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第三章 千年王国建国の幻 5 呪縛司ふたたび

「われわれの骨は枯れ、われわれの望みは尽き、われわれは絶え果てる」

 直哉が思い出したのは、啓典の中の詩編の一節だった。彼は、シムーンの砂嵐に巻き込まれた自由の地の都市部から、何人もの叫び声が聞こえてくるのを感じていた。それらは、この谷において圧倒され滅ぼされつつある共和国の人間たちの声だった。

 シムーンはすでに自由の地を砂で埋め尽くしつつあったし、直哉たちやかろうじて生き残っている少数の人間たちは居たものの、殺される寸前まで追い込まれていて、啓典の主を待ちのぞみながら耐え忍んでいるにすぎない状態だった。それ等は、まさに直哉が思い出した啓典の一節そのものだった。

「頼りにしていた城塞都市部は打ち破られ、城門は破壊されてしまいました……この都市に拘り虜となって残ったたあなたたち人間は、このように大きな不幸の中にあって恥辱を受けたまま……」

 直哉はこれらの啓示から、『自由の地』の都市部とそこに派遣されてきた共和国軍が全滅したことを悟り、愕然としていた。

「共和国軍…が…全滅した……共和国の自由の地の都も全滅した……千年王国の始まりのはずが……嘘だろ!? まさか、そんなこと……あんな巨大なシムーンをどうやって!? 誰が!?」

 直哉は「自由の地」のあるこの谷あいから、「千年王国」が始まると思っていた。頼りにした強力なはずの共和国軍は呆気なく全滅し、あろうことか彼と仲間たちが「千年王国」を念頭に目指してきた都市「自由の地」が、砂によって簡単に埋没し全滅してしまったことは、彼にとっては理想の地として目指していた今までの行動が、全て無意味だったと思えてきたのだった。思えば、直哉は今まであまりに軽率であり、あまりにこだわりすぎ、あまりに頑迷だった。


 他方、直哉の仲間たちは、そんなことを考える暇もなく、周囲の状況を何とかしようともがいていた。

「退路が断たれてしまった! 逃げ道がないぞ!」

「別の脱出経路を探さないと……」

「天女蜂が少しでも残っていてくれたら、なんとか血路を開けるのだが......」


 彼らの後ろでは、ずっとおどおどしながら虹洋たちの後についてきたアリサたちが、直哉に何かを求めるように叫んでいた。彼女は、既に絶望寸前のかすれた声だった。

「私たち、やっぱり逃げられないかしら」

「直哉、私たち、もうダメなの?」


 グレカ皇女はただ一人冷静さを保ちながら、直哉をたしなめた。

「おい、ナオ! 敵は、まだしばらくこちらに押し出して来る気配はない……おそらくは私の祖父ラーメック魔王陛下が直接檄を飛ばすのを待っているに違いない....ただ、あまり時間はないぞ……そろそろ我々が直面する危機的状況をどうにかしないと...」

「そ、そうだったな」

その言葉に、ようやく直哉も我に返った。


 そのふたりのようすをみて、悠然と虹洋が少しばかり驚いたように二人に問いかけてきた。

「今は少し時間があるみたいね……最期も近いし、いい機会だから聞かせて! なぜ二人はそんなに互いを信頼し合っているのかしら?」

「そうだよな、一人は魔族にとっての不倶戴天の敵のはず…..そして、もう一人は魔族を支配している魔王一族の一人だものね」

 直哉はそれを聞いて、グレカと目を合わせ、簡単に二人の今までの話を聞かせた。

「そうだね……話して聞かせるぐらいなら、時間はありそうだ」

___________________


 魔王ラーメック主催の遥拝式が何度も開催され、直哉とフィジア ケミア トリミアの三人の少女たち、そしてオーガナー、アーティマー、マキナーの三人の少年たちは、極限まで生命エネルギーを搾り取られていた。その後、魔族帝国全軍によって何らかの大規模な作戦行動の準備が行われることになり、遥拝式は開かれなくなり、直哉たちが生贄として引き出されることは無くなった。他方で、魔王ラーメックは、怨躯となった魔族の戦士たちの士気高揚の余興を開催させた。

 それは、剣闘士同士の殺し合いだった。剣闘士とはいっても、罪人同士を戦わせ、勝ち抜いた罪人の罪を許すと言う内容だった。何組もの殺し合いが続くと、クライマックスと称して直哉が引き出された。そして、相手は驚いたことにグレカ皇女だった。


 クライマックスが開催される直前、魔王ラーメックはグレカ皇女に言い渡した。

「わが孫よ、良く情報将校を務めてくれた……我らを取り巻く状況はお前が一番よく分かっているな」

「はい」

「それならば、これからお前に依頼することも、快く引き受けてくれると確信しているぞ」

「は、何なりと」

「クライマックスにて、われらが憎き敵の先鋒の将を討て!」

 これを聞いて、グレカは顔を真っ青に変えた。彼女は情報将校ゆえに、今までの戦況と敵軍の先鋒が誰であったかなどをよく知っていたからだった。敵軍の先鋒の将とは、魔族軍をカラコラムの奥地まで追ってきた先鋒直哉だった。

「魔王陛下、畏れながら、それは誰なのでしょうか?」

「ほほう、わが孫よ、お前は前もって対戦相手を知りたいというのか? いつものお前らしくないぞ」

「は、恐れ入ります」

「それなら教えてやろう......対戦相手は、お前も尋問したことのある人間、かつて我らをして「ナオ」と呼ばれて来た人間だ」

 グレカ皇女の悪い予感は当たってしまった。だが、それは彼女にある準備をさせるに十分な時間を与えることにもなった。


 さて、クライマックスが開催され、闘技場に直哉が引き出されてきた。そして、直哉の目の前には、グレカ皇女がいた。直哉は驚き、ショックを受けたように凍りついた。

「な、なぜ、あんたが僕の前に立つのか? 僕はあんたと対戦したくない! 僕はあまりにあんたに……」

「ナオ、言うな! 対戦相手は私、グレカだ! 遠慮なく挑んで来い!」

 グレカはそう叫ぶと、大剣を抜いた。直哉は仕方なく、自らが所持して来た木刀(シェイベット)を構えた。

 剣戟は激烈を極めた。もともと帝国随一の剣姫であったグレカの剣技は、両刃直剣の性能を最大限に引き出すものだった。他方、しなやかな曲線を有する片刃の木剣(シェイベット)は、直哉が鋤のようにひたすら上下に振り上げ振り下ろす技によって、全ての武器をはじき返すと同時に激烈な打撃を与えるものだった。

 だが、激烈な剣戟は、突然終わった。直哉の打ち下ろした木刀によって、グレカの右腕が撃たれ、大剣を弾き飛ばされたのだった。

「ナオ、その木刀シェイベットで私を討て……あんたに撃たれるならば、私は命を惜しまない」

「なぜ、わざと打ち込みを腕で受けたのだ」

 直哉には、グレカがわざと負けたことが明らかだった。だが、グレカはつづけた。

「私は、よくわからない感情をあんたに抱いた......それゆえにこの命を惜しまぬ......悪いことは言わない! ここは素直に私を討て……本当はあんた達を逃がしてあげたかったのだが……」

「グレカ皇女殿下、あんたの思いはわかっているつもりだ……すまぬ!」

 直哉はある言葉を口にした。

「我、剣を打ち返して鋤とする……我、剣を打ち返して鋤とする」

 直哉は彼女を討つ代わりに、彼女の傍らにあった大剣を木刀(シェイベット)で打った。すると、剣が高速回転しながら空中に舞いあがった。その直後、大剣の形状は鋤のように変形して高速回転のままに闘技場の地面に落下した。すると、大量の土砂が一気に舞いあがった。


 直哉は、大量の土砂が周囲の魔族たちの目をくらましたのを見て取ると、グレカの手を引いてそのまま闘技場を脱出した。この時、直哉はグレカに訊ねざるを得なかった。

「グレカ殿下......魔族の、それも魔王一族のあんたが、なぜ僕を助け、僕を逃がし、僕とともに逃げてくれたのか」

「実は、私は怨躯になって復活する前に、啓典の主からの声を聞いたのだ....もともとは梓晴から密かに啓典の主からの声があることを知らされていた......我々魔王一族たちと鬼魔族とが先史人類、つまり家畜人類等の先祖たちと生物種として分離して以来、我々には先史人類に知らされた啓典の主からの声、つまり福音を知らされたことはなかった......多くの魔族、魔王一族や鬼魔族たちが戦死して黄泉に下ると、怨躯として再び地上に起こされる前に、不思議なことに鬼魔族だけは黄泉において啓典の主の声を聞かされた.......どうやら、魔族たちや家畜人類たちなどは、その先祖たる先史人類に既に福音は伝えられていたらしい......300人ほどの魔王一族と鬼魔族たちのうち、ほとんどの魔王一族はその声を無視したが、私たちだけはそれを受け入れて今に至っているのだ」

 結局、彼らは怨躯になり果てたとはいえ、黄泉に下った間に、初めて啓典の主の声を聞いたらしいことが分かった。


 彼らは、その後、フィジア ケミア トリミアの三人の少女たち、そしてオーガナー、アーティマー、マキナーの三人の少年たちも脱出させた。そこからは、グレカ皇女や彼女の側近である吸血鬼族のミランダ・ムベカ、サキュバス族のナーマニカ・ツルコワたちの導きで、密かに帝国を脱出したのだった。

___________________


「ねえ、直哉は啓典の主だけを崇めていたわよね……そして、グレカ殿下や側近のミランダやナーマニカたちも啓典の主の声に従った……ということは、あんた達は志を同じにした兄弟姉妹ね……結婚もできる…」

 虹洋が直哉とグレカを見つめて指摘した。直哉は瞬く間に赤面をして反論した。

「虹洋、何を言い出すんだ......第一、魔王一族のグレカ殿下は鬼魔族だし、僕たち人類とは生物種が異なるから、そんな事態はあり得ないぞ!」

「へえ、直哉! そんな屁理屈をまだ言っているんだ! グレカ殿下はあんたのためにあんたを助け、あんたを逃がし、あんたとともに逃げてくれたのよ!」

 虹洋は、またか、という表情をしながら直哉を睨んだ。直哉はたじたじとなって、しどろもどろに答えた。

「あっ、それは......確かにグレカ殿下の行いの聖さ、潔さ、様々な態度......僕は殿下に感謝しきれない......怨躯となっても殿下の潔さは変わっていない......その内面的な美しさに魅かれていないとは言えないが......」

「じゃあ、わたしのことは?」

 横からアリサが口を出した。それもまた直哉を慌てさせた。

「え、何だよ? そもそも、なぜこのタイミングでこんな話題を持ち出したんだよ!」

「直哉も私たちも追われていて、いつ捕まって最期を迎えるかわからないから、誰か様の思いをあんたへ告白してもらえるように整えるべきかな、と思ってね」

 虹洋はそう言って、さらに直哉に問いかけた。直哉は追いこまれていることを十分に認識しながらも、虚勢を張った。

「ぼ、僕は、告白されたら、ど、堂々と受けるぞ」

「え、ほんとうに??」

 アリサが喜びの声を上げた。直哉はきまり悪そうに答えた。

「なんだよ、信じられないのかよ」

「だって、直哉、あんたはいつでも女性を引っ張り出して一緒になっては放り出しているし」

 アリサは、今までの直哉の所業をいくつか指摘しつつ、追及した。直哉は形成が悪くなりつつあったのだが、それでもアリサの使った言葉に突っかかった。

「放り出している? 僕はそんなことをしているつもりはないぞ」

「でも、現に今回はグレカ殿下を引っ張り出しているし......この後あんたはどうするつもりなの?」

 今度は虹洋が直哉を追い詰めると、直哉はこう答えて、偉そうに胸を張った。

「僕は、いつでもひたすら女性を大切にすることだけを考え続けて来ただけだ……だから、どんな女性も受け止めるだけさ」

「ねえ、グレカ殿下はいかがなものでしょうか」

 虹洋は直哉を睨みつけてから、今度はグレカ皇女に問いかけた。グレカ皇女は今までのやり取りを楽しんでいたようで、虹洋の問いかけに乗じて直哉を追い詰めた。

「そうねえ、ナオは私やミランダやナーマニカの裸も見ているからね……私たちの裸はアリサみたいに痩せていながら豊満だっただろう?」

「えっ、僕はそんなこと......」

 直哉はもはや敗北寸前だった。それをダメ押しするように、虹洋が過去の話を持ち出した。

「そうね、私も裸で彼に扱われたことがあったわ」

「虹洋! それは悠然と一緒に扱っただけだろ! あんたを相手にしたわけではないぞ! もう、この話題、終わりだ......僕はもうたくさんだ」

「それは無責任よ、直哉、さっきも言ったけど、あんたはいつでも女性を引っ張り出して一緒になっては放り出しているのよ、それを繰り返してきたのよ!」

 アリサの再度の指摘に、直哉は戸惑いと羞恥心と女性たちのスレンダーな裸体、痩せて豊満な裸体、筋肉質の裸体など、いろいろな裸体を思い出したのとがごっちゃになって、顔を真っ赤にした。この時、直哉はグレカ殿下に対して密かに抱いてきた自らの思いに気づいたのかもしれなかった。

 ただ、この話だけでは、二人が固く結びついたことの説明にはなっていなかった。それを語るには、まだ直哉とグレカは互いに恥ずかしさを覚えており、心の準備ができていなかった。


 これらの情景を見つめながら、悠然は微笑み、感嘆を込めて指摘した。

「そうだったのか……直哉、実にうらやましい……いや、正確に言うならば、直哉もそろそろ相手を決めるべきだ、というところかな」

「ねえ、悠然、私たち二人も固く結びついているわよね……私たちで、なんとかならないかしら」

 虹洋が、連れ合いの悠然に話しかけた。悠然も自制心を取り戻し、周囲の情勢分析して応えてみせた。

「虹洋……僕たちだけなら何とかなるだろうが、ここには直哉の大切なアリサたちがいるしね」


 この時、魔族たちに一斉に色めきだった。もうすぐ突撃命令を出すという前触れが魔族側陣営に伝わった様子だった。この様子に、たアリサと多くの娘たちがふたたび絶望の声を上げた。

「私たち、死ぬのかしらね?」

「どこかに逃げ道はないのかしら?」

「だ、誰か助けて!」

 彼女たちの声はだんだんと悲鳴に近いものになった。


「ど、どうすべきか」

「そうね、どうしたらいいかしら……」

「今は祈るしかない」

 グレカ皇女と直哉は、冷静に指摘をした。側近たちも不安そうだった。こうなっては、現状がどうしようもない事態であることは、誰の目にも明らかだった。彼らのそんな姿から逃げ道の無いことを悟った悠然も虹洋も、無力感と絶望感に打ちのめされつつあった。


 やがて直哉たちは全てをあきらめるように黙って座り込んでしまった。もはや彼等には、逃げ道はなくただ自らの今までの行動と考えとを振り返り、ただただ祈り告白することしか出来なかった。


 共和国の人類たちと同じように、『自由の地』がこの都市であると妄信したこと

 『自由の地』に至れば、なんとかなると軽率に考えたこと

 『自由の地』が理想の国であると思い込んだこと

 魔族に挑みさえすれば、安易に勝利を得られると思い込んだこと

 魔族に勝てれば、それですべてが完了すると思い込んだこと

 あまりよく調べもせずに、あまりに軽率にこの地にやってきたこと


 様々のことが彼ら心に浮かんだ……彼らは遅まきながら、誰もがそろって告白し祈りの言葉を唱えたのだった。 

「私たちは憎しみと復讐の縄目に捕らえられて

 逃げ出すことができなくなってしまいました

 これが、滅びに定められた者に見せた悪夢なのでしょう

 それによって無知な者に知恵があたえられるのです


 私は、せめて、私の心に欺きのないように振り返りました

 いかに幸いなことでしょうか

 背きを許された者、

 罪を覆われた者、

 主が咎を数えぬ者......


 私は黙し続けました

 黙し続けて、絶え間ないうめきに

 骨まで朽ち果ててしまいました

 それ故、私は自らの罪を

 啓典の父の御前に示して咎を隠さずにいました

 啓典の父に私の罪を告白します


 御言葉が私を清めるでしょう

 啓典の主の律法は完全で、魂を生き返らせ

 啓典の主の定めは真実で、無知の人に知恵を与えます

 あなたのしもべはそれらのことを熟慮し、

 それらを守って大きな報いを受けるでしょう


 今は、知らずに犯した過ち、隠れた罪から、

 どうかわたしを清めてください

 あなたのしもべをおごりから引き離し、

 支配されないようにしてください」

 この祈りを呻くように為した後、直哉たちは全員が突っ伏すように地面に倒れこんだ。彼らにとって今の事態は、もはや啓典の主にすべてを明け渡すしかなかった。


 その時、直哉の木刀(シェイベット)から何かの小さな静電気がほとばしった。

「な、なんだ!?」

 直哉はかすかに手が感電したことを感じた。普段の電撃の様子からすると、これらの小さな静電気はこの時の直哉にとっては単純な電撃ではなく、まるで電気的な音声、弱い娘の声のように感じられた。しかも、木刀(シェイベット)は電気的な振動が周囲にも音声として聞こえて来たのだった。

「待つが良い、見るがよい、今や救いの時ぞ、今や救いの時ぞ」

 繰り返される短い言葉は、明らかに何かを直哉たちに伝えようとするものだった。

「感電させるつもりなのかしら?」

「攻撃するには、ずいぶん小さいな!?」

 直哉はゆっくりと顔を上げた。やがて、グレカや虹洋と悠然たちが体を起こし、アリサは起き上がって娘たちの一人一人の顔を確認し始めた。そのアリサが、北の方角を指さした。

「あ、あれは何なのかしら?」


 このとき、遠くからの地響きは彼等にも認識できるほどに大きくなった。明らかに北側の谷の入り口付近から、怪物のような何かが近づいていた。

「この地響きは、北の方角からだ」

 直哉はアリサの視線の先を辿りつつ、周囲も見渡しながら指摘した。悠然は直哉に問いかけた。

「何か見えるのか?」

「ああ、黒い巨大な影が4つ……ゆっくりこちらに向かって歩いてくる」

 直哉は、少し喜びを込めた声をだした。その様子に、悠然は不可解だというようにさらに直哉に問いかけた。

「黒い影だって?」 

「そうだ、あれは呪縛司だ! 呪縛司たちがが来てくれた」

 直哉は声をたてて笑いながら、呪縛司の出現を皆に知らせたのだった。


 その頃には、地響きが4体の巨人の足音であることが、谷あいのどこにいても分かるほどになっていた。直哉たちに突撃する準備をすっかり整えていた魔族帝国軍の怨躯たちは、号令を待つどころか響き渡る不気味な足音に明らかに浮足立っていた。

___________________


 直哉たちが気付く少し前のことだった。


 魔王は、自由の地の征服を祈念してルシファーを崇める祭壇を築いた。彼は、包囲した直哉たちを生け捕りにして、その祭壇に捧げることを狙っていた。

「全軍に突撃の準備を告げよ……突撃と同時に傷のないまだ女を知らない男、男を知らない女をつれてこい! そいつらを超越神(オーバーロード)ルシファー様に捧げるのだ」

 この号令に、ルシファー自身も喜びを隠さなかった。ルシファーの慢心はより強くなった。


 その時だった。

「なんだ、この地響きは?」

 魔族帝国軍のなかで、その振動に最初に気づいたのは魔王ラーメックだった。それに側近たちが応えた。

「は、何でしょうか?」

「愚か者! この振動が感じられないのか?」

「はっ、今、調べてみます」

 側近たちは、ラーメックの指摘に狼狽し、関係方面に調査を指示するなど、右往左往の大騒ぎを始めた。彼らがようやく把握した情報は、それでもなお断片的だった。

「報告します! 黒い巨体が谷あい北方から近づいているとのことです」

「続いての報告です……彼らは巨大な雷雲を巨体に伴いながら、周囲に激烈な雷撃をまき散らして近づきつつある、ということです」

「魔王ラーメック陛下! 女王アダ陛下から支援要請が来ています」

 この時、北方に布陣していた女王アダの軍と親衛隊とが、既に雷撃を受け、それがきっかけでパニックに陥っていた。この至急通信は、その時の女王アダの軍団からの報告だった。


「どうしたのだ!」

 ラーメックは、不気味な地響きと女王アダのいる辺りから聞こえる雷鳴に不安を覚えながら、側近たちに報告を促した。側近たちは女王アダの布陣する北の方向を見つめた。すると、側近たちが驚愕と恐怖に満ちた声で騒ぎ始めた。

「あ、あれは、あの黒い巨体は…まさか、呪縛司達......」

「なんと……それは、たしか、先史人類時代に出現した怪物ではないか…」

 側近たちが口走った指摘を聞き、ラーメックは大声で叫んだ。

「なんだ、それは!? 直ちにどのようなものか、報告せよ」


 しばらくして、文献調査を行った結果が報告された。だが、すでにこのころ女王アダの軍団は壊滅していた。

「東瀛にいる我々魔族の間の伝承によれば、呪縛司達は、魔族側が魔術によって召喚した巨兵たちをものともせず、辺り一帯を呪縛に難く結びつけたということでした」

「報告します…古代の記録によれば、あれは、太古の時代、人間のなしたことで、大地が呪縛を受けたことがありました……大地が受けた呪縛は、吹きかけられた全てが火炎地獄の滅びに運命づけるもの......この世を創造したと言う奴が、太古の時代に『人間が罪を犯した』との理由ゆえに、大地に呪縛を吹きかけたのです...今や、世界各地で、そいつの先兵たちである呪縛司たちが、その呪縛を意のままにその手で引きずって吹っかけまわっているらしいです」

「古代の預言書によると、呪縛司達の正体は、白い馬に乗った者、赤い馬に乗った者、黒い馬に乗った者、そして青白い馬に乗った者たちだったと……」


 これらの報告を聞きながら、ラーメックは唸った。

「呪縛司......」

 もはや、ラーメックには唸るように助けを求めるしかなかった。

超越神(オーバーロード)ルシファー様…」


 そのあと、ラーメックは意外な命令を出した。

「よし、全軍は今からこの谷を撤退をせよ」

___________________


 このとき、ラーメックは大魔ルシファーに助けを求めると同時に、脳裏に響く疑似声音を聞いた。それは、普段ならば遥拝神殿以外では生じるはずのない大魔ルシファーの顕現であり、大魔ルシファーがメッセージを直接伝達してくるほど切羽詰まった状態であることを示していた。


「魔王ラーメックよ、よく聞け……今は撤退をすべきだ……急げ……私がそなたに告げた預言の書の解釈に誤解があった......私たちは騙されていたようだ……黙示録の証人に我々はもう少し注意深く調べるべきだった……証人は確かにいた……しかもそれが、高橋直哉という少年だった.......私たちはあの直哉という少年に、もう少し早く気付くべきであった……奴が呪縛司を呼び込んだにちがいない……その呪縛司とは、実は別の預言書によれば、白い馬に乗った者、赤い馬に乗った者、黒い馬に乗った者、そして青白い馬に乗った者たちと伝えられる者たちだ……それは、我らの不倶戴天の敵、啓典の主の御使いと言われるわが宿敵だ……彼らがこの地に来るとすれば、今は撤退をすべきだ……急げ、ためらうな、さもなければお前たちの軍は壊滅するぞ……」

 この疑似声音を聞いて、ラーメックは唸るように声を出した。

超越神(オーバーロード)ルシファー様…」

___________________


「よし、全軍は今からこの谷を撤退をせよ」

 ラーメックの命令は、全ての魔王一族の脳裏に直接響いた。すると、ラーメックの妻や子供たちばかりでなく、全軍の指揮系統が混乱を呈し始めた。

「もうすぐ直哉たちを撃滅できます」

「お待ちください……直哉と目される対象から、周囲に電撃により反撃されています……手間取りそうです」

「撤退と言ってもどの方向へ?」

「女王アダ陛下指揮下の軍団は、既に壊滅し、その方面から潰走しつつあります……この方向に撤退はできません」

 ラーメックの耳にした通信は、大軍の指揮系統が混乱して身動きが出来ないことを如実に表していた。


「うーん、ならばこの谷を南方へ抜けよ」

 ラーメックは焦りながら、なんとか全軍撤退の方向を指示した。この時の魔族帝国軍は、全軍をこの谷あいに集めるほどの規模であった。そのため、撤退すると言ってもすぐに全軍が動けるわけではなかった。


「それならば、シムーンを奴らにぶつけてやれ」

 ラーメックは、シムーンを呼び起こした。シムーンは魔族帝国軍のすべての怨躯たちを守るように、まるで結界のようにその上空を覆った。さらにそのシムーンは、呪縛司達の巨体を押し戻すように見えた。

「シムーンがきた」

「これで大丈夫だ」


 だが、シムーンが導電性を帯びた微粒子の嵐であることを知った魔族軍の一部は、電撃がより広範に当たることを予測した。

「おい、東の方から砂嵐の黒雲が来るぞ!」

「いや、そんなはずが……」

「友軍の誰かがシムーンを呼んだんだ」

「そんなバカなことを……」

「こ、これでは……あの巨体からの電撃が、火炎地獄になるぞ」

 彼らは、戦列を離れて南ではなく西の地中海方面へ逃げ始めた。


 この時、その後の厄災を告げるかのように、全ての魔王一族と魔族に、疑似声音が響いた。それは呪縛司からの最終宣告だった。それは、シムーンとして散布された導電性を帯びた粒子を利用したものだった。

「怨躯たちよ、よく聞け、お前たちは一度は黄泉に下り、黄泉にて啓典の福音を聞いたはずだ...…お前たちは、ノアの洪水以前に先史人類と分かたれた巨人類として独自に時を歩んできた。それゆえに、先史人類のように啓典の福音を与えられてはいなかった。だが、黄泉にて与えられた敬典の福音を聞き入れたものはほとんどいなかった……それゆえ、お前たちはここで滅びなければならない......聞きいれた者たちはすでに黙示録の証人たる直哉とともに行動している……」


 この声とともに、呪縛司からの電撃が、魔族帝国軍のすべてを火によって壊滅させた。直前にラーメックによって呼び出したシムーンが、かえってより広範に魔族帝国軍に呪縛司の電撃を激しく降り注ぐことになり、魔族帝国軍壊滅の決め手になった。

 そして、シムーンは大量の砂で谷あいを埋め尽くした。魔族帝国の大軍が自由の地と呼ばれた都市と共和国軍とを滅ぼしたこの谷あいで、こんどは、魔族帝国の大軍とそれを指揮していた者たちすべてが、大量の砂の下に沈んだのだった。

___________________


 すべてが終わった時、その谷には、グレカ皇女に率いられた少数の魔族たち、アリサに導かれて来た少女たち、そして虹洋と悠然、直哉だけが残された。

 その背後から、コツコツという少年少女の足音が聞こえてきた。


「ここでの戦闘が終わったようですね」

「その声はフィジアではないか?」

 直哉が思わず声を上げて振り返った。虹洋やアリサたちも振り返ると、そこには二人の少年少女たちがたっていた。

「直哉、久しぶりね」

「フィジア、それにオーガナーじゃないか? どうしてここに?」

 直哉は訳が分からないという顔をして、フィジアとオーガナーを見つめた。虹洋や悠然、アリサたち、そしてグレカに従っている魔族たちも、さらに事態が呑み込めないという顔をして会話を交わす直哉とフィジア、オーガナーとを見つめた。


「私たち二人は、直哉たちを村から迎えに来たのです」

 オーガナーは、直哉とその背後に固まって不安そうにしている仲間たちを見つめて、そう言った。直哉はまだわからないといった風に、オーガナーに問いかけた。

「村? どういうことだ?」

「直哉たち、私たちについて来てください」

 

 彼らは、オーガナーとフィジアの案内で農業施設の廃墟に向かった。

「ここは、かつて『自由の地』と言われた本来の地……あの都市の自由の地という名前の由来は、本来ここの地名だったんです」

 フィジアの説明に、直哉は思い出したように答えた。

「そう言えば、ここには、野良人類と呼ばれた少数の者たちが暮らしていた村があったはずだよね……そうか、それが「自由の地」の名前の由来だったんだ....」

「直哉、あんた、それを知っていたの?」

「あ、知っていたというべきなのかな……今思い出したんだ」

「やっぱり」

 直哉の仲間たちは、直哉の愚かさを思い出して、呆れたという顔をしつつも、そう頷くしかなかった。

それとともに、直哉は急速に愚かな人間に戻っていた。


「さあて、じゃあ、どうしようかね」

 直哉がそう言うと、悠然と虹洋は直哉の状態の変化に気づいたように後を引き取った。

「そう、これからどうすればいいのかしら」

「皆さん、此方へ来てください」

 オーガナーの先導で、悠然と虹洋、アリサと娘たちが続いた。その後を、グレカたち魔族が続いた。だが、直哉は周囲を眺めて動こうとはしなかった。


「どうしたの? 直哉?」

 フィジアが直哉に呼びかけた。直哉はフィジアの問いかけに気づいたように彼女の顔を見つめた。そこに、直哉を心配をしたグレカが戻ってきた。

「ナオ、どうしたんだ? 皆行ってしまったぞ」

「ああ、グレカ殿下、みんなどこへ行くのでしょうか?」

 グレカはこんな状態の直哉を見慣れているらしく、彼の肩を優しく抱きながら、虹洋たちの後へ続くように促した。

「大丈夫だよ、私があんたと共にいるから」

 こうして直哉がグレカに促されながら歩きだすと、その後ろ姿を確認しながら、フィジアもまたそこを去っていった。


 彼らが去った後の地面には、彼らが新たな方向へと歩み始めた足跡が、しっかりと残されていた。

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