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第三章 千年王国建国の幻 4 魔族帝国軍との死闘

「初めから魔族たちに仕組まれていた」

 襲撃の跡と獣臭だけが残された襲撃跡を前にして、悠然は困惑ながら呟いた。彼の隣に立っていた虹洋は、周囲を見渡しながら体を震わせた。

「少女たちだけでなく、アリサまで連れ去られたのね……もし、私もここに残っていたら、私も連れ去られたわね ......彼女たちは、後に儀式の生贄にされるか、消費されるかのために、生きたまま連れて行かれたのよね」

「そうだ……早く、救出に向かわなければ……ただ、やはり僕たちは勇者ではない……虹洋、あんたまでが連れ去られた可能性もあったとすれば、僕たちはやはり勇者ではない」

 悠然は自嘲気味に指摘した。虹洋はそれに同意した。

「そう、私たちは勇者ではないわ……あの統治人工知能ばかりでなく、彼の側近さえも私たちを『勇者』だと確信して私たちに期待している……あきらかに勇者だから(さら)われた人間たちを救い出してくれる、と期待していたわ」

「僕たちは、アリサたちを仲間だから救い出しに行くんだよなあ……まあ、ついでに他の攫われた人間たちを当然救い出すには違いないが……」

「ただ、今回の突入は、私たちにとっては少し荷が重いかもしれないわよね」

「ああ、僕たちには荷が重すぎる……それでも、直哉から預かったアリサと少女たちを、なんとか救い出しに行かなければならない……そう、直哉たちのために……仲間たちのために」

「そうね……私たちの運命に何かがあっても、あんたと一緒ならどこへでも行くわ」

「そうだね、互いにその思いがあれば、あんたは僕にとって勇者だ! (ちょう)虹洋(くひろ)

「そうね、あんたは私の勇者よ! 私の釈悠然!」

 こう言いつつ、二人はできうる限りの装備を整えてダンジョンへと向かった。


 二つ目のダンジョンがあるとされた推定域は、自由の地のへり部分に位置していた。自由の地の都市部分を中心に見ると、自由の地の都市のへり部分にあった第一のダンジョンの入り口とは、ちょうど反対側のへりに位置していた。それはまた、アリサたちが滞在していた廃墟部分に近いところだった。


「さて、このあたりだ……街の統治者たちの推定によれば、このあたりが彼らの二つ目の地下ダンジョンらしい……僕たちが攻め込んだ地下ダンジョンと反対側だった」

「二つ目のダンジョンは、ちょうど私たちが滞在していたこの場所の近くだったのね……彼らの巧妙な罠に気づけなかったわね」


 二つ目のダンジョン入り口は、統治人工知能たちによって大まかな場所を推定されていたものの、簡単には見つからなかった。それでも、悠然は、広い推定域全体の過去事象を大まかに探り、可能性のある個々の領域ごとに過去の事象を詳しく遡った。それは、彼が今まで何度も挑んでは失敗した高度な仙術であり、該当時空の構成分子全体に自分の知覚をゆっくり且つ深く浸漬させて、構成分子全体の動きから過去の現象を遡るわざだった。


 この時の釈悠然は、異術学院で磨いてきたさまざまな仙術、つまり体力増強術、電磁場能、神経諸霊能、精霊使い、物質能を、今までの長い旅の過程で深めていた。

・・・・・・もともと彼は、先史人類全盛のころに、精霊使い術によって多くの天女蜂(フェアリービー)を多数制御した実績を有していた。連れ合いの虹洋の記憶では、異術学院入学の際に彼が見せた事象投影術、早い話が覗き術、千里眼、先見術が最も印象的な仙術だった・・・・・・


 やがて、悠然の眉が微かに動き、その狭い領域に魔族の軍団の過去の動きと負傷したアリサたちの痕跡とが浮かび上がった。その途端、何もないはずの大地から魔族たちが飛び出してきた。彼らは、悠然と虹洋が近づいてくるのを息をひそめて観察していたのだが、悠然に知覚されたことを悟った魔族の軍団が二人を急襲したのだった。

 すでに危険を察知していた虹洋は、悠然を守るように槍を構えて立っていた。魔族の軍団は、狭い入り口から殺到して来たのだが、彼女はカンフー術によって襲い来る魔族たちを次々に突き刺し、両断し、電撃を与え、電磁場によって破裂させていった。また、悠然も、二番目のダンジョン入り口を確認すると虹洋の隣に駆け付け、電撃によって魔族たちを次々に焼散させた。

 この時の趙虹洋は、カンフーつまり体力増強術と槍剣術を極め、さらには少しばかりの電磁場能を自在にできるようになっていた。また、二人とも異術学院共通の術として電撃術を使いこなしていたのだった。


 出撃してきた魔族たちは、ほとんど撃滅されると、二人は顔を見合わせた。彼らの力が強くなったのか、魔族たちは二人の力の前に圧倒された。

「飛び出してきたのは、通常の魔族たちだったわね」

 虹洋は意外そうにそう指摘すると、悠然は楽観的な見方を示した。

「そうだ……普通の魔族しか動員できなかったのかもしれないな」

 この時の二人は、簡単に魔族たちを撃退したことに気を許し、楽観的だった。二人はそのままダンジョンの中へ舞い戻って逃げる魔族たちを追って突入した。二人は魔族を追い立て、ついには遥拝神殿と思われる大空間に到達した。

 そこには、彼らの突入を予測したかのように布陣した魔族帝国の陸上軍勢が待ち構えていた。しかも、彼らの軍勢の規模は、虹洋と悠然を呆然とさせるほどのものだった。

 二人は突入と同時に電撃を発した。その電撃は、地下ダンジョンを空から地中深くまでいくつも縦穴をあけた。二人は突入と同時に電撃をランダムに連撃させたことで、方向が定まらないまま電撃が走ったために、横縦斜めに大きな穴が開いたのだった。結果として、彼らの周囲に集まった魔族たちが一度に焼散し、辺りは血と肉の焦げた臭いが充満した。

 激烈な戦闘が終わると、ダンジョンの中は先ほどの地上戦で天井が穴だらけになり、地上からの光が各所に差し込んでいた。そして、遥拝神殿の暗がりの奥から、声がかかった。


「待っていたよ」

 二人に声をかけたのは、刈谷総一郎だった。その声に、虹洋と悠然は凍り付き、総一郎は驚く二人をあざ笑った。虹洋は昔の総一郎と退避しながら彼に躊躇いつつ叫んだ。

「あ、あんたは総一郎なのか?」

「そうだ、僕だ」

「なぜ、私たちを攻撃するの?」

「そうだな、俺は元に戻ったというべきかな」

「ど、どういうことだ!?」

 悠然は総一郎の言うことが呑み込めず、大声を上げた。総一郎は悠然と虹洋とを憐みと蔑み、嘲りを込めて応えた。

「悠然、虹洋、お前らと俺とは、もともとは大陸勢力の工作員の仲間だったな……任務に失敗して逃げ込んだ学校に助けられた……その後、俺たちはともに大陸勢力と戦った……教えてやろう、大陸勢力は元々魔族によって導かれていたんだぜ……俺は大陸勢力、つまり今の魔族帝国に許されて元に戻ったのさ」

「そんなバカな……先史人類の僕たちが魔族帝国と相容れるはずがない……だから、僕たちはここまで戦い続けてきたはずではなかったのか?」

「お前たち二人は、そうなんだろうな……だが、俺はちがう.......俺は、こうして魔族軍を指揮する立場になったんだぜ」

 総一郎はそういうと、悠然は怒りを抑え、憐れみを覚えながら指摘した。

「総一郎、あんたがそう言っても、あんたの魔族軍は僕たちによって撃滅されたぜ……そう、これから出て来る魔族軍も、圧倒してやるよ! なあ、今からでも遅くないぜ……投降しろ」

「そうね」

 この言葉は、総一郎をさらに怒らせた。悠然も虹洋も目の前の総一郎が投降するはずのないことを悟りつつ、彼ら二人が総一郎より有利な立場にあることを、総一郎に見せつけるための言葉だった。それによって、悠然と虹洋は、総一郎を激昂させるための作戦だった。

「なんだと!」

 総一郎は二人の目論見通り激昂し、背後にいた魔族たちと共に悠然と虹洋に殺到した。それを待っていた二人は、一挙に電撃を総一郎たちめがけて浴びせた。


 総一郎は辛うじて何らかの方法で自らを守ったが、周囲の魔族たちは焼散した。

「総一郎、終わりだ!」

「そうよ、投降したほうがいいわよ」

 悠然と虹洋の呼びかけに激昂した総一郎は、無言で彼らを睨みつけると再び手を上げて、何かに合図をするようなそぶりを示した。この時、異様な姿の怨躯たちが一挙に二人の周囲に出現した。この怨躯たちは、先ほど全滅させたはずの魔族たちが死んだ体を変化させて異様な形態となり果てた姿だった。驚いた悠然と虹洋は、最大火力の電撃を辺り一面に発した。それによって、辺りが穴だらけになり、周囲が全て焼き尽くされるはずだった。だが、総一郎は電撃が来ることを初めから予測しており、直進するはずの電撃が全て力場によって強く曲げられた。


「私が槍術で総一郎の周囲を撃退するわ……悠然、電撃で私を援護して!」

「わかった」

 こうやり取りをして、二人はさらに戦い続けた。だが、悠然の電撃が消し飛ばされ、虹洋の槍は無理やり引き離された。


「虹洋、今は逃げよう」

「そうね」

 二人は遅まきながら、殺到する怨躯たちを切り捨てながら撤退し始めた。血路を開きながら脱出がうまくいきそうになった時、総一郎は二人を眺めて嘲り、逃げる二人の周囲に怨躯たちが沸き上がる幻を展開した。それが二人を足止めにし、電撃を使わせて消耗させた。


「やっと静かになったな……そう、神妙に俺の刃を受けて今までの恨みを受け止めろ!」

 消耗しきった二人の前に、総一郎は彼の剣を手にして、憎しみを込めて彼ら二人を切り殺そうとした。

「まて! 友よ、まて!」

 それは、遅れてそこに現われた魔王一族の一人で、怨躯となり果てたフラッド皇子だった。

「なんだ、こいつらは? このダンジョン入り口をわざわざ野良人類たちの農村部廃墟近くに設けていたのだから、当然攻め込んでくるのは直哉たちだと思ったのだが……それも、二人は勢いよく攻め込んできたから、直哉たちだと確信していたのだがな」

 フラッド皇子はそういながら、辺りを見渡した。それに、総一郎が応えた。

「彼らは、アリサと共に居た二人、直哉が大切にしていた友人達です」

 この指摘に、フラッド皇子はにやりとした。


 この時、ここに残っていた魔族の軍勢は、ほとんどが怨躯の大軍団であり、その背後で統率していたのは、悠然と虹洋にはあまりなじみのない魔王一族の一人であり、かつ怨躯となり果てたフラッド皇子たちだった。

「記録によれば、こいつらは雅安の学院の闘技場スタジアム地下の家畜人類生産用繁殖体の冷凍庫から逃げ出したオスとメスだ.......ということは、こいつらは直哉にとって大切な友人ということになる」

「それでは、アリサという名前の女とともに生贄として、これからの遥拝式に使うことにしよう」

「これで、必ず直哉が此処に来るはずです」

 それは、梓晴の声だった。虹洋は総一郎の隣に梓晴が立ったことで、何かを悟ったように目をつぶった。

「総一郎、あんたが僕たちを裏切ったのは、あんたの横にいる彼女、梓晴に因るの?」

「そうだよ……彼女は、前から僕に良くしてくれたからね……彼女のおかげで俺は元の仲間たち、魔族帝国の一員に戻れのさ」

 総一郎は何のためらいもなく返事を返した。彼を見つめながら、悠然は怒り狂ったように総一郎に叫んだ。

「おい、総一郎......その女は、今まで裏切りとまやかし、偽計と欺瞞、背信、反逆、謀略、詐術のすべてを重ねて、我々の周辺、先史人類の社会で、そして魔族帝国の中で、そして今、あんたをも誑かしてきたんだぞ……わからないのか」

「悠然、そんなことはわかっているさ……だが、今の俺には関係ないのさ……今はあの直哉に復讐できればいいのさ」

「直哉への復讐? そんなことを考えているのか? 彼はあんたと戦ったこともあるが、仲間として行動したこともある筈だ」

「ああ、直哉とは確かに仲間として一緒に行動したこともあるが.......奴は初めから俺の敵だった……それを忘れたことはなかった……それゆえ、今ここで復讐できれば後のことはどうでもいいのさ」

「総一郎、そう考えていることも、梓晴によって与えられた偽の間違った認識だぞ」

「へえ、俺の今の考えが間違った認識だというのかね……いや、確かに直哉にしてやられた時の悔しさは忘れていなかったさ」

 悠然は、総一郎が過去の一時期の直哉に対する憎しみを掘り起こされて増長させられていることに考えが及んだ。それが梓晴による偽計であることを悟り、悠然もまた、何かを悟ったように目をつぶって黙るしかなかった。

「これが、私の待っていた時なのよ……わかったかしら?」

 梓晴がそう語ると、虹洋と悠然は黙って拘束され、そのまま引っ立てられていった。

___________________


「「うらあ! うらあ! 魔族帝国!」

 遥拝式が始まる前に、大人数の声が遥拝神殿に響いた。それは、神殿の大会堂を魔族軍の兵士たちの声だった。その呼び声とともに、大会堂の中にフラッド皇子とその側近たちが会場の声に合わせて声を上げつつ入ってきた。

「ああ、フラッド皇子殿下! 偉大なり......ああ、フラッド皇子殿下! 偉大なり!」

 こうして、遥拝神殿の中はすっかり儀式を始める準備が整った。


 遥拝式は、本来ならば家畜人間たちを動員するものだった......もともと家畜人間の先祖たちは、先史人類たちの中で、すぐに簡単に政治的スローガンに雷同する大勢の衆愚たちだった。盛り上がりを必要とするところでは、魔族たちと違い、家畜人類たちはすぐに雷同して大声で歓声を上げてくれるのだった。ここでは、彼らの代わりに助祭司を務める刈谷総一郎と林梓晴が声を上げていた。もちろんそれだけでは声が足りなかった。

 代わりに声を上げたのは、生贄として会場に拘束されたまま連れて来られた悠然、虹洋、アリサ、そして娘たちだった。彼女たちはこの後に生贄として待たされている間、周囲の魔族たちによってむき出しの肌に鞭が当てられて、声を出していたのだった。それも、ほとんど悲鳴と泣き声だけだった。

「うらあ! うらあ! フラッド皇子殿下!」

「うらあ! うらあ! フラッド皇子殿下!」

 そんな悲鳴のような声を背景にして、フラッド皇子は儀礼詠唱を唱えた。

「混沌の上に混とんをもたらす我らの超越神オーバーロードたる大神おおかみよ、彼方の海辺の砂の上から我らを召喚し、われらを混沌の海から登らせた時を思い出し給え......我らは再び人類への権威を与えられんことを!」

 こうして遥拝式が始まった。


「ああ、ここに我らの大神おおかみたるルシファー様のご顕現あり……さあ、われらの大神おおかみのもとに、我らは儀式を始めることができたぞ」

 フラッド皇子の呼びかけに続いて鞭が響くと、娘たちが声を上げた。

「うらあ! オーバーロード ルシファー!」


「オーバーロード! お聞きください! この賛美を! この歓声を!」

 これらの声がやむと、それに応えるように祭壇の上方の空間の虚空からフラッド皇子に不思議な声がかかった。それは、ラーメックたち魔王一族の頭の中にだけ囁く疑似声音であった。それは、古代預言を解き明かすルシファーの声だった。しかも、その預言解き明かしは、いつかフラッドがラーメック主催の遥拝式で聞いたものだった。

「フラッド皇子よ、反抗勢力との戦いで、あの捕虜たちを捕らえたことは良い出来であった……また、此処で攻勢を控えれば、反抗勢力は必ず勝利したと誤解し、勝利に酔い、我々の望む方向に動くであろう。そう遠くない時期に、彼らは人類を雷同させてきた我々との戦いを忘れ、すぐに自由を謳歌して共和国なるものを建設し、全世界各地へ自由気ままにのさばりだすぞ……アメリカ大陸から欧州、アジアの残り、アフリカ、中近東......そして、我々や彼らから迫害されるのを避けてきた野良人類が静かに暮らす地までも、反抗勢力は『自由の地』と呼び占領地としていくはずだ......特に『自由の地』の占領地において、彼らは逃げ惑う野良人類に彼ら自身を見せつけるように非常に多く植民するだろう......そうだ、そこが我々が狙う絶望の地となるところだ……お前たちは、彼らが「自由の地」と呼ぶ谷あいの地を征服し、絶望の地となすのだ......そこで改めて言う……これからも、あの捕虜たちを我に犠牲として捧げ続けよ......特に直哉という人間がいるはずだ...お前たちが既にその人間を捕らえたことは、とても喜ばしいことだ....奴こそが、我々を今まで追い込んできた不倶戴天の敵であったのだ……こうなれば、お前たちの最終的な勝利は間違いないであろう......これはこの預言に現れているぞよ……「捕囚となった生き残りでこの領域に残っている人間たちは、大きな不幸の中にあって恥辱を受けたままであろう......城塞であった城壁は打ち破られ、城門は破壊されたままであろう』」


 ルシファーは、この時期になってもこの預言を誤って理解していた。彼は、油断し慢心のゆえに、この預言について、自らの傲慢さを込めて膨らまして解き明かしをしたことが、この時になっても大きな誤りのままだった。

 儀式によってルシファーによる預言の解き明かしを再度確認したフラッド皇子は、過去に魔族帝国や魔王一族達が何度も追い込まれてきた事情に鑑み、今この地で自ら預言に基づいて動くことを心に決めた。

「預言によれば、反抗勢力たちつまり共和国が地球全体にのさばっていくということであった......そのなかに我々が彼らを完全に征服するべき土地がある……それがこの地であり、ここで我々が共和国の人間たちや我々に反抗する人間たちや我々に不従順な者たちを、決定的に破ることが出来るということであったはずだ.......そうだ、この俺が! この俺が、この地で彼らを圧倒する姿を見せつけるのだ!」


 さて、遥拝式の終わりが近づいた。

「では、遥拝式の締めくくりは、奉献の儀です」

 フラッド皇子は、こう告げた助祭司総一郎の合図で最後の儀式に意識を戻した。

「犠牲を此処へ!」

 助祭司梓晴の掛け声により、遥拝神殿に生贄たちが引き出されてきた。


「お前たちの友人、直哉は、ナオという女祭司として魔族帝国に対して様々に工作をしてくれたようだ……それゆえ、今の助祭司たちによってお前たちを扱わせ、直哉が女祭司として働いていたことへの仕返し、嫌がらせとしよう」

 フラッド皇子がそういうと、生贄たちは肌を露出させられ、生贄にするための処置が始まった。

___________________


 魔王一族たちが信仰する超越神(オーバーロードが、生贄たちからの生命エネルギーを受け取ろうという段階になった時、遥拝神殿が突然揺らいだ。


「僕の友人たちに何をしようというのだ!」

 その声は、悠然、虹洋たちが知る直哉の怒り、理不尽にも嬲り者にされている者たちを庇おうとする悲痛な怒りだった。彼は、遥拝神殿で生贄たちがその素肌を露出させられたことをきっかけにして、潜在意識が覚醒していた。

「許されぬことだぞ!」

 彼がそう大声を上げると、彼が発したと思われる電撃と焼ける油の煙が、空中を満たした。それと同時に虹洋や悠然、アリサ、娘たちの手を引いて、遥拝神殿を走り去ろうとする姿が、一瞬フラッドの目に留まった。フラッドにとって信じられないことに、手を引いて立ち去ろうとしているのは明らかに人間の姿なのだが、怨躯となっているはずのグレカ皇女たちの声だった。

「さあ、直哉殿が攻勢をかけている今のうちに、ここを脱出しましょう!」

 こうして、皆は地上へ脱出した。


 その後に入れ替わるように、遥拝神殿にフラッド皇子たちの怨躯軍団がなだれ込んできた。直哉はそれを待っていたかのように、再度電撃をフラッド皇子たちへぶつけた。フラッド皇子は電撃を待っていたかのようにすぐ反応して磁性粉体を直哉に向けた。電撃によって多くの怨躯が焼散したが、磁性粉体が電撃をほとんどすべてはじき返し、その隙間からフラッド皇子の周囲の怨躯たちがそのまま直哉に襲い掛かった。直哉は電撃の規模と強度を急拡大させ、遥拝神殿とその周囲、上部の岩石と構築物全体を崩壊させ、そのまま地上へと脱出した。

 直哉が地上に出て追いつくと、既にその地を脱出しているはずのグレカ皇女と、彼女に先導されたアリサ、虹洋、悠然たちが立ち尽くしていた。そして彼らの目前には、彼らの前にはフラッド皇子たちの怨躯軍団の規模をはるかに上回る魔族帝国の軍が出現していた。


「いったい、どこから? 僕が突入した時にはいなかったよ」

 直哉の驚く声に、振り返った先導のグレカ皇女が大声で応えた。

「おそらくは、いくつもの地下ダンジョンをこの自由の地に用意して、今のタイミングでここに参戦させたに違いない……なぜなのかはなかなかわかりにくいが……周囲のすべての軍団が、私の親や伯父おばたちの率いる狂戦蜂(マドホーネット)機動部隊、大量の怨躯によって構成される陸上部隊、そして谷筋の奥に沿って幾重にも展開している女王二人の機動部隊と陸上部隊がいるように見える……おそらく、その最奥には私の祖父ラーメック陛下が率いる親衛隊、そして直属の狂戦蜂(マドホーネット)機動部隊、大量の怨躯によって構成される陸上部隊が来ている……どこにも逃げられない」

「完全に包囲されたのか?」

 彼らの周囲には、既に7人の王族「女王アダ」「女王ツィラ」「王ジャバル」「双子の王トバルとカイン」「女王ナーマー」「女王 呪張ジュバル」「魔王ラーメック」の各陣営が待ち構えていたのだった。


「この地の共和国軍が助けに来てくれたぞ」

 悠然が後方の空を指さした。そこには、大量の天女蜂フェアリービー部隊が『自由の地』の都市部各所から次々に沸くようにして出撃してくる姿が見えた。それら天女蜂フェアリービーはそのまま狂戦蜂マドホーネット部隊へ突撃していった。

 何かの指令のような合図が打ち上げられると、天女蜂フェアリービーたちは一斉に砲撃を開始した。狂戦蜂マドホーネットたちも応戦し、辺りの空間は打ち合うビームで満たされた。その轟音の中、地上の都市部各所からは次々と天女蜂(フェアリービー)の後続部隊が出現した。すると、天女蜂(フェアリービー)の砲撃が徐々に狂戦蜂(マドホーネット)を圧倒し始め、ついには狂戦蜂がすべて撃墜された。天女蜂(フェアリービー)はそのままの勢いで、地上にじゅうたんのように展開する怨躯めがけて攻撃を開始した。

「これで奴らを圧倒できるぞ」

 悠然が声を上げると、アリサや娘たちが歓声を上げた。だが、直哉は戦闘空域のさらに谷の奥、東へと視線を向け、首を振った。

「いや、魔族帝国の陸上部隊があまりに多すぎる。彼らは、全軍をこの地に集めたらしい」

「いつの間に、そんなことに?」

「『自由の地』という名に魅かれて多くの共和国の人間たちがここに集まってきた……それを彼らは何らかの形で知っていた......いや、予測、確信していたからこそ、全軍をこの谷に集めたに違いない」

 彼らがこのようにいろいろと分析をしているうちに、東の空から黒雲のような大きな山が押し寄せてきた。

「まさか.......あ、あんな巨大なシムーン……」

 グレカがうめきながら、東の空を指さした。


 シムーンの砂嵐は、次第に谷全体を覆った。すると、天を覆うように展開していたはずの天女蜂が、次々に地上に墜落した。砂嵐はさらに吹きすさび続け、視界が遮られた。


 砂嵐がやむと、直哉たちの目の前に広がっていたはずの自由の地と言われた谷あいは、すっかり砂嵐の砂で埋まり、自由の地に集まっていたはずの共和国の人間たち、また怨躯たちの死体は、全て砂の下だった。そして、砂煙がすっかりやむと、直哉たちの周囲はさきほどの魔族軍とは様子が変わっており、膨大な怨躯たちからなる陸上部隊が、直哉たちを直ぐにでも攻撃できるように対峙していたのだった。

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