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序章 魔新生の地球に目覚めて

 直哉は、二人の娘の眠っている間に、そっと部屋の外の暗闇へ出た。

___________________


 一年もの間、彼はこの地下迷宮のトンネル施設で過ごしてきた。それも、若い娘二人、アリサ、林梓晴とともに地下迷宮に閉じ込められたまま......地下の一日の間に地上は三年が過ぎていると計算される速さからすると、既に地上では1000年以上経っている計算だった。地上は、大昔の激烈な全地球規模の戦争が引き起こした寒冷化によって、長く極寒のままだった。この数日の観測によれば、この数十年の間に、温暖化によってようやく温かい気候が戻っていることがわかっていた。

___________________


 若い二人の娘と彼とが地下迷宮の女王に捕らえられた、あの日のことだった。

 この地下迷宮の地上でも、全地球規模で行われていた戦争の最終局面となる大きな戦いがあった。それは、この地に現われた4体の呪縛司達と、彼らを迎撃した女王と魔族たちからなる地上の大軍とのあいだで行われた戦いだった。それは、地上を融解させるほどの激烈な戦闘であり、その際、若い二人と彼が地下迷宮に取り残され、地上から切り離されてしまったのだった。

 その時から、彼らはほとんど灯りがなく蒸し暑い地下迷宮で暮らしてきた。風呂、掃除、簡素な保存食の食事、そんな生活のための行為のほか、彼らが欠かさず行ってきたことは、時々の地上観測だった。


 今日も、彼は地上の様子を観測するために、木刀(シェイベッド)を左手に持って寝床を抜け出していた。明かりのない真っ暗な廊下を手探りで歩きながら、やっとのことで真っ暗な旧指令室に来ていた。

 電力は地熱と地上との温度差によって発電していた。発電設備は、細々と大切に使っていることもあって、稼働できる機器は生活維持機器類、居室の案内灯と旧指令室の観測機器だけだった。

 彼は観測機器の明かりだけを頼りに、観測席に座り込んだ。彼らが地上の様子を知ることのできる唯一の手段は、ここから地上をスキャンする長波レーダーと温度センサーだけだった。

 今日のスキャナー画面には、いつもの単調なエコー、つまりガラス状になって冷え固まった地表が反射する典型的なものだけで、それ以外の波形は見当たらなかった。今日も、地下迷宮付近の地表には何らかの活動が行われている痕跡は、見当たらなかった。


 地上を見る頻度も、この半年ほどは数日に一度だけ、それも彼だけが思い出したように此処に来るときだけだった。

「あの娘たちは、どうせ地上に希望がないと思っているらしい」

 彼は、地上に何らかの希望があるかは、分からなかった。ただ、娘二人は外への興味をすっかり失っており、彼だけがなぜか外をうかがうこの作業を行っていた。たしかに、この観測はあまり変化がなく、非常に退屈であり、長く希望を持ちつつ待ち続けることは、忍耐のいる作業だった。


 変化が無いであろうスキャナーの前に座り込むと、彼の楽しみはスキャナーに決して映り込むことのない星空を想像することだった。変化のあるはずのないスキャナー画面を見つめ、表示されている地形から遠くにある山脈の姿を想像すると、そこには遮るもののない星空が映っているはずだった。


 突然、ツツー、と走る一筋の光の線が画面上に現われた。

「なんだろう?」

 以前から稼働させていたカメラは、何らかの動きがあればスティルフォトを撮影するように設定していた。そのカメラに残されていたスティルフォトには、狼たちの一群が走り去る姿が映っていた。


 3か月後、二回目の一筋の光跡が観測された。二回目の光跡は、狼たちと同じ筋を走り去ったことによるものだった。おかしなことだった。ただ、地上カメラによれば、それらは、それが一回目の狼とは異なった巨大なグリズリーの群れだった。そんなこともあり、直哉は二回続いた功績の同じルートは、偶然の為せるわざだと考えた。


 その2か月後、三回目の光跡が観測された。今回の一筋も、一回目の狼たちと同じ筋を走り去る光跡だった。再び地上カメラを作動させると、そこに映ったのは、空を縦横無尽に飛翔するはずの蜂の大群が、一列になって狼たちのたどったルートを一直線になって飛翔していく姿だった。

 狼に、グリズリーに、そして蜂の大群が、同じルートをたどって走り去っていく様子。それ等の光景を前にしては、さすがに愚かな直哉も「光跡に対応して地上に何らかの直線があるに違いない」と考えざるを得なかった。そして、大群だった蜂の形態に、直哉は見覚えがあった。


「これは、いつか見た狂戦蜂(マドホーネット)......魔力を吸収して動く奴ら......こいつらのたどっていたルートに、何かがあるのか?」

 しかし、地上カメラでそれらしき地表を観察しても、ガラス状の地表が広がるばかりだった。

「じゃあ、地下に何かがあるのかな」

 直哉は、スキャナー上の光跡に対応する地下を細かく探ってみるため、趙はスキャナーの掃引領域を光跡の地下部分に向けることにした。

 三日ほどの作業の後、彼がスキャナー上に見たものは、地下にある空洞らしき反応だった。それも、彼らが暮らす地下迷宮と同じ深さに設けられた通路のように見えた。その通路の先をレーダースキャンによって探っていくと、それらの通路が直線状に伸びた先は、どうやらこちら側の地下迷宮とつながっているようだった。

 直哉は、とりあえずその箇所に行ってみることにした。


 地下通路を奥へ進んでいくと、そこには今までほとんど入り込んだことのない大部屋があった。それらはかつての謁見の間であり、女王の居室、側近たちの控室だった。さらに地下通路を進んでいくと、以前梓晴が拷問に掛けられていた尋問室があった。

「こんな拷問空間は、二度と入り込みたくなかったよ」

 そこには、あの時の特殊寝台がそのまま放置されていた。発見された時、梓晴は特殊寝台に両足を広げさせられたまま縛り付けられていたのだった。直哉の脳裏には、その時の彼女のあられもない姿が未だにこびりついていたから、今までずっとこの部屋に入り込んだことはなかったし、ろくに観察していなかった。だが、この日、尋問室に入り込むと、特殊寝台の傍にタコ足のような謎の機器とその機器から伸びるダクト群とを見出した。これらを見つけた時、直哉はふと思い出したことがあった。

「このタコ足、大きさはかなり小さいものだが、昔見たことがある……王や女王たちの許の施設にあった生命エネルギー吸収機器と似ている......人間たちから生命エネルギーを吸収して魔力として変換して送り出す地脈だ......」

 直哉はそういうと、ダクト群がつながっている通路の奥へと、さらに入り込んでいった。


 ダクト通路を少しばかり行くと、先ほどの尋問室の隣には、梓晴が拘束されていたのと同じ尋問室があり、そこにも特殊寝台があった。さらに、その先にも同じように部屋がいくつも、いや数十、数百ほども設けられていた。そして、通路の終端にはタンクのような大きな容器のようなものが鎮座していた。

 いずれの部屋もタコ足のような謎の機器と地脈らしきものとが、ダクト通路に引き出されてこのタンクに達していた。これらの配置と構造から見て、尋問室と思われていた多くの部屋は、多くの人間たちを縛り付けて人類の生命エネルギーを採取する採取末端であり、部屋からタンクに至る管は、タンクに生命エネルギーを伝送する機構であることが明らかだった。そして、ご丁寧にも通路には魔素地脈という看板まで掲げられていた。

「ここは、魔力の元、魔素の生産基地だったのか」

 直哉は、タンクからさらに一つのある程度の太さのダクトが、メンテ用通路ともに地中へとつながっていることも確認した。そのルートは、直哉がスキャナーで見て取った光跡のちょうど真下に一致していた。


「魔素の地脈の接続や分岐、増幅回路....へえ、こうして編成されているんだ。これは、こんな仕組みなのか? こうやると切れて、こうやると繋がるのか.......」

 それから数日、直哉はこの通路に何度も通い、籠ってダクトやパイプを切ったり配管しなおしたり、修繕するなど様々な形態でいじくりまわした。愚かな者なりに、彼は地脈の取り扱いを体で覚えていった。

____________________


「あんた、このごろどこへ行っているの?」

 アリサの静かな問いかけに、直哉はもう少し慎重に説明の仕方を順序だてるべきだった。だが、彼の説明は自分の行為で何をやっているかを説明し始めてしまった。

「ああ、繋げたり切ったりしているんだ」

「なんのことかしら?」

「うん、大規模な裁縫のようなものかな」

「ふーん、裁縫なら興味ないわね」

 梓晴もアリサも、直哉の趣味のような日々の試行錯誤に、ほとんど興味を示さなかった。ただ、あの通路に通うようになってから、切断した地脈から大量の魔素があふれ出たために、帰って来る直哉には魔素がまとわりつくようになって、彼女たちは少しばかり魅惑され始めていた。直哉は、いわば意識せずに魅了の術を徐々に彼女たちに掛けていたようなものだった。特に、アリサも梓晴も直哉に近しく過ごしてきたため、明らかにこの魅了によって嫉妬のような気持ちを持ち始めていた。


「ねえ、今夜もどこへ出かけるの?」

 直哉が夜な夜な出かけていることは、アリサは以前から認識していた。ただ、彼女が気になりだしたのは、この数日、直哉がウキウキしながら出て行き、不思議な雰囲気、香りのようなものを纏って帰宅していたことだった。

 もちろん、直哉は、彼が身にまとっている魔素が、彼女たちを魅了しつつあることを認識していなかった。ただ、彼女たちが以前より怒りっぽくなっていると感じただけだった。

「うん、ちょっとね」

「説明になっていないんだけど! なんでごまかすのよ!」

「え、だって、教えたら多分軽蔑されるから」

「へえ、軽蔑されるようなことをしているのね!」

「じゃ、じゃあ、説明するよ......いろいろな姿勢で抱き上げて、挿入して結合して、ただ......そこからもつれあっちゃって」

「挿入して、もつれあった? どういうこと?」

「あ、だから抱き上げて挿入できたんだ」

 直哉のこの説明に、アリサは眉毛を釣り上げた。

「ね、ねえ、それってどういう意味?」

「ほら、やっぱり怒り始めたじゃないか!」

 直哉はそう言いつつ、さっさと部屋から出て行ってしまった。アリサは彼の後姿を追いながら、独り言を言った。

「やっぱり、梓晴と男女の睦事を…でも、直哉は智子を失ったばかりなのに……そりゃあ、あの時から確かに時は経ったけど...」

____________________ 


「あんたたち! なにしているのよ!」

 アリサはそう怒鳴ると、いきなり梓晴の部屋のドアを開けた。しかし、中では梓晴が一人だけでくつろいでいるだけだった。

「いきなり何よ?」

 梓晴は、アリサの余りの剣幕に驚きながらも、しばらく冷静にアリサの様子を観察した。梓晴の冷静さがアリサの怒りを次第に静めた。

「梓晴、ごめんなさい......私、てっきりあんたと直哉が......その......」

「私と直哉が男女の睦事をしている、と思ったわけ?」

 梓晴は、アリサが直哉に熱心になっている様子を察しながらも、その口調には同情も皮肉も響いていた。そんな響きに気づいたのか、アリサはやっと冷静になった。

「違ったみたいね……押しかけてごめんなさい」

「アリサ、あんたは、そんなに直哉に熱心なのね……」

「そう......でも、彼は私を嫌っている、というか、怖がっている様子なのよ」

「彼があんたを嫌っている? そんな風には見えなかったけど......」

「梓晴、少なくとも彼は、私を避けているように見えるわ」

「それも、ちがうように思えるわ......たぶん、彼にとってはアリサもわたしも彼と同じ年齢の少女だから、とても意識してしまうのではないかしら? 彼にとってはとても魅惑的であっても、手を出すまいと強く決意しているのかもしれないわね……私たちの身体は、もう十分大人になっているしね....でも、私たちからすれば結婚もしたいし...このままじゃ、私たちは、地下迷宮でただ死んでいくだけよ....だから、せめて私たちのやりたいことをしておきたいわよね....」

「そうね…」

 アリサは、直哉についてまだ希望があることに安心したのか、はたまた直哉が梓晴を相手にしていなかったことを知ったせいなのか、梓晴にすっかり心を許していた。梓晴は、アリサの変化を見逃さなかった。

「ねえ、二人でなら彼を捕まえられると思うんだけど...」

「え?」

「彼には荒療治が必要なのよ......二人で夜伽して彼を動けなくしてしまえば、彼は私たちのものよ!」

「梓晴、私たちが二人で一人の男子を相手にするの?」

 アリサの疑問は当然だった。彼女を含む人類は一対一のペアの間だけで愛が交換されるはずだった。魔族の血を引く梓晴にとってみれば、魔族では一般的に行われる多数対多数の情の交換となるのがごく自然なのだが、彼女はここではアリサの疑問を受けつつ、多数同士の情の交換になる可能性を伏せた。

「単に、彼を誘惑するためよ! そうでもないと、彼を捕まえられないし......それに二人でモーションを掛ければ彼にショックを与えられるし......」

「彼にショックを与えて......つまり彼を動けなくするのね」

「アリサ、それだけでは足りないのよ!」

「え、どういうこと?」

「彼にもっとショックを与えて逃げさせないためには、さらに追い詰めたうえで女の武器を使いましょう……これなら、彼はショックを受けて動けなくなるはずよ」

 二人は、こうしてあるプランを実行することにした。

____________________


 明け方になると、直哉は意気揚々として部屋に帰ってきた。梓晴とアリサは、会話で彼が毎晩何をしているのかを、探ろうとした。

「ねえ、今夜もどこへ出かけるの?」

「うん、ちょっとね」

「説明になっていないんだけど! なんでごまかすのよ!」

「え、だって、教えたら、二人とも多分軽蔑するから」

「へえ、私たちから軽蔑されるようなことをしているのね!」

「じゃ、じゃあ、説明するよ......いろいろな姿勢で抱き上げて、挿入して結合して、ただ......そこからもつれあっちゃって」

「挿入して、もつれあった? どういうこと?」

「あ、だから抱き上げて挿入できたんだ」

 直哉からは、またしてもこんな説明が繰り返された。ふたたびアリサは眉毛を釣り上げた。

「ね、ねえ、それってどういう意味?」

「ほら、やっぱり怒り始めたじゃないか!」

 直哉はまたしても、さっさと部屋から出て行ってしまった。


 二人は暫く直哉が出て行ったドアを見つめていた。通路には癇癪を起したらしい直哉の足音が響いていた。

「追い詰めようとしたけど、質問の仕方が悪かったかもしれない......はぐらかされて逃げられてしまったわね」

 梓晴は作戦の失敗を認めて脱力してしまった。だが、アリサはまだあきらめていなかった。

「ねえ、今夜、彼を追いかけてみましょ!」


 その日の就寝時刻になってから、二人は暗い通路に出て直哉の後を追うことにした。遠くで直哉の足音が響いていた。

 直哉の後を追って二人が地下通路を奥へ進んでいくと、直哉は謁見の間へ入り込み、女王の居室、側近たちの控室へと進んでいった。直哉はさらに地下通路を進み、尋問室の並んだ通路へとドンドン進んでいった。

「ここは、私が拷問されていた場所ね......いやな記憶...ということは、この何処かの特殊寝台を使っているのかしら?」

「梓晴、ということは、直哉は誰かを特殊寝台に縛り付けて、何かをしているのかしら?」

 アリサの疑問とそこから想像された様子は、梓晴にとっておぞましいものだった。そのせいか、梓晴は怒りを感じ始めていた。

「特殊寝台に縛り付けて? だれを?」

「誰だろうね」

 アリサは、この迷宮地下に梓晴とアリサ以外に女がいるとは考えられなかった。梓晴は自分が特殊寝台で経験したことを思い出して、ますます怒りを増していた。

「そんなの許せない!」

 梓晴の怒った表情を見て、アリサは彼女もまた嫉妬心を燃やしているのだと考えた。

「そうね、彼をつるし上げないといけないわね」

 二人は、さらに通路の奥へと進んだ。すると、直哉が入り込んでいるらしい隔壁の先で、うんうんという、直哉の声が聞こえた。二人は足を止め、その音の様子を観察した。すると、間もなく金属の金切り音のような女の悲鳴が聞こえはじめた。

「まるで魔女のような声ね!」

 アリサは、思わずそう言った。たしかに魔女の苦悶の悲鳴のように、聞こえないわけではなかった。梓晴も、首を傾げながら疑問を口にした。

「直哉は魔女を相手に何をしているのかしら?」

「この悲鳴は、ただ事じゃないわ」

 アリサはそういうと、梓晴は怒りの余り顔が紅潮した。

「特殊寝台に縛り付けて、いけないことをしているのよ!」

「直哉、絶対に現場を押さえてやる!」

 そう言ったのはアリサだった。


 二人は目で合図をすると、音のする中へ駆けこんだ。直哉は、というと、そこで彼は、大小さまざまなパイプやダクト、地脈の様々な部品とパイプと格闘していた。彼は、そこで地脈の様々なパイプを使って伝達回路増幅回路などの回路、そして作動術の変化形を工夫していたのだった。

「二人は何をしに来たの? ずいぶんな剣幕だね」

 直哉は、楽しそうな表情を浮かべながら、パイプやダクトと格闘し続けるのだった。

____________________


「あんた、ここで何を....あら、女の子はいないわね」

「あら、魔女はどこかしら?」

 アリサと梓晴はそう言って、直哉が作業しているエリアを見渡した。

「え、魔女と僕が? なにをしていたと?」

 直哉の驚いた顔を無視して、アリサはつづけた。

「ここで、女の人の悲鳴が聞こえたのよ....女の人が此処で手籠めにされたか、いじめられていたか、それとも裸にされて乱暴されていたに違いないの!」

「なんだって! どんな男がそんなことを! 許さん!」

 直哉は突然激高した。それに、驚いてアリサは声を小さくした。

「ええ、そうなの......此処で…」

「え? ここで? いつ?」

 直哉は、今度は驚きと戸惑いの声を上げた。アリサは直哉の表情をみつつ、今度は躊躇いながら、つづけた。

「何時って、今先ほどその悲鳴が此処から聞こえたから、駆けつけてきたのよ...」

「此処? でも此処には僕が作業をしていただけだよ....」

 直哉は怪訝そうな表情でアリサを見つめた。アリサは意を決したように直哉を見つめて、さらに続けた。

「あ、あんたが此処で、そのしている作業で......女の子を裸にして苛めているんじゃないかと…」

「え? 僕が女の子を裸にして!? そんなバカな!」

「だって、女の子の悲鳴が聞こえたわ!」

 アリサは語気を強めてそう指摘した。そして、再び怒って泣きながら直哉に迫った。このアリサの涙が、直哉の潜在意識を覚醒させた。直哉は、アリサの涙と剣幕に驚きながら、何かを一生懸命に考え始めた。

「女の子の悲鳴? 高い金切り声? つまり金切り音......そうか、この音じゃないの?」

 直哉はそういうとすくっと断ち、床に放り出されていたダクトとダクトを接続させ、金属摩擦音を出して見せた。梓晴はハッとして反応した。

「この高い音が、ずっと響いていたのね!」

「そう、この金切り音が作業の間響いていたわけだ」

 直哉はそういうと、アリサの方をゆっくりと見た。アリサはすでに顔を真っ赤にして何かを言おうとしていた。

「だって、そう聞こえたんだもの......それに、直哉は私たちを相手にしないし......」

「へえ、僕がアリサと梓晴を相手にしないから、てっきり別の女の人を相手にして睦事をしている、と考えたわけね」

 直哉は、さてどうしてやろうか、という顔をしながら、アリサを問い詰めた。だが、アリサは一生懸命な表情を直哉に向けた。これは、直哉にとって最も苦手な態度だった。

「だって、そうじゃない! わたしが気持ちを向けても、言い寄っても、迫っても、あんたは拒否するばかりじゃない!」

「そうね、わたしもそう思うわ......私たちの気持ちは、あんたも分かっているでしょ?」

 梓晴も、改めて直哉を睨みつけた。すると、鬼の首をとったかのような顔をしていた直哉は、逆に追い詰められたことを悟り、慌て始めた。

「あ、あの、お嬢さんたち、僕は、そういうことは結婚式で誓いを済ませてからでないと、いけないと思うのですが......」

「いいえ! これだけ一緒に居ながら、私たちの気持ちをわかってない唐変木に、そんなことを言う資格はありません」

 梓晴は、今にも泣きそうなアリサの顔を一瞥しながらそう言った。

「そうよ、グスン、もうこれだけ一緒にいるのだから、男なら娘のどちらかに手を出すはずでしょ? それなのに、どちらにも手を出さないで....ダクトで遊んでいるなんて......」

 アリサはこう言いながら、大声で泣き始めてしまった。梓晴はアリサが泣き始めたことに驚いて、彼女を慰め始めた。大騒ぎになったところで、直哉は忍び足で逃げ出した。

「待ちなさいよ!」

 アリサが泣きながら、大声を上げた。それに追い立てられるように、直哉は暗い通路を駆け足で逃げて行ってしまった。

「ひえー、アリサが泣きだした......どうしてだよ......僕が何をしたんだよ......僕はあの子たちを大切に守ってきたつもりなのに、絶対に安全に過ごさせてきたつもりだったのに......そのうえで唐変木? 朴念仁とでもいうのか? 泣かれるのはつらい……泣かれるのは怖い……ひえー」

____________________


 この夜、直哉は二人の娘を警戒して、旧指令室に籠って地上を観察することにした。

 この夜だった。再び、ツツー、と走る一筋の光の線が画面上に現われた。

「なんだろう?」

 この時稼働させていたカメラは、何らかの動きがあればスティルフォトを撮影するように設定していた。そのカメラに残されていたスティルフォトには、直立二足歩行の一団があゆみ去る姿が映っていた。それは、ある意味、人間たちではあった。というよりも、それらは全身がハニカム模様の魔族たち、そして、彼らにつき従う人間たち、さらに、その後に、引き立てられるようにしてついていく人間たち、そんな一大集団だった。

「魔族と、それに従う美男美女たちと、さらに引っ立てられていく傷だらけの人間たち......地上を支配するのは魔族なのかもしれない......魔新生になったのか」

 写真から読み取る様々な風景から、直哉は魔族が全世界を支配していることを確信した。すぐにでも魔族に対抗し、魔族、魔王を打ち破る必要を感じていた。

 魔族たちの構成は、大勢の男たちとそれに入り乱れ、また寄りかかるように歩く女たち、そんな様子だった。そのことに気づいた直哉は、魔族の男女たちが仲よく入り乱れている様子を見ながら、つぶやいた。

「智姉もそうだったけど、僕と同じ年の女の子たちは、何を考えているのか、分からない......僕にとっては、不可侵の存在のはずなんだけど、恐ろしい存在であることも分かった......疲れた、もう寝よう」

 直哉の潜在意識は、既に再び働きを止めていた。そのせいもあって、直哉は自室に帰るとすぐに寝入ってしまった。

____________________


 直哉の部屋は、すっかり真っ暗だった。2人の娘は、申し合せたとおり、バスタオルだけを纏い、直哉の部屋に乱入した。直哉はすっかり寝入っており、二人の娘が二人掛で直哉の被っているタオルケットの中に忍び込んできたことに、少しも気づかなかった。

「彼は、気付いてないみたい」

「よく眠っているわね」

 二人はそういうと、タオルをほどき、そのタオルで直哉の両手両脚を縛り上げてしまった。

「これで、直哉は抵抗できないはずよ」

 梓晴はそういうと、直哉のシャツをたくし上げ始めた。さすがに直哉は目が覚めた。

「う、動けない......」

「そうね、動けないようにしたの」

 アリサはそういうと、震える手で直哉の顔の左側を胸の部分に密着させてした。すると、梓晴も同じタイミングで直哉の顔の右側を抱えた。

「な、なあ、念のために効くんだが、僕は手足を縛られているのだろうか?」

「ええ、そうね」

 梓晴はそういうと、アリサも答えた。

「私たち、あんたに逃げられないように、二人で来たのよ」

「な、なあ、もう一度聞いていいか? あの、二人とも、胸の大切な所を隠していないように感じられるんだけど、こんな風に直接にくっつけるのはいけないんじゃないのかな?」

 直哉は、声が震え、上ずっていた。それでも、身の危険を感じたからには、二人の娘に問わざるを得なかった。梓晴は、彼の反応を確かめてから、今度は足を直哉の身体に絡めさせ始めた。

「ねえ、直哉、もう、私たちに身を任せてもいいのじゃないかしら?」

「ああ、災いだ、災いだ、あんた達は、悲しみに苦しみを加えた......僕は疲れ果てて安らぎを得ない....あんたたち、まさかと思ったのだが…何も身に着けてないじゃないか!」

「そうよ、ね! アリサ」

 梓晴は悪戯っぽく笑うと、アリサに同意を求めた。アリサも遠慮がちにうんと言うと、彼女も彼女自身の脚を彼の脚に絡みつけた。直哉は耐えられなくなって、とうとう悶え始めた。とはいっても、両手両足を縛られているために、効果的に娘二人によって抑え込まれてしまった。

「なあ、お二人さん、これから僕をどうするつもりなのかな?」

「そうね、私たちの思いを形にしてあげる」

 梓晴はそういうと、アリサとともに直哉のシャツを引き裂き、ズボンに手を掛けた。

「仕方ない、お嬢さま方、許せよ」

 彼はそういうと、軽い電撃を二人に与え、気絶させた。素志てゆっくり、自らの束縛を解いた。だが、彼の首や肩、腰と脚には、アリサと梓晴の白い手足が絡み合っていた。彼は、冷や汗をかきながら、絡み合った二人の娘の手足を、やっとのことで解いた。

「もう、やめてくれよ......あれ、本当に何も身に着けてないのかよ......呆れた娘たちだよ......僕はまだ智姉のことを忘れられないんだよ......何をいまさら情を重ねるなんて、考えられない....許してくれ、お二人さん」

 直哉はこういうと、ゆっくり眠っている二人の間から起き上がると、部屋を出て行こうとドアを開けた。


「まって!」

 そう叫んだのは、少しマヒが解けたアリサだった。開いたドアからほのかに見えた別の部屋の照明が、アリサを薄暗く照らした。その薄暗い光は、アリサの表情と、四つん這いになって乗り出す肢体と、重力で強調された豊かな胸の双丘とを、妖しく浮かび上がらせた。直哉は一瞬、彼女の裸体に目を奪われた。だが、それも一瞬だった。アリサが、直哉の視線に強く反応してさらに手を伸ばそうとしたとき、彼は、全てを吹っ切るように視線を外して出て行った。その後ろ姿を追うアリサの様子を横目で見ながら、梓晴はため息をついた。

「呼びかけたのはよかったわよ......彼は確かに私たちから目を離せなかったね…でも、アリサ、あんた、彼をどうする? あの調子じゃあ、まだ智子を失った衝撃からまだ立ち直るのは無理なんじゃないの?」

「だから、二人で彼に夜這いを掛けたんでしょ!」

 アリサは、そう言いつつ口惜しそうに直哉の消えたドアを睨んでいた。彼女を慰めるかのように、梓晴は言った。

「脈はないわけじゃないと思うわ......彼、貴女に確かに目をくぎ付けになっていたわ」

 梓晴の指摘に、アリサは何かを決意したかのようにうなづいた。こうしているうちに、二人のマヒが解け始め、アリサは転び躓きながら部屋を飛び出していた。


「直哉!」

 アリサが声をかけた時、直哉は何かの準備を急いでいた。アリサは自由の利かない体で壁に寄りかかりながら、直哉に叫んだ。

「私は捨てられるのね!」

「いや、そんなつもりじゃない」

「でも、私を置いていくんでしょ」

「僕は、貴女に相応しくない......僕は貴女の心を制御できる......でも、それは戦いのため......貴女を支配するための制御じゃない。......今のあなたは誰のものでもない....…だから、僕なんかを忘れてこれからは自由に生きるんだ」

「私は、あんたのことが好きよ!」

「え、なんでまた、そんなことを......」

「私、今はろくに動けないから、口だけ動かしているの......」

「え、何、それ......」

「私今動けないから、今なら好きにしていいのよ!」

 アリサはそう言いながら、直哉に倒れこむように飛びついた。直哉は彼女を受け止めつつ、吐き捨てるように言った。

「そんなこと、言うな!」

「なに? それ......」

「僕がくだらない存在だ......このままでは、君にふさわしくないことをしてしまいそうだ」

 直哉はそう言うと、謁見の間へ出て行ってしまった。アリサは、金縛りのまま身動きができなかった。すると、間もなく謁見の間の方から、ガラガラと爆発音と大きく崩れる土砂の音が聞こえた。それは、直哉が地上への脱出路を開けた時の騒音だった。直哉は、謁見の間の先にある地上脱出口に木刀から発した電撃で穴をうがち、もう一度開通させて地上への脱出路を形成させていた。


 こうして直哉は、地下迷宮から出て行った。

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