ハッピーエンド
彼女が死んでから、僕の中には“あの時”がずっと居座っている。
中学三年の春、偶然同じクラスになって、隣の席になった。
出会いなんて、そんなものだった。
特別なきっかけはなかった。けれど、初めて交わした会話のあとの空気が、妙に柔らかくて、それからずっと一緒にいた。
遊んだ。よく遊んだ。
くだらないことで笑って、近所の川沿いでアイスを食べて、終電ギリギリまでくだらない話をして。
お互いに恋人ができても、不思議と変わらなかった。
それを責める人もいたけれど、僕らには僕らなりの距離感があった。
家族にも言わなかった。
友達にも、ちゃんとは話さなかった。
この関係を壊したくなかったし、きっと彼女もそうだった。
一度目に大きな喧嘩をしたのは、高校を卒業した年の冬だった。
理由はほんとにくだらなかった。僕が約束を忘れて、彼女が黙って帰った。それだけだった。
でも、どっちも謝らなかった。半年、口をきかなかった。
その間、気が狂いそうだった。
何かが半分だけ削られたみたいで、どこにいても落ち着かなかった。
それでも、半年後、いつもの公園で偶然会って、彼女が少し笑ってくれただけで、また元に戻れた。
……そう思ってた。
二度目の喧嘩は、彼女が死ぬ2週間前のことだった。
僕が恋人と別れたタイミングで、彼女に思わず「今度こそちゃんと向き合わないか」って言ったんだ。
長い間ずっと心のどこかにあった想いを、ようやく言葉にした。
でも、彼女は困った顔をして、笑って、
「なに今さら。……うちら、そういうのじゃないじゃん」
って返した。
僕は傷ついた。
自分の気持ちを否定されたみたいで、悔しくて、ついキツく言い返してしまった。
「じゃあもういいよ。会わなくていい」
彼女は黙っていた。
それが最後だった。
その2週間後、彼女が亡くなったと聞いた。
線路だった。朝のラッシュの時間だった。
スマホの通知を見たとき、胸が潰れるかと思った。
友達も家族も、「彼女、最近ずっと疲れてた」って言った。
仕事も、家も、どこにも居場所がなかったらしい。
でも、僕にはそんなこと、ひとつも言わなかった。
だから思った。
もしかして、あの喧嘩が引き金だったんじゃないか。
僕が突き放したから、彼女はひとりになったんじゃないか。
そう思うたびに、吐きそうになる。
ごめん、ごめん、って何度も口にしても、もう届かない。
今でも夢に見る。
川沿いのベンチに座って、いつものアイスを食べてる彼女の姿を。
僕が遅れてやってきて、「ごめん、遅くなった」って言ったら、
「ほんとバカだよね。……でも、来てくれてよかった」
って笑う声を、耳が覚えてる。
でも目が覚めると、そこには誰もいない。
どれだけ叫んでも、もうあの声は聞こえない。
時間だけが進んでいく。
僕だけが置いていかれた。
彼女にとっては、あの日が終わりだったんだろう。
でも、僕にとっては、ずっと始まらないままだ。
あの日を、何百回だって繰り返してる。
それが、たぶん、彼女が僕に残していった罰なんだと思う。