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「事情を説明してもらおうか」

 深い深いため息の後、ガルス隊長は執務室の上に肘を付き、両手を組んだ上に顎を乗せてこちらを見た。

 何か言い訳があれば、言えよ。

 こちらを、そう急かしているような目だ。

 机の前に立つ私から見れば、その上目遣いの目つきは大人のおっさんのくせにカワイイ。新たな隊長の魅力を発見し、この状況では不謹慎なことは重々承知しているが、ドキドキするのを止められない。

 ……と、人がせっかくときめいていたというのに。

「こいつが生意気なことばっか言うんですよ、隊長」

 隣に立っているドレイク小隊長が、私を指さしながら訴えた。

 見た目はでかいが、なんという小さい男だ。おまけに、ガルス隊長の一発のお陰で頬が腫れ上がり、呂律が回っていない。ざまぁみろ、と心の中で言ってみる。

 ちなみに、こいつに皿をぶつけられて割れた私の額の傷は、ちょうど携帯していた魔石手袋を嵌めて速やかに治癒しました。こいつの頬も治癒してやれないことはないんだけど、……頼まれたって絶対にヤダ。

「別に、私はうちの小隊がちゃんと隊長の指示に従ってやるべきことはやっています、って言っただけです。引き篭もって遊んでるって難癖つけてきたのは、そちらじゃないですか」

 私がこいつらと同レベルで暴れたなんて誤解を与えないように、ガルス隊長にはちゃんと説明しなくちゃ。

「ほらね、隊長。こういう腹の立つ言い方をするんですよ、目上の者に対して」

 自分の短気を棚に上げて、上司に媚びへつらい、部下や地位の低い者に対して強権的な態度を取る。だからお前は見た目で人気はあるんだけれど、彼女ができてもすぐに振られるんだよ! と心の中で毒づく。

「大体、なんで俺達ばっかり、魔法騎士団と組まされなきゃならないんですか。同じ能力者同士のこいつらの方が、馬が合うんじゃないっすか?」

「合うと思うか?」

「思いません」

 ガルス隊長の問いかけに、私は間髪入れずに答えた。

 はいはい、そんなに睨まなくてもいいですよ。せっかくの男前が台無しですよー。声に出さなくても、口の動きだけで、「貴様、ぶっ殺す」って言ってるの丸分かりですから。

「なぜ、そう思う?」

 ガルス隊長はそれをさらりと流して、私を見つめる。

「あの人たちにとって、ウィル自治区出身であれば魔力があろうがなかろうが関係ないんです。私達は、彼らの社会から弾かれた脱落者ですから。あの人たちもそのように扱います」

 そして、私達には少なからず、その時の心の傷というものがある。長い時間をかけて塞がれてはきたが、決して癒された訳でない。

「それに、私達のように戦闘能力の低い者達が表に出ていっても、犠牲を増やすだけです。ただでさえ、魔力充填要員の数が減って、一人当たりの負担が大きくなっているっていうのに」

「だからって、てめえらばっかり逃げるのは納得できねえぞ。またあんな騒ぎになるのは目に見えてる」

 ドレイク小隊長の言葉に、私達は口論の途中にも関わらず、しばし遠い目になった。

 天板が割れたり、足が折れたり、まともに立っているテーブルのない食堂。砕けた皿やグラスと、ひっくり返った鍋と、飛び散った今夜のおかずの中で、血と料理の残骸にまみれた隊員達が手当たり次第の乱闘を繰り返している光景。

 ガルス隊長が踏み込み、ドレイク小隊長を殴り倒して事態を鎮めてはくれたが、その騒ぎは同じ庁舎内にいた魔法騎士たちにもバッチリ目撃されてしまったのだ。

「極めて、深刻な状況だな」

 ガルス隊長の眉間の皺が深くなった。

「特警隊などというものは秩序も何もない烏合の衆だ、と王政府に報告されてしまえば、このままウィル自治区における魔法騎士団の影響力を広げてしまうことになりかねない」

「隊長、それは……」

「特警隊を解散し、魔法騎士団が代わりにここに常駐して治安維持を担う。そう王政府が方針転換をすれば、獅子門前広場事件以前に逆戻りだ」

 息を飲んだのは、ドレイク小隊長も同じだった。

 彼も私も、勿論その事件を直接知る年代ではない。けれど、その内戦の跡が色濃く残る街で生まれ育った世代だ。親はちょうどその事件に深く関わり、内戦を潜り抜けて生き残った人たちだから、私達の世代は自然とその悲惨な過去を聞いて育っている。

 絶対に、それだけは避けなければならない。どうすれば、特警隊はウィル自治区の治安を担うに相応しい秩序ある組織であるかということを示さなければならない……。

 危機感が私達の中で大きく膨らむだけの間を置いて、ガルス隊長は口を開いた。

「そこで、だ。二人とも、譲歩してほしい」

「……は?」

 後で思うと、それは隊長の策略だったのではないだろうか……。


「やあ。久しぶりだね」

 相変わらずの爽やかな笑みを浮かべて、アルヴァは私を見下ろす。騎乗している彼を見上げていると、首が痛くなりそうだった。

 魔法騎士団第三師団の全てが、ウィル自治区にいるわけではない。彼らの警備範囲には、王都東区も含まれている。

 そのため、アルヴァ・ワイズ小隊長と彼の部下、それに今回新たに配下に組み込まれた魔法騎士とで、合わせて三十人ほどが特警隊庁舎に残っている。アルヴァは、その残留組の責任者を務めていた。

 ガーラント師団長が王都に戻ったと聞いて、私は少しだけ……いや、かなり安堵していた。

「ご無沙汰しております。その後、お呼びがかかるのをお待ちしておりました」

 これは、私達を襲い、うちの小隊長とナサエラを殺したトム・リーヴァを捕えたら、私を呼んで顔を確認してもらう、と言った彼に対する嫌味だ。

 ガルス隊長の譲歩、というのは、第一小隊は今までと変わらず魔法騎士達と警邏に当たる代わりに、私に彼らと魔法騎士との仲介をしてほしい、というものだった。

 勿論、嫌です。お断りします。

 ……と、言えたらどんなに良かったか。

 けれど、せっかくのガルス隊長の頼みを、断ることなんてできないじゃないの。

 で、不本意ながら、その役目を仰せつかることになった不満を、アルヴァに吐き出してしまったわけだ。

 彼は二三度大きな目を瞬かせると、口元を押さえて噴き出した。

「ハハッ。あなたもなかなか言いますね。さすが、ガーラント師団長の命の恩人だけのことはある」

 一瞬、息が詰まった。

 ……な、……ななな、なんで? なんでこの男がそんなこと知ってるわけ?

 頭が真っ白になり、動悸が激しくなる。何か言おうにも、口から出るのは言葉にならない声ばかりだ。

 気がつけば、いつの間にか馬から下りたアルヴァが、密着といってもいいほど近い位置に立っていた。

「白銀の悪魔と呼ばれているあの人が、あの夜、倒れているあなたを見て顔色を変えたんですよ。血塗れの怪我人に駆け寄って抱き起こすなど、有り得ないことです。そんなこの世の終わりのような光景を目にして、興味が湧かないほうがおかしいでしょう?」

 耳元で囁かれた彼の声のほうが、私にとっては悪魔のように恐ろしかった。

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