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第二章 学園都市(ウニベルシタス)の魔道高等学院(エヴューパウニベル)6 魔族帝国の危機・謎の反抗勢力

 四人とも、肌着まで取り去られたままの姿であったが、一刻も早く出たいという少女たちの主張により、とりあえず処理室を出た。ただ、いまのままではシーツを巻いただけの姿であり、このまま都市の中を堂々と出歩くことが出来なかった。

「ちょうど新月の夜だから、闇にまぎれて僕の使っている寮に入り込もう......そこならとりあえず着るものもある......これからのことは、それからみんなで考えよう」


 彼らは、直哉の手引きで女子寮の中にある直哉の部屋に入りこんだ。

「ねえ、直哉、ここは魔族たちの寮なの?」

 虹洋は周囲を見上げながら直哉に質問した。直哉は平然と答えた。

「そう、魔王が建てた高等学院の女子寮だよ」

「じ、女子寮だと?」

 悠然は小さい声ながら、直哉に詰め寄った。直哉は自らがいつも身に着けている服装を示しながら、顔色を変えずに答えた。

「ああ、そうだよ……僕も、いつもこの部屋にあるこれらの服装で、いかにも私は女子の学院生ですよ、という顔をして今まで過ごしてきたんだよ」

「あんたが女祭司を装っているのか? ほんとかよ!?」

「へえ? そう……魔族の女もいかついからかしら?」

 悠然も虹洋も、直哉の意外な生活実態を知って笑いが漏れた。直哉は顔色を変えずに応えた。

「たとえば、この使い古された服装だけど……これを身に着ければ、僕はいかにも女祭司ですよという風に見えるんだよ」


「そうなのね……この服装があったから、いままで魔族帝国のいろいろなところでいろいろと工作が出来ていたのね」

 今まで無言だった智子が声を上げた。直哉が今まで身に着けていた様々な服装とを見ながら、彼女の声は感嘆というよりも、目標にしていた魔族帝国における謎の破壊工作者、つまり今まで祭司代役や地脈術者を装って地脈破壊や帝国各地の祭礼施設や都市の破壊をしてきた工作者を、運よく捕捉できたのかもしれない、と勝手な考えが口から出たのであり、自らのその言葉の意味に少しばかり興奮していたのだった。

 この時、直哉のシェイベッドと呪縛司の地図、そして潜在意識が急に動きを止めてしまった。まるで、智子の持つ何かの波動が伝わったことをきっかけにして、全ての意識が眠らされてしまったように思われた。智子はそれに気づいていないのか、直哉の心のうちを探るように直彼を見つめ観察した。 

 潜在意識が働いていれば、直哉はこの時の智子に違和感を感じていたであろう。それは、また智子にも、潜在意識の働く直哉の異常さを気付かせたであろう。


「そうさ、あそこに見えるスタジアム地下への侵入も、地下の処理室での工作も、あまり難しくなく出来たんだよ……ねえ、ところで、智姉ともねえは、僕が智姉を冬眠から覚醒させる工作をしたときの失態を、あのう、許してくれるよね?」

 直哉は智子の視線を感じて、躊躇いながら智子に尋ねた。智子は、直哉が続ける会話のポイントが、智子の意図したポイントからずれ始めていることを感じて、あれっという反応を示した。この時、すでに直哉は、あまり鋭くない話ばかりをする愚かな男に、つまり智子の記憶に大量に保存されているかつての愚かな直哉に、すっかり戻っていた。それでも彼女は優しく応えた。

「なおちゃん、平気よ……というより、あの時、虹洋たち二人を部屋の外に出てもらっていれば、別に止めさせなくても良かったのに……」

「ど、どういう意味?」

「そうすれば、私があんたにしっかりと性教育してあげられたのよ」

「智姉までそんなことを言い出すのか? もういいよ…表面的なことはわかったし…」

「ねえ、ナオちゃんのあのときの反発の仕方を見ると、まだまだ何もわかっていない未経験者だということが、わかっちゃったんだ…」

「ど、どうせ僕はまだ童貞おじさんだよ」

「じゃあ、今から教えてあげる!」

「えっ?」

 直哉が驚いたように声を上げると、智子は直哉をシャワールームに引っ張り込んでいった。虹洋と悠然は、智子からウインクを受けると、にこにこうなずきながら、智子と直哉を見送った。


 智子は、シャワー室に直哉と二人きりになると、態度を一層積極的にした。

「ほら、私の胸に触って……」


 直哉は手を引っ込めたのだが、智子は直哉の腕を離さなかった。ついに智子はあられもない姿になって、さらに直哉に迫った。直哉は、どうすれば智子を傷つけずにこの危機を乗り切れるかを、潜在意識が覚醒したはずの頭脳で一生懸命に考えた。だが、どんなに優れた潜在意識が覚醒したとしても、所詮は直哉の精神の一部であり、裸体の女性の扱いに対処できるはずもなかった。


「これは、いけないことだよ」

「そう、もっと!」

「もう、これ以上は……ダメだよ!」

 大声を出した直哉の反応に、智子は直哉が相変わらず、というより今では頑迷にさえなっていることに気づいた。智子は、直哉が彼女の求めていた目標である、と見立てた先ほどの判断を見直さざるをえなかった。


 内心の緊張を解いた智子は、この時になってやっと昔の優しい表情をとりもどした。直哉はそれに気づいたのか、また二人きりになっているタイミングを見計らって、ふたたび話しかけてきた。

「ねえ、智姉ともねえ

「なあに?」

「何故、智姉はどんな経緯であの倉庫に収容されていたのかなあ?」

 質問を受けた智子にとってみれば、直哉の頑迷さに気づいて油断したところでの彼の問いかけであり、彼の質問に虚を突かれたように感じられた。だが、直哉にとってみれば、落ち着いたときにこそやっとできる質問だった。あの時、智子は直哉の目の前で、たしかにフェイドアウトするように姿を消した。それなのに、なぜ直哉の目の前に確かな姿を現してくれたのか。愚かな直哉であっても、おかしなことと感じていたことだった。


「あの時、あなたの目の前から消えることで、私を追う者達の目をくらましたのよ……そのあと、あたらしい仲間と一緒に戦い続けたわ……そして、捕まってしまったの……でも、将来こうして直哉、あんたと再会できることを教えられていた……そして今あんたに会えた……」

「そうだったのか」

 直哉は、こんな説明ですんなりと受け入れた。

 彼は愛していた智子の言葉故に、素直に受け入れたともいえた。また、トモネエ、と呼びながらも智子の見た目が生前の18歳頃に維持されているのに、直哉にはみずからがすでに三十歳をゆうに超えたおっさんに過ぎないという思いもあって、再会できたかつての恋人の智子にこれ以上怪訝な表情をさせたくなかった。このようにして直哉が素直に受け入れてくれたことは、智子として活動し始めた彼女にとって、喜ばしいことに感じられた。

「私からもあらためて聞いていいかしら……あなたのあの格好は女祭司の装いよね」

「あ、あの、あれは……」

「なおちゃん、なぜ女祭司に準じる装いをしていたの? 何のためなの?」

「智姉、この装いをし始めたこと、そして今もこの装いをしていることについては、どう説明したらいいかな…」

 直哉は、地脈術者の女子学生として、梓晴とともにこの学院に入学した経緯、女祭司に準じる装いで入学した以上、在学中はこの服装で女子学院生を演じ続けなければならないこと、そして梓晴がフラッド皇子たちと一緒にどこかに凍結保存されている経緯、そして、今後も学院にとどまって梓晴を探し続ける意思を、何とか説明した。

「フーン、じゃあ、梓晴が見つかるまで忍耐し続けるのかしら?」

「うん、そう考えているんだけど......悠然や虹洋たちをそのままに学院生活を続けることは無理かな……それに、この学院では、もうあらかたの単位も取得できたし、正司祭の資格を正式に取得できるだろうし......」

「では、直ちゃんはどうするつもりなの?」

「そうだな、正司祭として学院を修了しようかな」

「それなら、虹洋たちにも相談しましょ」

 二人は、シャワールームから手を取り合って出てきた。虹洋と悠然は直哉と智子がシャワールームで情を交わしたのだろうと思って、直哉と智子の様子をうかがった。虹洋たちの予想とは違い、直哉と智子は情を交わしたのではなく、如何にも熱心に情報を交換し合ったという顔をしていた。


「あれ、直哉たち、シャワールームで楽しい時間を過ごしたんでしょ?」

「楽しい時間? いや、有意義だったけど…」

 直哉は、虹洋のなぞかけのような問いかけと謎めいた微笑みに戸惑った。智子は、虹洋と悠然の期待のこもった表情から、直哉と智子のバスルームでの出来事を、彼らはまるで直哉と智子が情事を終えたかのように考えているに違いない、と推察して顔を赤らめた。

「虹洋、悠然……あなたたちの期待には応えられないわよ……私は彼と楽しい時間を過ごしたわけじゃないわ」

「えっ? だって性教育だったんじゃないの? それも実戦型の…」

 虹洋は、悠然と顔を見合わせながら、今度は戸惑いの表情を現した。この時になって直哉は悠然と虹洋が直哉たちに何を期待していたのかを理解して、顔を真っ赤にして怒り始めたからだ。

「ぼ、僕が性教育だと!? そんなもの……不要だ! 僕はもう、全て理解しているんだから!」

「へえ、そんな反論をするんだねえ」

 悠然が皮肉を込めたような、また何かを楽しんでいるような指摘をした。直哉はさらに顔を真っ赤にして口をパクパクさせた。

「そ、そうさ、僕はもうすべて完璧に、知っているんだ!」

「直ちゃん、それは少し言い過ぎじゃないかしら……だって、直ちゃんは知っているだけで、実行しなかったじゃないの!」

 智子に指摘されると、直哉は真っ赤な顔で彼女を睨みつけ、すぐに目を伏せた。

「ぼ、僕は、誓ったんだ……女の子が苦しい声を出すのを知っているんだ! 女の子にそんな声を出させるなんて……僕にそんな嗜虐的な趣味はない! いや、あるかもしれないけど、それを僕は一生懸命に我慢しているんだ! それこそが男だ!」

「それはちがうと思うな」

 悠然は、直哉を気の毒そうに見つめた。また、虹洋も憐れみを込めた表情をしながら智子を見つめ、直哉を睨みつけた。

「直哉、あんた、いつまでたっても唐変木ね! 智子が可哀そうよ!」

「智姉がかわいそう? だから、僕は智姉にそんな苦しい声を出すような思いをさせたくないんだ!」

 直哉は、一生懸命に自分の正義を訴えた。だが、直哉を囲む三人は、気の毒そうに直哉を見つめてため息をつくのだった。

「童貞をこじらせて魔法使いになっちゃうと、こうなるのね……」

「もう、手に負えないよ」

 こうして、直哉が唐変木若しくは朴念仁の汚名を返上する機会は、またも失われたのだった。

____________________


 直哉が学院を中途退学のようだ形で抵抗なく修了資格をえるためには、理由が必要だった。

 最近、魔族帝国は、各地で謎の反抗勢力の攻勢に晒されていた。急激に版図を失いつつある魔族帝国にあって、各地の魔族たちをどのようにして支援し助けるかということは、非常にタイムリーな課題になり得た。そこで、直哉は、謎の反抗勢力の攻勢に晒されている帝国各地の魔族を、正司祭として加勢するために、という理由で特進的修了の請求をした。

 ただし、この種の理由で特進的な手続きを済ませるためには、学院を設立した王族による口頭試問に合格する必要があった。それはまた、直哉にとって魔族帝国中枢の情報を得る絶好の機会でもあった。


 口頭試問に現われたのは、思わぬ王族だった。

わらわは、帝国魔王陛下ラーメックが代理 第一王妃 女王アダである......そなたが学院終了を訴え出たナオか?」

「はい」

「学院終了の要件を、そなたはわきまえているのか?」

おそれながら、私の場合、それは正祭司としての実力でございます」

「ほほう、そなたがそれを有しているということなのか?」

「はい、僕は、今まで祭司として生贄を捧げる儀式を経験してきました。その経験により魔族の市町村などの組織体を祝し、守る力を発揮できると考えます」

 直哉にしてみれば、想定問答に基づいて答えれば済むはずの口頭試問だった。しかし、女王アダの質疑は、そんな簡単なことではなかった。

「そう、それならば、儀式ばかりでなく祝する力によって結果を示してみよ」

「あのう、それはどういうことでしょうか」

 直哉の答えは戸惑いそのものだった。女王アダは、そんな反応を聞いて、直哉を品定めするようにつづけた。

「あんたたち学院生程度ではあまり知られていないことだけど、最近、魔族帝国は、各地で謎の反抗勢力の攻勢に晒されている……残念ながら、わが帝国は各地で急激に版図を失いつつある......わが帝国の各地に赴いて、魔族たちを助け、力づけ、反抗する勢力を駆逐することが必要なのよ」

「そんなことをするのですか? 正祭司の実力は、ただ儀式をすればよいはずでは?」

 潜在意識が働いていれば、さらに続いた問答を、貴重な情報収集の機会として生かしたはずだった。今の彼の反応は、想定外のことに驚いただけの、愚かしい反応だった。女王アダはそんな冴えない直哉の反応を見て、急に質疑応答に関心を示さなくなった。

「本当はそうだけど、正祭司であれば今の問題にも対処できるはずよね……そうね、司祭の経験があるあんたなら、ある所で儀式をしてもらえると思うわ……そこは、反抗する勢力との戦いの前線にある城塞なんだけど、そこで儀式をしてもらえれば、学院修了を認めて正祭司としても認めてあげるわよ」

「それで、「ある場所」の情報はそれだけなのですか?」

「そうよ……場所はあとで指示を出すわ……修了できる優秀な学生であれば、この程度の情報があれば、対処は簡単なことのはずよ」

 その夜、直哉は智子や悠然達とともに学院、そして雅安をあとにした。女王アダの示した場所は、雅安を出てタクラマカン西部とチベット北西部を通った先にある、カラコルムの奥地、絶乾寒冷のゴグの谷あいの神殿都市だった。そこは、魔王の第一王妃アダの支配する帝国の中心領域であった。


 その地で、直哉たちが最初に出向いたのは、第一王妃アダの居城でもある神殿都市だった。たしかに魔王帝室のおひざ元であり、想定される反抗勢力の攻勢は大きくないはずだった。

______________________________________________________

 

「この峠を通るには、シムシャール(shingshal)の谷までの通行証とゴグへの入領許可書が必要だ」

 峠の関門で待ち構えていたのは、重装備防寒具を身に着けた魔族兵たちだった。ゴグの谷には女王アダの居城神殿都市があるから、至極当然の警備体制におもえた。だが、実は、直哉と智子、虹洋と悠然たち4人がゴグの谷へ達した時は、反抗勢力の襲撃があった直後だった。直哉たちがゴグの谷へ入る際に通った関所が非常に厳重な警備態勢を取っていたのは、その襲撃が理由だった。


 峠の関門に入る前のシムシャール(shingshal)の谷間では、ある程度見えていた植生が、この峠から降りていくゴグの谷には一切見えなかった。シムシャール(shingshal)の谷であれば、インド洋からの湿気が雪となって降ることもあった。カラコルムのさらなる奥地ゴグの谷あいは、峠を越えてインド洋からの湿気はさえぎられており、他の周囲はヒマラヤ山脈の荒涼とした山々に囲まれた、絶乾寒冷の地だった。それが侵入者をしてゴグの領域に侵入しにくい環境にしていたはずだった。他方、魔素を必要とする魔族や家畜人間は、魔素位相の地脈が破壊された後からも、帝国の百足舟による兵站ルートが存在していたことで、やっと生存を確保できていた。


「我々は、女王アダ陛下よりこの地へ派遣された祭司見習いのナオとその一行です……この地で犠牲をルシファー様へ奉じる儀式を司式するために、ここに来た者です」

「おお、女祭司様、祭司ナオ様」

「おお、我々をお救いください」

「我々は、先ほどの襲撃で大きな被害を受けたのです」

「我々は、あの反抗勢力の攻勢にさらされて、ここではすでに半数の魔族たちが命を失いました」

 女王アダの側近をはじめとして、ゴグの谷あい中の魔族たちは、口々にそう言って祭司見習いの一行に泣きついた。その声をゴグの谷あいのあちこちで聞き取りながら、直哉たちは祭礼の規模などを算定するために、様々な状況を調べてまわった。

 かつて、カラコルムの山あいまで兵站の確保できていないはずの反抗勢力であれば、魔族帝国側の帝国軍や警備陣がゴグの谷あいやカラコルムの領域からこの反抗勢力を一掃することは、たやすいことであったはずだった。今や、帝国中心領域カラコルム山中のゴグの谷にまで反抗勢力が達している事態であることは、反抗勢力の攻勢によってもたらされた魔族帝国世界の破壊的現状が深刻であることを、象徴していた。


 ゴグの谷あいでは、半数の魔族たち・家畜人類たちが命を失っていた。死んだ魔族たちのほとんどが戦死であった。命を失った魔族たちは、収容され凍結保存されている最中だったが、殺された家畜人類たちは、死体の山となって無残な躯を晒していた.他方、家畜人類の多くは、ほとんど残っていなかった。家畜人類の一部は、魔族達が守れりきれなかった施設から謎の反抗勢力に攫われたという。残りの家畜人類は、戦闘という特異な状況下でやむなく司祭による司式ではない勝手な儀式によって犠牲とされ、その生命エネルギーが生のまま無駄の多い形態で、魔族の戦闘員たちの魔素として消費されたのだった。


「多くの者たちが死んだのですね」 

「ええ、多くの魔族兵たちが戦死しました……倒れた魔族たちは、未来の蘇りのために凍結されて今は眠りについています」

「それでは、多くの家畜人類たちも戦死をしたのですか?」

「家畜人類たちですか? 奴らが戦死をすることなどありえません、奴らはせいぜい生贄になるか、分捕り品にしかならないし、単なる我々の糧にすぎないのですよ……単なる品物であるからには兵站の消費統計には必要ですが、誇り高い魔族と同じように戦死者として数えるはずはありませんよ!」

「家畜人類は、単なる品物……」

「その、魔素が無くなっている……カラコルム領域外を巡回する偵察部隊によると、反抗勢力は再び襲撃態勢を整えつつあるということです……それゆえ、なるべく早く家畜人類を儀式において犠牲として捧げ、魔素をさらに多く確保しなければならないのです……早速、明日にでも犠牲を捧げる儀式をお願いしたいのです」

「魔素をさらに多く確保するため……」

 直哉はため息をつきながら、会話を終えた。

 だが、儀式をする暇はなかった。


「シムシャールの谷から、反抗勢力の再び攻勢です」

 その日の夜、ふたたび謎の反抗勢力が、シムシャールの峠口から進軍を開始した。魔族側は、偵察部隊からの報告に基づいて、防衛線を構築してはいた。しかし、既に魔素が不足しつつある中で防衛線を維持することが出来ず、反抗勢力の未知の力によってたちまちいくつもの防衛線が壊滅した。地表に出ていたほとんどの施設が破壊され、中の家畜人類が収奪され尽くしたところで、反抗勢力は夜明けとともに引き上げていったということだった。


「なぜ、反抗勢力は防衛線を壊滅させたのに、地下の施設は破壊しなかったのだろうか?」

「彼らは何のためにこの谷へ来たのだろうか?」

「単なる破壊工作なのだろうか?」

「未知の力と報告があったが、どんな力なのか?」

 魔族側帝国軍のゴグ防衛司令では、今回も様々な分析を試みたのだが、一切有効な情報も結論も得ることがなかった。それでも、一人の魔族兵が未知の力について、貴重な情報を報告した。


「畏れながら、アダ女王陛下、そして指令の方々にご報告いたします」

「どうしたのだ?」

「はい、魔族兵が一人だけ瀕しながら生き延びておりました……そのものが未知の力を目にしたということで……」

「『未知の力』を目にしたのか? それはどんなものなのか?」

「はい……それが、我々の狂戦蜂(マドホーネット)のようなものが、我々を圧倒したということでした。しかも、我々の狂戦蜂(マドホーネット)とは違っていて、次々に我々の狂戦蜂(マドホーネット)を寄ってたかって撃墜し尽くしたというのです……さらに、大型の狂戦蜂らしいもの達が破壊された施設から次々に家畜人類を連れ去り飛び去って行ったということです」

「それはどういうことか?」

「この報告を分析するには、我々には情報が少なすぎて、どんな兵器が使われたのか、これ以上の分析が無理になっています」

「誰か、明晰な頭脳を持つ者は、ほかに居ないのかね」

「アダ陛下、この地にて陛下御自らが正司祭となされる予定のナオたちはいかがでしょうか。特にナオは、魔王陛下が魔王陛下怨自らが設立された特別研究開発の学院を、短期間で修了した頭脳明晰者のはずです」


 女王アダは、助言に従い直哉たちを召喚し、側近や指令たちが十分にできなかった戦況の分析と対策について意見を求めた。

「圧倒したということであれば、我々の狂戦蜂(マドホーネット)と似たものが、我々よりも多数飛来したということでしょう。しかも、魔術によって動かされるゆえに一体的同時的動きしかできない我々の狂戦蜂(マドホーネット)とは違って、寄ってたかって、ということであれば、すべてが自律飛行を行ってばらばらに散開し、かつ、各機が相互に連携して全体各機が有機的に動くことによって我々の狂戦蜂(マドホーネット)一機に対して数機が襲いかかり撃墜しつくしたのでしょう。また、大型の狂戦蜂のようなものが同時に飛来して、家畜人類を攫って行ったのでしょう.…ただし、飛来した攻撃兵器ですから、地上を攻撃することはできても、地下は攻撃しきれなかったということでしょう」

 虹洋と悠然は、上記のように分析した。さらに狂戦蜂(マドホーネット)と似たものが自律飛行を行ったことについて、智子はそれがいにしえの人工知能術であることを指摘した。さらに智子は、それらが自立作動型の人工知能搭載兵器である可能性をも指摘した。これらの指摘は、女王アダに反抗勢力の恐ろしさの片鱗を認識させた。


「さすがはナオの連れたちではないか......ということは、学院修了予定のナオは、さらに優れているということなのだろうな……では、どのように対処すべきであろうか」

「陛下、私たちは、反抗勢力の正体はおろか、ほとんど情報を持ち合わせてはいません……まだ情報が不足しているため、まずは情報を集める必要があるでしょう......それには、これから反抗勢力に反撃して攻め込むほどの力、つまり魔素を普段の数倍も集める必要があります……残っている家畜人類たちは、貴重な生きの良い者たちもまだいるということですね……彼らを生贄として捧げ、良質の魔素を大量に得る必要があります。」

 智子が驚くべきことを提案した。直哉は思わず横の智子に食って掛かった。

「どういうことだよ……僕にそんなことをさせるつもりなのかよ!」

「これは必要なことなの…」

 智子はそれしか言わなかった。


 女王は長い間、側近たちと話し合っていたが、魔素が決定的に不足していることは確かだった。

「わかりました……司祭ナオ、こうなっては今この段階で貴女を正式に『正祭司』として認めて印章を授けましょう…今や貴女は学院終了の資格を得たことになる……おめでとう、さらに、貴女は今やあの学院で研究されてきた様々な学問を、正式に修了したことになるな…ただちに儀式をお願いしよう……今までにない規模で、生きの良い家畜人類たちを用意しよう」


 広大な講堂をつかって儀式の準備が始まった。魔族たちによって式場に連行されてきたのは、若い処女ばかりだった。彼女たちは、品種管理が徹底された家畜人類らしく、端正な顔つきと豊かな体つきだった。これを一目見た直哉は顔を真っ青にした。

「智姉、この娘達は!?...これは、ど、どういうことだよ!?」

「ええ、これから儀式に用いる『いけにえに若い男たちが混じっていると、若い女正祭司ナオにとっては、あまりに扇情的な光景となって悪い影響を与えるであろうから』ということで、女王陛下が生贄のすべてを処女にしてくれたのよ」

 智子は直哉の当惑した表情を楽しむように、微笑み返した。直哉は背筋が冷たくなった。

「智姉、これは冗談じゃないぞ....僕の目の前で彼女たちを生贄にして儀式をはじめさせるのか」

「もう、儀式は始まっているわよ」

 智子の指摘の通り、式場ではあちこちで準備が始まっていた。


「な、なぜ、私なの!」 

「何するのよ!」

「静かにしろ」

 初子の娘たちは、やはり激しく抵抗しはじめた。

「おい、お前たち、こいつの腕、足を取れ! 引き延ばすんだ!」

 魔族たちは、ほどなく彼女たちの両手両足を強制的に伸ばして固定した。その後、魔族たちは彼女たちの服を取り去り、彼女の身体に生命エネルギーを吸収するために様々な装置を取り付けた。娘たちは固定されたにもかかわらず、激しく暴れた。下着姿の彼女たちはまだ激しく暴れていた。

 直哉は、潜在意識を覚醒しつつ、生贄の娘たちの姿を直視できなかった。彼は目をつぶったまま、魔族たちに装置類の装着具合を確認させた。

「装着の完了を再度確認してください」

「再度確認、装着は100%です」

「では、これより、我らの奉ずるルシファー様に対して、多数の処女を捧げる儀式を行う……生贄の処女を押さえつけて!」

 神殿都市の内部に設けられた広大な講堂で、直哉は儀式を行う手順を確かめていた。また、同時に、潜在意識では魔族たちが口にした「ルシファー」という彼らの信仰対象の名前など、知ることのできた魔族帝国中枢の情報を、再確認していた。


 儀式として行う手順は、なかなか難しかった。特に、生贄から魔石へ生命エネルギーを吸収蓄積させる処理などは、一般の魔族にはとても難しくなかなか出来ないことだった。それに、既に下着姿の彼女たちを目の前にしては、直哉にもできない作業だった。

 それでも、直哉はなんとか処女たちの犠牲式を開始した。


「了解、それでは儀式を開始します」

 直哉の口から奉ずる際のフレーズが出ると、装置類が様々に作動し始めた。犠牲者の身体は締め付けられ、拷問のような刺激を与えられた。生贄の娘は、まるで拷問を受けているかのように悲鳴を上げはじめた。


「も、もう耐えられない!」

 直哉の潜在意識が直哉をして苦悶の声を上げさせた。直哉の押し殺した声とともに、直哉のマウスピースとなって収まっていた呪縛司の地図、そして彼の持つ(シェイベット)から、全ての魔族めがけて電撃が走った。舞いあがった煙のようなものが収まると、そこには生贄として縛られていた多数の美少女と、倒れこんだ魔族たち、そしてあまりの光景に立ち尽くした直哉、智子、悠然、虹洋たちの姿がはっきりと現れた。

 

「みんな、生贄の娘たちを自由にしてあげて!」

「どうするつもり?」

 虹洋が直哉の顔を見上げた。

「こうなっては、ここを抜け出す!」

「彼女たちに着せる服はあるの?」

「ああ、魔族たちの着ている服や靴を奪って、彼女たちに身に着けさせてくれ」

 こうして、直哉たちは魔族が誰一人動けない神殿城塞を抜け出した。その後彼らは、女王アダと側近たち魔族たちが使っていた百メートル級百足舟の数台を用いて、反抗勢力が撤退していったシムシャールの谷へ逃れて行った。

___________________


「まったく、酷い光景だった」

 最後に百足舟に乗り込んだ直哉は、思わずそうこぼした。智子は、直哉をいたわるように声をかけた。

「ナオ、疲れたのね」

「智姉は、このようになることを見越して、生贄を全部美少女にしたんだね!」

「なんのことかしら?」

「そうさ、僕は、彼女たちをそのままにできないよ……」

「じゃあ、これから私たちはどうすればいいのかしら」

 直哉は、百足舟の中で彼女たちの今後の希望を聞いた。彼女たちは、女正祭司として認識していた直哉が、実は同じ程度の年齢である男であることを知って、大騒ぎを始めた。

「ナオ様、本当は直哉さまだったのですね!」

「本当は、男の方だったのですね!」

「私を助けてくださった男の方!」

「ああ、どうか、私たちを連れて行ってください」

「直哉様、私を連れて行って!」

 これらの懇願は、直哉を当惑させた。


「僕は、君たちの救出をまだ完全には成し遂げていないのだぞ……少なくとも、君たちの逃亡を完成させてあげなければならない」

 直哉の説明でようやく彼女たちは静かになった。だが、彼女たちが直哉と別れ、直哉の本拠地へ連れて行かれることを説明した時、彼女たちは再び騒ぎ始めた。

「こんな僕があなたたちのような処女たちの前に立ってはいけないんだぞ」

「どうして!」

「私たちを連れてって!」

「私たちを置いて行かないで!」

 彼女たちの懇願を意識的に無視して、直哉は虹洋と悠然に彼女たちをアリサのいる本拠地へ運び込むように託した。

「虹洋、悠然……頼みがある.....ウラジモスクの近くにアリサという娘が留守を守る洞窟がある......そこへ.彼女たちを連れて行ってくれないか?」

「直哉と智子......あんたたちはどうするの?」

「僕にはまだやることがあるんだ…それが済んだら、僕たちは、『自由の地』と呼ばれる伝説の地を探すつもりだ......あんた達も、そこに来られるといいね……そこは、伝説の地、約束の地でもあるはずだから……」

___________________


 虹洋と悠然、そして生贄だった娘たちを乗せた大型百足舟は、シムシャールの谷とはべつの山越えのルートを通って去った。彼らの姿を見送ってから、彼は智子と一緒にシムシャールの谷へ峠道を登って行った。目指すは、反抗勢力がいると目される地点であり、そこに攫われているであろう家畜人類を救い出すのが、当座の目標だった。

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