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 ワイズ小隊の魔法騎士達は、十騎一組となってウィル自治区を巡回している。特警隊のように自治区全体を広く浅くではなく、大通りを中心に市場周辺を重点的に二組が入れ替わり立ち代り巡回しているところをみると、どうやら彼らなりに何か情報を掴んではいるらしい。

 勿論、私の体は一つしかないわけで、仲介のために魔法騎士と同行と言われても、どちらか片方にしかついてはいけない。というわけで、騒動の発端となった第一小隊が同行する側の組についていくことになった。

 仲介、といっても、実際に何をしたらいいのか分からない。取り敢えず、第一小隊の面々にストレスが溜まりそうな場面に出て行って機嫌を取ればいいのかな、などと思ってはいるが、実際にできるかどうかは分からない。

 そして、どうやら今日は私の同行する組にアルヴァは含まれていないらしい。

 先を悠々と馬に騎乗して特警隊庁舎の門を出て行く魔法騎士の面々を見送りながら、私はほっと胸を撫で下ろした。

『さすが、ガーラント師団長の命の恩人だけのことはある』

 さっき言われた言葉が、頭の中でぐるぐると回っている。

 忘れようと努力してきた黒歴史が、また蒸し返されようとしている。しかも、ガーラント師団長は私の職場の首根っこを押さえているに等しい。下手な噂にでもなったら、どんな報復を受けるか分かったものではない。

 また、あの嫌がらせが始まるのか。

 王都にいられなくなっても、私にはまだウィル自治区という帰る場所があった。けれど、特警隊を追い出されウィル自治区にいられなくなったら、私には居場所がなくなってしまう。

 そうなったら、十年前みたいに他国に渡る商人に話をつけて、この国を出るしか方法はない。

 マジカラントが建国されてから、魔力を持つ者が各国からこの国に流れ込んできた。つまり、マジカラント建国後、他国には魔力を持つ者は極端に少なくなっているらしい。よほどマジカラントの権力者達と敵対関係にある者か、自分の稀少価値を逆手に取って他国に自分の存在を高く売る者か、群れるのを嫌う変わり者。他国にいる能力者はそんな人たちだという。

 私は、特別魔力が強い方ではない。けれど、魔導具に関する知識も持っているし、治癒能力だってある。他国に渡っても生きてはいけるだろう。

 ……ただ、そうしようと思うと、十年前、本当は私が乗るはずだった船に乗って命を落とした友人の顔が脳裏を過ぎり、躊躇してしまう。

『あっちで落ち着いたら、手紙を書くわ。良い所だったらメウルも来るよう誘うから、そのつもりでいてね』

 私が同行を取り付けた商人に、彼女は恋をしていた。出航の前日、私は泣きつかれて彼女に乗船券を渡した。商人も、他国にある自分の店まで身の回りの世話をする下働きが能力者であろうがなかろうが、誰であろうが構わないからと快く了承してくれた。

 その船が嵐で沈み、彼女も商人も亡くなったという話が耳に入ったのは、半月後のことだった。他のつてを頼って他国へ渡ろうとしていた私は、それを聞いて、国外に出て新たな人生をやり直そうという気力を失った。

 彼女は私の代わりに死んだのだ。そう思うとやりきれなかった。どうせなら、生きる希望もない私の方が死ぬべきだったのに。当時は本当にそう思っていた。

 だから、あの商人が乗船名簿を私の名から彼女の名に書き換えるのを忘れていて、公的な書類上私は死んだことになっていたことにも全く気付かなかった。引き篭もって外にも出なかったから、市庁舎の役人も気付かず、公的な機関に用のなかった本人も気付く余地もなかったのだ。

 能力者を特警隊に入隊させようと歩き回っていたガルス隊長も、メウル・オーエンという名の能力者がウィル自治区に戻ってきたことは知っていたが、市庁舎から私の死亡通知が来ていると聞かされ、死んだものと諦めていたのだそうだ。

 たまたま、私の親が余所で能力者の娘が家に引き篭もっていると愚痴っているのを聞いた人が特警隊に話を持ち込み、隊長がわざわざ家に入隊を勧めに来てくれた。それがなければ、私は今、どうなっていたか分からない。

「ぅおいっ! 何をボーッとしとるんだ」

 ボスン、と内臓に響く衝撃が背中を襲った。

 ……うっ。

 前方によろめく私を追い抜くように、ぞろぞろと第一小隊の強面筋肉達が正門に向かって歩いていく。平手の一撃を私の背中に食らわせていったのは、先頭を行く無駄に男前の奴だ。

 ……っのヤロ。小隊長だからって偉そぶりやがって。

 筋肉軍団の壁の向こうに僅かに見えるドレイク小隊長の後頭部を睨みつけていると、不意に横で魔力が弾ける気配があった。

「……何やってんの? ヒーリィ」

「いえ、別に」

 いやいやいや。声は穏やかだけど、やろうとしていたことは全然穏やかじゃないよ、ヒーリィ。あんた、明らかに魔導剣を抜いたよね。今、一瞬、ちょっとだけだったけど、鞘から抜きかけたよね? 一体何をする気だったのかな~?

 ヒーリィは、余りにも戦闘力の低い私の補助要員として同行することになった。言っておくが、護衛じゃない。私は護衛されるような身分じゃないし。あくまで彼は、不測の事態……例えば突発的に不穏分子との戦闘が開始された場合に、私という壁に空いた穴から連中に逃げられないように施された補強材というところだ。

 ところで、戦闘能力が低い、低いと自虐的に繰り返しているけれど、これでも世間一般の平凡な主婦に納まっている同世代の女性に比べたら、マシだという自信はある。何せ、もう九年も特警隊にいて、後方支援要員であったはずが何度か戦闘にも狩り出され、それで生きているということは、それなりの運と実力を持ち合わせているということだ。

 尤も、今回獅子門前広場で少年に襲われた時のように、大怪我をすることも度々だった。けれど、そこは治癒能力を持っているのが強みになる。しかも、私は治癒魔力の効きがいい体質なのか、それとも自分の魔力と体の相性がいいのか、傷は結構早く治ってしまうのだ。

 けれど、その治癒能力のせいで、私の人生は狂ってしまったといっても過言ではない。十二年前のあの日、王都の中心部に近い路地裏で誰にも知られずに消えようとしていた命を救ってしまったことから、全ては始まってしまった。

 下町の小さな工場でも就職できればいい。王都で、能力者の社会で暮らしたいという私の小さな願いを、あの時、私は自分の手で摘み取ってしまったのだ。

 アレックス・ガーラントの命を救ってしまった、あの時に――。


 魔法騎士団は、騎士、という名の通り、全員が騎乗している。対して、我々特警隊は基本徒歩だ。だから、有事の際に現場への到着が遅れて犯人を取り逃がすのだ、と言われようが、予算がないのだから仕方がない。

「あの黒い乗り物は使わないんでしょうか。いつも、一台だけ庁舎の外に停めてありますが」

 筋肉軍団の更に先を行く、十騎からなる魔法騎士達の後姿を遥か後方から眺めながら、ヒーリィがふと呟く。当初、五台あった魔導艇は、ガーラント隊長と共に四台が王都に引き上げ、一台だけがこちらに残っていた。

「魔導艇は数も少ないし、お値段も物凄く高いのよ。ウィル自治区なら、あれ一台で小さい家が建つわ」

「うっ……。そうなんですか」

「そう。それに、あれは魔力充填式じゃないから能力者しか乗れないし、能力者も動かしている間は常に魔力を使わなきゃならないから、そう長い間は乗れないのよ。だから、本当に緊急の時用に、一台だけ置いてるんじゃないかな」

「そんな不便なもんなら、馬で充分じゃないか」

 筋肉集団の後方にいた小隊員の一人がこちらを振り返って言った。いやいや、あんた方と話してたわけじゃないんですが。

「馬は、空を飛べないでしょ?」

「はあっ?」

 ワケが分からないからって、眉間に皺を寄せて凄まないでくれますか?

「あれ、空を飛べるの。普段の異動には、大体こんくらいの高さで浮いて走るんだけど、魔力の込め方と操縦次第で結構な高さまで飛べるんだから」

 私が自分の膝の辺りを指しながら説明すると、すでに筋肉集団八名のうち半数がこちらをポカンとした表情で振り返っていた。

「っつーか、一応マジカラントって能力者の支配する国なんですが、あなた方、魔導具についての知識が希薄すぎやしませんか?」

 困ったように言うと、馬鹿にすんのか! と声を荒げる小隊員を宥めて、年かさの小隊員が苦笑した。

「知らなかったな。第一、あれを見たのも今回が初めてだったし、そういうことを教わる機会もなかったしな」

 彼の言葉を聞いて、私は、あ、そうか、と気付いた。

 逆に知られすぎると困るんだ。魔導具は年々開発が進んでいて、他国向けにも魔力充填式、つまり魔力を持たない者でも使える物が大量に生産されている。それがお膝元のウィル自治区で広まると、内乱の火種につながる可能性がある。

 自国で生産されているものが、自国民の生活を潤さないなんて、なんだかしっくりこないというか、納得できない。国王陛下や、お仕えしているお偉い方にはそれなりのお考えがあるのだろうけれど。

「そいつの持ってる魔導剣も、俺らのとはちょっと違うよな」

 別の一人が、ヒーリィの腰の剣を指さした。そいつ呼ばわりされてヒーリィはムッとした表情を浮かべているが、私はなかなか目の付け所がいい、と好印象を持った。

「そうよ。あなた方のは完全な魔力充填式。つまり、能力者が魔力を予め詰めた核が入っているから、魔力のない人でも使える。でも、これはほら、ここに魔石がついてるでしょ? だから、戦いながら魔力をその都度充填して、必要な時に強い力を放出できるってわけ」

「へえ~」

 警邏中だというのに、魔導具講習会と化している後方に気付いて、ドレイク小隊長が前方から怒鳴り声を上げた。

「貴様ら、何をごちゃごちゃしゃべっとるんだ! 遊びでもデートでもないんだ、ちゃんとしろ!」

 で、デート? 何でそういう発想になってんですか?

 きょとんとしている私の目の前で、怒鳴られた後方隊員達は気まずそうに前方へと向き直っていく。

 えっ? ひょっとしてあなた方、私とデート気分だったとか? まさか、浮かれちゃってた? 何の魅力もない平々凡々の嫁き遅れ女の私とでも、喋ってて嬉しかったとか???

 つくづく、女日照りの第一小隊を哀れに思った出来事だった。

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