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 で、その直後に魔法騎士数名に取り囲まれた私は、呆気に取られている特警隊隊員達の前をまるで罪人のように連行され、表玄関に横付けされた馬車に力ずくで押し込められた。

 ちょっと待って、せめて着替えとか、洗面道具とか、貯めに貯めた貯金とか持ち出させてよーーー、などという言葉は完全に無視された。

 馬車には他に誰も乗っておらず、ドアには外側から鍵がかけられた。

 これじゃ、本当に罪人扱いじゃない。

 このまま、王都じゃなく国境付近の山中まで連れていかれて、そこで密かに存在を消されたとしても不思議じゃない。

 そう思うと、不意に体が震え始めた。

 本当に殺されるんだろうか。

 ウィル自治区の路面状態の悪い街道を走っているために時々大きく揺れる馬車が、不意にそのまま馬車ごと奈落の底へ落ちていきそうな気がした。食べたばかりの夕食が、胃の中で暴れ始める。

 ……覚悟を決めたはずなのに。

 隊長と交わした言葉だけでは、弱すぎる私の決心など簡単に吹き飛んでしまった。

 馬車のドアは中からどれほど押しても引いても開かず、左右にある小さな窓の外も夜の帳が下りて景色はほとんど見えない。だから、馬車が今、王都へ向かって西に走っているのか、国境に向けて東に進んでいるのかすらも分からない。

 突き上げてきた吐き気を堪え、私は床に座り込んで、座席に突っ伏した。とても、ベンチ状の座席に座っていられる状態ではなかった。

 そうやって額を腕に当てて俯いていると、しばらくして馬車が停止した。人の声がして、重い門扉が開く音がする。

 ……まさか。

 私はよろめきながら体を起こし、馬車の小窓から外を見た。

 前方斜め前。魔石を砕いて練りこんだ城壁にはめ込まれるように存在する、繊細な彫刻を施された門。点された魔導灯の明かりに照らされた獅子の目が、睨みつけるように私を見ていた。

 ――獅子門。

 十年前、アレックス・ガーラントのせいでこの門を潜って王都を出た私が、彼のせいでまたこの門を潜り王都に戻ろうとしている。

 何て因果なんだろう、と私はしばし呆然としていた。


「降りろ」

 馬車が止まり、鍵が外れる音がして、馬車のドアが開く。

 ヒンヤリとした夜の外気が馬車の中に流れ込んできて、私は一つ大きなため息を吐いた。

 国境の山の中で密かに始末されるんじゃないと分かってから、私の胃は次第に平常心を取り戻し、順調に消化作業に勤しんでいる。おかげで、私はちゃんと座席に腰掛けた状態を保つことができていた。

 だが、馬車を降りた瞬間、再び胃が錯乱し始めた。

「……なっ。……なに。ここどこ」

 月明かりを受けて闇夜に浮かび上がるそこは、見たこともない豪邸だった。それこそ、特警隊の庁舎が丸ごとすっぽりとはいってしまいそうな屋敷と、訓練場よりも広いかもしれない庭。しかも、貴族の屋敷なのだから中庭とか裏庭もあるのだろう。

「ようこそお越しくださいました。夜分遅くお疲れのことでしょう。どうぞ、中へお入り下さい」

 白髪交じりの黒髪をした壮年の男性が、折り目正しく出迎えてくれた。

 中へ入れだってさ……、と視線を巡らせると、私を馬車でここまで連れてきた魔法騎士はちょうど馭者台に飛び乗って馬に鞭を入れたところだった。

「あ……」

 折角中へ入れって言ってくれたのに、と馬車を見送っていると、ゴホン、と咳払いが聞こえた。

「あ、あの、行っちゃいましたけど」

「ああ。何か勘違いをされているのですね。わたくしがこの屋敷に迎えるように仰せつかっているのは、あなたです。メウル・オーエン様」

「様!?」

 目を剥いた私に、驚いたように一瞬固まった男性は、気を取り直すようにまた咳払いをした。

「旦那様のお客様でいらっしゃいますので、そのようにお呼びさせていただきます」

「……はあ。で、こちらはどなたのお屋敷なんですか?」

 お客様と言われても、私は馬車に放り込まれて運ばれてきただけで、招待なんて受けた覚えはないんですが。

「こちらは、アレックス・ガーラント様のお屋敷です」

「……は、……はあ、そうでございますか」

 ま、その可能性はないとは言えないと思っていた。奴は、私の身柄を自分が預かると言ったのだから、言葉通りに連れてこられたというわけだ。

 けれど、よく考えれば有り得ない。ガーラント家の人間が、ウィル自治区出身の能力者を自分の屋敷に迎え入れるなんて。身柄を預かると言っても、どうせ良くて魔法騎士団の施設の一室もしくは牢に軟禁状態だろうと思っていたのに。

 何故に? 何故に私邸に??? しかも、お客様???

「わたくしは、執事のエヴァントと申します。何か御用がございましたら、遠慮なく申しつけください」

「はあ」

 貴族のお嬢様を迎えるような丁寧な出迎えをしていただいたのに、気の抜けた返事しかできないのが申し訳ない。

 真夜中だというのに開いた玄関の左右には、二名ずつメイドが立っていた。エヴァントに続いて彼女らの前を通り玄関ホールに入ると、ホールに近い左右二人が私の後ろにつき、残る二人は玄関の扉を閉め、戸締りをしている。

 屋敷内は静まり返っていて、点された魔導灯の明かりも最小限に絞られていた。

「本日はもう遅いですので、お部屋にご案内いたします。ご希望でしたら、軽食をお持ちいたしますがいかがなされますか?」

「いえ、結構です」

 私の胃は、再度の混乱を乗り越え、ようやく落ち着き始めたところだ。そこに夜食をぶち込んで、止めを刺されては困る。

「では、身の回りのお世話はこの二人が担当いたしますので、何なりとお申し付けください。お部屋はこちらになります」

 案内されたのは、玄関ホールから奥に入ったところにある部屋だった。

 足を踏み入れて驚いた。ここは、噂に聞くところの客間という奴ではなかろうか。

 特警隊の寮の固いベッドの二倍、いや三倍はあろうかというベッド、しかも天蓋つき。シンプルだけれど重厚感のある、いかにも歴史ある貴族家といった調度品の数々。しかも、奥には専用の浴室まであるという。

「お湯を使われますか?」

 メイドの一人にそう言われて、私は返答に窮した。

 お湯を使うためには、この真夜中にメイドさん達にお湯を沸かしてもらわなければならない。そんな大変なことをお願いするには忍びない。

 けれど、今の私は昼間の警邏で汗と埃に塗れた特警隊の制服姿だ。夜着に着替えたとしても、この綺麗なベッドに汚れた身体で横になるのは躊躇われた。

「え、……えーっと」

「ご遠慮なさらないで下さい。お湯ならすでにご用意しております」

「あ、そうなんだ……」

 ホッとした表情を浮かべた途端、私は背後からもう一人のメイドに制服の上着を剥ぎ取られた。

「失礼いたします!」

「ひえっ!?」

「お湯をお使いになられる、ということでよろしいですわね?」

 じ、事後承認ですか? っつーか、何で服を脱がしてんの? 自分で出来るから、や、や、やめてーーーっ!

 抵抗虚しく制服を剥ぎ取られた私は浴室に連行され、そこで下着まで剥ぎ取られて裸体をばっちり晒された挙句、二人掛かりで頭の天辺から足の爪先まで丁寧に磨き上げられてしまった。

 昼間の労働に加えて極度の緊張の連続、挙句にメイドさん方にあんなところやこんなところまで全身くまなく目撃された私は、へとへとに疲れ切っていた。風呂から出た後も彼女らに何やら髪に擦り込まれたり、肌にいい匂いのするものを塗り付けられたりして、なかなか解放してもらえない。

 私は座っていた長椅子の上で、いつの間にか眠りに落ちてしまった。


 ……ん。

 これまでにないほどの深い眠りから覚め、私は夢うつつの中で滑らかな手触りのシーツを撫でた。

 何だこれ。ここはどこ?

 薄っすら目を開けると、豪奢な天蓋が見えた。

 ああ、そうだ。ここは特警隊の寮じゃないんだった。

 そう思いながら、心地よい眠気に引きずられるように再び目を閉じる。

 いい匂いがする。

 これも、夕べメイドさんが擦り込んでくれたクリームの匂いだ。

 こんな極楽がこの世に存在しただなんて。

 私は目を閉じたままふかふかの掛け布団を手繰り寄せると、ゆったりと寝返りを打った。

 このまま、もう少し眠っていたい……。いや、寝ててもいいんだよね。誰も起こしにこないし。

 掛け布団に潜り込んで再び眠りに落ちようとした私は、ふと動かした手が何か有り得ないものに触れたのに気付いた。

 あっという間に眠気が吹っ飛ぶ。

 ……手?

 ガバッと掛け布団をめくり上げた私は、声にならない悲鳴を上げながらベッドから転がり落ちていた。

「起きたか」

 白銀の悪魔が、私が今まで寝ていたベッドから、ゆったりと半身を起こしてこちらを見ていた。

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