第一章 インフラ・バックエンド・フロントエンドの地脈術者 5 地脈ネットの観測者 2
「あなた方は私、林梓晴を探しに来たのよね……あなた方は一連の地脈破壊に直面して、どうやらやっとその犯人を絞り込んだのかしら......高橋直哉……ツィラ様は、彼が宿敵だと思っている......彼を捕らえたいのよね……だから私が通報したの」
梓晴は、女王ツィラの側近たちに、そう言い放った。
____________________
梓晴は、今は詐欺師として魔族社会を生きていた。それは、彼女自身の肌に現われていたハニカム模様の特徴的なあらわれ方がきっかけだった。
もともと、彼女の憎み切れない性格が彼女自身を助けていた。この世界に目覚める前は、直哉たちに罠を仕掛けたり、直哉たちに助けられたり、直哉たちと行動を共にしていたり、と一定ではなかった。それでも、直哉は彼女を敵対者として見ながら、ともに行動することも許していた。いや、彼女自身の心に、直哉を敵と見做せない感情が渦巻いていたせいかもしれなかった。
今の梓晴は、この世界に目覚めた直後、彼女を置いて逃げ出した直哉を追う追跡者であり、巷の魔族たちを惑わしながら生計を立てる詐欺師であった。
今日も、梓晴は自らの姿を鏡に映しながら、自らの肌に鮮明になり始めたハニカム模様を眺めていた。
「私、やっぱり魔族だったのかしらね」
彼女のハニカム模様は、他の魔族のハニカム模様とは異なり、顔・手足の先・胸・腹・鼠径部・臀部には、一切現われていなかった。神経が細やかに分布している箇所、敏感な場所には、どうやら模様が現れていないように見えたが、それはまさに太古の昔の人類の遺伝によるものだった。この魔族の時代では、その模様の分布の仕方は、魔王一族の肌に見られるハニカム分布に似ていた。それらの模様は、彼女を、魔王一族の一員であるかのように見せており、巷の魔族たちから尊敬と献上品をせしめることで、優雅な詐欺師生活をもたらしていた。今夜会うはずの客人たちをして、彼女が魔王一族の一員であると信じ込ませられるはずの、一つの武器だった。
「いらっしゃいませ」
「我々は、女王ツィラさまの側近だぞ....…それ相応の敬意を払え」
梓晴は使用人を擁さなかった。それゆえ、女王ツィラの尊大な側近たちを迎える際には、彼女自身が道路に出て迎え、客室へと案内したのだった。
「こちらへどうぞ」
「よろしい、よい使用人だな」
「しばらく、この部屋でお待ちください」
梓晴は控えの間に移ると、わざと自らの肌を晒し、ハニカム模様の特徴的な分布を見せつけるようなドレスに着替えた。
「本日は、ようこそお運びくださいました」
「おお! お前は先ほどの使用人ではないか!」
側近たちは、たちまち尊大な態度を示した。梓晴はその変化を無視しながら会話をつづけた。
「はい、わたくしが先ほどお迎え申し上げましたね」
「ほお、お前はここの主なのか? 使用人も擁しないのか? つまらない魔族のようだな」
尊大な側近たちは、ますます増長した。彼らは、あらわになった梓晴の肌のハニカム模様の分布をみても、彼女を王族の一人とは見做さなかったようだった。けれども、梓晴は淡々と応じつづけた。
「あなた達、ツィラさまの側近達のはずよね」
「ほう? 我々が別の何かに見えるのかね?」
「そんなことは問題ではないわ......今は、ツィラ様の支配を脅かす敵のことが重要でしょ……あなた方は私、林梓晴を探しに来たのよね……あなた方は一連の地脈破壊に直面して、どうやらやっとその犯人を絞り込んだのかしら......高橋直哉……ツィラ様は、彼が宿敵だと思っている......彼を捕らえたいのよね……だから私が通報したの」
「そ、そうだ......それゆえ、女王ツィラ様がお前を御所望なのだ」
「わかったわ」
梓晴は、その優雅なドレスのまま移動車両に乗り込み、側近たちとともに女王ツィラの居城へ上った。
女王ツィラの居城は、かつての女王ツィラの居城のあった古代の首都ウラジモスクが壊滅した場所、つまりガラス平原と呼ばれた太古の巨核爆心地から、東へ200キロほどウラル山脈近くに来たところに築かれていた。
「よくぞ参ったな」
「はは、女王陛下におかれましては、ご機嫌麗しく、恐悦至極に存じ上げ奉ります」
「うむ」
「本日、わたくし林梓晴めは、陛下のお招きにより参りました」
「そなたが私の宿敵について、知らせてくれたのだな」
「はい、陛下! 私がお知らせ申し上げました」
「私が宿敵とする高橋直哉について、いろいろと教えてくれる、と聞いておるぞ」
この後、梓晴は女王ツィラや側近たちと、高橋直哉について、彼の出自、この時代に目覚めた古代の人類であること、どのような価値観を有するのか、どのような行動をとりうる人間なのか、また、どのように捕まえるかを話し合った。特に、捕まえ方については、梓晴がいくつかの案を提案し、それらを議論したのだった。
「地脈が全滅させられた各地では、魔族が全て皆殺しになっています……その地の家畜人類たちは、散り散りに逃げ去っています……そのため、女王陛下も側近の方々も断片的な情報しかお持ちでなかったのです。それに対して、私は個人的に彼を知っているんです.......何せ、私を放り出して逃げだした男ですから」
「男なのかね?」
「ええ! 彼なりの強い敵意があるようです......特に、私たち魔族が家畜人類をルシファー様に奉じる儀式を敵視していると思われるのです......そこが、彼を捕らえる狙いめなんです」
こうして、梓晴が提案したように、儀式を罠として、彼を捕らえることとなった。
梓晴が提案した罠は、ルシファーへ捧げる生贄の儀式において、特に初子の処女を生贄として縛り上げ、失神もしくはほとんど心臓が止まるほどの興奮を与えるものだった。その儀式は、魔族たち「萌え」と呼ぶ特別なものだった。
梓晴は詐欺師らしく、直哉をだまして罠にかけることは造作もない、と言って自信を示した。だが、女王たちは決して梓晴を信用してはいなかった。
梓晴は、すっかり儀式の準備を整えると、誇らしげに女王たちに宣言した。
「これで、間違いなく、直哉を捕らえることが出来ますよ」
「ほお、そうなのかね」
「信じられないね……あんた、もともと詐欺師なんだろ、そんな女の言うことなんて、信じられるかよ」
側近たちは、疑いの目を梓晴に向けた。梓晴は、側近たちの疑いの目に、いまさらながらに驚き、気色ばんだ。
「側近のあんたたち、何を言っているのですか......私が騙しているというのですか?」
「いや、どうなんだろうね.......実は、我々は、この罠に確信がまだ持てないのだよ」
側近たちは、あからさまに疑いの表情を梓晴に向けた。梓晴はあきれながらもう一度問いかけた。
「信じられないというのですか」
「ああ、あんたはもともと詐欺師だからなあ」
梓晴は、追い込まれつつあると思った。彼女は思わず女王ツィラに助けを求めた。
「女王陛下、側近の方々が私を追い込もうとしているのです......何とかしてください」
「林梓晴よ、実は私も、あんたのこの作戦に少々疑いを持っているのだよ」
「陛下、どうしてそんなことをおっしゃるのですか?」
「梓晴よ、あんたのこの作戦はあまりに簡単すぎるじゃないか......あんたは詐欺師だし......とても、うまくいくとは思えないのだがね」
女王までも梓晴を疑う口調だった。梓晴は仕方なく、説明を加えた。
「それなら、もっと信頼性を上げる方法があります……最上級の生贄を用意すればいいだけの話です」
「ほほう、そうなのかい、よく言ってくれた!」
女王はそういうと、側近たちに合図をし、梓晴は捕らえられてしまった。女王は、抵抗する梓晴の前に立つと、女王は梓晴の顔を覗き込みながら、ゆっくり低い声で語り掛けた。
「そうだね、あんたが言うとおり、あんた自身が最上級の生贄なんだよ......アドバイスありがとうね」
「え、そ、そんな!」
梓晴は絶句した。梓晴は暴れて抵抗し始めたが、もう遅かった。側近たちの指示を受けた魔族の男たちが、梓晴をたちまち祭壇の上に固定してしまった。梓晴は精一杯抵抗したが、数人の男たちは彼女を押さえつけたまま、上着とベルト、そして装束を次々に剥ぎ取った。
「このやろう、やめろ! やめろって言っているだろ! やめ.......やめて! お、お願い......」
梓晴は大声を上げて、手足と体を動かした。だが、男たちはこの光景を楽しむように、彼女から剥ぎ取った装束をひとつづつ広げて彼女に見せつけると、彼女をあっという間に下着姿にしてしまった。
「お願い……やめて…」
梓晴の声は怒鳴り声から、次第に泣き声に変わった。男たちは、笑いながら 彼女の手と足をひろげると、ついには全ての布を取り去ってしまった。
こうして、準備はすっかり整った。この時、会堂に大きく呼ばわる声が響いた。それは、会場に、祭司が司式のために到着したことを告げる声だった。
「女王陛下、祭司様が会堂に到着なさいました」
「そうか! それでは早速この生贄のところにご案内しろ」
側近の一人が大声を上げて応えた。女王と側近たちは、会堂内の自分たちの席に戻った。しばらくたつと、魔族の女らしい祭司がヒジャブを被ったままで、生贄とされた梓晴が寝かされている祭壇の前に立った。
女祭司は、式の準備をするためなのか、彼女の持ち込んだシーツを手探りで梓晴の身体にかぶせた。その時、梓晴は、彼女の敏感で柔らかいところに祭司が触れたためか、恐怖に震えた声を上げた。その悲鳴を聞くと、おかしなことに、女祭司は弾かれたように梓晴に背中を向けてしまった。
女王たちは、しばらく祭司の様子を見つめていた。だが、女祭司が生贄に背中を向けてしまった様子を見て、女王たちはいらだち始めた。
「女祭司! 女祭司! なぜ、ルシファー様に奉じる前に生贄が処女であることを確認しないのか」
だが、祭司はヒジャブからチラリチラリと女王や側近たちをみることはあっても、まだ祭壇上の生贄には背を向けて、黙々と何かをし続けていた。
「女祭司、あんたが生贄を確認しないなら、私たちが生贄の確認をするぞ。生贄が無傷であることを確認しなければ、儀式が始まらないではないか!」
女王はそう言いつつ、ヒジャブからのぞいている祭司の目を睨みつけた。そして、側近たちに指示を出し合た。
「あんた達が、生贄を確認しなさい」
側近たちは、二人掛で生贄の両腕を抑え込むと、ほかの四人の側近が両足を掴んだ。生贄の梓晴はふたたび悲鳴とともに暴れ出した。
「いやー!」
「おとなしくしやがれ!」
側近たちは、梓晴の顔を叩いた。すると、梓晴は怒鳴り返し、悶えた。
「私がこの罠を設計したのに!」
「そうだったな! じゃあ、その罠の主人公になれて、お前も本望だろ!」
側近たちのひとりがそう言いながら梓晴の太ももを持ち上げると、他の側近が笑いながら梓晴の尻を叩いた。
「ハハハハハ」
「じゃあ、そろそろ確認させてもらおうか」
この言葉とともに、側近たちは梓晴の両足を力づくで開き、処女性を確認し始めた。梓晴は、精一杯悶え抵抗した。
「や、やめろお」
やがて、彼女は疲労しきって動けなくなった。すると側近たちは、彼女を意のままに扱った。
「女王陛下、確認しました……確かにこの女は処女です」
梓晴は、疲れ切ったまま、されるがままになっていた。
実は、直哉が生贄が寝かされた祭壇に、すでにアプローチしていた。彼は、祭壇に至るまえに、施設周囲の警備陣を全て全滅させ、何食わぬ顔で祭司の服装をして祭壇に立っていたのだった。女王たちは魔力の変動を知覚せずに、その異変に気づいていなかったのだが、それは魔力でない聖者力ともいうべき力によって実行されたためだった。それは木刀によるものだった。
ただ、予想外で失敗であったことは、祭壇の上にいたのが梓晴であったことと、彼女が一糸まとわずの姿であったことだった。彼は梓晴の裸体を扱うどころか、見ることさえ出来なかった。すると、女王や側近たちが勝手に生贄の梓晴の身体を扱いはじめた。
「お、お前たち、さがれ! それは祭司の仕事だぞ」
女祭司を演じる直哉は、やっとのことでそう言った。今は、ぐったりしている梓晴を前にして、まずは女王と側近たちを祭壇から遠ざける必要があった。女王たちから見れば、その姿はまるで生贄の梓晴を守るようにみえた。予期しない女祭司のこの動きに、女王は不可解だという顔をしながら女祭司をしばらく凝視した。
「ほほう、女祭司よ……お前がこの女を守るのは、生贄にするには惜しいからか?」
女王ツィラがぶつけた言葉は、女祭司演じる直哉にとって予想外の言葉だった。
「......」
「惜しいなら、生贄に捧げる式を取りやめて、お前にこの女を自由にさせてやるぞ?」
「……」
直哉演じる女祭司は、女王の提案にろくな返事ができなかった。女王は、梓晴を生贄にする代わりに、女祭司に梓晴を預けることを提案してきた。女祭司演じる直哉は、一旦主導権をとったと思えたが、主導権は再び女王に握られた。
「祭司殿! まあ、悩んでいるなら、私が答えをあてがって進ぜようぞ」
女王はそういって、側近たちや周囲の魔族たちに、女祭司と梓晴の二人を注目するように促した。
「皆の者、この祭司と生贄は、どうやら互いに睦合いたいらしい」
女王はやれやれと言う表情をしながら、女祭司が梓晴の顔を見つめる様子を眺めた。
「女祭司殿、念のため、もう一度確認するが......その女と結婚したいのかもしれんな......それなら儀式をとり止めてやってもよいぞ、どうせ、その女の仲間である直哉をおびき寄せるための罠だ。儀式の代わりに、女祭司よ、あんたがこの女と結婚するなら、直哉をより強く誘い出すことになる.......ゆえに、結婚を許すぞよ?」
女王は、女祭司に語り掛け続けた。
「だが、女祭司よ、お前はルシファー様の祭司を務めているにしては、変わっているなあ......我々の結婚は、複数の男女間で情を交換するものだが、お前はただ一人だけを相手にするのかね」
女王は、嘲り呆れたという顔をしながら、なおも二人を眺めていた。だが、祭司の様子はさらにおかしくなった。さすがに、女王は、女祭司が敵意をあらわにして女王を睨みつけていることに気づき、彼女も女祭司を睨みつけた。女王にとって驚きだったのは、女祭司が祭壇を離れて、挑むように女王に真っ直ぐ向かってきたことだった。
「お、お前、直哉か? そ、そうだ、お前は高橋直哉だな!」
「そうだ......先ほどから、あんたは女祭司さえ愚弄し続けた……それはあんたが女王だからだろう……つまりあんたは女王ツィラだったんだな!」
二人がそう言い合うと、直哉はヒジャブ越しにツィラを睨みつけ、周囲に木刀を一振りした。すると、周囲に電撃が降り注ぎ、彼らの傍にいた魔族が一気に滅した。
「高橋直哉め!」
女王はそう言って彼を睨みつけると、そのまま外へ逃げ出した。すでに、全ての側近たちは死んでおり、彼女の後に誰も続く者はいなかった。
直哉は、ようやく梓晴の寝かされている祭壇に目を向けた。彼は、彼女の
身体を見ないようにしながら、彼女の顔を見るという非常に難しい工夫をした。いつもならうまくいくはずだったのだが、この時の彼は、今までと少し違った。彼は、このまま縛り付けられていた梓晴の顔ではなく、彼女の裸身を少しばかり見つめてしまったのだった。
「見つめてしまった。申し訳ない」
「いいえ、気にしないで……私も気にしないから」
「見つめるつもりはなかった」
「いいわよ、あんたも女なんでしょ!」
「あ、うん」
返事に微妙なためらいを感じた梓晴は、相手を見据えた。
「あんた、何処かで見たことがあるんだけど......あ、あの時の女!」
「そ、そうだよ」
「あれ、いや、違うね……あんた! 女じゃないね!」
梓晴は、大声を上げた。直哉は彼女から視線をそらした。
「チッ……」
「舌打ちしたね……やっぱり、男なの?」
「なぜわかった! でも、救出の際のことなんだから、かまわないだろ!」
「そんなことないよ、あんた。男なんでしょ! 気にしないでいいと言ったのは、あんたが女なんだと思ったからよ……」
「それはそうだが、そんなに気にすることかなあ」
「そうね、なぜこんなにもやもやするのかしら……」
「気にするなよ」
「あ、あんたぁ! 私の知っている男に似ている!」
「そんなことないよ」
「いや、違うわよね、あんた、私のよく知っている男よ、そうか、そうだ! あんたは直哉でしょ! それで、私の裸を一瞬眺めたわけね! エッチ! 嫌らしい! 許せない!」
今までも、梓晴は直哉に裸身をみられたことがあったはずだった。今までは、直哉は逃げ出すだけだったから、梓晴もあまりパニックにならなかった。だが、直哉は、智子を失った後、地脈を追う孤独な生活を続けていた。その長い間の孤独のために、彼は潜在意識の中で女性を求める心理が強まった。それが目の動きに現われていたのだった。今の直哉は、裸体を見る機会が少しでもあれば、裸身を見つめてしまうという、彼自身も自分自身を許せない動きを示してしまいがちだった。
「ごめん......でも、ここにはいられない......とにかく二人でここから脱出するよ」
このあと、直哉は梓晴に何か布切れのようなものをかぶせて抱き上げ、ゆっくりと会堂をから逃げ去ったのだった。