第三章 魔族帝国と未知の人類たち 1 反抗勢力との遭遇
「この人間たちは、自由を愛し、かつ素直に従うことも知っている……もしかしたら、彼等には救世主、つまり啓典の主がかかわっているのだろうか……」
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シムシャール(shingshal)の谷の途中、魔族領域側の関門はすっかり破壊され尽くしていた。これは、今後魔族の中枢領域に反抗勢力側が簡単に攻め込んで来られることを意味した。
「反抗勢力は、無人機を使った攻撃を仕掛けて来たけど、これだけ魔族側の陸上施設が破壊されているところを見ると、次は陸上部隊の突入があるということね」
智子が直哉に向かってそう分析してみせた。真っ直ぐに直哉の様子をうかがいながら、そのように検討結果をぶつけたのは、あきらかに直哉の明晰力がどの程度なのかを図るためだった。対する直哉は確かに一応の返答をしたのだが、その返答内容からすると彼はすでに愚鈍に戻っていた。
「ああ、そうだろうね……空を飛んでくるより、陸上を移動する方が楽だものね」
「楽になるというより……地上を展開することであれば、地下にある施設にも確実に侵入して破壊できるでしょ?」
「あ、そういうことね」
直哉の答えは、それで終わった。智子から見ても、直哉はやはり鋭いものではなく、愚鈍というべきレベルだった。そのことを確認して、智子はいろいろな意味でため息をついた。彼女自身が追い求める目標が彼ではないことがはっきりしたことで、目標とするターゲットがまた霧の中に隠れてしまったこと……また、これからは彼女が彼を引きずりまわす形のままで、彼女自身が直哉の反応や考えを想定し尊重しながら(愚かなままの直哉に考えがあればの話だが……)反抗勢力攻略を導かなければならないこと……さらに、何よりも、これからの二人の歩みにおいて、やはり彼に通常の性教育をしておかなければ、攫われて半裸にされているに違いない家畜人類たちを扱う際に、彼が彼女にとって不要で迷惑でしかない騒ぎを起こしかねないこと……これらの憂いが彼女の重荷になったからだった。
「なんで私が彼を引き回すことになったのかしら? とにかくまずは、彼の性教育を何とかしないと……」
確かに、まず解決しなければならないのは、彼の性教育だった。
「ねえ、直ちゃん、これからもいろいろあるけど、必ず私の言うことを聞いてね」
「うん、そのつもりだよ」
直哉は、智子が傍にいるためだろうが、お気楽な返事を返してきた。このことも、決して智子の憂いを晴らすものではなかった。
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夜の闇にまぎれて、直哉たちは峠からシムシャールの谷へと降りていった。少しばかりの月あかりが、雪の山々から漆黒の影なる闇を谷一帯に広げつつあった。
直哉たちは、谷あいのどこかから反抗勢力側の襲撃があると覚悟していた。しかし、空には、襲撃の気配どころか、無人機の一機も見えなかった。航空攻撃はもはや不要だと反抗勢力が判断したとも考えられた。
そう結論してから、直哉と智子は峠からの道を駆け下りた。
しばらく行くと、智子が予想示唆した通り、反抗勢力が作り上げたばかりの前進基地を発見した。直哉たちは注意深く基地の中に忍び込み、多くの人間たちが集まって熱狂している大広間を探し当てた。気付かれぬように中を観察を続けると、そこには出撃準備を整えた連隊規模の少年少女兵たちが閲兵のために整列していた。
「智姉、こいつらは家畜人類じゃないね」
「そうね、反抗勢力の人間達ね……『反抗人類』というところかしら」
しばらく見ていると、指揮官らしい男女が颯爽と整列の前に立った。少年少女達は、明らかに魅了され、興奮していた。
「声援ありがとう……愛と自由を愛する若者たちよ! つい先日まで行ってきたゲームで発揮されたように、お前たちは自由のために愛のために皆で一緒に戦い続けてきた…そして、今やその時は来た……人間を雷同させ衆愚たる家畜人類とせしめ続ける魔族たちの支配から、ゴグの谷に未だ残っている家畜人類を救い……」
智子はこの挨拶を最後まで聞いてはいなかった。彼女は飛び出すと同時に指揮官たちを撃ち倒していた。驚いたことに、倒れた指揮官を前にして、整列していた少年少女たちは智子を殺そうともせず、目立った反応を示さなかった。
「あんた達は、上官が殺されても何の反応を示さないのね……いや、違うわね、あなたたちの素敵な上官たちが、まさかこんなに簡単に倒されるなんて考えられないのよね……ショックが大きすぎたのよね……それなら、後で助けてあげるわよ……後ほど会いましょう」
少年少女たちは、えっ、という顔をしながら智子を見上げた。
遅れて直哉が智子の近くに立った時、倒された指揮官を見て直哉は驚いた。少女たちの隊列の前に倒れていたのは、理想的な体形の男性であり、少年たちの隊列の前に倒れていたのは、魅惑的な体形の女性だった。だが、撃ち抜かれた穿孔部分を見ると、彼らは明らかにアンドロイドだった。
智子はそこにとどまらず、さっさと次の獲物である別の前進基地を探しに出ていった。しばらくたつと、彼女は別の前進基地を探し当てた。彼女は基地内で閲兵が執行されている場を探し当てると、すぐにその中にいたアンドロイドの指揮官を打ち倒していた。その後、智子は次々に前進基地を探し当て、全ての前進基地の指揮官達を打ち倒して機能停止に追い込んで行った。潜在意識が活動を止めたままの直哉は、進撃が速い彼女の後を追いかけるのがやっとだった。
その後、智子と直哉は、少年少女たちを最大の前進基地へ集合させた。そこに集められた少年少女の兵士たちは、ぼんやりと絶望のフレーズを繰り返すだけだった。
「僕たちの推していた彼女が、まさか倒れてしまった…」
「私たちの推していた彼が、まさか終わってしまった…」
「ああ、僕たち私たちは、彼を彼女を失ってしまった…」
直哉は彼らの言葉があまりに投げやりであり、表情があまりにもうつろであることに驚いた。
「これらの若者達が、ゴグの谷から家畜人類たちを奪おうとしていた兵士たちだったのか」
そんな鬱屈した雰囲気に覆われた無気力な若者達を前に、智子は堂々と演壇の上に立った。彼女の様子は、まるで彼女が若者たちをいとも簡単に手なずけられると確信しているかのようだった。
「みんなぁ、そんなにがっかりしないで! あんた達は素晴らしい自由を持っているのよ…今まで頑張ってきたでしょ!」
こう言いつつ少年少女たちの前に立った智子は、直哉が驚くほどにりりしく着飾っていた。
「さあ、みんなでもう一度、自由なあなたたちの目の前を見つめてみて!」
この魅了の言葉に最初に反応したのは、智子の足元で智子の声を聞いていた直哉だった。
「智姉……ああ、僕の憧れ、僕の姫……」
直哉の言葉をきっかけにして、少年少女たちは智子の言葉をかみしめるように、一人一人がうなづき、大声を出し始めた。
「ああ、貴女は私たちの推す自由の女神!」
「私たちは自由だ」
「自由こそ、私たちが女神を推す力!」
「自由の女神のために!」
彼らはすっかり智子の虜になっていた。
この直後、直哉は自らが智子にすっかり魅了されていたことに気づいた。智子が彼女の服装や素肌そして隠すべきところとを少年少女たちにあまりにも露わに扇情的に見せていることがきっかけで、彼の潜在意識が覚醒したのだった。
「智姉、そんな格好をするなんて、おかしくなったのか?」
「なおちゃん、いまさら何を言っているの? これは彼等を支配するためなのよ……彼等はいままであのかっこよくてエロティックなアンドロイドたちに魅惑されて支配されていたのよ……こうでもしないと支配できないわ」
智子は明らかに意識的に自らの服装とスタイルそして露出によって少年少女たちを魅惑し、確かに効果を上げていた。そして、少年少女たちは、同じ言葉を繰り返し叫んでいた。
「ああ、貴女は私たちの推す自由の女神!」
「私たちは自由だ」
「自由こそ、私たちが女神を推す力!」
「自由の女神のために!」
この後も、少年少女たちは歓声を上げ続け、智子はそれに応えた。
「みんな、ありがとう!」
このやり取りによって、智子は少しずつ彼らの心の中に何かを語りかけているようだった。
直哉は、覚醒直後から智子と少年少女たちを観察し続けた。智子は、倒された敵方のアンドロイドと同様に、少年少女たちをして何かをさせようと洗脳しつつあるに違いなかった。同時に、この時の智子の様子は、もう、明らかに以前の智子とは違っていた。
「この人間たちは、自由を愛し、かつ素直に従うことも知っている……もしかしたら、彼等には救世主、啓典の主がかかわっているのだろうか……智姉にも素直に従っていることには着目しなければならない」
この後も、少年少女たちは歓声を上げ続け、智子はそれに応えることに集中しているようだった。この時、直哉は足元から地響きのような唸りを感じ取った。
「なんだろうか?」
直哉が急いで外に出ると、かすかな轟音が谷のはるか先から聞こえてきた。
「ローブローブローブロー」
姿は確認できなかったが、これは明らかにプロペラが空気を切り裂く多数の轟音の不協和音だった。
「多数の無人機が来る! 敵襲だ!」
直哉は、反抗勢力側にこの辺りの前進基地が襲われたことを気付かれたのだろうと推測した。ただ、直哉はこの敵襲が本格的なものであるとは考えなかった。すでに智子が敵兵である少年少女たちを人質のようにして確保しており、反抗勢力側の攻撃は限定的であると直哉は判断していた。
そうしているうちに、無人機はあっという間に空いっぱいを覆った。
「まさか......」
直哉がそうつぶやいたとき、無人機は猛烈な勢いで味方のはずの前進基地を攻撃し始めた。反抗勢力は、味方の人間が人質になっていても、彼らを平然と犠牲にして無差別爆撃をする、超合理的思考を有しているように見えた。
直哉は基地の中に取って返すと、智子に大急ぎで少年少女たちを地下深くへ避難させるように怒鳴った。智子はすでに少年少女たちを地下へ避難誘導しているところだった。直哉はそれを確認すると、ひとりだけもう一度基地の外へ飛び出した。
これは、直哉にとってチャンスだった。避難誘導で忙殺されている智子がこの事態に関与できない間に、直哉はある方法を試したかったからだ。この方法で敵を無力化させることが出来れば、反抗勢力の制御の仕方を、直哉が独自にある程度推定することが出来るチャンスだった。
直哉はシェイベッドを正眼に構えると、シェイベットの先端が捕捉した電磁気場の振動から、無人機間もしくは無人機中央装置間にほとんど知覚できないほどの簡単な通信のやり取りが存在するらしい結果を導き出した。次の瞬間、口蓋の中に収めていた呪縛司の地図からは、全ての無人機に向けて強制的に何かの命令が押し込まれた。同時に、無人機は次々に大雨のように空中から墜落し始め、膨大な無人機群は一度に壊滅した。
「やはり….一つ一つが精巧な人工知能を搭載している……単純なプログラムの多重処理によって、自律的に複雑な判断と行動を可能にしている……しかも、簡単な信号で構成された自己破壊信号も伝わるようにされている……全機が高度に自律しながらも、最低限のレベルで連携して飛行していたんだ……ということは、彼らの主力らしいアンドロイドも当然高度な人工知能によって自律的に動いているに違いない……無人機たちもアンドロイドたちも、おそらく何らかの簡単な情報のやり取りはしていると思ってはいた……おそらく、中央の頭脳から受けた様々な指令を受けた多数の人工知能搭載機器を広範に散開させて、高度な人工知能で高度に自立行動をさせ、集団全体を悟られないほどの最低限の信号で統合させている。この構成こそが、魔族を効率的に攻略できる最適な構成なのだろう」
直哉が一通りの分析をした直後、いきなり智子が隣に来ていたた。
「いったいどうやって全滅させたの?」
「僕には、わからない……いきなり墜落し始めたんだ」
直哉はとりあえず平然を装って答えることができた。内心は突然の智子の登場で驚いたものの、そんな表情はおくびにも出さなかった。対する智子は、愚かだと判断したはずの直哉に、何か不気味な何かを感じ取ったらしく、詰問調で直哉に声をかけた。
「いきなり?」
「そう……何故かは僕にもわからない……地下に避難させた少年少女たちは、彼等にとっても味方なんだろう……その彼らを攻撃したことがまずかったんじゃないの? 人工知能にとって矛盾した指令があると、困惑するはずだよね? きっとそれで混乱してみんな全滅したんだよ」
「困惑? 混乱?」
「この墜落した機体を見てごらんよ……こいつらは、年季の入った機体だ……大昔に見たことのある天女蜂に違いない….防御隔壁から露出している機器を見ると、一機の天女蜂ごとに人工知能が搭載されているとみていいんじゃないのかなあ」
直哉は、無人機に人工知能が搭載されていることだけは指摘した。ただし、そのほかに推定できたことには、言及しなかった。智子は、そんな直哉の指摘に無表情に答えた。
「そうね」
「そうだよ、人工知能は一応同じ規格で生産されているはずだから、同じ条件なら同じ反応を示すんじゃないの?」
「しかし、全ての無人機の行動はバラバラに見えても、統率されていたかもしれないわよね?……そうじゃないのかもしれいないけど」
「そうなのかな?」
直哉はとぼけた。智子は、彼の反応を見て、直哉が愚かなのかそれとも何かを隠しているのか、判断しかねているようだった。智子はさらに議論を続けた。
「もしそうなら、どうして、こうも全てが壊滅したのかを、無人機を制御していた反抗勢力は、たぶん調査に来るわよ」
「ふーん…それは僕らにとって反抗勢力のさらに上層の役者を捕捉できるいい機会だね」
直哉の反応は、ここで終わってしまった。智子もまた、彼の反応を見てももう何も反応を示すことはなかった。
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確かに、反抗勢力は調査のための集団を送り込んできた。直哉と智子は、岩場に隠れながらしばらく調査の集団の行動を観察し続けた。
調査集団の構成は、前進基地に居た連中と同様に、アンドロイドの男女二体とそれらに魅了されて指令を受ける少年少女たちだった。
「前進基地と同じ構成ね……これなら簡単に扱えるわ」
智子はそういうと早速飛び出して、早々とアンドロイドの男女二体を打ち倒した。今まで見てきた前進基地の部隊の様子からすれば、こうすれば少年少女たちは動かなくなるはずだった。たしかに、智子はアンドロイドを打ち倒し、少年少女たちを魅了して従わすことが出来た。途端に彼らは虚ろな表情になった。
だが、これは罠だった。この時、上空から飛来したアンドロイドの男女二体が急に登場して、大声を上げた。
「少女フィジア ケミア トリミア……少年オーガナー、アーティマー、マキナー! 我に従え!」
それは、飛行できるように背中に翼をもった二体のアンドロイドだった。
「アンドロイドを倒したその女を捕らえろ」
彼らが謎の光陰を伴って声を発したと同時に、少年少女たちは智子を捕らえてしまった。アンドロイドたちの何かの制御術が、いとも簡単に智子の魅了の技術を凌駕した。反抗勢力は、この時すでに智子の魅了の技術に有効な対抗策を用意していたのだった。
「えっ? 智姉が捕まってしまうのか?」
直哉はあっけに取られて、智姉が連れ去られるのを眺めるしかなかった。彼の目の前で、智子は捕縛され、顔から頬かむりをされて連行されていった。
ただ、潜在意識が覚醒している直哉であれば、ここまでの様子から、あまりにも簡単に智子が捕まったように感じたかもしれなかった。
「どうしよう、何処へ連れて行かれるのか?」
愚かなままの直哉は、十分安全だと思われる距離を保ちながら、智子の移送部隊の後を追うことしかできなかった。




