第二章 学園都市(ウニベルシタス)の魔道高等学院(エヴューパウニベル) 3 競技祭
入学早々、次の日には男女部合同の競技祭が開催された。全学規模とはいっても、魔道高等学院はまだ創立されたばかりであり、競技祭に参加するのは全て一年生だけだった。
最初の競技は、温暖で遠浅な旧中華帝国湾の雅安沿岸を利用したタフな遠さ泳競技だった。この遠浅の先には、かつての東海(東シナ海)へ、そしてかつての島しょ部を越えて太平洋へ至る海原が広がっていた。
雅安では、町はずれの崖下に遠浅の砂浜があり、そこでは海水浴が出来た。そんな海岸では暦の上では秋が始まったと言っても、元気な新入生たちが集合していた。新入生たちは、種族によってスイムスーツの装着の仕方が違った。大方の魔族は、体表面全体を覆っているハニカムの外皮が海水の抵抗を増すことを防ぐために、体全体を覆うスイムスーツを着込んでいた。ただ、羅刹、酒呑童子などはあまりに巨体であるゆえに、スイムスーツは腕と脚以外を覆うだけだった。他方、ハニカムの外皮の一部が欠けている種族、つまりサキュバス、インキュバス、吸血鬼は、海水の抵抗の強い腕脚部と背中のハニカム外皮を覆う特殊なスイムスーツを身に着けていた。当然ながら、ハニカム外皮が覆わず、素肌が露出している胸部、腹部と鼠径部周辺、首と顔は露出していた。そして、そんなスイムスーツを、梓晴も着用していた。
そんな梓晴の姿をまともに見ないように、直哉は彼女の正面に座らない工夫を懸命にしていた。同時に彼女に向かって話し掛ける矛盾した努力もしていた。
「梓晴、あんた、ハニカムの外皮が、肝心なところを覆ってないね…胸とかお尻、臍から鼠径部、その下まで、まるっきり素肌が露出している……」
「ナオ、あんたこそ、何処を見ているの? そんなことを言っても、わたしはあの二人の魔王一族みたいに、ハニカムで覆われていない素肌の一部を下着みたいな水着で部分的に隠す、なんてことはないわ。私は、素肌全部を晒すのよ」
「な、なあ、梓晴、確か、あんたにはサキュバスの血が混じっているんだよね......だからって、サキュバスたちと同じような格好をしないでほしい……あの、つまりあまりに扇情的だ」
「え、あんたが扇情されたことがあったかしら? あんたのその言葉が本当なら、今の私はあんたにとって目の毒のはずよね」
梓晴はそういった。つい先ほどまで直哉を「ナオ」と呼んで同年代の娘として扱っていたはずの梓晴の口から、直哉を男として誘惑するような言葉が出た。この言葉に、直哉は虚を突かれたように梓晴を睨みつけた。
「あら、ナオ、今の私を見つめられるようになったの? 進歩したのね」
「は、早く、その、それを......」
「なに? なにをしてほしいの?」
梓晴は、スクッと立ち上がった。いたずらっぽく直哉を見降ろしながら直哉の目の前に陣取ると、わざと屈んだ。それは、グラビアのポーズのように胸の柔らかな双丘の大きさを強調して、人間の男を魅了するものだった。
「や、やめろ! やめてくれ......」
フラッド皇子を入学試験の場で圧倒した直哉だったが、相変わらず若い娘の前では無力な愚か者だった。
____________________
さて、海岸に魔道高等学院の学院生全員が集まったのを見計らって、競技祭開催に際しての学院長の挨拶、つまり開会宣言が為された。
「さて、入学早々の学園祭だ。これは、本来なら相手を屈服させる各種議論主張戦闘学術なのだが、新入生の君たちは、家畜人類を相手にして学んでいく良い機会だ。
なぜ、人類たちを相手にして各種の議論主張戦闘学術を学ぶのか。それは、我々がなぜ家畜人類として飼い始めたかというところに、端緒がある。それは、我々魔族が権威、つまり家柄、武勲、外貌の三つを有しているがゆえに、我々があの時代の人類たちにとっての偶像となり、我ら魔族が人類を導いたことに始まる。
あの時、野放しのままであれば、大多数の人類は、自由気ままに得体のしれない偶像や陰謀論に狂う衆愚となって雷同し、互いに戦って亡びたに違いなかった。彼らが滅びの傾向を有するようになったのは、周囲への配慮と熟慮を忘れた彼らが、民主主義という難しい社会制度に手を出したのが端緒だった。彼らは、彼等自身が気ままに単純化した話に勝手に雷同し、主張と対立は互いの撲滅に発展しがちだった。
我らは太古の昔、彼らの先祖や類人猿たちと共に生を与えられたが、いつしか我らはルシファー様に選ばれて、衆愚になりがちだった彼らを管理する術を与えられ、利用することをも許され、今の我々の発展につながった。つまり、ここで学び研究される各種の議論主張戦闘学術が、人類達が気ままに主張の をぶつけ合うことに過ぎなかった低レベルの働き掛け術の代わりに、我々の今の人類心理操縦術つまり互いに相手の弱点や間違いを効果的に意識的に責め叩いて追い詰めてついには相手を操るに至る術を、あなた方学院生に獲得させることになる。
もし、われわれが彼ら衆愚の人類を家畜として操作し導かなかったならば、荒野に隠れてすむと言う一部の野良人類、つまり不活発で疑問ばかり言い自らの主張をしない「残りの者」という者たちだけが民主主義の下に生き残り、多くの人類は滅び去ったに違いない。
我々はその功績のゆえに、今や正統人類として全世界と全ての下等な人類を支配する権能を与えられている。この専門学校では、入学早々の学園祭にて、人類から生まれ選出された魔族として、まず、家畜人類を支配し利用する術を学ぶ。それは、今の我々の強さ、つまり相手の弱点や間違いを責め叩き合う切磋琢磨へと発展した基礎の学術であり、国の礎だ。今後の研鑽に期待する」
「学院長、ありがとうございます」
司会を務める教官の一人が学院長の挨拶を引き取った。
「では、学院生の諸君、君たちには二人一組になって、これからいくつかの競技に挑んでもらう......まずは、我々の目標を確認する架空の設定の演劇だ......これは、先ほど、皆に周知したように、主人公役の生徒が野良人類の精神的支柱である架空の神官少女にさせられたお姫様を相手にして、彼女を征服し我らのように相手に訴えかけ目覚めさせるという筋書きになっている......主人公役は複雑な状況の中を潜り抜けたことを、過去を振り返るセリフによって劇的に印象的に語る……そのうえでお姫様役の相手を目覚めさせるように二人の間でセリフを交わし合う......その結果として、如何に印象的にお姫様の心をとらえ、夜伽に導いてお姫様を目覚めさせるラストを迎えるという構成だ....参加者は一年生のみだが、二人組となったそれぞれの組で、どんなセリフを交わし合ってハッピーエンドに持ち込めるかを、考察し、劇を完成させてみよ」
こうして、第一の実技競技が始まった。だが、多数の組は、せりふのやり取りで仲たがいを起こしがちだった。多くの組は脱落した。だが、最後に登場した梓晴と直哉は、十分にセリフを考察して劇を構成した。
彼らが演じた寸劇では、直哉が野良人類の指導者である姫役を演じ、梓晴が主人公役を演じた。
彼らの寸劇は、まず、梓晴演じる主人公が野良人類の住処を求めてさまようところから始まった。
「ああ、我らの敵の巣窟はどこなのか」
「道に迷っているあなた、何処から来たのですか?」
野良人類の姫役の直哉がそう応じつつ、後ろから登場した。その姿に振り返った主人公役の梓晴がキリッと微笑むと、姫役の直哉が思わずよろめくように、感嘆のセリフを口にした。
「ああ、美しい......そのお姿は、美貌の魔族様......」
「見知らぬ少女よ、私は貴女のためにこの地にたどり着いたのです」
梓晴は、このセリフを言いながら心の中で赤面した。彼女にとって、これは彼女が言ってもらいたいセリフだった。対する直哉は、相手の梓晴の心の中が赤面でいっぱいになっている様子を知ると、戸惑いと恥ずかしさを覚えながら返事のセリフを口にした。
「私のために......私は何を言いましょう......あなたの美貌の前に何も訴えることがない、つまらない存在です」
「少女よ、それならば、私の言葉を受け入れるのか?」
「いいえ......実は、私は民のための神官祭司です......ゆえに、これ以上、貴女に接することにためらいを感じます……」
「だが、少女よ、私を見て受け入れるのだ」
「いいえ、私はここで去らねばなりません」
直哉演じる神官少女の姫はいったん舞台から外れ、第一の幕は下りた。
第二の幕は、梓晴演じる主人公がさらに奥地に入り込む場面から始まった。
「ここはどこなのだ」
「なぜ、あなたはここまで来たのですか?」
野良人類の姫役を演じる直哉がそう言って、階段の上から応じつつ登場した。すると、主人公は、誘うように姫に訴えかけた。
「ああ、民を導く少女よ、その目で私を見つめなさい......そして、ここまで降りてくるのだ」
「なぜ、そのように、私に迫るのですか」
姫はそう言いつつ階段を降り切ってしまった。そこに駆け寄るように主人公は姫に迫った。まるで催眠術のようなトレモロの口調が、姫を従順にさせていた。
「貴女には、私がどのように見えていますか?」
「あなたには、未知の魅力があふれ出ています」
「そうだ、野良人類の姫よ、貴女は私から逃れられなくなったはずだ」
梓晴の演じる主人公は、ここで押し出すようなセリフを口にすると、姫役の直哉が彼の考えていたセリフを口にした。それは、彼にとっての核心でもあった。
「私はその言葉を受け止めます……でも、これ以上は進みません......もちろん主張などしません、ただ疑問を抱き続けるのです」
「私の言葉を受け止めるのは、よいことですよ、姫......反抗人類と異なり、それはよいことです......ただ、疑問を持っているならば、忘れて従順になってしまいなさい……そう、我々に飼われている家畜人類のように」
「それは......その時はまだ来ていません......」
ここで、直哉演じる姫が、終わりを宣するように、聴衆に語り掛けた。
「さあ、みなさん、ここから先が私たちの課題です....では、ここでこの劇は終わりです」
「いいや、終わりではないよ」
梓晴演じる主人公は、直哉と相談したはずの寸劇にはないセリフを吐いた。姫を演じる直哉は、その言葉を聞いてぎょっとした表情で梓晴を睨みつけた。
「ちょっと、それはちがう…」
「そうかい」
梓晴はそう言いつつ衣装を脱ぎ捨てて、直哉に襲い掛かった。直哉は驚いて梓晴にささやいた。
「梓晴、打ち合わせと違うじゃないか、なぜ衣装を脱ぎ捨てた?」
「いい機会だから、教えてあげる。私、この瞬間を待っていたの! あんたを征服できるからね」
「あ、こら!」
直哉が小さい声で怒るのモノとせず、梓晴は直哉に馬乗りになった。すでに裸になっていた梓晴は、さらに直哉に抱き着いて彼に接吻をした。
「や、やめてくれ......」
直哉は悲鳴を上げると気絶してしまった。梓晴はため息をついた。
「あれ、気絶しちゃったわ」
このセリフで、聴衆たちは大笑いになった。これで寸劇は終わった。そして、指導者の教官が演劇協議の終了を宣言した。ただ、教官たちの後ろの舞台では、梓晴が気絶したままの直哉を、いろいろと苦労しながら引きずって退場していく姿が見えていた。
休み時間となった。直哉は、梓晴の裸体が目の前に再び押し付けられた光景がまだ目に焼き付いていたため動揺していた。梓晴が微笑みかけても、彼は時たま梓晴を睨んでは無口のまま、横をむいたままだった。その様子を梓晴は口惜しそうに見つめつつ、直哉にとっても重要な指摘をした。
「ねえ、ナオ、もういいじゃない......あんたが演じる姫は主張せずにいたことで、心は主人公に勝てていたんだから......神官の姫が心から従っていなければ、神官に従う野良人類が魔族に従うわけはないでしょ!」
「僕は、あんな目に合うとは言われていなかった!」
直哉は怒りを含んだ眼で、恨めしそうに梓晴を一瞬睨んだ。だが、彼は未だに梓晴の裸身が忘れられないのか、すぐに目を伏せた。そんな反応を楽しんでいるのか、困惑しているのか、梓晴は直哉の背後に抱き着いた。途端に直哉は耳の先まで真っ赤に熱を帯びた。
「梓晴は僕を出汁にして笑いを取ったんだ......も、もう嫌だよ......帰る!」
「こんなことぐらいで、あんたの決意はめげるんだね? 弱虫!」
梓晴のこの言葉に、直哉は黙り込んだ。この時になって、梓晴の裸身がようやく引き金となり、直哉が認識していない意識の深いところで、分析力が働き始めた。
ステージでは、教官たちが総評を述べていた。
「一年生たちよ、君たちは、様々な戦略を寸劇に込めて表現してくれた。様々なことを想定し、研究したのだと評価できる。ただ、残念ながら、成功できたと思わせるような寸劇はほとんどなかった。唯一、最後の寸劇を演じた梓晴とナオの二人の娘は、最後の一押しまで表現できていた.......通常の人間であれば、あの段階でもう我々のものになっていると言えよう......神官が従えば、野良人類も従うだろうよ」
それを聞きながら直哉は、彼の検討すべき事項をあれこれと考えていた。
「そうか、梓晴の指摘の通りだ......教官たちによって示されたこのような認識はあまりに甘い、楽観的過ぎる……魔王や魔族たちにこのような認識があるのであれば、そこを突けばいい……幸いだ……面従服背を貫けば、野良人類つまり残りの民たちは魔族たちを油断させることができ、勝利を得ることが出来る......だが、梓晴まで裸身を僕にさらすようになっては......今は、此処から逃げだすわけにはいかないのに....…」
____________________
「さて、一年生諸君……次は個人単位の戦闘訓練だ…ただし、単純な戦いをしてもらうつもりはない……いかに、をスマートな技で相手の心理を征服するかを競うものだ....もちろん単なる打撃によって圧倒することが、シンプルだ……成績の低い者は、こぶしで圧倒することが精いっぱいかもしれんな......まあそれでもよい……ただ、本来ならば、こぶしで圧倒するのではなく、心理的に相手を従えることだ…例えば、女が男を相手にした場合には、女がもし予想を覆して男を圧倒すれば、男は精神的なショックを受けて精神的な支配を受けやすくなる……反対に男が女を相手にした時、単純な攻撃は相手に恐怖心と死んだに等しい記憶を与えるだけで、精神的に相手の心理を掴むことなどできない……そんな戦い方は、今の段階では魔王一族のフラッド皇子殿下とグレカ皇女殿下しかできない……したがって、殿下たちには最後に、そのような本来的理想的戦い方を披露してもらう」
教官達はそういうと、少し離れたスタジアムに彼等を案内した。闘技場という目的から、当然ながら古代ローマの闘技場とよく似た構造だった。
「いいか、これから注意事項を言う......精神支配で自己を見失う危険や、命を失う事態もあり得るから、よく聞け! これから行われる戦闘訓練は、今までの成績順に順番が来ることになる.......お前たち、それぞれの順番が来たら、一人ずつスタジアムの中央付近にある指定位置に立て! その位置に立つと同時に、戦闘訓練が始まる……お前たち一人一人に対応したターゲットが、相手として地上に押し上げられて登場する......そうしたら戦闘開始だ、相手の特徴を一瞬で考察し、ただちに攻撃に移んだぞ」
「ええ? そんな、すぐに判断しなければいけないんですか?」
学院生たちの戸惑いは、当然なことだった。だが、教官は厳しかった。
「そうだ、ここに入学できたお前たちは、既に十分な能力を有している......ただし、成績順でなされることを考慮し、初めの学院生たちには、教官が傍に立ち、必要に応じて助ける.......だから、安心して競技に集中しろ」
こうして、個人単位の戦闘訓練が始まった。
最初の学院生の戦闘訓練が開始された。ある意味当然なのだが、教官の一人が学院生の横に立ち、いくつかの指示と援助を受け持った。また、これもまた当然なのだが、せりあがってきた相手は戦闘機械であり、訓練の対象となるが燻製の能力に応じた強さで、戦いが始まった。
勝敗は、戦いに臨んだ学院生一人一人の気持ち次第で決した。ある者は逃げ出し、ある者は打倒されて教官に救い出された。もちろん、戦闘機械を打ち倒す者もいた。成績の良い学院生達の番になると、教官の援助は無くなり、それなりの性能を持つ戦闘ロボットが相手となった。そして、梓晴の番となった。
梓晴の攻撃は、詐欺師の天分をいかんなく発揮したものだった。フェイントと錯覚を駆使し、たとえ豊富なデータを駆使した戦闘ロボットであっても予測のできない攻撃を繰り出した。
戦闘機械を徹底的に崩壊させた結果を見て、教官は感嘆を込めて評価した。
「素晴らしい、さすがサキュバスの血を引く女詐欺師だな......皇女殿下を助けるほどの実力を十分に見せつけてくれた......極めてスマートで洗練された戦い方だったぞ」
「おほめにあずかり、光栄です」
梓晴は、今ここで目立ちたくはなかった。彼女はさっさと退場した。次は、直哉の番だった。
「ナオというのは、お前か? ヒジャブを身に着けているのか? まあいい......その杖だけで、戦おうというのか?」
教官は、ヒジャブ姿の直哉を眺めながら、心配そうな口ぶりで問いかけた。返事をした直哉は、教官の視線に疑念が含まれているかどうかを確かめたかった。
「はい」
「ほお、その戦い方、見せてもらおうか? さあ、はじめるがよい」
教官の合図とともに、直哉は木刀を構えた。その正面には、戦闘機械が高速に移動し始め、様々な攻撃を仕掛けた。直哉は、近づいてくる戦闘機械を相手に、自分の木刀をひたすら縦に振り上げ振り下ろす仕種を繰り返した。相手からの攻撃を受け止めることなど一切考えずに、ひたすら攻撃しつづける姿勢だった。それ故か、相手の戦闘ロボットは攻撃態勢から防御姿勢に転じた途端に隙を見せ、手酷く打撃を受けて動かなくなった。
「単純だが、防御を考えずに、ひたすら攻撃し続けるとは......なんという戦闘姿勢なのか......確かに相手が押されて隙を見せれば、勝てるのか......」
教官は、様々に考えながら、感嘆して口を閉じた。
次は、グレカ皇女の番だった。
「皇女殿下、御身は極大魔法をお使いになる非常にお強いお方であるゆえ、相手となる者が今までと異なります……それでは理想的な戦い方をお示し下され!」
教官がグレカ皇女の傍を離れてしばらくたった時、相手がせりあがってきた。そして、会衆たちは教官が今まで語ってきた言葉の意味を理解した。皇女の相手は人類の男、それも戦士だった。
彼はまるで先ほど目覚めたばかりらしく、しばらく眼をしょぼしょぼさせて周囲を観察していた。その内に、周囲の光景と自ら置かれた境遇にようやく気付いた様子だった。
「ここはどこだ、これは何だ」
と独り言を言いつつ、すぐに周囲を警戒して何んらかの武道の構えを取った。そこに襲い掛かったグレカ皇女は、彼の構えを意に介さず、さっと男を投げ飛ばし、勝負をつけてしまった。これが男には幸いし、殺されることはなかった。
その後、最後にフラッド皇子の登場を待つまで休憩時間となった。直哉と梓晴は、昼休みの間にグレカ皇女に賛辞を伝えようと、闘技エリアに面した王族専用の控え室に入った。そこで、彼女たちは、ちょうど登場しようと準備を整えたフラッド皇子と鉢合わせとなった。
「娘たちよ、お前らは俺に賛辞を送るために来たのか?」
「残念ながら、皇女殿下への祝辞です」
「ふーん......」
フラッドは鼻を鳴らしながら行ってしまった。
休み時間が終わり、全員が再びスタジアムに集合すると、闘技エリアではフラッド皇子が配置についたところだった。
「それでは、皇子殿下、御身にこの競技の締めくくりをしていただく.....相手は……先ほどは妹君に、人類の男を相手に戦ってもらった……ここで見せてもらうのは、おそらくお前たちも分かっていると思うが、単純な個人闘技ではなく、相手をスマートな技で征服するという理想の戦い方だ」
教官の言葉が終わると同時に上がって来た相手は、ひ弱に見える先史人類の女戦士だった。
「え? なんなの? あれ、私、こんなところに連れて来られたの? なぜ?」
悲鳴のような声を上げている様子から見て、彼女は目覚めたばかり、そしていきなり引き出されて衝撃を受けているかのようだった。
フラッド皇子は引き出された女の様子を、しばらく楽しむように眺めていた。女は目の前に、彼女たち人類とは風貌の異なる魔族、それも魔王一族の皇子の姿を認めて、後ずさりをした。
「あ、あんたは誰よ?」
「生きの良い人類だな……そうだな、そんなに生きがいいなら、縛り付けてやるよ...さぞ、魔素も豊富に得られるだろうな」
フラッドはそういうと、少しずつ目の前の女を追い詰めた。女は、周囲には女の同類がおらず、目の前の怪物、つまりフラッドと同類の怪物たちに囲まれていることを悟って、驚愕と絶望のまなざしに変わった。
「あ、あんたたち、何者? 人類はどうなったの?」
「お前、何も知らねえんだな? じゃあ、教えてやるよ」
フラッド皇子は、女をなめまわすように眺めながら楽しそうにそういうと、彼女に話し掛けた。
「じゃあ、教えてやるよ」
フラッドはそういうと、学院長の挨拶にあったような、魔族たちの歴史を女に説明し始めた。女は、フラッドの語る人類と魔族のかかわりと歴史を知ると、何かを思い出したようにハッとしたり、ガックリしたような表情を表わしたりし、ついには座り込んでしまった。
「待っていたよ、このタイミングを!」
フラッドはそういうと、女に覆いかぶさって彼女を貪り始めた。途端に、女は悲鳴をあげた。だが、驚いたことに、誰も違和感なくその様子を無言で見入っていた。直哉を除いては...
直哉は、女の悲鳴をきっかけにして潜在意識が覚醒した。
「な、なにをしている!」
低い声で直哉はつぶやいた。梓晴はすかさず直哉を抑え込んだ。
「ナオ! 今は我慢して!」
「あの皇子め、女の人になんてことを!……」
直哉の声は、強い殺意を秘めたどす黒い声に変わり、抑え込んでいる梓晴の腕を握り閉めた。梓晴から見ても、直哉が打ち震えつつも懸命に耐えているようすがわかった。
「自分自身に吐き気を覚える」
直哉はそう言いながら、心の中で彼は祈った。すると、突然、女に覆いかぶさっていたフラッド皇子が、狂ったように声を出した。
「う、お、お前たちは誰だ!」
何かがフラッドの目に写っていた。フラッドはその何かにおびえたように震えた声で、その何かを指さしながら後ずさりをし始めた。
「わかった、分かった、もうしない、もうしない、許してくれ! ああ、ああ、ゆ、ゆるしてくれ!」
フラッドはそう泣き声を上げると、恐怖に満ちた表情で直哉を一瞥し、近くにあった出口へと駆け出てしまった。彼が走り去った後には、半裸のまま気絶した人類の女と、無言のまま呆気に取られて身じろぎもしない教官・学院生たちが遺された。
「ど、どうしたんだ......」
事態を飲み込めていない教官たちは、戸惑いながらも事態を収拾した。気絶したままの女は、再びスタジアムの地下へと引き込まれて回収された。学院生たちは様々に疑問を教官たちにぶつけていたが、教官たちはそれにこたえることもせず、全ての学院生たちをスタジアムから追い出した。逃げ出したフラッド皇子は、彼を守るように集まった側近たちに囲まれて、何とか正気を保って退場したのだった。
____________________
「どうやって帰ったものだか......朝までここにいようか」
直哉は夕方にここに来ていた。夜になってからは、町の中が真っ暗になってしまった。実は、直哉は、既に思考の明晰さを失っていたため、うっかりして帰ることが出来なくなっていたのだった。
しかたなく、直哉は雅安の崖から中華帝国湾とその上に輝く星々を見ていた。背後の魔族の町は、電力照明を必要としないため基本的に暗闇のままだったが、魔力による投光が暗闇の中で時々必要に応じて煌めいた。それに対して、星々が空に広がる海上は、真っ暗なままだった。
「あら、ナオ、ここにいたのね……探したわよ」
いつのまにか、直哉の後ろに梓晴が立っていた。直哉は驚いたように後ろを振り返ったが、星明りしかない暗闇の中では梓晴の顔が少し見えただけだった。
「うん、真っ暗になっちゃって、帰路が分からなくなったんだよ」
「でも、寮は海岸沿いにあったから、帰路は何となく覚えているんじゃないの?」
「いや、暗いから見えないんだよ」
「見えないの? なぜ? あんた見えなかったんだっけ?」
「そうだよ」
「だって、あの真っ暗な地下迷宮では……」
「あの時は、投光器を携帯していたからね……ここではもうエネルギーが尽きて、使い物にならないさ」
「あんた、魔力が一切なかったんだったわね……それなら、私が連れ帰ってあげるわよ」
梓晴はそういうと直哉の左の二の腕に抱き着いた。その時、直哉は梓晴が水着のままでいることに気づいた。しかも、ハニカム部分だけを覆うスイムスーツであり、肝心のところは露出したままだった。
「そ、その恰好は水着? うう、なんて格好を!」
「だって、さっきまで海岸で遊んでいたんだもの...」
「う、うう」
直哉は慌てて左腕から梓晴の身体を振りほどいた。梓晴はまたかというため息をつきながら、直哉から離れた。
「あんた、こんな暗闇でもダメなわけ?」
「どんな時でも、そんな恰好で迫らないでくれ!」
「もう、チキンなんだから!」
「なんとでも言ってくれ」
直哉はこう言いながら、気持ちを冷静にするために、一生懸命別のことを考えようとした。ちょうどよく、潜在意識下の分析力が覚醒しつつあった。
「なあ、梓晴……フラッド皇子殿下は、ふたたび怪物を見たのかな」
直哉は意識を分析することに集中させ、一切を目に入れないようにした。梓晴もこんな時の直哉の扱いにはもう慣れているようで、気を取り直して返事を返してきた。
「怪物? あの4つの巨大な影のこと?」
梓晴は、呪縛司を陰としてしか認識できていなかった。呪縛司の全体を見ることが出来たのは、直哉と襲われた対象たちつまりフラッド皇子たちだけだった。
「そう……フラッド皇子殿下は、前にも怪物たちを目にしていたはずだった……それなのに懲りていないね」
「そうね、彼は皇子と言う立場があるからか、ひるむことを意識して拒んでいるようね」
「でも、今日も恐怖に震えていたじゃないか!」
「ナオ、彼は妹君のグレカ皇女殿下もいる手前、弱みを見せたくないんじゃないのかしら……魔王一族のことは私もよく知らないのだけど......」
「ということは、フラッド皇子殿下は虚勢を張っているということか、でも、それは、やはりまだ懲りていないということのだろうな」
直哉は梓晴にそう言ったが、内心ではフラッド皇子の意識をもうすぐ崩壊させることが出来ると踏んでいた。フラッド皇子が虚勢を張っているのであれば、恐怖で彼の意識を崩壊させることは簡単だった。あとは、フラッド皇子の知識をすべて奪い、魔王一族の情報を奪い取るだけだった。
「ねえ、フラッド皇子殿下やグレカ皇女殿下の相手となって倒された人類たちは、どうしたのかしら?」
梓晴はふと気づいたように、疑問を口にした。直哉は、その疑問に反射的に答えた。
「ああ、投げ飛ばされた男と、あの女か...…闘技場の下へ戻ったんだろうよ…あの男女は、家畜人類たちや野良人類、反抗人類のいずれとも、あきらかに異なるようすだったね…まるで、彼らは目覚めたばかりのようだったな」
「フーン、じゃあ捕まったままなのね」
梓晴は、答えを求めているわけではないようだった。直哉がその後分析を加えながら様々なことを口走っても、関心を一切示すことはなかった。彼女は直哉を相手にしているとはいっても、彼は彼女にとって人類の一般の男女など眼中にはない取るに足らない存在に過ぎないようだった。
だが、直哉は人類の一人であるあの男女のことを忘れることはできなかった。彼は、自らがこの時代に飛び出してきた時のことを思い出しながら、内心で独り言を言いながら分析をつづけた。
「彼らは引き出されて周囲の光景と自ら置かれた境遇にショックを受けたんだろうな……つまり、今まで周囲のことを一切知らなかった、ということか……あきらかに『ここはどこだ、これは何だ』と独り言を言いつつ呆然としていたからなぁ……そうか、彼等はここで目覚めさせられ、すぐに出場させられたにちがいない……つまり、この闘技場の下に何か秘密があるのかな?」
直哉は、チャンスがあれば、このスタジアムの地下を調べたいと考えた。
さて、二人はもうすぐ寮に着くところだった。ここで、直哉は急に躓いてしまった。考え事をしていたせいか、または独身寮が目の前に見えたせいなのか、足元がおろそかになっていた。
彼が前につんのめった時、運悪く梓晴が驚いて彼に体を向けた。彼らは向かい合わせとなって倒れこんでしまい、彼は梓晴の身体の柔らかいところに顔を突っ込んでいた。
「ねえ、つまり、あんたは今夜、私と一緒に過ごしてくれるのね」
「あ、いや、違う!」
「へえ、押し倒しておいて、そんなことを言うんだ」
「だから、ごめん!」
「許さないわよ」
梓晴はそういって上半身を起こすと、倒れこんだままの直哉の腕を強く握りしめ、寮へ引きずりこんだ。
「さあ、ナオ、男だったら、観念して手を伸ばして、はじめなさいよ!」
「はい、伸ばしたよ」
「だから、さっさとわたしの胸を手で掴むんでしょ!」
「こ、こう?」
「……ねえ、やる気あるの? 手を動かすのよ!」
「どんな風に?」
「ねえ、ナオ!」
「だって僕、中学校の教科書で教えられたことしか知らないんだもの…」
「え?」
流石の梓晴も、一対一で相手にしてこの種のことがをおこなう初めてだったため、二人はそこから先へ行為を進めることができなかった…
「ナオ、そういうことだったのね……」
____________________
次の日の実技競技は、組対抗形式の戦闘競技だった。
「二日目となった......これから、お前たちには組対抗の戦闘競技を行ってもらうぞ......一部の組ではこの競技を希望していたようだな......だが…」
教官の挨拶が終わらないのに、学院生たちは歓声を上げていた。中でもフラッド皇子は彼の取り巻きたちと大きな声で騒ぎ始めた。
「おお! 待ちに待った対抗試合だ。思い知らせてやらないといけない奴らがいるから、楽しみだぜ」
「お待ちください...フラッド皇子殿下、まだ話は済んでおりませんぞ.......念のために申し上げます……これから行う競技は、競技は言いつつも、新たな技の習得の訓練なのです……ですから.......自己の能力を伸ばすことに注意を払ってください......もちろん、訓練の特性から言って、組対抗の戦闘行為であっても、相手を攻撃壊滅させようとすることは、禁じられます」
教師陣は、フラッド皇子が懲りもせずにグレカ皇女たちに挑もうとしていることに、辟易していた。だが、フラッドは意に介さず、ふたたび周囲の学院生たちを睥睨しながら挑発する言葉を吐き続けた。
「お前ら、俺はまだまだ力がみなぎっているぞ......ナオ、お前もいたのかよ……首席で入学したらしいな? 魔力なしの役立たずのはずなのに……もしお前が俺の前に現れたら、その時は俺が徹底的にやっつけてお前の本当の実力をみんなに知らしめてやるぜ……今までの俺たちは、まだまだほんの腕試しだったんだ……負けてやった奴らも居たし、俺たちが譲ってやった奴らもいたぜ」
他の学院生たちは、フラッド皇子のそんな声を聞き流していた。教官たちは、気を取り直して大声で話をつづけた。
「そこで、我々は、学院生諸君を砂漠地帯へと連れて行くことになった!」
「先生、砂漠地帯に移動するとは、どういうことなのでしょうか?」
学院生たちは意外そうな顔をした。直哉も意外に感じていたのだが、てっきりスタジアムで組対抗の戦闘競技をするものだと思っていた。
「ああ、あんた達がこれから行うことは戦闘演習と言ってもいいだろう……組対抗での戦闘競技だが、魔力を精一杯活用する戦いだから、それなりに魔力を大量に消費することが必要である」
教官の今までの話をひき取って、学院長が説明を追加した。
「君たちは、いくらか前のことを思い出してほしい……この地球の地表に張り巡らされた地脈が破壊されたことは、記憶に新しい……今後、われわれは魔力の欠如した環境でも生活し、また大規模に魔力を使って戦うことも求められるようになった。この時代に適応するために、我々魔族は、魔力の意識的蓄積と意識的大規模発揮を、体得せねばならない……ただ、これは通常の魔族にはなかなか困難なことになっている……そこで、能力の秀でた君たち学院生たちに、まずは魔力の意識的蓄積と意識的大規模発揮とを体得してもらいたいのだ......その経験によって、研究を進めたい......実は、我々はまだそんな魔力制御能力の体得のために、何が必要なのか、どのような学びが必要なのかを、研究している段階なのだ……是非とも、学院生たちよ、我々の研究の先端のために、その秀でた能力をいかんなく発揮してもらいたいのだ」
この学院長の言葉の後で、先ほどの教官が続けた。
「まずは、魔力が濃く滞留しているタクラマカン地区の砂漠地帯へ出かけ、そこで魔力を大量消費する戦闘演習をして、魔力の大規模発揮を体得してもらいたいのだ......その能力を得た者たちは、次の段階、つまり魔力収集蓄積を体得してもらうことになる…そのような魔力の扱いに慣れてもらえれば、魔力のないところであっても、周辺の魔力を集める力を得て、どんな場所でも魔力を使えるようになる………では、出かけよう」
教官たちは、学院生たちを雅安の魔道機械群のエリアへ導いた。そこには、通常の移動に用いられる四輪車両が大量に駐車していた。
「先生、俺たち、何処へ連れて行かれるんですか?」
「ここから、この百足舟で我々は移動するんだよ」
そう言っている間に、彼らは通常の駐車スペースから離れたところに、導かれた。そこには、数十台の乗り物らしい機械群が列を作っていた。”乗り物らしい”というのはそう見えたというだけではなかった。深い皿のような台の下には、車輪の代わりに無数の脚がまるで百足のように蠢いていた。見るからに地上を走るというよりも駆けると言ったほうがよさそうだった。
「全員、これらの百足舟に乗船してくれ」
その声を聞くと、彼らは無造作に乗船し始めた。無造作と表現したが、彼らの乗船の仕方はその表現がふさわしかった。ある者は我先に乗り、ある者は周りに影響されながら乗り込み、ある者はのんびりと周囲をいつまでもうろうろとしていた。梓晴と直哉は要領を飲み込めなかったため、グレカ皇女たちの後ろについていくことで、なんとかスムーズに乗り込むことが出来たのだった。
「ズッドン、ドッタ、ドタ、ドタドタドタ」
百足舟の駆け出しの足音は、酷く大きな音を出した。操縦席には、軌道に付随した地脈から魔力をうけた操縦者が百足舟を駆動させているのだが、彼らは、百足の脚を初動させる際、魔力を大量に供給させているらしかった。どうやら、初動の際には、力づくで足を動かして連動しきれていない脚同士の干渉を乗り越えているため、大きな音を生じているらしかった。
百足舟は次々に軌道へ飛び出していた。それ等の順序は、整列している順番に従ったものではなく、乗り込みが済んだ順だった。それもまた、百足船の最初の駆け出しの脚の動きとと同様に、無秩序そのものだった。
こうして、百足舟は地脈を伴った軌道に沿って雅安から山間の谷をくねくねと巡り、ついにタクラマカンという砂漠地帯に着いた。




