劣化版だと婚約破棄された男爵令嬢を庇ったのは……
恋愛要素は少なめです。
「ダン・フーリッシュはボナ・オーディナリーとの婚約を破棄する!」
よーーーし!
私、ボナは心の中で盛大にガッツポーズをした。この時をずっと待っていたわ!
今現在、この王立学園のホールでは全生徒が参加するダンスパーティが開かれている。衆人環視の中での婚約破棄宣言。絶対に取り消せないし、取り消させない。
ダンは侯爵令息。婿取りをしなくてはいけない私に、金と権力に物を言わせて婚約者として侯爵家が宛がってきたのがダンだった。ダンは長男なのに勉強もせずに遊び惚けていたため、侯爵家の跡取りはダンの弟になった。ダンは婿入りしないといけなくなったけれど控えめに言っても知性が足りないし、浮気癖があるひどい男で婿入り先がなく、侯爵家が私の男爵家に無理矢理押し付けてきたのだ。
当のダンは事情を把握しておらず、俺が【男爵家】に婿入りするなんて、と不貞腐れていた。【俺】だから男爵家に婿入りすることになったのに……きっと侯爵家の誰かが理由を説明しただろうに、本人は聞いてなかったのか理解できなかったのか、ずっと私と男爵家に対してひどい態度をとっていた。婿入りしてやるんだから言うことを聞け、といつも偉そうだった。
私の男爵家が婚約を断れなかったのは、侯爵家を通らないと王都に来られない土地柄という弱みに付け込まれたからだ。断ったら通行税を5倍にすると脅された。人の移動も、物の移動も通行税に影響される。当主の父に領民を困らせるわけにはいかない、すまない、と謝られた。
ようやくダンから解放される、とほっとした私の目の前で、元婚約者・ダンは「どうして俺が婚約破棄をするのか教えてやろう!」と鼻の穴を膨らませて偉そうにしている。
……おばかさんだから?と言いたいのを我慢して、改めて目線を向けると、そこにはダンと、伯爵令嬢のルミナスがダンにぴったりと寄り添うように立っていた。
ルミナスはすっごく美人でスタイルのいい令嬢だ。スラリとした長い手足、腰は折れそうなほど細く、胸はドレスからこぼれそうなほど大きい。奇跡のプロポーションと言われている。美しいブロンドの髪は綺麗に結い上げられ、ダンスホールの会場に設けられた光を反射してキラキラと輝いている。見た目は文句なしの令嬢だ。
何でダンと一緒にいるんだろうと思ったけれど、顔かな。ダンの顔は貴族の中でもいい方だから、事情を知らない人たちは私の婚約をうらやましいと言っていたっけ。
私がルミナスに目を向けたのを是と捉えたのか、ダンが話し始めた。
「俺はこの素晴らしい令嬢ルミナスと愛を誓い合ってしまった!」
浮気宣言。
「ルミナスの美しさはこの国で一番と言ってもいいだろう!」
ルミナスの見た目についてはその通りだと思う。見た目だけはね。イケメンのダンと並んでいると美しい絵画を見ているかのようだ。
「そんなルミナスと愛を誓い合ってしまった俺が!」
浮気宣言二回目。
「ルミナスの劣化版のお前で満足できるわけないだろう!」
別に私、貴方に満足してほしいなんて思ってない。ルミナスが美しいのは認める。でも、私が劣化版と言われたのはちょっとまずい。
貴族は噂話好きが多い。私の悪評が広まるのは困るので、汚名返上しなくては。
反論をしようと口を開きかけたところ、私の後ろから怒気を含んだ声が発せられた。
「おい」
たった一言で周囲を黙らせた声の主はこの国の第一王子、ローデヴェイク。明らかに怒っている第一王子の様子にダンが怯んだ。
「おい、デンだったか。貴殿の隣にいるその令嬢の美しさがこの国一番だって言ったのか?」
「デンじゃなくてダンです! ルミナスが美しいのは皆が認めています!」
「俺が言いたいのはそこじゃない。そのルミナス嬢がこの国で一番美しく、婚約していた令嬢が劣化版だと言うのか」
「もちろんです!」
「そうか。不敬罪だな。衛兵!」
「えっ」
ダンスホールの外にいた衛兵たちが近づいてきてあっという間にダンを拘束した。
「第一王子殿下! 私は不敬なことなど何も言っておりません!」
口をふさがれていないのをいいことに、ダンは声を張り上げて第一王子に訴えた。怒っている第一王子に対してよく反論できるなあとボナは変なところで感心してしまう。
第一王子はダンをぎろりと睨む。
「貴殿の目は節穴か!この国で一番美しいのは俺の婚約者のヴィレミーナに決まっているだろう! ヴィレミーナは見た目が美しいだけではない、心まで清らかな完璧に美しい女性なのだ! そのヴィレミーナを差し置いてそこの令嬢がこの国で一番の美しさなど何たる雑言! おい、ドン。もう一度言う。貴殿の目は節穴ではないのか!」
第一王子はビシッという効果音が聞こえてきそうなポーズで人差し指をダンに向ける。
「ドンじゃなくてダンです! 俺、いえ、私は婚約破棄をしたボナがルミナスに劣っていると言いたかっただけでヴィレミーナさまを貶すつもりなどありません!」
ダンの必至の弁明に第一王子はフンと鼻を鳴らす。
「貴殿がどんなつもりか知らないが、この国で一番と言った令嬢より劣ったと判断したものを劣化版だと言った以上、俺の美しい婚約者のヴィレミーナを貶したも同然だ! 貴殿にこれからどれだけヴィレミーナが素晴らしい女性なのかしっかり聞かせてやろう。いいか、ベン。よーく耳を澄まして話を聞くんだな!」
「ダンです!」
「まずは先日の茶会の時だ。俺はヴィレミーナとの茶会を楽しみにしていた。それはもう前日の夜に眠れなくなるほどだ! ヴィレミーナが……」
滔々と語る第一王子を見ていたら、トントン、と肩を叩かれた。振り向くとそこには第一王子の婚約者、ヴィレミーナがいた。第一王子の言う通り、外面だけでなく内面も美しいヴィレミーナだけれど、気さくで話しやすいと思わせてくれる素敵な女性なのだ。
「ボナ、災難だったわね。いいえ、婚約破棄は喜ばしいことかしら」
「ヴィレミーナさま。ありがとうございます。ローデヴェイクさまも私を庇ってくださったのですよね?」
ヴィレミーナは首をふるふると振った。
「あれはねー、半分以上私が好きすぎて暴走してるだけよ。もちろんボナを庇いたいという気持ちもあるとは思うけど、ただの暴走よ」
縁あってヴィレミーナには目をかけてもらっているため、ヴィレミーナの婚約者、ローデヴェイクとも話したことがある。ヴィレミーナのことになると視野がめちゃくちゃ狭くなる人だけれど、基本的には聡明な人だと思う。だいたい頭がよくないとあんなにずっとしゃべっていられないはずだ。まだダンに向かってしゃべっていて、
「ヴィレミーナはな、おい、聞いてるのかゴン!」
「ダンです!」
と、またダンの名前を間違えている。
「先ほどからローデヴェイクさまはダンの名前を間違えていますね。あれはわざと煽っていますか?」
「関心がない相手の名前を覚えられないだけだわ」
サクッと辛辣なツッコミをするヴィレミーナ。
「さすがにそろそろ止めないといけないかしらね。ダンスパーティーなのに誰も踊れてないもの」
ヴィレミーナは呟いて、ローデヴェイクのもとへ歩き出した。……私の手を取って。
「ヴィレミーナさま?」
「貴女は当事者なんだから。きちんとけりをつけましょう。私はあなたの味方だからね」
なんとありがたいことか。地位のある人が味方をしてくれることが心強い。……ヴィレミーナさまはダンと違って聡明な方だし。
「ローデヴェイクさま」
「ヴィレミーナ~~! ボナ嬢も一緒か!」
にこやかな顔でヴィレミーナの呼びかけに答えたローデヴェイク。私の名前は間違えなかった。ちゃんと認識してもらえているんだと結構嬉しい。
「おい、見ているかガン。このヴィレミーナの美しさを! そしてこの控えめながら凛とした姿勢! ヴィレミーナがそばにいてくれるだけで私は心が強くなれるのだ!」
「ダンです!」
ローデヴェイクはだれかが止めないといつまでもしゃべり続けるらしい。この場を収束できるのはヴィレミーナさましかいない。
「ローデヴェイクさま。この場はダンスパーティーです。目的を見失ってはいけません」
「……そうだな。ついついヴィレミーナを貶されて熱くなってしまった」
ローデヴェイクは周囲を見渡した。
「皆の者、余興はここまでだ。私たちは別室に移動するとしよう。この場に残る者たちは心行くまで交流を楽しんでほしい」
すっと通る声がダンスホールに響き、ローデヴェイクの言葉が終わったタイミングでダンスのための音楽が奏でられ始めた。
こういうところはほんと、できる王子さまっていう感じなのよね。
「さあ、我々は別室で話の続きをしよう。ゲンと……ボケ……じゃない、ロメナス嬢」
「ダンです!」
「ルミナスです!」
この後別室でローデヴェイクがヴィレミーナのすばらしさを語り続ける中、その横で話をスルーしながらヴィレミーナがダンの父親の侯爵家当主を呼び出し、婚約破棄をダンの有責で、慰謝料も支払うことを約束させた。私の名誉を回復をすることや、通行税の撤廃も約束させた。
よかった。これで憂慮することはなくなった。
後日、ダンとルミナスが破局したと聞いた。ルミナスはダンが長男だから侯爵家を継ぐと思い込んでいたらしい。ダンが跡取りから外されていて婿入りしなくてはいけない立場だと知ると、アッサリ離れていったそうだ。ダンの侯爵家の長男という肩書きだけを見ていたんだろう。
ダンは頭が弱い人だったけれど、ルミナスも実は似たようなものだという評判だった。噂話が好きな人たちからは【頭が空っぽのきれいなお人形】と悪口を言われていた。
ルミナスとは対照的なのはヴィレミーナ。美しく、知的。有能で王太子の婚約者として文句がない令嬢だと世間では思われている。
世間では。でも実際のところは……。
「かーわーいーいー!!! んもう、ボナ。貴女って本当にかわいいわねえぇぇぇ!」
着せ替えの趣味があること。これだけは私はヴィレミーナの欠点だと思う。今日6着目のドレスを着用しながら私の顔は死んでいる。
「ヴィレミーナの美しさとはまた違うが、ボナ嬢もなかなかかわいらしいではないか。さすがヴィレミーナの見立てだな! そこのリボンとレースのバランスが素晴らしい。ボナ嬢のかわいらしさをより引き立てているな。ヴィレミーナも同じようなドレスを仕立てたらいいんじゃないか? 二人でお揃いにしたらまたかわいらしさが増幅するのではないか?」
「お揃いコーデですか! それもいいですね」
私の前でローデヴェイクとヴィレミーナがイチャイチャしながら話している。この2人、ずーっとしゃべっているのだ。……さすがに疲れてきた。
私は小柄でかわいらしいと言われるタイプだ。16歳になるのに身長は12歳の従姉妹に抜かされるくらい小柄。
それで、ヴィレミーナは時々私を着せ替え人形にして楽しんでいるのだ。
「失礼ですがお二方。ボナを休憩させてもよろしいでしょうか?」
話が盛り上がっている2人に声をかけたのは私の従者としてついてきてくれた、アダムだ。
アダムの言葉にヴィレミーナはハッとして私の顔を見る。
「ボナ、ごめんなさい。貴女が可愛すぎてつい休憩を忘れていたわ。侍女たちにお茶を用意させるわね」
「ありがとうございます。個室をお借りしても?」
私が返事をする前に、アダムが口を挟んだ。
「分かりました。別室に準備させましょう」
ヴィレミーナは侍女の1人に声をかけて、侍女が私とアダムを個室に案内してくれた。
個室に入った私はソファに座る。ずっと立っていたから足が痛い。アダムが私の前に跪いて、靴を脱がせてくれた。
「ありがと。足、痛かったの」
「そうじゃないかと思ってた」
靴を揃えて置いてから、アダムが私の隣に座った。
淑女は殿方に足を見せてはいけないという決まり事があるけれど、アダムは私の新しい婚約者になったので、問題ない。元々アダムと私は男爵家の意向で婚約するはずだった。ダンの侯爵家が横入りをしてきてその話は一旦なくなったけれど、ダンとの婚約が解消されたので、改めてアダムと婚約したのだ。
私は甘えて、隣に座るアダムに寄りかかった。
「着飾るのは嫌じゃないけれど、ずっとだと疲れちゃうのよね。ヴィレミーナさまには恩があるからなかなか言い出せなくて。アダムが止めてくれて助かったわ」
「従者としてついてきたのはこのためだからね。ボナが助かったと思ったならよかったよ。可愛いボナが見られる役得もあるしね」
「どれが似合ってた?」
「そうだな。どれも良かったけど、3番目に着てたやつが1番似合ってると思った」
「あれね。生地がいいのかとっても着心地も良かったわ。でも私としてはもっと大人っぽく見えるデザインのものが着たいの」
「じゃあ次の夜会用に俺がドレスを贈るよ。ボナの可愛さが活かせる大人っぽいデザインのドレスを作ろう」
「嬉しい」
侯爵家の横槍で不本意な婚約をしたけれど、元婚約者が婚約破棄をしてくれたおかげで今は幸せです。




