それは、やめておいた方がいいか、と。
「マリア。貴様は、ここに居る聖女候補のノア嬢に虐めを繰り返し、怪我まで負わせた。ほら見てみろ。彼女の足は貴様が階段から突き落とした時に出来た傷がある。私は貴様の婚約者であることを後悔している。聖女候補の何が気に食わないか知らんが、階段から突き落とすなど、足の怪我どころか命に関わるかもしれないのだぞ。よって、貴様との婚約を破棄し、貴様の元婚約者として、責任の一端を担い、ノア嬢と婚約。貴様の魔の手から彼女を守ることを、私、ユリウスの名にかけてノア嬢に誓う。王太子殿下がおわすこの場にて、殿下が証人となって下さるそうだ。覆らない。分かったな」
あらまぁ。
婚約破棄を突き付けられてしまいましたわ。
私が聖女候補のノア様に虐め? へー。
私が聖女候補のノア様を階段から突き落として足に怪我を負わせた? へー。
そんなことをする私とは婚約破棄? へー。
そしてユリウス様は元婚約者として責任を取って聖女候補のノア様と婚約して守る? へー。
まぁ、いいんじゃないかしら。
「かしこまりました。恐れ多くも王太子殿下がこの話の証人を務めて下さるとのこと。婚約破棄の申し入れをお受けします」
とはいえ、聖女候補のノア様へ虐めもしてないし、階段から突き落とすこともしてないわね。
でも、ユリウス様は公爵子息。王太子殿下が立ち合われていらっしゃる上での婚約破棄。であれば、証拠も無しに私に婚約破棄を突き付けないでしょうし。
ユリウス様と私の婚約は政略でしたが、互いに歩み寄っていたと思っていましたが、私との婚約を破棄したい、と思っていらっしゃったのですか。
となると、私がいくらやってない、と否定しても確たる証拠とやらで、聖女候補のノア様を虐めたと証明されてしまうでしょうね。
うーん。罠に嵌められてしまいました。
冤罪ですが、王太子殿下が関わっていらっしゃる以上、下手に抗議すると我が家にお咎めがあるかもしれませんね。ユリウス様の公爵家に、私の伯爵家が敵う訳がないですし。逆らえませんわね。仕方ない。割り切ってそちらも受け入れるしか有りませんわ。
「ノア様の件も受け入れます。謝罪させていただきますわ。ですが、これは私個人のことで我が家は関係有りません」
きっと、ユリウス様、公爵家が伯爵家に資金援助を頼んでいることが許せなかったのでしょうね。
でも仕方ないじゃないですか。
公爵領で日照りにより、公爵領の主な生産品である米の生育が悪くて、赤字だったのですから。三年前、他国から輸入した新しい穀物の米を主要な生産品に決めたのは、公爵様ですし。
軌道に乗る前に日照りで水田がヒビ割れるほど、水が干上がってしまったことは、天候の問題ですし。その資金援助を我が家に申し出たのも公爵様ですし。
我が家は別に私が公爵家に嫁入りする必要は無かったのですが、公爵夫人の座を用意するから、と強引にユリウス様との婚約を取り付けたのも公爵様ですし。
決まってしまったからには、と歩み寄るつもりでいましたけど、ユリウス様のプライドが傷ついたのでしょうねぇ、おそらく。ユリウス様、ご自身の曾祖母様が王家から降嫁されたことを誇りに思っていらっしゃいましたし。それなのに自分の妻は伯爵家ということに不満を抱いていらっしゃったのでしょう。
だからこそ、ノア様を新たなお相手に選ばれたのでしょうし。
ノア様のご実家は侯爵家。我が家より身分は上。でも我が家は国一番の富豪です。つまりノア様のご実家は、我が家ほどお金は有りません。資金援助については、ユリウス様はどのようにお考えなのかしら。
でも、まぁいっか。
婚約破棄を突き付けられた私が考えることでは有りませんし、冤罪を被せてまで私と、我が家との縁を切りたかったわけですから、考える必要は有りませんわね。
学園の昼休憩時間に、ユリウス様から中庭に来るように呼び出されたと思ったら、ノア様と王太子殿下がいらっしゃり、直ぐに婚約破棄劇場が始まりましたの。他に人が居なかったのは、昼休憩なので皆さまお食事をされるために食堂へ行かれているから、でしょうね。良かったですわ。
それにしても、王太子殿下が立ち会われておられる以上、婚約破棄の件は、王太子殿下に根回し済みで、証拠作成済なんでしょうね。どんな証拠なのか知りませんけれど。
冤罪だと分からないように捏造された証拠ですか。
ちょっと知りたいですね。
ボロの出ない捏造証拠って気になります。虐めの証拠とか、階段から突き落として怪我をさせた証拠とか。というか証人かしら。証人でしたらこの場に居る方が自然な気がしますけど。
さて、じゃあお父様にこのことをご報告しなくてはなりませんから、食堂でのお昼ごはんは諦めて帰りましょう。ちょっとお腹が空いてますが、我慢して王都にある伯爵邸へ帰ります。帰ったら何か軽く食べさせてもらいましょうか。そんなことを思いながら、先ずは早退の話を教師に通さなくては、と中庭から立ち去ろうとしたところで。
「待て。どこに行く?」
「えっ、お父様に婚約破棄の件をご報告に帰ろうと思いましたが」
ユリウス様に呼び止められて驚きました。まだ何か用が有りますか。
婚約破棄を受け入れましたし、冤罪とはいえ、ノア様に一応謝りましたのに。
「それはこの後の処遇を聞いてからにしろ」
「処遇、でございますか」
なんの? と微かに首を傾げましたら、オレンジ色の髪を掻き上げてから私に指を突き付けるユリウス様が宣いました。
「マリア! 貴様を国外追放に処す!」
あー……。この方、演劇がお好きでは有りましたけれど、まさかご自分が主役だと思われていらしたのかしら。好きな演劇の主人公を真似ることがお好きな方でしたが。趣味だと思ってにこやかに聞いていた私が間違いだったのでしょうかね。
まぁでも、このやたらと演劇の主役ぶった言動をするところは、微笑ましいというより鬱陶しいと思っていましたから、婚約破棄は良かったかもしれません。
そして、隣に居るノア様は、ユリウス様のこういった所をご存知無かったのかしら。シルバーの髪にヴァイオレットの目をした儚気な顔が引き攣っていらっしゃいますわ。ちょっと儚さが台無しになるくらいの引き攣りっぷり。
ノア様、淑女教育を行った家庭教師の方からダメ出しを受けてしまうくらいの動揺っぷりですわよ。聖女候補の素質が開花したことで、愛人の娘という日陰者の身から、正式に侯爵令嬢として引き取られたお方ですけれど。淑女教育が間に合わなかったのかしら。確か二年か三年くらい前に引き取られたはずですけれども。
まぁその辺りは、今はどうでも宜しいですものね。
取り敢えずは、私が対峙するのはユリウス様です。
「ユリウス様、王太子殿下が居られるこの場にて、その発言は良いものでは有りませんわ。ハッキリと申し上げますと、それは、やめておいた方がいいか、と。そう思いますの」
「なに?」
私がハッキリキッパリ、その発言はやめた方がいいですって言ったことが気に入らなかったのか、オレンジとイエローの中間の色合いをした目が怒りを表していらっしゃいます。
ですが、私も身分が下だろうと、申すべきことは申し上げますわ。
「貴様、伯爵の娘ごときが、この私に止めておいた方がいい、だと? 何を偉そうにっ」
オレンジの髪を掻き毟ってますが、髪の毛が凄い勢いで抜けてますわ。禿げてしまいますわよ。
隣のノア様は、ユリウス様の取り乱しっぷりにドン引きのご様子。それとも、掻き毟られた髪の毛が自分に降り掛かるのが嫌で、ユリウス様から離れたのかしら。或いは、禿げる可能性に気づいたとか。
まぁノア様のそんなご様子に気づいてないユリウス様が、ちょっと滑稽に思えます。扨措。
「はい、それは、やめておいた方がいいか、と思っておりますわ。何故ならユリウス様、それは越権行為ですのよ」
私が再び止めた方が良い、と進言したことに、全身を震わせて怒りを露わにしているユリウス様。それには気づきましたが、続けて理由を口にすると、ユリウス様は、怒りを忘れたように「は?」と間抜けな、失礼、気の抜けた、いえ、ええと、なんて言えば宜しいかしら、ああ、そうそう。「は?」と我に返って、ですわね。そう、我に返って、です。その一言を口にされました。
「は? では、有りませんわ。ユリウス様。越権行為ですのよ? 国外追放という大きな処分を下すのは、国王陛下のみです。国王陛下がご決断されて、直接処遇を言い渡されるのか、それとも人を介して処分内容をお伝えされるのか、その差は有りますが。処遇を決めるのは、国王陛下だけでしてよ。私のお父様でも国外追放処分は出来ませんわ。何故ならこの国は王国。つまり、国王陛下を頂点とした国作りをしておりますもの。言い換えれば、国民全てが陛下の臣下。そうでしょう? 国外に出す、と決めるのは陛下だけでなくて? 王太子殿下や王妃殿下でもその処分は下せませんわ。ユリウス様、非公式とはいえ、王太子殿下がいらっしゃる場でそのような、王国という根本的な国作りを否定するようなことを仰るなんて。それは国王陛下よりユリウス様の身分が上だと仰っておられるのと同じですわ」
私が懇切に説明をすると、ユリウス様の顔色が青褪めてしまいました。お気づきになられていらっしゃらなかったのですね。ですが、知らなかったでは済まされませんわ。
「これが国内で済む処分でしたら、ユリウス様が処分を下すことはまだ分かりますわ。と言っても、伯爵家からの除籍追放はお父様が当主、つまり伯爵家の主として行うことで、いくらユリウス様が公爵子息でも、他家の方が口出し出来ることでは有りませんが。それはお家騒動の横槍ですものね。お家乗っ取りと思われても仕方ないですから、口出し厳禁。公爵家のユリウス様が伯爵家の娘である私に処分を下すのであれば、公爵家並びに公爵領立入り禁止、とかでしょうか。例えば、私が公爵家やノア様のご実家の侯爵家を侮辱したなどであれば、伯爵家に厳重注意の上、慰謝料支払いなどの処分は分かりますが。私が、公爵家や侯爵家の面子が丸潰れになるようなことを仕出かしたのでしたら、伯爵家お取り潰しも有り得ますが、お取り潰しそのものを決めるのは国王陛下の権限ですので、ユリウス様が出来るのは、公爵家の面子を潰した証拠を王家に提出して、取り潰しを申し立てる、ですよね。王国法で決まってますもの。尤も、私が仕出かしたことが余程のことであれば、莫大な慰謝料を支払うように仰るのであれば、それはユリウス様が出来ることですわ。ですが、ノア様を階段から突き落としたくらいの虐めでは、伯爵家が困窮するほどの莫大な慰謝料は発生しませんわ。ノア様が生死に関わるような状態ならば兎も角」
この国の法で、王太子と言えども、勝手な処分は下せないことになっています。大罪に対する法に基づいた処分を下せるのは、国王陛下のみ。
昔、王命の婚約で結ばれた、というのに王子が婚約者に婚約破棄を命じて、冤罪を被せて国外追放処分を下したことがありました。婚約者の令嬢は生粋の貴族令嬢ゆえに、国外で一人生きていけるわけもなく、言葉は通じても如何にも貴族令嬢と分かる女性が一人であることに、隣国の国境付近にいた平民は警戒して、悪人だと思い込んで、令嬢の持ち物も衣装も身ぐるみ剥いだそうです。そして、折檻を受けた上に身体を暴かれ、食べる物も与えられず、水すら与えられず放置され亡くなった、と。
そんな悲惨な話が他国であったそうで、その話を聞いた前国王陛下が、国外追放処分などの大きな処分を下せるのは、国王陛下の権限だ、と法になさったわけです。まぁその国王陛下がとんでもない人でしたら、どうなんだって話では有りますが、今はそのような陛下では有りませんから、安心出来ますわね。
という話をした私。
ユリウス様は、思い出したように、あ……と仰ったきり絶句してます。
「つまり、ユリウス様、越権行為に当たりますから、それは、やめた方がいいか、と思いますわ」
ユリウス様は、あ、とか、う、とか、声だけで言葉にならないことを口にしてます。一度口から出た言葉が消えないのは仕方ないとして、発言前に考えて欲しいのも今更ですから仕方ないとして。
せめて今直ぐに、前言撤回からの謝罪をして下されば良いのに。
それすら出来ないのでしょうか。困りました。これでは、ユリウス様が越権行為で咎められます。それは公爵家にも負担がいきますよね。必死に立て直そうとしている公爵様は、どうなさるのかしら。我が家も私もどうでもいいですけど、貸したお金が返って来ない事態は避けたいですわねぇ。
「やれやれ。この場にいて静観していて欲しい、と言われて立ち会っていたものの、越権行為をしたユリウスには興醒めだな。婚約破棄も初耳だし、証拠があるのか、証人は居るのか、分からない罪も初耳だ。その時点で口出しをする権利が私にはあったが、元々ユリウスの婚約者であるマリア嬢への態度は不誠実で、見苦しいと思っていたからね。ユリウスを見極めるのに黙っていることにしたが。まさか王国法を知らないとは思ってもみなかったよ。私の側近には君は向かないな。それと、私が立ち会っていたからといって、婚約破棄が成立するとは思わないで欲しい。貴族の婚姻は政略が当然。家の当主同士で決めることであり、私に婚約続行も破棄も認める権限は無い。当主同士の話し合いの結果、国王陛下に報告し、それが認可されて、続行も破棄も決まるんだ。その辺りは、マリア嬢も理解していなかったみたいだから、説明しておくがね」
静まり返ったこの場に、王太子殿下のお声が通ります。ユリウス様、殿下の側近候補でしたものね。側近として役に立つのか見極められていたのですね。というか、やっぱり王太子殿下が立ち会われていても、婚約破棄は成立しませんか。そうですよね。お父様と公爵様と話し合われてないですもんね……。王太子殿下には、私も知らないようだね、と嫌味のように言われてしまいましたわ。釘を刺されたのでしょうね。
「畏まりました。殿下、ご指摘をいただきましてありがとうございました。これにてお父様にご報告をさせていただくため、御前を失礼致します」
「うん。構わない。ユリウス、君は越権行為の点について、陛下に奏上しておく。公爵にも連絡しておくから、心するように。それと、ノア嬢。君がマリア嬢から虐められていた件は、聖女候補である君のことゆえに、王家と教会とで調査をする。ユリウスに言うのではなく、王家か君の身柄を預かる教会か、君の家である侯爵に虐めの件を伝えるべきだったね。取り敢えず調査には入るよ。マリア嬢もそのつもりで」
頭を下げて受け入れる私と、青褪めた顔で呆然としているユリウス様に、顔を赤くしたり青くしたり、と忙しいノア様を等分に見て、王太子殿下は私を促して中庭から出られました。
エスコートとはいかなくても、王太子殿下に促されることが起きるなんて思いもしませんでしたわ。促されるということは、少なくとも私を尊重して下さっている、ということですものね。
「マリア嬢、後日、虐めの件に調査が入ることを伯爵に伝えておくように」
「畏まりました」
昼休憩が終わりかけてましたので、急いで教師に早退を申し出ます。殿下は既に立ち去られてました。殿下も学園生ですので、午後の授業に出られるのでしょう。早退の許可を得て、私は伯爵家に帰りました。
執事を通してお父様の予定を確認し時間を取ってもらい、本日の件を話しました。
「うーん……。公爵はマトモな人なんだけど、ユリウス殿は困った子なのだね。ご自分の家がどのような状況かまるで把握していないようだ。我が家が公爵家に支援している金額を回収するとなると、公爵領を半分以上買い取るようなものだねぇ。そうなると公爵という地位を維持するのは無理だから伯爵位くらいまで降爵することになるけれど、それもユリウス殿に代替わりしたらどうなるかなって話だよ。自家がどれだけ進退窮まっているのか分からないような者が当主の座に着いたとしても、そこからの巻き返しは無理。巻き返しが出来なくても現状を維持出来るなら良いが、それも無理だろうね。代替わりしたら更に降爵する可能性もあるよ。でもそこまで転落するようだと、王家も見過ごせないんじゃないかな」
お父様が、国王陛下からも内々に公爵家への援助を頼まれたから、支援をしているのだけど。なんて仰るので、ユリウス様の愚行は国王陛下の面子すら汚すことになりましたわ。
「まぁ聖女候補を虐めたという案件の調査は了承した。冤罪だと表明するが、それはそれとして、調査を受けなくてはならないのは、仕方ないからな」
痛くもない腹を探られるのは業腹だとしても、下手に拒否して疑われるより、よっぽどいい。ということらしいです。まぁたしかに。
「それで、どうなさいますか?」
「婚約破棄の件は公爵と陛下と話し合う。公爵も国王陛下から我が家に援助を頼んでみると良い、と言われたわけだからな。とはいえ、我が家は金は貸すがマリアを公爵家へ嫁がせる気は無い。と公爵にお伝えしたんだ。だが、担保になるのは赤字を出した稲田では無理だろう? となると、公爵領そのものになる。公爵領全てから半分以上に抑えて、後はマリアを嫁がせることにしてくれって言われたからなぁ」
あらまぁ。ということは、私と婚約破棄する、と突き付けたユリウス様は、どうなってしまうのでしょうか。まぁ私がアレコレ考えることでは有りませんね。後はお父様にお任せしましょう。
「では、後はお任せします」
「うむ。話し合いがまとまるまでは、済まないが学園ではユリウス殿と関わらないでくれ。念のため王太子殿下とも」
畏まりました、とお父様に頷き退室しました。
まぁユリウス様は嫡子の義務である領地経営科。王太子殿下も同じ学科でしたわね。ですが、私は夫人科ですから会うことは無いと思いますわ。
夫人科は、高位貴族の領主の妻や大きな商会長の妻といった、国も無視出来ない立場の家に嫁ぐ女性のための学科。
下位貴族や普通の商会の妻でしたら淑女科で十分なのですが、わざわざ夫人科という学科を作り、勉強するように学園側が考えるくらいには、そういった方の妻という役割は、重要な立場なのです。
高位貴族の妻ですと、仕草一つ、言葉を発する際のアクセント一つでも周囲への影響を与えると言われています。また王族との交流も多くなりますので、礼を失するわけにはいけませんから、マナーや話題提供も勉強する学科です。それは大きな商会の妻も同じ。王家御用達などの看板に泥を塗るわけにはいきません。ですので、そういったところに嫁ぐことが決まった女性が勉強する学科が夫人科です。クラスの人数が少ない学科ですので、時に仲良く時にライバルで、戦友のような意識が芽生えております。
ですが、婚約破棄の可能性が大きい今、あのクラスから離れることになりましょうね。何しろ勉強する意味が無くなりますから。それは少し寂しいですわね。
そんなことを振り返りながら本日が終わり。
それから四日後。
お父様からお話がありました。
「陛下と公爵と話し合う前に、聖女候補のノア嬢の虐め問題の件なのだが」
ああ、私の冤罪ですわね。虐めの犯人は判明したのでしょうか。
「犯人が判明しましたの?」
「自作自演だった。マリアに虐められた。では、いつどこでどんな風に、と具体的に教会と王家が確認したら、狼狽えてばかりで五分も経たずに言うことが変わって話に整合性が無い。そこを指摘されると、マリアに虐められたという自作自演を白状したそうだ。聖女候補というのは、聖力を持って生まれた女性のことを言う。男性なら聖人候補だ。そこから成人までに、ゆっくりと教会で修行して成人したら、本格的に修行する。そして聖女か聖人になれるだけの力を持てたら、初めて聖女か聖人だ。だが、ノア嬢は侯爵令嬢として甘やかされる方が多くてな。修行が苦痛だったらしいのだ。それで良いところへ嫁ぎたいと考え、公爵子息のユリウス殿に近づいた。マリアから奪えると判断したようだな。そして自作自演の虐めを捏造した」
まぁ……。
さすがに予想外で言葉が出ませんでした。
「予想外でしたわ。本当に、てっきり、どなたかにいじめられているのだとばかり」
「ユリウス殿は、どうもヒーロー願望というのか? 頼られて涙を溢されてあっという間に陥落したようだな」
私が意外です、と驚き呆れていますと、お父様がそんなことを仰いました。ああ、ヒーロー願望ですか。
「ヒーロー願望。分かりますわ。あの方、前から英雄譚の観劇がお好みでしたし、そこに現れる女性は隣で一緒に戦うタイプではなく、背後で庇われるタイプの女性ばかりですから。演劇の役者志望なのかしら、と偶に思うくらい、観劇後はよくセリフを覚えて口にしてましたもの。きっと自身を投影していらしたのでしょうね。それで選ぶ女性も庇いたい女性だったのかもしれませんわ」
そういう女性がお好みであれば、私が嫌というのも納得出来ます。私は庇われるタイプでは無いですし。というか、公爵夫人なんて、貴族の最高位の女性ですから、妬み嫉み恨みの渦を上手く渡り歩けないと、心が病みますけど。庇われるようなか弱いタイプがやっていけるわけが無いですよね。笑顔で嫌味なんて可愛いもので、少しでも気を抜けば足元を掬われるのが社交界でしてよ。
ですから、私はそのお心得を公爵夫人から教えていただいてますのに、子息であるユリウス様が分かっていらっしゃらないとは思いませんでしたわ。公爵夫妻のご苦労が偲ばれます。
「それで、だ。ノア嬢の自作自演と判明したからには、我が家への調査は当然無い。もちろん、そんな令嬢が聖女になれる訳もない。聖女候補という役目を負っていたから、教会の面子を汚したのは確かだが、王太子殿下が立ち会われたとはいえ、公の場では無かったことを考慮して欲しい、と侯爵家は図々しく進言した。公爵もユリウス殿が乗せられたのは自業自得だと思い、陛下の判断にお任せした。陛下は、ノア嬢を男爵子息に嫁がせることにした。辺境の地の」
ノア様のお父様、陛下にお願いなんて図々しいですわね、と思っていた私も、辺境の地の男爵子息に嫁入り、で、ちょっと言葉を失いました。確か彼の男爵家と言えば。
「辺境伯家の分家ということを嵩にきて、平民に横暴を働き、辺境伯様に咎められて見捨てられかけている男爵とその子息、という噂を耳にしましたけど」
「その通りのようだな。それ故に辺境伯の許可無く男爵家とその周辺から出ることも許されない。男爵領は辺境伯預かりだから領地収入も無い。懐が窮状の男爵家だな。ついでに言えば、あの家は、夫人は離縁を許されているから、男爵と子息と辺境伯の手の者の使用人のみ。そこに嫁入りしろ、と陛下は仰られた」
あら、ノア様、侯爵家で甘やかされていたから、かなり辛い立場では無いかしら。
「侯爵様は反対されませんでしたの? ノア様の嫁入り先が酷いとか」
「国王陛下の命を反対するということは、王家に叛意有りで良いのだな、と陛下が仰った。侯爵は当然黙ったよ。娘より保身を取ったということだ。尤も、教会側に託しても良い、と陛下が選択肢を突き付けたのもあるだろうが。教会側は面子を汚されたからな。引き取って、平民の身分で一生を教会への奉仕活動で、と言っていたらしい」
教会内でも貴族令嬢として多少配慮されていたでしょうが、平民の身分での奉仕活動って、洗濯掃除炊事を行うわけですよね。井戸から水汲みをしたり、雑草の生えた庭の草むしりもするとか聞きますわ。貴族の子息や令嬢は確かにしませんわね。でも平民の方なら当然のことですものね。でもノア様では無理かしら。
「それでは、男爵家へ嫁がれることになりましたのね」
「うむ。王都には戻って来られないのではないか。兎に角ノア嬢の行く末は、そのように決まった。そしてユリウス殿だが、公爵もさすがにユリウス殿のやらかし具合に呆れてな。我が子にマリアとの婚約の大切さを言い聞かせたが理解していなかったことに幻滅したようだ。切り捨てた。陛下は身分を平民に移し、公爵領復興に力を注ぐのがユリウスへの罰とした。公爵夫妻には換金出来る物を換金し、我が家へ支援金返金並びに慰謝料として支払い、足りない分は我が家が支払った分で公爵領の買い取りという形になった。その際は、ユリウス殿は当然ながらマリアと関われないような場で働かせることになる。公爵はユリウス殿の弟に跡を継がせるとのことだ」
あら、ユリウス様の弟君はまだ十歳にも満たないですわ。歳が離れた兄弟でしたから。でも、そのような決着になりましたのね。
「国王陛下とお父様が公爵様と話し合われて、そのような仕儀になられたのでしたら、それで構いません」
「うむ。それで、だな。マリアは今後どうする?」
お父様に、ユリウス様との婚約が解消になったことで、嫁入り先が無くなったことを懸念されました。破棄ではなく解消ですわ。陛下がそう仰ったそうです。
「王城の侍女に応募しますわ」
「まだ、諦めてなかったのか……」
「もちろんですわ!」
ユリウス様との婚約が決まる前から、私は王城で侍女として働くことを夢見てました。我が家の跡取りはお兄様ですし、嫁入りしてもしなくてもどちらでも良いと、お父様とお母様が仰ってましたし。ユリウス様との婚約を捩じ込まれてしまいましたので諦めていましたが、無くなりましたから、目指します。
「本当に王女殿下のことがお好きなのだな」
「もちろんですとも!」
王太子殿下のご婚約者であられる隣国の王女殿下。かの方が我が国に婚約締結で来国された際、お出迎えパーティーで畏れ多くも私の着ていたドレスにお目を留めていただきまして、お声をかけて下さいました。そして私、との会話を楽しかったと仰って下さったのです。その言葉を聞いた私は、その時から何れこの国の王太子妃という立場に着かれるであろう、その方のお側にお仕えしたくて、侍女を目指してましたの。
その夢を諦めなくて良さそうですわ。
畏れ多いですが、文通もさせていただいておりますわ。ですので、ユリウス様と婚約する前に、目指しても宜しゅうございますか、とお尋ねしましたら、是非にと仰ってくださいましたの。でも、ユリウス様と婚約が決まり、王女殿下には、お側に仕えることが出来なくなってしまった、とお伝えしましたけれど。
今度の手紙にて、再び、その夢を追いかけても宜しゅうございますか、とお尋ねしてみましょう。
(了)
お読みいただきまして、ありがとうございました。
国外追放処分って当主か国王陛下くらいしか通達出来ないんじゃないのかなぁ……と、今更ながらに疑問を覚えたことによる作品でした。
尚、マリアが自分の婚約者の侍女を目指していることを王太子殿下は知ってますが、それはそれ、これはこれ。として、静観してました。自分の婚約者と親しいからって贔屓する訳にはいかない。というのが王太子の考え。それは、そう。




