く照らし出されていた。

「……さてと」

 後ろ手にドアを閉めると、倉庫の中央に置かれた作業台に向かう。真鍮に似た素材の親指ほどの筒が、木箱の中に整然と並べられている。円錐と円柱を組み合わせたような形で、中は空洞になっているそれは、早い話が銃弾だ。

 この銃弾に魔力を詰め、魔導銃に込めて撃つ。魔導兵器の中でも初歩の初歩だ。

 マジカラント王国が抱えている、他国にはない複雑な事情というのは、この魔力による。というのも、王族を始めマジカラントの支配層は、魔力を持つ者達で構成されているからだ。

 古の昔、強大な魔力を持つ一族がいた。各地に散らばり、世界各国で重要な歴史の転換点に関わってきたというその一族は、その力ゆえに恐れられ、やがてこの地に流れ着いてマジカラント王国を創った。

 魔力を持たない者との交配を重ねた結果、魔力を持つ者も、魔石を介して魔力を使う道具……通称「魔導具」を使うことでしか魔力を表せなくなっていた。それが、古の一族の血を濃く受け継ぐ王族や貴族に危機感を抱かせていたらしい。

 そして、先王の時代、ある出来事が切欠で、支配者層による魔力のない者への弾圧が行われた。かつて同じ土地、隣り合って暮らしていたのに、魔力のない者は土地を追われ、寂れた旧市街地に押し込められた。それが、このウィル自治区なのだ。

 現王は、先王ほど強権的ではないが、先王時代からの保守層は健在で、ウィル自治区市民に対する風当たりは強いままだ。

 当然、王家や支配者層に対する不満を抱く者が、手を携えて暗躍するようになる。彼らはどこから手に入れたのか、魔導兵器で武装している。そんな奴らを相手にただの装備で応戦しても勝ち目はない。

 魔力を込めた状態の魔道具は、魔力を持たない人間にも使用できる。しかし、魔導兵器は勿論、魔導具は例外なくとてつもなく高価なのだ。器である魔導具は勿論のこと、魔力を充填する人件費も半端ではない。

 マジカラント王政府は、近年ようやく、特警隊が魔導兵器を装備する許可をくれた。だが、その備品を購入する予算までは、びた一文つけてくれなかったという。

 そこで、当時若くして隊長となったガルス・ヴォルデンは、不満分子との戦闘でぶんどったり回収した魔導銃や使用済みの銃弾などを回収し、再利用することを考えた。だが、新たに銃弾に魔力を充填したり、壊れたり不具合のある魔導具を修理するには、どうしても能力者の力が必要だった。

 そうして、魔力を持ちながら、世間の荒波を乗り越えられなかった不器用でメンタルの弱い私たちのような者が、彼に拾われてきたのである。

 第八小隊は、全員ではないが、そのほとんどがウィル自治区生まれの能力者で、かつ支配者層の社会から脱落し、故郷で埋もれて生きてきた者達だ。

 空の銃弾は、ひんやりと冷たい。掌で包み込むように握り締め、底の平らになった部分にはめ込まれた小指の爪ほどの小さな魔石に親指の腹を当てる。

 体を巡る血液が、魔石を通して銃弾に流れ出たような感覚があり、親指を離すと魔石が艶々とした赤い光を放ち始めた。

 これが、魔力の充填が完了した合図だ。

 と、ノックもなく、いきなり倉庫のドアが開いた。

「よお。今日は早いな。しかも一人か」

 ボサボサの髪を更に掻き毟りながら、もう老人に近い痩せた男が入ってきた。彼も第八小隊の一人だが、特警隊の制服すら着ていない。

「サムじい。また仕事が増えてるよ」

 私は倉庫の片隅に山と詰まれた木箱を指さす。そこには、ひしゃげたり、魔石が取れたたりした使用済みの弾薬が目一杯詰まっていた。

「おお、ありがたや、ありがたや。こりゃ、死ぬまで仕事に事欠かんな。幸せなこっちゃ」

 言葉とは裏腹に吐き捨てるように呟きながら、サムじいは木箱の山の前にある彼の指定席へと腰を下ろした。

 魔導具の加工には特殊な魔導工具が必要であり、それを使うには勿論魔力と熟練の技が必要だ。

 サムじいは長年、その道の職人を勤めてきた熟練の技工士だったらしい。だが、ウィル自治区出身ということで、先王時代の弾圧の火の粉を被ってしまったという。命だけは拾ったものの、一家離散し、故郷のウィル自治区で一人身を滅ぼしていこうとしていた時、ガルス隊長に救われたのだという話を聞いたことがある。

 サムじいが作業を始めたのを見て、私も新たな空の銃弾を手に取った。

「今日は私たち夜警の当番だから、あんまり張り切って仕事しちゃ駄目だよ」

 サムじいは、その年齢もあり、警邏の任務を免除されているのだ。

「ふはは。お前らが焦るぐらい、いーっぱい空の銃弾こさえとくから、楽しみにしとけよ」

 ……ま、魔力充填要員は私だけじゃないから、すぐに追いついちゃうんだけどね。

 急に張り切りだしたサムじいの背中を見つめながら、私は親指を銃弾の魔石に押し当てた。

「それはそうと、今日は相方が一緒じゃないんじゃな」

「は? 相方って……」

 思わず吹き出して苦笑する。

 ヒーリィとは同じ第八小隊所属で、職務の内容もほぼ同じ。おまけに向こうが行動を合わせてくるから、他人から見れば常に一緒にいるように見えるのだろう。

 まあ、彼が特警隊に入隊する経緯には、私も少なからず影響は与えている訳で、私以上に周囲の人達と毛色の違う彼が私を頼りにしている部分はあるとは思う。

現実は、逆に有能な彼に私のほうが助けられることは多いのだけれど。

 そういえば、朝食の時に私が先に席を立ってから、なんだか避けられているような気がする。ミーティングの時も随分離れた場所にいたし、目も合わなかった。……ひょっとして、本気で怒らせたのかな。でも、なんで?

「喧嘩でもしたのかい」

「いやいや、そうじゃなくって……」

 言いかけた時、突然、倉庫のドアが開いた。

 振り向くと、案の定、ヒーリィが立っていた。

「おっ、噂をすれば……」

 からかうように言いかけたサムじいが、口をつむぐ。私も無言で、つかつかと倉庫の奥にある棚に向かう彼を視線で追いかけた。

 やっぱり、怒ってるよ。

 彼の全身から、冷たい怒りのオーラが立ち上っているかのようだ。初めて会った時のような危うさはないけれど、決して関わり合いになりたくない雰囲気が漂っている。

 ヒーリィは、棚に収められている魔法剣を手にとっては、その手前の作業台に置いていく。いちいち、必要以上に大きい音を立てて。

 その数が十二に達したところで、彼の動きが止まった。

 十二。第一、第八小隊を合わせた、今日の夜警に当たる人数分だ。

 彼は無言で、剣の柄の先端を捻る。三回ほど捻ると、スライド式に柄の中から細い二本の支柱が引き出される。その間に、銃弾より一回り大きい金属製の筒が入っていた。魔法剣の魔力を蓄える核だ。彼はそれを手に取ると、その底部にある魔石に親指を当てて握りこむ。

 魔法剣は、刃に魔力を宿す剣だ。普通の剣では刃が立たないものまで斬ることができる。

 これも、不満分子がどこからか調達して装備していたものを、戦闘後に押収して修理したものだ。

 ヒーリィは、あっという間に十二振りの剣……今日の彼のノルマ……に魔力を充填すると、つかつかと倉庫を横切り、無言で倉庫を後にした。

「……何か知らんが、早く謝ったほうがいいと思うぞ」

 その間、私と同様、呆気に取られて彼の行動の一部始終を見守っていたサムじいが、心底心配そうにこちらを見て言った。

 そう言われましても、私には彼が怒っている理由が皆目検討もつかないんですが。

それに、彼の怒りの原因が私にあるとは限らない。彼はあの外見も災いして、筋肉最高・腕力万歳な肉体派の隊員とすこぶる仲が悪く、トラブルになることもしばしばなのだ。

 その後、他の第八小隊員たちが次々と今日の自分のノルマを果たしに倉庫へやってきたが、ヒーリィが戻ってくることはなかった。

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