第9章:強欲な父の誤算
ルシアの父、ビブラス登場
ダンスパーティーでの失態の後
ルシアは逃げるように馬車へ飛び乗り
ビブラス商会の邸宅へと帰り着いた。
豪華な装飾が施された自室に入るなり
彼女はドレス姿のまま床に突き伏し
声を上げて泣き崩れた。
「どうして……!
どうして私の思い通りにならないの!?
ゲームなら今頃、私は皇太子妃として
ちやほやされていたはずなのに!」
ルシアの慟哭が屋敷中に響き渡る。
そこへ、足音荒く一人の男が入ってきた。
ルシアの父であり
ビブラス商会の主、ビブラスその人である。
彼は床に突っ伏して泣きじゃくる娘を見下ろし
情け容赦のない声を浴びせた。
「……見苦しいぞ、ルシア。
その様子では、また失敗したようだな」
「お父様……っ、でも、シャリオッド様が……!」
ビブラスは忌々しげに舌打ちをした。
「貴族学園の男爵たちが払う入学金の倍
それだけの裏金を積んでまで
お前をねじ込んだのは何のためだ?
殿下の心を射止め、将来の国母として
我が商会に利権をもたらすためだろう。
それを、どこの馬の骨とも知れぬ平民扱いされ
バレンティノ公爵令嬢に完敗して帰ってくるとは……。
投資に見合わぬ無能ぶり、呆れて物も言えんわ」
「違うの、私はちゃんとやったわ!
でもあのマリナベリーが……!」
言い訳をしようとしたルシアの手から
コロンと小さな小瓶が転がり落ちた。
ビブラスの鋭い眼光がそれを捉える。
彼は無造作にその瓶を拾い上げると
月明かりにかざして中身を検分した。
「……ほう。この香りは『魅惑の香水』か」
ビブラスの目が険しく光る。
彼は裏社会の流通にも精通している男だ。
この香水が持つ
人の理性を狂わせる禍々しい魔力を
知らないはずがなかった。
「……ルシア。こんなものを、どこで手に入れた?」
「それは……その……」
「答えろ!」
ビブラスの怒号に、ルシアは肩を震わせた。
ビブラスは瓶を握りしめ、娘に詰め寄る。
「これは禁制品、あるいは伝説の類だ。
我がビブラス商会でもこんな危ない橋は渡っていないし
扱ってもいない。
平民の娘が小遣いで買えるような代物ではないはずだ。
……まさか、ダニエル商会の連中から盗みでもしたか?」
「違うわ! 私はただ、ゲームの知識で……
ううん、隠し場所を見つけただけなの!」
「ゲームだと? 狂ったか」
ビブラスは冷酷な笑みを浮かべ
ルシアの顎を強引に掴み上げた。
「これほどの切り札を持ちながら
殿下に拒絶されたというのか。
この香りの使い方間違えたな…情けない……。
お前がこれほどまでに使い物にならんとはな。
ビブラスの名に泥を塗りおって」
ビブラスは小瓶を懐にしまい込み
絶望に暮れる娘をゴミでも見るような目で見捨て
部屋を後にした。
「お父様! 待って、まだチャンスはあるわ!」
ルシアの叫びは
冷たく閉ざされた扉に虚しく跳ね返った。
彼女が縋っていた
「ヒロイン」という特権は
もはや影も形もなくなっていた。
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