緊急事態
『春斗には連絡したけど――あ、待って!!』
ひかるの声が途切れた瞬間、目の前に広がる森――深域樹海の奥から爆発音が轟いた。
数秒遅れて四人の下に爆風が届き、細かい砂から守るように目を細める。
炎系統を扱う総一郎には、あの爆発が高度な炎魔法であることが直感的に分かった。
しかも――並の威力ではない。
「……」
胸の奥に沈んでいた不安が、一気に膨れ上がる。
助けを求めるように新を見ると、彼は目を逸らさず森の奥を見据えていた。
当然そこに柔らかな笑みない。
心配と焦り、そしてそれらの感情を飲み込み冷静を保とうとしている理性の表情に見えた。
爆発音の余波が消え、また静寂が訪れる。
このまま何もしない訳にはいかない、と何か行動を起こそうと新たに声をかけようと、
「全員、注目」
総一郎が声をかけるようも前に響いた新の言葉。
紗希と一斗も、はっとして視線を向ける。
「詳細な状況は分からないが、イレギュラーな事態が発生したのは確かだ。君たちはこのまま下がって第六部隊と合流して。いいね?」
「け、けど…」
「気持ちは分かる。が、これ以上はダメだ。君たちを危険な目に合わせることは出来ない」
「…無理はしません、数体であれば俺と紗希だったら、」
「――いいかい、これはあまり言いたくなかったが…先程まで君たちが戦っていた魔物は全て脚に怪我を負っている状態だった。僕がそうしたからだ」
「…」
「それを抜きにしても数体程度対応出来るだけじゃ何が起きるか分からない戦場には連れていけない」
総一郎の頼みは即座に、完全に、拒絶された。
お前たちでは実力不足だ、と言われたその事実が総一郎の胸を抉る。
反論するほどの実力も経験がない。その現実が、拳を固く握らせた。
脳裏に浮かんだ幼い頃に見た光景と今の状況が重なる。
分かっている。深く考える必要もなく、理解している。新の判断が正しいと。
けれど、あの時の悔しさが自分の中で暴れて、
「――それでも」
新を睨むように、総一郎は言葉を絞り出した。
「……お願い出来ませんか」
一瞬の沈黙。
新は深く息を吐いた。
「――時間がない。君たちはここで待機。第六部隊との合流地点になってくれ。魔物が来た場合、基本は撤退すること」
「…」
「君たち3人の指揮は…雛森さんに任せる。撤退か戦闘するかは君の判断で動いてくれ」
「はい」
「…嫌な予感がする。ただの魔物の残党という訳ではなさそうだ。くれぐれも無理はしないように」
そう言い残し、新は森の奥へと走り去った
その背中を見送り、先ほど言われた命令に奥歯を噛みしめる。
大きく譲歩された条件だ。
撤退は待機へと変わり、やむを得ない場合の戦闘許可も出た。ただの新入生のわがままに付き合ってくれたことには感謝しかない。
しかし、最後まで同行はさせて貰えなかった。
「総一郎」
新が消え三人となった森の中で紗希が総一郎の名前を呼んだ。
「なんでそんなに…焦ってるの?」
ただの質問が胸に深く突き刺さったような気がした。
「焦ってるって…普通だろ。魔物を倒すために入学して…今まさに、誰かが襲われてるかもしれないんだぞ」
「うん、それは分かる。私も出来るなら助けに行きたいと思ってる…あの時のことを覚えているから」
「だったらなんで――」
「それでも遊佐先輩に迷惑をかけたら、意味がないと思う」
「――」
「私たちのせいで、遊佐先輩が助けられる人が助けられなかったら意味がない」
「――」
「だから遊佐先輩が私たちに撤退を命令したことは当たり前の事で、私も賛成だった。きっといつもの総一郎だったら悔しいけど納得してたと思う」
「……いつもの、って何だよ」
紗希の言いたいことが分からず総一郎は乱雑に頭を掻いた。
こちらの気持ちは分かるが行動は分からない?いつもの俺であれば素直に撤退していた?
苛立ちを孕んだ疑問が浮かび握った拳に力が入る。
そもそもどうしてこんなにも心が落ち着かないのか考えて――、
「っ――!」
二度目の爆発音が思考を止めた。
先程よりも大きく衝撃波が微かに届くほど近い。
『前方より魔物多数!』
『桐藤隊長と生徒会長には連絡した。救援が来る数分間、第一小隊で凌ぐ』
「っ」
男子生徒と新の声が無線越しに響いた。
新が現場に到着したのか、無線で伝えられる要領を得ない男子生徒の報告に、端的に与えられた命令。
耳を澄ましてみれば僅かに魔法の音が聞こえてくる。
『冬嶺との国境側は僕が抑える。それ以外はいつも通り三人一組になって魔物を抑えろ』
総一郎たちと話していた時の優しい声音はなく、冷たく鋭い指示が飛ぶ。
自分が指示を受けた訳ではない。しかし無意識に背筋が伸び、いつでも魔法を使えるように手に魔力を込めた。
『小隊長!魔物の数がおかしい…異常です!対応出来る数じゃない!』
『――』
『救援まで持ちません!……あの部隊に――』
「…あの部隊?」
知らない男子生徒と新の会話の中で出てきた言葉に引っかかり思わず呟く。
生徒会長が話していた春桜魔術学園に存在する部隊を思い出す。
確か第一部隊から第七部隊までで、一日一部隊異災に対応すると言っていたはずだ。他の部隊に連絡という意味でも、どこか特定の部隊を指した言葉のように聞こえた。
『――あの部隊にだけは頼らない。第一部隊の一員として何としてでも持ち堪えろ』
新の声にまた一段冷たくなった。
拒絶するようなその言葉に違和感を覚えると同時、矜持や誇りも含まれているように感じる。
『っ――!複数の魔物が包囲網を突破!第六部隊の方に向かっています!』
新の言葉に答えはなく、悔しさと自責の念を隠さない報告が響いた。
「柳、雛森、撤退準備だ」
「は?」
報告を聞き、口を開いたのは一斗だった。
名前と指示だけの短い言葉に総一郎が疑問符を口に出す。
「遊佐小隊長に言われただろう。あくまで僕らは合流地点で魔物が来た際は基本撤退だと」
「…待機してまだ数分だぞ」
「時間は関係ない。今の会話を聞いただろう、想定外の事が起きている。雛森、お前が指揮官だ、判断しろ」
「…」
「…紗希」
総一郎と一斗、二人から視線を受けた紗希が大きく深呼吸をした。
目を開けた紗希がちらりと総一郎を見て、
「…魔物の数を見て判断する」
「ふざけるな、それじゃ――っ」
紗希の下した命令にすかさず反論が上がる。
詰め寄るために一斗が一歩踏み出し――足を止めた。
微かに感じる地面の揺れ。続けて少し遠くから聞こえてくる重い足音。
数分前に聞いたことのあるその足音の正体が魔物であると気付き――その数の多さに思わず身体が固まった。
「くそっ――!戦闘準備!」
一斗の叫びに、身体が反射で動く。
炎刀を右手に、風を脚に。
「――――!」
猛々しい足音と空気を震わせる咆哮を上げながら魔物が姿を現した。
その姿を視認した距離、揺らめく表面と大きな体躯は先程までと変わらない。
――しかし、距離の詰まる速度が違う。
さらに――、
「七体!」
すぐさま状況を確認した一斗が声を張り上げる。
総一郎たち新入生三人による緊急の異災対応が始まった。




