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第二章 学園都市(ウニベルシタス)の魔道高等学院(エヴューパウニベル) 2 入学試験

 新設された魔王直属の魔道高等学院エヴューパウニベルは、この秋の日の朝、入学試験会場にて、第一期生として入学しようとする受験生たちを迎えるところだった。ここだけは、女子部へ入学しようとする女子ばかりでなく、離れたところに設けられている男子部へ入学しようとする男子も来ることになっていた。


 その正門に、ちょうど入学試験を受けようとする魔族の娘たちの集団が差し掛かっていた。吸血鬼族のミランダ・ムベカ、サキュバス族のナーマニカ・ツルコワ、魔王一族の皇女グレカ・フォン・メックの三人だった。

 彼女たちは、一般的な魔族ではなかった。いままで、カラコラム山系の奥深くで特別扱いの中で棲息し、魔王によってここ学園都市ウニベルシタスに召し出された魔族の中の高潔種、いわば貴族であった。

 そんな彼女たちの後ろに、目立たぬように歩む二人の女生徒の姿があった。それは林梓晴と女装して魔族の女としてふるまってきた直哉だった。彼らもまた魔道高等学院エヴューパウニベルの入試に臨むために、ここ学園都市ウニベルシタスに来ていたのだった

「梓晴、さすがに集団の中においてこの女装のままで過ごすのは、気が引けるのだが......」

「ナオ、何言っているの! 昨夜、ほとんど裸で女風呂に居たくせに......誰にもばれていなかったわよ.......昨夜と同じように気を付けていれば、大丈夫よ! ただし、堂々としていないといけないわよ」

 直哉を魔族の女としてふるまわせるために、梓晴は彼の呼称を「ナオ」とするように梓晴と申し合わせていた。


 正門近くに来ると、通りかかる娘達に仕切りに声を掛けまくっている魔族の男たちがいた。酒呑童子族のカイル・ゲーニッツ、人喰い族のベラル・ニコフ、羅刹族のルニカ・ナーザフ、そして彼らを締める魔王一族の皇子でありグレカの兄フラッド・フォン・メックの4人だった。

 魔族は集団対集団で情を交換する。この四人の男達は、その為に入学試験のこの日でも、いわゆる集団ナンパをしていた。既に何組もの娘達が彼等を無視して通り過ぎていた。そこに通りかかったのが、吸血鬼族のミランダ・ムベカ、サキュバス族のナーマニカ・ツルコワ、魔王一族の皇女グレカ・フォン・メックの三人だった。

「おい、そこの女たち、俺たちと付き合えよ」

「......」

 魔族の娘たちは、返事もせずに無視して立ち去ろうとした。彼女たちより前に此処を通りかかった娘たちも、彼等に対して同じ反応を返していたはずだった。だが、断られ続けた彼等はこの時になって非常に機嫌が悪かっくなっていた。

「待てよ、三人とも俺たちを無視するのかよ!」

「無視していない......存在していることはわかっているわ......ただ、同じ空気を吸いたくないから、話すのを止めているのよ」

「なんだと!」

「ああ、臭い臭い!」

「このアマ!」

 カイル、ベラル、ルニカの男三人が、あまりのことに怒号を浴びせて三人の娘の行く手を遮った。娘たちは、怯えながらもその横を通ろうとしたのだが、そこも遮られてしまった。

「あんたたち、汚い顔でそこに立たないでよ!」

「なんだと、生意気な娘どもめが!」

 こういうと、三人の男たちは、目の前にいる三人の娘に手を掛けた。この時、今まで後ろでベールをかぶったまま控えていた三人目の娘が、美しく険しい顔をあらわにした。

「あなたたち、控えなさい! ここは神聖な入学試験会場なのよ!」

「へえ、それがどうしたんだよ、偉そうに怒鳴りやがって!」

「わたしを誰だと思っているの!」

「誰だよ!」

 男たちのあまりの答えに、他の娘たちは目に怒りを帯びた。

「あんたたち、この方はお忍びで入学試験に臨もうとしている皇女グレカ・フォン・メック殿下ですよ!」

「え?」

 さすがの三人の男たちも驚き、後ずさった。その様子を見た娘たちはたたみかけた。

「あんたたち、無礼千万ね、殿下の名のもとに命じてあげる......この試験会場から出て行きなさいよ!」

 これにはさすがの男たちも狼狽を隠せなかった。試験を受けなければ入学が出来ず、入学が出来なければ、ふたたびカラコラムの奥へ帰らなければならなかった。三人の男たちは、情けない表情を浮かべながら、後ろに離れて様子を見ていた男を向いた。すると、彼はゆっくりと言い争い合う男女の間に入り込んだ。

「おい、女たち、ずいぶん態度がでかいな」

「そうよ、此方には、皇女様がいらっしゃるのよ」

「そうか、グレカがそこにいるから、女のくせにそんなに大きな態度をとっているんだな」

 彼はそういうと彼の顔を隠してた帽子を取り去った。そこから現れたのは、グレカの兄フラッド・フォン・メックだった。

「フラッド兄さん! なにしに来たのよ! 入学するつもりなの?」

 グレカは兄フラッドを前にして冷静さを失った。彼女は、兄フラッドが入学試験に来ることなど、聞いていなかった。

「グレカ、お前は妹の皇女のくせに、兄の皇子である俺にそんな口をきくのか? そうか、それならお前も含めてお前たち3人の女たち、俺の名前によって罰をあたえよう! カイル、ベラル、ルニカ、お前たちはこの三人の娘を捕らえて引きずってこい! 皇女であってもかまわん、俺が命令しているんだ!」

「フラッド兄さん! 何のつもりよ!」

「そうだ、いい機会だ! お前は妹だから、優先的に俺の女にしてやる」

「ごめんだわ…えーい、私に触るな!」

 このやり取りをきっかけに、三人の娘たちは、悲鳴を上げながら男たちに引きずられようとしていた。


 梓晴は、目の前の男女たちの騒ぎに気を取られていた。ふと彼女が気付くと、隣に立っていた直哉がぶるぶる震え始めていた。ヒジャブからのぞく目つきと、手の先の震えからみて、彼は明らかに怒りに震えているようだった。

「なあ、梓晴、あの男たちを何とかできないか?」

「ナオ、馬鹿! やめなよ!」

「わかった、僕たちが手を出したことが分からなければいいね」

「そういう問題ではないと思うわ......あんた、忘れたの? やっぱりあんたは馬鹿なままなのね! 思い出させてあげるわ! あんた、この学院に入学するのは何のためなの? 他を責めず、主張しないで過ごすためでしょ!」

「あ、そうだった......でも......いや、分かっている......やはり僕はおろかなままだ......他の人の何かを指摘してとやかく言えるほどの頭の良ささえない……何が正しいのか、真理に至る正義がどこにあるのかも分からないんだった……ましてや、正しさを主張することなどできるわけがなかった」

「さっきは、あんた、何かを言えるほどに何かを悟ったのかと思ったけど……やっぱり、あんたは愚かなままなのね……でも、あの子たち、かわいそうね」

 梓晴も、内心は、目の前の男たちの暴虐に我慢が出来るはずもなかった。他方で、直情型の直哉がこの状況でどう乗り切るのか、不思議に思った。彼女がそんなことを思いめぐらしていると、直哉はいつも外すことのない「呪縛司の地図」と杖代わりの木刀とによって、まるで何か印を結ぶようなしぐさをしながら、小さくつぶやき始めていた。

「ああ、啓典の父よ......それでも僕は、あのシンプルで崇高な真実しんりうちに保てていれば正しさ、正義に至ることを、わきまえていたつもりです......ですから、愚かな私の祈りを、ただただお聞きください。....正しさを主張することにこだわる代わりに、この悪にさらされている彼女たちのため、我らにとっての唯一の慰めたるこの世の真理しんりを確信させ、主張せずにただただ正しさを表わすことを得させてください!」

 この小さな秘めた祈りの声は、梓晴にもはっきり聞こえた。この言葉をきっかけにして、直哉が何かをし始めるに違いない…そう悟った梓晴は直哉の顔を見た。二人は、互いに相手が目の前の娘達をなんとか助けたいと強く意識していることを悟った。


 先ほどの男たちはにやにやしながら、あわれな娘たちを強いて歩かせていた。直哉は、梓晴に一緒に来てという素振りを見せながら、控えめな言葉を投げかけた。

「あ、あの、皇子殿下、恐れながら申し上げます.......そちらの娘さん3人が気の毒です......どうか解放していただけないでしょうか?」

「なんだ、お前は?」

 フラッド皇子は、突然の呼びかけに驚いて振り向いた。直哉と梓晴は、その機会をしっかり活かそうと心を決めた。

「私は、ナオと言います……愚かな一人の女です」

 直哉の言葉に、梓晴が続いた。

「殿下、わたくし梓晴も、このナオとともにお願いします......どうか、その御三方を解放して頂きたく......」

 梓晴と直哉の言葉に、男たちはすっかり三人の娘たちへの興味を失い、彼女たちをさっさと解放した。その代り、皇子と三人の男たちは、直哉と梓晴を囲むように集まってきた。

「あの子達の代わりに、お前たちは俺たちに何をしてくれるのかな? 俺たちの所有になってくれるのか? それなら、早速やってもらおうか」

「な、なにを? ですか?」

 梓晴のためらいは、もっともだった。男たちは、今度は、梓晴達を相手に集団同士で情を交わそうとしているに違いなかった。彼らは躊躇している梓晴たちの手を取って、試験会場の横の林へ明らかに引き込もうとし始めていた。

「あ、あの、どこへ?」

 直哉は、不安そうな口調を込めてそう問いかけた。男たちは、笑いながら答えた。

「決まっているだろ、複数の男たちが複数の女たちを相手にすることと言えば、俺たち魔族の楽しみの一つさ」

「あの、それはあなた方が相手の女たちとの間で、思いが一致してのことでは?」

「何を言っているんだ、殿下をいただく俺たちの思いがあれば十分だ…それとも、俺たちが間違っているというのか?」

 男たちの答えは、明らかに啓典とは反対の思想だった。彼等は相手の思いを一切考慮せず、男たちが考えていることだけが実現されるべきだと考えているに違いなかった。正しいと主張することさえせず、ただ欲望のままに話し行動していた。彼らが真理しんりを保っていないことなど、論を待たない事態だった。

 直哉がこの結論に至った時、彼が身に着けていた呪縛司の地図が唸り始め、杖代わりにしていた木刀(シェイベッド)が、その振動と共鳴するように震え始めた。


 そうしている間に、男たちは直哉と梓晴とを林の奥深くへ連れ込んでいた。そこには、男たちが普段遊びの場にしている隠れ家のような小屋があった。

「さあ、この辺りならいいだろう」

 男たちは、小屋の中に梓晴たちを引き込んでさっさと服を脱ぎ棄てると、怯える梓晴の服に手を掛けた。途端に、梓晴は悲鳴を上げた。直哉は、反射的に梓晴を引き寄せてかばうように立つと、つぶやいた。

「啓典の父よ、憐れみを......」


 つぶやきが小さく聞こえた時、小屋が突然の大きな地響きとともに大きく揺れた。男たちはようやく異変に気付いた。

「お、おい、外に何かいるぞ」

 男たちは恐る恐る窓から外をのぞいた。そこには、林の薄暗い中に巨大な黒い影が四体ほどがグルグルと小屋を囲みながら、蠢いていた。

「あ、あれはなんだ」

 男たちはすっかり混乱していた。


「梓晴、今のうちだ」

 隙を見て直哉は梓晴の手を引き、小屋から逃げ出した。だが、少しばかり逃げたところで、男たちは梓晴に追いついてしまった。

「おい、お前たち、どこへいくんだ?」

「逃げ出すつもりか?」

「おい、まてよ!」

 彼らが梓晴たちに迫った途端だった。小屋の周りから動こうとしなかった4つの巨大な黒い影が急に動き、彼らに立ちはだかった。それと同時に、黒い影から重苦しい黒い4種類の声が聞こえた。

「悪を公然と為す者たちよ」

「公然と正義を否定する者たちよ」

「自分の行動だけを是とする者たちよ」

「この世の真理しんりを拒むもの達よ」

真理しんりに敵対するもの達よ」

「呪われよ」

「呪われよ」

「大地の呪いにお前たちは今、引き込まれよ」

 その言葉と同時に大地が口を開き始めた。明らかに魔族の男たちは、何か呪縛のような手によって大地の口へと引き込まれ始めた。

「うわあ」

「低い4つの声、黒い巨体......」

「こいつら、化け物だぞ!」

「こ、このオーラ!」

「そ、そうだ! ルシファー様に似ている!」

「ひえええ」

「た、たすけてくれ!」

 男たちの悲鳴が響いた時だった。直哉は、この時はまだ呪縛司達の能力を発揮させてはならないと感じた。その途端、呪縛司達の巨大な4つの影がフッと姿を消した。そのあとには、ガタガタと震える男たちが残っているだけだった。


「ね、ねえ、ナオ......あの四つの黒い影は、何なの?」

 呪縛司達によって助けられたはずの梓晴も、震えて腰を抜かしていた。直哉はしらを切った。

「なんだろう」

「ふっと消えてしまったわね」

「うん......」

「今のうちに、ここを離れましょ」

 梓晴の言葉に、直哉は試験のことを思い出した。

「そうだね、試験会場にさっさと帰らないと......あともう少し待てば、午後になっちゃう......試験開始時刻だね」

____________________


 入学試験の会場は、学院から少し離れた砂浜に設けられた広大な試験施設であった。試験会場には、ぞろぞろと受験をする若い魔物達が集結していた。そこに、満を持して試験官たちがやってきて、会場への案内を始めた。

「おーい、受験生たち、あつまれー!」

「まずは試験会場となるマギカフィールドに、集結して!」


 試験官たちが案内をしている入り口からすこし離れたところで、皇子のフラッドとその取り巻き、カイル、ベラル、ルニカの3人が怒鳴っていた。

「あ、あのアマども、やっぱりここにいた!」

「おー、見つけたぞ!」

「こ、このアマども! さっきはさっさと逃げ出しやがって!」

「やっと、つかまえたぜ」

 彼らが怒鳴っている先には、吸血鬼族のミランダ・ムベカ、サキュバス族のナーマニカ・ツルコワのふたりが、魔王一族の皇女グレカ・フォン・メックの背後に不安そうに隠れた ていた。皇女グレカは、不安を押し隠しながら気丈に振る舞っていると、皇子フラッドが嘲るように皇女グレカに話し掛けた。

「グレカ、ここからお前たちは逃げられないぜ」

「恐れながらフラッド兄上、間もなく試験ですよ」

 グレカは、心の内を表わさず平然とした表情でフラッドの嘲りをいなした。フラッドはグレカの態度に驚きつつ、表面的にあざけりの調子をつづけた。

「そうさ、今だからお前たちと、少し話をしたいのさ......そうだな、この試験の後にでも付き合ってもらうさ」

「フラッド兄上、わたしたちはそんなつもりはありませんね」

 グレカはあくまで平然とした態度を崩さなかった。フラッドは怒りを表わした。

「それが、お前の回答か、グレカ? 妹とはいえ女にすぎない者が兄の意向を拒否するのか? 僭越だぞ!」

 3人の男たちは、皇子フラッドの怒りの言葉をきっかけに、グレカたちを威嚇するように魔力を共鳴させ始めた。カイルは、魔力増強とともに酒呑童子の正体を現し、手には魔剣を顕現させた。ベラルは、人食いらしく醜い牙とともに巨体を現した。ルニカは、は、酒呑童子と同じ程度の巨体を表わし、両手には大きな石礫いしつぶてを掴んでいた。

「こうなったら、グレカはともかく、ミランダとナーマニカ、お前たち二人は試験を受けられないぜ」

 皇子フラッドは、妹グレカを威嚇するように嘲った。さすがのグレカも震えながら、背後で震えている連れの二人の娘をかばうようにして、食い下がった。

「どういうことよ」

「お前たちは、俺たちの試験の間、異次元空間に閉じ込めておくのさ」

 この言葉を聞くと、グレカは連れの二人の娘を励まし、意を決して対抗する姿勢を現した。ミランダは吸血鬼の牙をあらわにし、両手には電撃を帯び始めた。ナーマニカは身に着けている上着を脱ぎ捨てると、あらわになった肌によって相手のカイル、ベラル、ルニカを魅了し始めた。これに気づいたフラッドが、ミランダとナーマニカの魔力を吹き消した。他方、グレカは、同じタイミングでカイル、ベラル、ルニカの魔力を吹き飛ばした。


 フラッドとグレカは、仲間たちが相手方を圧倒できないことを知ると、兄妹が互いに仁王立ちになってにらみ合った。フラッドは「極大魔法」と叫び、グレカもまた「極大魔法」と呼応した。途端に、今までのカイルたちやミランダたちの魔力とは二けたちがう規模で、魔力に伴うオーラが発散され始めた。


 直哉は、いがみ合い対抗し合う彼らの様子を見ながら、ひとりごとを言った。

「なぜ、ここの皆はこんなに傲慢なのだろうか.......憐れな」

 直哉が憐みを口にした時、フラッドとグレカたち全員の魔力のオーラは、同時に消え去ってしまった。

「おい、お前、今何をした? 何を言った? 『憐れな』と俺たちに言ったよな! それは呪文なのか?」

 フラッドは驚きの声を上げると、巨大なオーラを再燃させ、独り言を言った直哉を睨みつけた。彼らの剣幕に気づいた直哉は、はっとして下を向いた。だが、次の瞬間、フラッドは、直哉と梓晴を追い込んだ小屋で、彼ら男たちが怪物たちと遭遇したことを思い出し、震えた声で直哉と梓晴を指さした。

「お、お前ら、あの化け物達を召喚した女たち......」

 彼がもう一度燃え立たせたはずの魔力の巨大なオーラは、再び一瞬にして消えた。


 ちょうどその時、試験監督を務める教師たちが、案内のために声をかけてきた。それに気づき安心したのか、フラッドは急に威勢をとりもどして、梓晴と直哉に大声で問いかけてきた。

「お前たち二人は、ナオと梓晴という名前だったな......お前たち、俺たちにしたことを覚えているよな......おかしな召喚術などをつかいやがって!」

「僕は、何も危害を加えようとはしていません」

 直哉は下を向いて、静かに答えた。フラッドはその答え方に面食らい、用心深く直哉を見つめた。

「ほお、じゃあ、なぜあんな化け物が出て来たんだろうな?」

「僕達は、ただ心にあなた達への憐れみを感じただけです」

 直哉はそういうと再び下を向いた。すると、フラッドは何かを考えたのか、梓晴をみながら、声の調子を変えて話しかけてきた。

「へえ、俺たちへの憐みを感じてくれたのか? そうか......それならお前たちを味方にすればよいのだな……なあ、お前たち、俺たちと組まないか? お前たちがあの怪物を召喚したんだろ?」

「僕は、召喚なんてしていません」

 直哉は下を向きながら、静かに答えた。梓晴はフラッド皇子が梓晴と直哉に興味を持ってきたことを、いいチャンスだと考えた。

「フラッド皇子殿下、私から申し上げた方がよいかもしれません……あの怪物は私たちが危機に陥ったから、出てきたのかもしれません」

「ほお、それならお前たちが一緒に居れば、あの怪物たちが俺たちの味方をしてくれるということになるんだな……よし、お前たち、俺たちの仲間に入れ!」

 フラッド皇子は、勝手に都合の良い解釈をしていた。梓晴は微笑みながらもフラッド皇子の勝手な解釈については何も言わず、フラッド皇子の勧誘に応じることにした。直哉は、というと、彼は梓晴が何を企てているのかも知らず、彼女の言うがままに彼女についていくだけだった。

____________________


 第一日目の試験は、午後になって行われる筆記試験と、夜の暗闇を利用した魔力測定だった。

 最初に行われた筆記試験は、数科目にわたった。歴史、地球表面地理、魔族政論、家畜人類学、先史人類学などだった。梓晴は、さすがに全問満点で通過した。だが、直哉が試験というものに対応できるはずは......なかった。この二人の結果は、試験官の間で話題となった。

「この林梓晴という受験生は、極めて優秀だ......まるで、魔王一族のような教育を受けていたのだろうか......他方、彼女の連れの『ナオ』とかいう女は得体のしれない女だと思ったが、それほど警戒する必要もないようだ......全くの馬鹿だ」

「二人は息の合った連れ合いだったね……ということは、馬鹿なナオという女の連れ合いだった林梓晴も、警戒する必要がないと言えるか......」

「そうだな、この二人については、残りの確認すべき点として魔力の度量を確認しておこう」

「そうだな、魔力の点では、フラッド皇子殿下が言っていた化け物を召喚するほどの魔力をどちらの娘が有しているかを、確認しておくべきだね」

「ほかの受験生はどうだろうか?」

「まあ、皇子たち魔王一族は別格、他者の成績は可もなく不可もなくといったレベルだね」


 魔力測定は、夜に行われた。

 受験生達は、次々に測定されていった…だが、直哉は、いつもの通り呪縛司の地図を口腔内にマウスピースとして収納しており、手にしていた木刀からも魔力が検出されなかった。

「ほぼ予想通りだな」

「フラッド皇子殿下の魔力は、他の魔族たちとは一桁ちがう強さがある….その妹君のグレカ皇女殿下は、兄上のフラッド皇子殿下よりさらに強い魔力を有していらっしゃる……他はどんぐりのなんとやら…」

「では、筆記試験の分析の際にも話題になった梓晴とナオは?」

「梓晴は他の者達と同じレベルだった…だが、ナオは驚いたことに検出限界以下で検出できなかった......ただ、不思議にも、計測針が超高周振動のように震えていたので、結局検出限界以下と判断したわけなのだが......」

「要は、ゼロということなのだろう?」

「そのレベルでは、ほとんど魔力の名残も片鱗もない荒れ野の野良人類レベルじゃないか」

「それでもここまで来た……まあ、連れ合いと何らかのつながりを持つことで、連れ合いの魔力の下で震えるほどの何かが起きた、ということかもしれんぞ」

「ということは、梓晴が巨大な何かを召喚したとでもいうのか......だが、どうみても、救いようのないバカ娘と彼女の優秀な友人とが二人そろってこの学院に受験しにやってきた、というところだろうよ」

「まあ、取り立てて警戒することも必要なかろう.......警戒するとすれば、皇子と皇女がいがみ合い対立の目を持ったまま、第一期生として同学年になることだ」

「いや、ナオはともかく、少なくとも一応、魔力を有していた梓晴を警戒したほうがいい……梓晴の魔力が他の者たちと同じレベルだったとしても、フラッド皇子殿下が言っていた化け物を召喚する何かを彼女が有している、と思っていた方がいいだろう」

 試験官を務めた教官たちの推定は、今後の波乱を推定するかのような内容だった。

____________________


「俺たちは、対戦形式での実技試験で、グレカたちと対戦することを希望している」

 フラッド皇子は、妹のグレカ皇女とのいさかいをまだ根に持っている様子だった。だが、教官たちはグレカ皇女の魔力がフラッド皇子をはるかに凌駕していることを考慮して、フラッド皇子に思いとどまらせようと説得しているところだった。

「フラッド皇子殿下、まずはお待ちください...…恐れながら、グレカ皇女殿下の力を侮っていらっしゃいませんか?」

「俺の妹だぞ、分かっている!」

「いいえ、グレカ皇女殿下の魔力は、現実にはフラッド殿下の5倍はあると思われますぞ」

「そんなことはわかっているさ……対戦形式であると言っても、集団戦で対戦する場合、人数を追加することは禁止されていない筈だよな......だから、俺たちは、あの二人の女、ナオ、梓晴を引き入れることにしたのさ」

 皇子は、対戦形式での実技試験で、仲間になるナオと梓晴の名を口にした。教師たちは、その陣容で力のバランスが取れると皇子が考えているなら、と、フラッド皇子の主張を、もう一度吟味確認することとした。

「わかりました……梓晴たちが怪物を召喚できたとお考えなのでしょうね……でも、それはたしかなのですか?」

「俺たちは、この目で見たんだから、確かだ」

「そうですか......しかし、殿下、梓晴とナオには、今少し謎がありますぞ......確かに、ナオには野良人類と似ていて、魔力は検出できませんでした……梓晴の魔力は他の魔族たちと同じ程度でした......それでもはっきりとは言えないのですが……なかまにいれることは……あまりに危険すぎるかもしれません......」

 教師たちの指摘が率直すぎたのか、皇子は教師たちの言葉を遮って激高した。

「う、うるさい、俺の言うとおりに試験をすればいいのだ!」


 ちょうどその時、フラッド皇子たちの仲間になるために、直哉と梓晴が戦闘競技空間に入ってきたところだった。

「いったい何が起きているのですか?」

 直哉が梓晴と顔を見合わせながら、教師たちに喰い下がっているフラッド皇子たちの様子を見つめた。他方、グレカ皇女たちは謎の二人の娘たちが敵になったことで、少しばかり警戒し始めた。

「梓晴、ナオ、という名前だったわね……」

「ナオ、あんた、野良人類と似ている、魔力が検出できなかったらしいわね」

 直哉は『野良人類』という名を聞いて、何のことかと考えた。

「野良人類? 家畜人類の他の……」

「そうよ……あんたはまさかその野良人類なの?」

 グレカ皇女は警戒をしながら直哉に問い続けた。梓晴は直哉をかばうようにグレカに答えた。

「ナオは、いつも私と一緒に行動してきました......そのお尋ねは、私たちを牽制するためですよね」

「牽制するつもりはないわ」

 グレカはそう言って、その二人から離れて行った。他方、直哉は『野良人類』がどのような存在なのかについて、グレカの心から漏れ出る印象からなんとか輪郭程度を把握することができた。

「人類は、かつては先史人類がいて、その後、家畜人類、野良人類、そして反抗人類に分かれたのか……野良人類、反抗人類とは何だろうか……」

____________________


 さて、男子受験生4人の組にナオと梓晴の2人が加わり、他方の圧倒的魔力を持つ女子受験生3人組との模擬戦闘が始まった。

「フラッド兄上には、あの二人の娘たちが合流した......それでも、私は召喚術を得意としているわ……そんな魔力勝負なら私一人で十分ね......確か、ナオは魔力がゼロらしい...ということは、兄の言う怪物を召喚したのは梓晴かしらね……兄達の他は見ていないのだけど……」

 こう言いながら、グレカ皇女は戦列から一歩前に出てきた。対するフラッドたちは、皇子の指示の下で一列横隊の体位列を維持したまま、次第にグレカ皇女一人を囲むように陣形を変形させた。

「おまえたち、そして梓晴とナオ! グレカは召喚魔法が得意だ……必ず召喚をするはずだ」

「殿下、私は召喚術など使えません...ナオも、そもそも魔力を検出できるほどではありませんした」

 梓晴は、前方の敵に集中しているフラッドの顔を見ながら、ためらいがちに返事をした。フラッドは思わず梓晴を見つめた。

「なんだって?……いまごろ、そんなことをいうのか?....まあそれでもなんとなかる! グレカは、俺の見た怪物の話を認識しているはずだ…….それだけでも、意味がある……いずれにしても彼女は膨大な魔力を用いて、大規模な召喚術を使うはずだ......俺の経験から言うと、おそらくそれは無数の何かだ......梓晴の言う通りなら、俺たちはろくな召喚術は使えん.......とすると、この人数で地道に召喚された物体化魔物を、ひとつづつ潰していくしか方法がない......幸いにも、こちらはとりあえずの人数を確保してある……各個撃破さえ達成できれば、俺たちの勝利だ......だから、誰も前に出ずにみんな一列になって目の前に現れた物体や魔物を、一体ずつ丁寧に撃破していってくれ」

 フラッドがそう指示すると、同時にグレカによって、多数の召喚がなされた。

 最初は多数の砂粒だった。ただ、それらは、フラッドたちを油断させるためのフェイントだった。

「砂粒が出て来た....でも、まだ観察するだけにしろ......今に凝集して岩になる.......その時に撃破蒸散しろ!」

 フラッドの読み通り、グレカは多数の砂粒を岩に変えた。フラッドの組のメンバーたちは、フラッドの合図にしたがって魔力を収束させ、グレカの召喚した岩をことごとく水蒸気によって破砕し続けた。グレカは、フラッドたちが一切召喚術を発揮しないのを見てとり、気を許した。

「何も召喚されないわね....…召喚出来ないのかしら……でも、さすがにことごとく融解させたわ...ナオだけは、やっぱり魔力が無いから、何もできないようね...…さて、次はどうかしら」

 

 彼女が次に繰り出したのは岩石獣の大群だった。先ほど岩は先ほど砂や砂利となって破砕され、弾き飛ばされたはずだった。ところが、フラッドたちが用いた熱は、一部が砂の飛散に寄与したものの、大部分の熱が砂粒を大きな岩の塊に焼結することに利用されていた。先ほどまで見えていたのは、一部の砂粒が吹きとばされた姿であって、残りはそのまま岩石の塊に姿を変えていたのだった。しかも、それらの岩は岩石獣となってフラッドたちへ襲いかかった。途端に、カイル、ベラル、ルニカたちがパニックに陥った。

「フラッド殿下! す、砂が岩になって......」

「フラッド殿下! 岩人形(ゴーレム)が襲ってきます!」

「落ち着け、カイル、ベラル、ルニカ! 単に焼結しただけの岩なんて、何でもない」

 フラッドはそういうと、岩人形のすべてをことごとく熱によって、溶岩に変えた。

「蒸散させて気体にできなければ、融解させて液体にしてしまえばいい!」


「兄上、さすがですね!」

 グレカは大声でフラッドに皮肉をぶつけた。余裕のある表情だった。たしかにフラッド皇子のの科学と技術の知識は、グレカ皇女よりも数段上であり、彼は冷静に現象と状況を観察していた。

 その後も、グレカは、火炎獣、氷結獣などを持ち出した。しかし、ことごとくフラッドに弱点を突かれて、十分に活用できなかった。

「兄上は、ここまでは、いろいろと対応できているわね」

 そう言いながら、グレカは、まだ有効な攻撃を仕掛けることが出来ていなかった。

「そうなら仕方ない」

 彼女はそういうと、多数の羽音とともに多数の黒い点が上空に現われた。上空を見上げた直哉は、大声を上げた。

「ああ、あれは、まさか」

 直哉が絶句したのは、黒い点と見えたものが、実際には、かつて直哉が上海で見たことのある狂戦蜂(マドホーネット)の姿だったからだった。それでも、フラッドは平然としていた。

「やはり最後は、スズメバチの大群を使うわけか!」

 彼はそういうと、両手を掲げて別の小物体の超高速移動物体群を召喚した。

「このタイミングを待っていたんだ……俺が召喚したのは少数の戟蜂スティングワスプさ......はるかに速く飛翔して遊撃し、大きな敵に続けざまに鋭く切り込んで撃破していくんだよ」

 それは、フラッドの召喚した狂戦蜂(マドホーネット)よりも数分の一程度の大きさであり、但し狂戦蜂(マドホーネットよりもスマートな蜂のような体形だった。彼らは、狂戦蜂(マドホーネット)よりも数十倍の速度で遊撃し、素早くまた鋭く狂戦蜂(マドホーネット)へ食らいき、引き裂いていった。狂戦蜂(マドホーネット)は、あっという間に頭部と腹とが切断されて墜落した。

「どうかな、妹よ、俺も少数なら召喚できる......しかもはるかに能力の高い召喚体だぜ!」

 フラッドは、大声で挑戦する口調で、敵陣の奥深くでフラッドたちを睨みつけていたグレカに言い放った。そのグレカは、暫く自らが召喚した狂戦蜂(マドホーネット)が次々に撃墜されていく様を悔しそうに見つめていた。だが、彼女は頃合を見計らって、新たな狂戦蜂(マドホーネット)を召喚した。それは、触覚からある種の放電を放ちながら飛翔する新たな形態だった。その途端、今まで次々に狂戦蜂(マドホーネット)を餌食にしていた戟蜂(スティングワスプ)が、敵に触れることもできずに墜落し始めた。戟蜂(スティングワスプ)は明らかに、新たな狂戦蜂(マドホーネット)の放電撃によって撃墜されていた。


 フラッドは表情をこわばらせ、自らの下僕の大群たちが失われていく様子を見つめた。

「そう、グレカがそのつもりなら、俺もそのつもりでやらせていただく」

「ほお、どうするつもりですか? この放電シールドは鉄壁よ」

 グレカは勝ち誇ったように、大声で嘲笑し続けた。だが、彼女の表情は再び悔しさと絶望にとってかわった。それは、フラッドが両手を広げると同時に、狂戦蜂(マドホーネット)が次々に消えさったからだった。

「お、私の狂戦蜂(マドホーネット)が? なぜだ、放電撃は無敵のはずだ」

「やっぱり、グレカらしい考え方だ……お前は多面的に攻撃防御を考えていない……力づくで何でもできると考えている」

「兄上、何をした?」

 グレカは、あまりの事態の急変に口と目を開いたまま凍り付いた。今の彼女の中では、思考ばかりでなく感情が追い付いていなかった。やがて、グレカはフレッドのしたことを理解した。

「兄上自らが電撃を加えたのか? 召喚術を止めて別の方法を? チョコマカと下らぬことを!」

「グレカよ、俺の戦い方は単純ではないのでね」

「そうなの? 複雑にすれば勝てるというの……それでは、単純に力づくで押し切ってやる......極大魔法!」

 グレカはそういうと、さっと両腕を上げた。フラッドは、その言葉にすぐさま反応し、彼もまた大声を上げた。

「極大魔法」

 グレカが見つめる空間に、いくつもの槍や剣のような力場が光輝きながら出現した。それに対抗するように、フラッドの見つめる空間前面には幾重もの楯が光臨とともに出現した。それ等は、ついに激突し、互いに互いを食い尽くそうと火柱といかづちが空間全体を満たし、爆音と電撃音とが周囲の大気を震わせ続けた。


 やがて、グレカは疲れ切ったように座り込んだ。それを見たフラッドはしめたという表情をしたのだが、次の瞬間に彼は地に倒れこんでしまった。試験官たちは、このタイミングで介入した。

「よし、勝負無し! 両陣営ともよくやった!」

「お待ちください!」

 そう言ったのは、グレカだった。

「私たちは、倒れていません......でも、相手方の大将であるフラッドは倒れこんでいます! 勝敗は明らかではありませんか!」

 グレカはそう言って教師陣に食い下がり続けた。しかし、教師陣は困惑しながらもグレカの要求に応じる気配はなかった。

「グレカ殿下、我々はあなた方とあなたの兄上、フラッド殿下側との両方に入学許可を出そう、と言っているのです」

「先生方、それはおかしいでしょう......確かに私たちが勝ったはずです」


 グレカがなおも自分たちの勝利を主張し続けているさなかに、フラッドはにやりと笑うと、やっとのことながら起き上がった。グレカは兄の表情の変化に気づいた。

「フラッド兄さん、何をするつもりよ?」

「親愛なる妹よ、おまえは、俺の戦い方についてチョコマカだと言ったね......そう、チョコマカ、つまり多面的なんだよ……だから、もっとチョコマカと多面的な戦いをしてやるよ......ほれ!」

 彼は両陣営の上方に大量の粘性液体を召喚した。その粘液は、雨のようにフラッドたちやグレカたちの上に降りかかった。途端に、攻撃の最前列にいたグレカたち三人や、フラッドたち四人の戦闘服が破れ始めた。

「何これ!?」

「服が溶け始めた!」

「キャー!」

 それは、粘液体の過酸化性スライムだった。幸いにも、極大魔法を避けてはるか後方に下がっていた梓晴と直哉は、その粘液の流れ弾を何とか避けていた。だが、まともに粘液攻撃を受けたグレカたちやフラッドたちの戦闘服は、分子構造をずたずたに崩壊させた。すると、今までピッチリとと身体に纏っていた戦闘服は、その引っ張り応力に対抗できなくなって引き裂かれてしまった。その様子を確認すると、フラッドは、間髪を入れず、大量の水流を渦と同時にグレカたちにぶつけた。たちまち、グレカたちはその渦の中に巻き込まれ、戦闘服がすべて剥ぎ取られた上に水流の底へとしたたかに打ち付けられた。

 水が引くと、地面には何も身に着けていないグレカたち三人が、気を失って倒れていた。そこに、フラッドとその手下たちが襲いかかり、彼らはたちまち彼女たちを抑え込んでしまった。


「これで文句はないな、試験官の先生たち! 俺たちの勝ちだな! さあ、どうしてやろうか」

 妹の豊かな裸身の上に覆いかぶさったフラッドは、そう雄たけびを上げた。その時、あまりの光景に直哉は潜在意識の覚醒を覚え、震えながらフラッドめがけて走り始めた。

「ゆ、許せん!」

「あ、ナオ、待ちなよ!」

 梓晴は仕方ないという顔をして、直哉の後を追った。直哉はすでにフラッドに怒鳴っていた。

「なんてことをしやがる!」

 直哉は三人の娘たちに走り寄ると、グレカたち三人の娘を抑え込んでいる男たちの腕を力づくで捻じ曲げ、男たち全員を投げ飛ばしてしまった。彼は、自らの上着や、マント、また梓晴から受け取ったマントを、グレカたち三人の娘のあらわになった体にかぶせると、改めてフラッドを見据えた。フラッドは驚愕と怒りを込めて、直哉を睨みつけた。

「お、お前はナオ……そして梓晴! お、お前たち、俺たちの味方だったはずだぞ!」

 フラッドが大声を上げると、梓晴が反論した。

「お待ちください……フラッド皇子殿下」

 フラッドたちは、梓晴が直哉をかばって目の前に立ちふさがった姿を見て、後ずさりした。だが、フラッドの言葉はまだ威勢がよかった。

「ナオ、お前、今頃になって威勢がよくなったな……梓晴、こんなナオをかばい立てするのか」

「ええ、私とナオは仲良しなので……」

「ナオ、おまえ、俺たちが懸命に戦ってきたとき、味方のはずのお前は、ひとり、何もしなかったよな……それなのに、今頃になってお前は俺たちに何を言い出すんだ!」

 フラッドの皮肉を込めた問いかけに、直哉は静かに答えた。

「僕は、警告をしているだけです」

「お前は俺たちの邪魔をするのか……無能で勝手なお前が邪魔をするのか!」

「僕は、いつも、憐れみを願うだけです」

「お前は独りよがりで何もできない無能じゃないか!……お前は要らない......梓晴さえいればいい」

 フラッドはそういうと、憎しみと嘲笑を込めた目で直哉を睨みつけた。すると、横から真っ青になった梓晴が口をはさんだ。

「お待ちください......フラッド皇子殿下!」

「もういい、もう戦いは終わりだ」

 フラッドはそういうと、まじまじと直哉を睨みつけた。すると、試験官であった教師たちが、フラッドの視線に入り込むように近づいた。

「フラッド殿下……私たちは警告したはずでした......殿下が仲間に引き入れたこのナオには『魔力はありません』と......」

 試験官の教師たちは、フラッドにしっかりと指摘していたはずだった。フラッドは、教師たちが彼に誅言をしてきたことに慌てた。

「確かにそうだった......なお、お前は俺たちの足手まといだった......もう、お前の顔なんか、見たくない……俺の前から消えろ……では、教師たちよ、此方の梓晴という女だけが、あの恐ろしい化け物を召喚する魔力を持っているといううことになるな? そうだろ!」

「殿下、確かに梓晴の方には魔力がありますが、それも他の一般的魔族と同程度のレベルでしたよ」

 教師たちは、フラッドがあまり聡くないことを思い出したのか、分からないほどの皮肉を込めて、フラッドにも明らかなはずの事実を指摘した。さすがのフラッドも、絶句するしかなかった。

「そ、そうなのか!?」

「殿下、申し上げにくいことですが、私たちはあなたがおっしゃる化け物が召喚された様子を見ていませんし、そんな証拠も見当たらないのです」

 フラッドは、なかなか教師たちの主張を理解しなかった。フラッドは教師たちに苛立ちを覚えると、直哉たちにただした。

「お前たち二人が、俺たちの魔力を、オーラを吹き飛ばしたんだよな?」

「私はは何もしていません」

梓晴は静かに答えた。また、直哉はフラッドを睨みながら指摘した。

「僕はただ『憐れみを』と願っただけです」

「なんだと?」

 フラッドは混乱し、教師たちばかりでなく直哉までが皮肉を言ったように感じた。直哉は淡々と続けた。

「僕たちは何もしていません......ただ、愚かな存在です」

「なにもしていない、だと?」

 直哉の答えは木で鼻を括ったような言い方だった。皇子は悔しさと憎しみと怒りとを絞り出すように、唸った。同時に、その声は直哉が呼び出した怪物を思い出し、いくぶん震えを含んでいた。そんな皇子の微妙な反応を悟ったのか、試験官の教師たちは皇子を説得し始めた。

「皇子殿下、もう十分ではないですか? そろそろ落ち着いてください」

 その声に、目覚めたグレカ皇女も口を添えた。

「兄上、率直にいって、今あなたは、これ以上恥をさらさぬ方がよいと思いますよ…それなら、こう言いましょう、今、私は貴方に適わないと......でも、貴方はこれ以上ナオと梓晴に関わると、恥をさらすことになりますよ」

「殿下、我々も同感です」

 皇子の配下であったカイル、ベラル、ルニカの男三人までが、フラッドを心配そうに眺めながら、説得の言葉を口にした。

「我々は確かに、怪物をみました......でも、ほかの人たちに信じてもらえません......しかも、今、我々は、またもこの二人、梓晴とナオにしてやられそうです......」

 フラッド皇子の周囲では、教師たちや配下の男たちが口々に説得の言葉を投げかけていた。フラッドは、未だ黙ったまま梓晴と直哉を睨みつけていた。すると教師の一人が、歴史に触れながら、説得をし始めた。

「殿下、お聞きください......高貴な私たち魔族の先祖は、おのれの正義を主張し続け、実力行使にさえ出たことがありました……他の人間たちの集団に雷同を働きかけ、互いの憎しみをぶつけ合わせ、滅びをもたらしました.....さらには、他の人間たちに戦いさえし掛けました......その時から、我々は傲慢になったかもしれません......我々はほとんどが三度目の世界大戦で滅びに至ったのです......そして、先祖たちの生き残りはかつてモスコと呼ばれガラス平原と化した大地から、カラコラムへ至ったのです......そんな先祖たちゆえに、我ら末裔である魔族は、互いに正しさを主張しあって滅びの寸前に至りながら、今でも懲りずに何度もあやまちを繰り返しています……何度も何度も......そして、やっと我々は、あなた方魔王様一族とともにルシファー様を見出し、奉じて従うことになったはずです......そこに我々の真理があるとしたはずです」


 この説明に、直哉はピクリと反応した。今の直哉には、彼らの価値観と言葉が彼にとって単純明快な真理を愚弄するものだと感じられた。

「試験官の先生方、お待ちください......魔族は、まるで魔王一族に導かれて真理を得たというのですか?」

 直哉の問いかけに、教師たちも、フラッドやグレカのみならず、梓晴もはっとして、直哉を見つめた。特に、フラッドは魔王一族を汚されたと思って、猛然と直哉をなじり始めた。

「この女、我々魔王一族を愚弄するのか?」

「僕は、何も主張していませんよ! 疑問を呈しただけです......応えていただければ、良いだけの話です」

 直哉は空を見つめながら続けた。フラッドは、周りの者たちの戸惑いを代表するように周囲を見渡すと、公的な怒りを宣言するかのような態度で言葉を継いだ。

「そうか、ナオ、それなら応えてやろう…我々魔族は、わが祖父である魔王の指導の下に、繁栄を謳歌しているのだぞ......我々は真理を得たからだ」

「そうですか、その傲慢な態度が真理を保っているという態度なのですか?」

「なんだと! それなら魔王一族が高貴で賢いゆえに全てを導く存在であることを教えてやるよ! 俺たち力を持つ者が他を従わせる存在であり、正しいことを! 愚かで無力なお前は、恐怖のうちに死んで悟れ!」

 フラッドはついに怒りを爆発させ、直哉一人を狙ってまさに襲いかかろうとした。次の習慣、フラッドは直哉に何を見たのか、凍り付いたように身体をこわばらせてしまった。対する直哉は、平然とフラッドの様子を横目で見ると、ふたたび視線を虚空に移した。

「ぼくは恐怖を気にしないことにしています」

「な、なんだと」

 フラッドのこわばった言葉、それは周囲の教師たちの疑問でもあった。かれらにとって、恐怖は克服し乗り越える対象であって、決して気にしないという軽い対象ではなかった。そんな反応を横目で見ながら、直哉はつづけた。

「僕は、些細なことを気にしません......戦いにおいても平時でも、死さえも気にしません」

「なんだと?」

 教師たちも、そしてグレカたちも、直哉を見つめた。彼らの目には驚愕が広がっていた。直哉がさきほど指摘した内容は、魔族にルシファーを奉じさせ発展させてきた魔王一族の指導力に、公然と疑問を呈するものだった。そして、直哉の平然とした態度は、明らかにフラッドや魔王一族に挑戦する態度だった。

「わからないのですか? フラッド殿下、貴方は自分の欲望のままに主張するだけです..…その点で、他の魔族たちは貴方よりもっと優れていらっしゃると思えます……でも、たとえあなた方が正義を主張しても、そこには正義がないように思えます……正義とは、悪に対して対抗し、皆を救いへと至らせることです......だが、誰もそんな救いを見いだせていないように見えますね……なぜか......それは、正義を主張する者は自らだけを主張しつづけるからです......私は正義を主張しません……私は、救いを既に教えられ保っています……私にとっての唯一の慰めを私は自らの中で確信しています……それゆえ、私は主張せず平然と静かにし続けてきました」


 教師たちは絶句したまま、動かなかった。グレカさえ、何かを感じたのか、身じろぎさえしなかった。だが、フラッドだけは怒りに燃え「極大魔法」と叫んだ。彼は、それと同時に瞬時に最大魔力を展開した。

 彼の魔力のオーラが空間全域を満たした時、直哉は再び短い祈りの言葉を口にした。

「憐みを、殿下に」

 すると、フラッドが全域に圧倒的強度で展開したはずの魔力、それに伴うオーラが一瞬にして消し飛んだ。同時に、フラッドの周囲に4つの呪縛司達が立ち上がった。ただ、呪縛司の姿は直哉とフラッドにのみ見えるものだった。


 途端に、フラッドは狂ったように狼狽し始めた。

「み、見ろ、怪物が出現したぞ! そこに怪物がいるではないか! こいつが召喚したんだ!」

 しかし、二人以外誰も呪縛司の姿を見ることはできなかった。ただ、皆、平然としている直哉の様子と、すっかり狼狽しているフラッドの様子に驚くばかりだった。


 教師たちは別のことを指摘した。

「ナオという娘、魔力がないはずなのに、今、フラッド殿下の魔法を消し飛ばしたぞ.......この魔法術式はなんだ?」

「これは見たことがない」

「いや、あの針の高周波振動があったじゃないか......もしかすると、彼女の周囲には、もともと異質な魔法のオーラがあるのかもしれん......そうだ、彼には我らの奉じるルシファー様のオーラと同じ極超周波数の超高度なオーラが出現していたのかもしれんぞ……魔法と言っても、ナオのそれがもしそうならば、いまだに検出も解明すらも出来ないものというばかりでなく、我らにとって神聖に近い代物の可能性があるぞ」

「それが本当なら、我らの指導者たちであっても、この技術を獲得するまでには、ルシファー様を奉じて何年も修行することで、ルシファー様にやっとすこし近づき、ほんの少し体得できる程度のものだぞ」

「彼女の態度といい言っていることといい、何かおかしい……もしかして、彼が見せたオーラに関係しているのか?」

「ルシファー様に関係があると言うのか?」

 教師たちは得体のしれない恐怖を感じた。そして、直哉の周囲に集まって、次々に質問をぶつけ始めた。

「女子受験生ナオ、お前はそれほどの修業を修めたのか?」

「ナオ 修業はどんなことをしたのか? たしか、お前ほどの修行のためには特殊な教えと書物があったと聞いているが……」

 この問いかけに、直哉は一言応えると、後は無口のままだった。

「僕、そんな勉強していません……何にもしていません!」

____________________


「ええ? 僕、合格ですか? どうして?」

 数日後、直哉は驚いて絶句した。彼は、梓晴とともに圧倒的な成績で、それも首席として入学を果たしたのだった。梓晴は二人で合格したことを知って、先ほどから歓声をあげていた。

「梓晴、聞いてくれ! 僕、勉強なんてしませんでしたよ! 先生たちが勝手に盛り上がっていただけですよ!」

 直哉は、言い訳のような独り言のような口ぶりを繰り返していた。


入学式の行われる会場で、直哉に大声で話しかけてきた女の子達がいた。

「あ、ナオ! 合格したのね!」

「ナオ! 会いたかったわ」

「貴女、修業僧だったの??」

「ここにいる男どもなんか、相手にならないわね」

「私と友達になってちょうだい!」

 黄色い歓声に直哉は、はにかんだような顔つきになった。そんな表情を見て、グレカ、ミランダ、ナーマニカたちは、すっかり直哉の虜になった。直哉は三人の若い娘に囲まれ追い詰められると、困り果てた顔つきになって隣にいた梓晴に助けを求めた。直哉が男であることを知る梓晴は、複雑な思いでその様子を見つめ、皮肉を言うだけだった。

「また、女ごころをもてあそんでいるわねえ」

「僕は、女心など沢山だ」

 この趣旨は、もちろん「女心はごめんだ」という意味だったのだが、周囲には「女心に囚われたくないね」と聞こえたのだった。


 彼にとって、そんなことよりも気になることがあった。彼は、魔王一族であったフラッドとグレカに、注意を注いでいた。なぜなら、彼らが属する魔王一族というのが、彼の宿敵、魔王に至る手がかりであると認識したからだった。また、直哉は、少しばかり煌めいた彼らの記憶の中に、かすかな懐かしい存在を感じた。それは昔の仲間たちの痕跡、つまり刈谷総一郎、釈悠然、趙虹洋が何らかの形で魔族とのかかわりを持ったことのあるという、過去の歴史上の出来事の小さな記憶だった。


 他方、直哉の魔力の有無も、もちろんその性質も、魔王一族のフレッドたちに、また教師たちには謎のままだった。

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