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7 あなたの幸せを祈る

 使用人が、ワゴンを押して入ってきた。茶をいれかえるため、熱い湯の入ったポットを持ってきたのだ。

 ルティーダは一度下を向き、そして顔を上げるとシアーシャに微笑みかけた。

「そう、お土産があるの。ちょうどいいわ、私にお茶を淹れさせて」

「え? ええ……」


 シアーシャとレークが見ている前で、ルティーダは立ち上がるとワゴンに近づいた。

 持ってきた瓶を取り出す。中には、ルティーダがブレンドしたハーブティーの葉が入っていた。

 ポットに瓶の中身を入れ、湯を注いだ。ふわっ、と、まるで花畑にいるかのような香りが立ち上る。

「シアーシャは、私が作るハーブティーが好きだったでしょ。懐かしい味を、楽しんでほしいと思って」

 ルティーダはカップに湯を注ぎ、温める。シアーシャはなぜか、黙っていた。


 やがて、四つのカップにハーブティーが注がれた。

「さあ、どうぞ」

 手渡されたカップに、真っ先に口を付けたのはトルフォンだ。

「あっつ」

「大丈夫ですか?」

「ん。……うん、美味いな」

 続いて、レークも一口、口にする。

「うん、美味しい。前に僕も何度も淹れてもらったけど、今日のは格別だ」


「よかった、ありがとうございます」

 礼を言ったルティーダは、シアーシャに視線を移す。

 シアーシャは、カップを手にしたまま口にせず、動きを止めていた。心なしか、顔色が悪い。

 静かに、ルティーダが声をかける。

「シアーシャ、どうかした?」

「あ、ううん。何でも……」

「そう? あなたの好きな味にしてあるのよ、どうぞ」

 しかし。

 シアーシャはさらにためらった後、カップを置いてしまった。

 ルティーダは、表情を曇らせる。

「飲まないの?」

「ええ、あの、今はちょっと」

「どうして?」

 尋ねた声が、わずかに震える。

「何か、おかしなものが入ってると思ってるの? 例えば……キト、とか」


 ビクッ、と、シアーシャは肩を震わせた。


 ルティーダは続ける。

「あの日、あなたはキトの花束を持っていたそうね。そして、珍しく、私にお茶を淹れてくれた」

「何の話かな?」

 不思議そうに尋ねるレークに、トルフォンが視線を向けた。

「キトって花は、花聖女の力と相性が悪いんだそうだ。この意味、わかるよな?」

「…………」

 レークはシアーシャを見る。

「シアーシャ?」


「わざとじゃないわ!」

 急に、シアーシャは大きな声を出した。

「お姉様があんなふうになってしまうなんて、知らなかったもの! 私はただ、花聖女が結婚式で行う儀式で、お姉様がちょっとくらいミスすればいいと思っただけ! だってずっと、ずっと私はお姉様と比べられて、お姉様ばっかりいい目をみてきたんだもの!」


 沈黙が落ちた。


 やがて、ルティーダはささやく。

「辛い思いをさせていたのね。でも……シアーシャ……後悔している?」

 それは質問であり、謝罪を促す言葉でもあった。

(シアーシャも辛かったなら、私は許したい。謝ってくれれば、それで……)


 しかし。

 シアーシャは、きっ、とルティーダを睨んだ。

「いいえ、後悔してない。お姉様がレーク様の妻にならなくて、よかったと思ってる」

「えっ?」

 思わず聞き返すと、シアーシャの口許が笑みを作る。

「だって、キトであんなふうに花を枯らしてしまうなんて、文献でも読んだことないわ。やっぱりお姉様はおかしいのよ。おかしい花聖女を王家に入れないようにした私は、王妃に相応しいと思う。後悔なんてするわけないわ!」


「お前」

 腰を浮かせたトルフォンを、レークが見上げた。

「トルフォン。もしかして君、ルティーダにだまされていない?」

「何だと?」

「今の話、何の証拠もないじゃないか」

「シアーシャがキトの花束を持ってるのを見たのは、俺だ」

 トルフォンは語気を強めたが、レークは淡々と答える。

「それ、証明できる? できないなら、あれこれ言わないでくれるかな。大事な時なんだ」

「いいのかよ、レーク」

 トルフォンはシアーシャを指さした。

「お前の妻は、姉に毒を盛るような女かもしれない、って話をしてるんだぞ」

「僕がシアーシャに求めるのは、高位の花聖女としての役割だけだ」

 レークは微笑む。

「身体の弱い僕だけど、シアーシャを娶って王座に上がる。バルラディ家が王家になりさえすれば、僕に何かあっても、一族の誰かが継いで繁栄していけるからね」

「…………」

 シアーシャの視線が一瞬揺れたが、すぐに満面の笑みを浮かべた。

「お姉様。私たちの幸せを、邪魔したりしないわよね?」


 ぐわっ、とトルフォンの怒気が立ち上る。

 急いで、ルティーダはトルフォンの袖を掴んだ。

「トルフォン様! 私はいいの」

「なっ……」

「いいんです。お願い」

 絶句するトルフォンに、レークが話しかけた。

「ルティーダの暴走が抑えられるということなら、戴冠式には招待しよう。新王妃の姉なんだからね。でも……念のため、末席にいてもらうよ」

「わかりました」

 ルティーダは答え、そしてシアーシャのカップに手を伸ばした。

 はっ、とするシアーシャの前で、一気に飲み干す。

「……それではまた、戴冠式で」


 馬車に乗ったとたん、トルフォンはルティーダに向き直った。

「あんたは、こんなふうに終わっていいのかよ?」

「…………」

 ルティーダは口を開いたものの、結局、何も言えない。代わりに、ぽろ、ぽろと涙をこぼした。

 トルフォンは、ため息をつく。

 そして黙ったまま強引に、彼女の頭を胸に引き寄せた。


 一瞬、身体を固くしたルティーダだったが、我慢していた涙が止まらない。隠すように、彼の胸に顔を埋める。

 馬車の中に、啜り泣きが響いた。


 やがてルティーダが落ち着いてきたころ、トルフォンは尋ねた。

「ルティーダ。あんたもしかして、自分の力が暴走した原因、知ってるんじゃないのか?」

 彼女が何かを隠していることに、トルフォンはすでに気づいている。

 キトが花聖女に与える影響がどんなものか、文献に残されているのに、ルティーダの変化はそれを上回る異常なものだったのだ。

 ルティーダは、そっとトルフォンの胸から身体を離した。そして、首を横に振る。

「知りません……私が『どうして』こんななのかは、本当に、知らないの。ただ……シアーシャが『おかしい』と言うのは、間違っていないから……」

「どういうことだ」

「……ロザを枯らしたのは、ロザから力を引き出しすぎた(・・・・・・・)ため。こんな花聖女なんて……」

「引き出しすぎた? それはなんでだ?」

 トルフォンはさらに尋ねる。

 しかし、ルティーダはうつむき、答えなかった。

次回、第8話と第9話は同時更新です

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