第三章 千年王国建国の幻 6 自由の地ヘルモンの麓にて
「え?」
「どこに?」
しばらく彼らは悟ることが出来なかった。だが、注意深く辺りを探るように観察し続けると、廃墟の最奥には、直哉たちの人数分の子ロバたちが待っていた。彼らは小さなロバに不安そうに跨りながらも、オーガナーの先導で廃墟の一角に巧妙に隠された入り口から、地下へ通じる坂をゆっくり下って行った。そこから彼らは、ロバに乗せられたまま長い地下トンネルを歩いていった。どうやら、真っ暗なトンネルの中でも、ロバたちは何の障害もなく進んでいけるようだった。
やがて、前方に光が見えてきた。
「おお、やっと出口だ」
オーガナーの後に続く悠然が声を上げた。するとオーガナーが応えた。
「そうです、あの出口から出たところに、私たちがあなたたちを案内したい場所があるのです」
「案内したい場所?」
虹洋がそう聞き返した時、オーガナーはただ一言を言って微笑むだけだった。
「着いたら説明します」
トンネルを抜けると、そこは湖の見える崖の中腹だった。
「皆さん、全て、トンネルから出ましたね」
オーガナーがそう確認すると、殿だったフィジアが同行者全員と後ろとを確認しながら答えた。
「ええ、全員が外に出ました」
その答えとともに、トンネルの内部が崩落する音が聞こえた。その様子を確認したグレカが驚いたように問いかけた。
「トンネルはどうしたのだ?」
「狭き門より入ったのち、狭き門は閉じられます……それはルークの預言の通りです……それは、関係ない者たちによって入られないためです……狭き門は、啓典の父に見出された人たちのために、その都度救いへの道として開かれるのです」
そう答えたのは、フィジアだった。
「私たち、つまり私たち3人の少女ととオーガナー達3人の少年は、直哉とグレカをきっかけにして此処に至ったのです……ただ、簡単に来ることはできませんでした......私たちもやっとこの狭き門を与えられて此処に来ることが出来たのです」
「それってどういうことですか?」
虹洋が意味が分からないという顔をしながらそう問いかけた。しかし、フィジアは黙って微笑むだけだった。
こののち、全員は、オーガナーたちに導かれて湖畔に降り立った。すると、湖は凪いでおり、その向こうに荒野が見え、その先には白い頂がそびえていた。
「あれは確か、わたしたちが見たかったヘルモンの山じゃないのか?」
虹洋がそういうと隣に立っていたフィジアが応えた。
「そうです……ここの岸を初めて訪れた人たちはそう言って、感嘆するのです」
「ということは?」
「ここが、自由の地と呼ばれる村の入り口です」
虹洋と悠然、そしてあとにつづくアリサたち、そしてグレカやその側近たちに引っ張られた直哉は、こうしてオーガナーとフィジアの先導で、集落、つまり自由の地と呼ばれる村に至った。
___________________
「ここは祈りと祭礼の村と呼ばれています」
全員は、村の係員らしき人からそう説明された。その説明に何だろうと顔を見合わせた虹洋たちは、係員を見つめて村の名前を再度聞き直した。
「祈りと祭礼の村? いったい、ここはどんなところなのですか?」
「此処に来るには、荒野をさまよった野良人類のように、狭い門を越えてくる必要がありました。ここは荒野の先で守られている聖なる庭です」
「え? どういうことですか? 僕たちは転生させられたのですか?」
「『転生』という理解は精確ではないですね。あなたたちは選ばれてこの村へと携えあげられたのです。携え挙げられたということが何を意味するかは、あなたたちが確かめてください。あなた方には既に十分な知識があるはずですから」
説明をしている係員と見えたのは、白い衣を着た御使いに見えてきた。それを意識してはっとした虹洋たちは、思わず問うた。
「これは畏れ多いこと……これは私たちの思いを超えている……まさか、ここは携え挙げられた時に来ることが出来る地だったということか? でも、私たちはなぜここに来ることができたのでしょうか?」
「『なぜここに来ることができた』とは?」
「私たちは罪を犯した人間です。このような穢れた私たちが、このような聖なる場所に来ることなど、畏れ多いこと、あってはならないことです」
「いえ、そんなことはありません。あなた方には刻印があるのです」
「刻印?」
「ええ、あなた方はあなた方の祈りの中で告白していたはずです...それゆえに、あなた方は子羊の血によって刻印を受けて清められてここに来たのです.......フィジアたち3人の少女ととオーガナー達3人の少年も、同様でした......とりあえず、これから啓典の園で行われる祭礼に参加しませんか?」
全員は、こう説明を受けると祭礼会場の入り口へ向かった。祭礼会場の広場には、直哉たちと同様に集められた大群衆が、白い衣を身に着け手にはナツメヤシの枝を持って、次々に座りつつあった。すると間もなく、大群衆はそれぞれの言葉で祭礼のための言葉、祈りの言葉を唱えだした。アラビア語のように聞こえる声、エチオピア語のように聞こえる声、英語若しくはドイツ語、北欧語のように聞こえる声、ラテン系の声、スワヒリ語の声など、多種多様な言葉が混ざりあい始めた。それ等の声の上がり方から見て、この大群衆があらゆる国民、種族、民族、言葉の違う民の中から選ばれて来たことを表わしていた。
ひと時多くの声が響き渡った後、係員の合図とともに次第に祭礼会場は静かになった。すると、その会場から少し離れたところで別の係員たちが立ち上がった。彼らは、一面に響き渡るような鋭い声質で、掛け声を上げた。
「まだです……まだです……今はまだです……大地の時の流れはとても速い....…それでもまだもうひと時二時ひと時半の時間を要するのです……私たちが残りの啓典の聖徒たちの額に刻印を押してこの祭礼の場所に連れてくるまでは、まだまだ大地も海も木も損なってはいけません」
この言葉の後に、ようやく直哉たちも係員たちに白い衣とナツメヤシの枝を渡されて導かれ、祭礼会場の指定の場所へ行くように指示された。直哉たちは気おされて、きょろきょろと周りを見ながらも、やっとのことで指定の場所を目指すことが出来た。
祭礼会場を進みながら周りを見渡して分かったことだが、祭礼会場内にはまだまだ空席があり、先ほど係員が言及していた者たち、つまりこれから刻印を推された者たちが、それらの空席に来ることが予定されているようだった。また、すでに座についていた民たちの中には、白いだけではなく光り輝く衣を着た者たちが、ちらほら見えた。先導する係員の話では、彼らは特に悲しみ苦しみを経て喜びに至った民たちであるということだった。直哉たちに向けられた彼らの背中には、悲しみ苦しみを経たことが刻まれており、直哉は潜在意識の覚醒を覚えた。直哉たちは、この時、その民たちをはじめから知っていたかのように感じられた。
「この白く輝く衣を着た者たちは?」
悠然と虹洋は、そう質問を口にした。すると先導する係員が悠然と虹洋を振り返り、黙ったまま先ほどの民たちの横にいる係員に合図をした。すると、その係員は悠然と虹洋たちにだけ投影画像を示しつつ、説明した。
「彼らは、カナンの谷の自由の地と呼ばれた地域で、大軍によって追い立てられ、あるいは砂嵐によって、あるいは戦闘によって殺された野良人類たちの姿だった。
「カナンと呼ばれた地の一連のことは、あまりに酷むごいことでした。彼らには絶望と悲しみの涙しかありませんでした」
投影画像を見た直哉たちやほかの者たちは、あまりの酷さにただ首を垂れることしかできなかった。
それでも、直哉たちは啓典にある預言の言葉をおもいだしたのだった。
「彼らはもはや...啓典の父が彼らの目から涙をことごとく拭われる」
___________________
その日の壮大な祭礼が終わって、人々はそれぞれ村のあちこちへと散って行った。帰りゆく人々を見つめながら、悠然と虹洋、アリサと娘たち、グレカ皇女に従った魔族たち、そして直哉は、本日の祭礼の余韻に浸りつつ、また帰路につく人々の笑顔を見ながら、礼拝所の入り口の横に立っていた。
「次回は7日後の安息日になります……本日は、ゲストハウスでお休みください……お住まいは明日には設けられるでしょう……そこに落ち着いたならば、次回の祭礼の時までは、ゆっくりお休みください」
係員にこう言われて、直哉たちもまた、村の片隅にあるゲストハウスに案内されたのだった。
___________________
「さあ、こちらへ」
この日の夜、直哉たちの歓迎の意味を含めての愛餐の儀があった。出された食べ物はグルテンミートと呼ばれる肉のようなもの、大豆由来の豆腐のようなほのかに甘いもの、野菜、果物、そして何よりも知恵の実と呼ばれる果物が出されていた。
直哉たちが躊躇っていると、愛餐の儀に同席した係員たちが、メニューについて説明してくれた。
「ここの人間たちは、もはや命を奪って肉を食すことは、もはやしていません……ノア以前の食事と言ってもいいかもしれません……肉を喰らうのは今や呪縛司達の役となりました」
会食が進んだころ、啓典に示された文章の一節、つまり御使いたちにより食いつくされる肉とは誰なのか、ということについての解き明かしがあった。
「確かに、あの魔獣帝国では魔族たちの全員が怨躯となり果てました……彼らはノア以前に先史人類と動物種的に分かれた人類ですから、啓典の福音は伝えられませんでした……しかし、怨躯となったからには黄泉にて啓典の福音に触れたはずです……それでもほとんどは受け入れないまま怨躯となって再帰し、自由の地を攻め立て滅びに至りました……いわば、彼らの肉は呪縛司たちによって食い尽くされたのです……肉を喰らい尽くすのは今や呪縛司たちの役割であり、呪縛司達が天の大軍とともに勝利を得るのです」
___________________
愛餐の儀の後、直哉たちは教育機関の説明を受けた。翌日から直哉たちは野良人類が運営する高度教育機関にて補充教育を受けることになっていた。それは、この村の一員として、預言の書とその執行のために永遠の命を与えられ、生きるための教育だった。彼らは、聖徒学院という野良人類の村の小さな高度教育機関に入学し、預言の書を学び、学術、神学、神秘術を教育された。それ等は、様々な内外の影響と人間の欲から、いかにして永遠に社会を守るかという点からの教育だった。
聖徒学院の説明によれば、これからも、この村には子ロバに乗せられて人々が運び込まれてくる予定になっていた。様々な者たちが、世界の各地からすでに集められ、今後も集められるということだった。あるものは東アジアから、あるものは太平洋州から、あるものは南アジアから、あるものは南北アメリカから、あるものはアフリカから、と遠くの地から近くの地から選び連れ出されるということだった。また、欧州から黒海沿岸まで、またアジアからペルシャそして北アフリカまでの地に住む者たちのうち、戦火や迫害によって一方的に追いやられ、死ぬ寸前の中から選ばれた者たちが、特に多く集められているとのことだった。
___________________
さて数か月の時が経ち、啓典の園には各地からすべての聖徒たちが揃ったことが、村の全員に知らされた。
聖徒学院で教育を受けていた直哉たち学生には、地上各地で行われている地球規模の大戦の様子が説明された。
「ヨルダン川西岸の谷あいにおける戦いで、皆さんもご覧になったように、魔族帝国の大軍は全滅しました……あなた方をはじめとした聖徒たちを集め切った後も、地上の各地では魔族帝国と共和国との戦闘が続きました……激烈な大戦が終わってみると、魔族帝国は滅び、共和国側も世界各地で壊滅状態となりました」
講師の説明に、会場は重苦しい空気に包まれ、直哉たち学生は一言も言葉を発しなかった。講師はさらに話をつづけた。
「皆さん! それでも、地上では、残存している共和国の人類や人工知能達が、混乱の中でも共和国再建のために努力し続けています」
講師のこの説明に、学生たちからどよめきが起きた。
「おー!」
「そうなのか!」
「共和国が再建するのか?」
一連のどよめきが静かになった時、講師はふたたび口を開いた。
「さて、学生の皆さんは、預言の書とその執行のために、今まで、聖徒学院の各講義を通じて預言の書を学び、学術、神学、白魔術と言われる神秘術を習得してきましたね」
「はい」
講師が今までの講義に言及したことで、学生たちは、自ら何かの使命を与えられることを予感した。講師はその反応を確かめつつ、学生たちの将来のついて言及した。
「魔王一族も、私たちの真の敵である大魔ルシファーも、いまや地上から姿を消しました……つまり、今の共和国の再建の時は、聖徒たちの願いである千年王国建設につながるチャンスなのです」
講師が言及したことは、この村の野良人類たちのねがいだった。直哉たちも、講師の思いを感じ、自らの使命を予感して、どよめいた。
「では、僕たちはそのために教育を受けて来たということなのですか?」
「そうです......いまこそ皆さんは、聖徒学院で皆さんが私たちと共有した叡智を地上に展開して、共和国の再建を援助する必要があるのです」
講師はこういうと、直哉たちを静かに見つめた。此処から何かしら、自由に自ら考えて行動することを期待している様子だった。これをきっかけにして、直哉は潜在意識が再び覚醒したことを覚えた。
「僕たちはどうするべきだろうか」
学生たちの中から立ち上がって議論の口火を切ったのは、直哉だった。彼の姿を見て、虹洋や悠然達も立ち上がった。
「そうね、皆が一緒になって啓典の父による平和を実現する時よね」
「虹洋、やはりわかってくれているね……そこで僕は、皆にこれを見せたい」
直哉が取り出したのは、「人人為我、我為人人」と墨で記したアスタリスク型の割符札だった。それを見た虹洋は一瞬驚き、また遠くを見るように目を泳がせたのちに、首周りの帯の中から「人人為我、我為人人」と墨で記したアスタリスク型のカップ札を持ち出した。
「これを、直哉、あんたも持っていたのね……そう、私とあんたとの友情の印だったわね」
「僕は、皆が互いに持つ友情を基にして、各地で協力しながら働きたい」
直哉がそう言った時、悠然、アリサ、そして三人の元共和国の少女フィジア、ケミアとトリミア、と少年オーガナー、アーティマー、マキナーは、個々に意識が高揚していることを覚えた。それらを見渡しながら、悠然は指摘した。
「僕から提案があるんだ……僕たちは、聖徒学院と同様の内容で教育機関を、各地で構成していくのはどうだろうか? なぜ各地で展開するかというと、僕や虹洋は中国の仙術・武術を体得した際に、平和希求の教えを叩きこまれたからなんだ……直哉の学んだ一刀流の日本剣術にも、似た思想がある……聖徒学院で教えられたことだが、世界各地の武道の中には平和への道筋を扱う精神が必ずあるということだった」
この時、オーガナーたち三人の少年が声を上げた。
「人工知能たちの教えてくれた武道にも平和へも道筋を扱う精神があったよ」
「そうか、ありがとう」
悠然は、オーガナーたちの指摘に感謝しながら続けた。
「もとより、武道・武術は魔族から人間を守る最適な手段だった……これらのことを考えれば、たとえ今後魔王一族に脅かされるとしても、共和国の人々や人工知能たちに預言の書を学ばせ、学術、神学、白魔術と言われる神秘術とともに武道・武術を体得させていけば、しっかりした基礎が築けることになる……そのために、ここの聖徒学院と同じような学院を各地に設けたい」
「いいね、教育内容から言うと、名称は『叡智学院』とするといいかもしれないね」
直哉がそういうと、ほかの皆も賛同した。そして彼らは、講師に振り返って願いを伝えたのだった。
「僕たちを再び地上に派遣してもらえませんか……地上には未だ頑張っている者たち、人工知能たちが努力を続けているのです……人工知能は入力されたデータが決め手です……僕たちが各地で得た平和のための情報を入力しなおせば、人工知能たちが再建しようとしている共和国に、ここで得られた教育を反映出来ると考えられるのです」
___________________
さて、直哉、虹洋、悠然、アリサ、少年オーガナー、アーティマー、マキナー、少女フィジア、ケミア、トリミアたち、そしてグレカたちは、聖徒学院修了とともに地上へ帰還することなった。そして、派遣される日の前日、啓典の園では、彼らを励ます祭礼が行われた。
「僕は、この木刀を携えて、再び地上で任務を果たしたいと考えているのです」
祭礼の後、直哉は自分の考えを言った。それを聞いた学院の講師は、多少困惑の表情を浮かべて、直哉に問いただした。
「木刀を携える必要があるのですか?」
「そうですよ、啓典には『剣を打ち返して鍬とする』という預言があったはずです」
「そうですね、もうそんな木刀を必要としないはずなのですが……」
このときの直哉には、未だ剣にこだわっており、この村に来ても毎日自らの愛用の木刀を振り上げ振り下ろす練習を繰り返していたのだった。
「確かに、剣は必要としないでしょう……僕はこの木刀を、一刀流の教えのように鍬のごとく振り上げ振り下ろす鍛錬をしているのです」
「それは確かに、預言の一つの表し方なのでしょう」
「僕は、もともと武道に着目すべきではないかと考えていました.......なぜならば、武道には平和をもたらすためのカギが隠されているからです……たとえば、僕が知っている柳生新陰流には活人剣という教えがあります……それは、戦うことではなく、戦わずに心の動きをもって相手に勝つことを教えています」
「では、あんた自身がそれを追い求めることにどんな意味があるのですか?」
講師は直哉に指摘した。直哉はそれでも講師に主張をつづけた。
「僕自身がいままで剣を打ち返して鍬としてきたのです……ですから、今後も、地上の各地で我々の学院がその各地で武道を発掘する際、その中の平和に通じる教えとともに武道そのものを私自身が体得し活用することも、私自身の任務の一つとしたいのです」
「あんた自身がそれを行う必要があるのでしょうか……多くの仲間は各地でそれぞれ努力することになっているのですよ……あなた自身がそれを重ねて求めるということは、余計な事象を起こしてしまうかもしれないのに......」
講師は、ためらいながらも直哉の主張を受け入れた。だが、最後に、講師は直哉を学院の広大な庭の一角に連れ出し、あることを指摘した。
「ということであれば、あんたが再び地上に派遣される際は、再び修行の身となるわけですね……教育する立場ではなく、一人の人間として再び学びながら生きることになります....人間として生きるならば、直哉、あんたにはパートナーとなる女の子と結婚することから逃げてはいけませんね.......あんたは年貢を納めなければいけない」
これを聞いた途端、直哉は顔色を変えた。だが、講師は直哉を逃がすまいと彼の目を覗き込んで、言葉をつづけた。
「直哉、繰り返すが、今はあんたの知っている多くの娘たちのうちから、誰か一人を選び、結婚しなければなりませんよ!」
「僕は、女の子と話すことはできます……でも、結婚となるとキスをしなければならないんでしょ? そんなこと、女の子の神聖さを汚すことなど絶対にできません!」
直哉は、不意打ちをされたという顔をしながら、懸命に反論した。しかし、講師は言い聞かせようとして、語気を強めた。
「直哉よ、結婚とはキスだけで終わるようなものではないですよ……そういえば、確か、あんたは幼い時から智子という幼なじみから何度も適切な教育を受けたはずですよね」
「覚えています……彼女は僕の愛した女性でした……でも、彼女は性教育などという、僕にはまっぴらなことを教え込もうとして、僕は大変な目に遭ったんです」
直哉はなんとかこの場をやり過ごそうとした。だが、講師は彼を逃がそうとはしなかった。
「そうでしたね……あんたは今まで多くの女の子と仲良くなっていながら、肝心なところで彼女たちから逃げ出していましたね.......やはりあんたはこの点だけは強制的に教育する必要がありますね......よし、もう逃がしませんよ……結婚するための教育をしてあげます」
「なんで、そうなるんですか? 勘弁してください……僕は、いやだ!」
「あんた達は地上の共和国の人類に、預言の書を学び、学術、神学、神秘術、武術など全ての事項を教える立場になるんですよ……特に預言の書には夫婦の在り方について言及されていて、それも教育する項目に含まれるんですよ……だから、結婚するための教育は必須です! そうでなければ、この学院を卒業できないですよ」
「ええ? そんなあ」
「そうです! こんなことを繰り返していては、この学院を終了できないどころか、自動的に退学になってしまいますよ!」
そんなやり取りをしたとき、直哉は我慢できずに隙を見て逃げ出してしまった。そのあと、直哉は、退学処分の虞があったにもかかわらず、学院における結婚教育に恐怖を覚え、一人で村の外れへと彷徨い出てしまった。
___________________
この様子を陰から見ていた者がいた。それは、グレカの側近の一人、ミランダ・ムベカだった。
「直哉、この時を待っていたよ……我々の仕組んだ計画を、散々に崩し、潰し切ってくれたね……」
この言葉の使い方と口調の相手は、直哉にとってなじみのある存在、ケルビムに似た者、つまり大魔ルシファーのそれだった。
「まさか、ルシファー、あんたは……直接僕に手を下すために、ここにいたのか...」
直哉がそう言った時、ミランダは手に持っていた数珠のようなものから突然電撃のような火花を直哉に向けて放った。それは魔王が側近の一人に持たせた数珠のような道具だった。それは、本来ならばグレカを精神衝撃によって殺傷するためにに魔王が側近の吸血鬼族のミランダ・ムベカに密かに持たせた道具だった。この道具こそが、獅子心中の虫であった。
直哉は木刀を持ったまま、激烈な精神衝撃を受けた。その精神衝撃は、直哉が防ごうと構えた木刀の先端を砕き、その余波が直哉を撃った。この時、遅まきながらナーマニカ・ツルコワとグレカが駆けつけた。
ミランダは再び精神衝撃を直哉に向けて放った。それは、彼の命を奪うための、また彼から受けた様々な攻撃に対する、復讐の限りを込めたものだった。この時、グレカは身を投げ出し、さらにグレカを押しのけるようにして、ナーマニカが直哉の前に身を投げだした。精神衝撃をまともに受けたナーマニカは、その瞬間に倒れこみ、直哉もまた彼女をかばいつつ倒れこんだ。
「退け、サタン! 退け、大魔ルシファー!」
この声とともに飛び込んできたのは、虹洋たちだった。彼らは、大規模な衝撃を感じ取り、直哉たちのいる場所へと駆け付けたところだった。
すでに、ミランダの身体は蒸発し、ナーマニカは倒れて絶命していた。直哉は生きていたものの意識不明になっており、その横に放心したグレカが座り込んでいた。
その後、グレカが一部始終、そしてここに至るまでの顛末とを、直哉の友人たちに告げた。直哉の友人たちは、直哉が尋常でない相手と遭遇して意識を失ったことを悟った。
「直哉は、さきほど相手をルシファーと呼んでいたぞ……魔王でもない誰かだ」
「すると、魔王の背後にいた黒幕はまだ健在なのか....」
「とすると、地上で学院を通じた教育がますます重要であることになるね」
「我々は、重大な使命を追って、再び地上に変えることになるんだな」
直哉の友人たちは、こう言い合いながらも、直哉を係員たちに託して地上に派遣されていった。その後、直哉は暫く目覚めることはなかった。
___________________
さて、地上に帰還した虹洋たちは、崩壊寸前の共和国の本拠地を訪ねた。本拠地の中央人工知能たちを訪れ、野良人類たちが真の自由の地を運営していた実態と、魔族帝国と魔王を討ち果たしたとしても共和国を脅かす謎の存在が未だにあることを伝えた。中央人工知能たちはその新奇な情報に基づき、教育と統制を叡智学院という教育研究機関によって共和国を再建することを決定した。虹洋たちは中央人工知能たちに協力する形で各地に赴いた。彼らは、それぞれ赴任地で叡智学院の分校を設け、その学院長として赴任地の統治人工知能を援助しつつ、教育をつかさどることとなった。




