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6 静かな茶会

「お姉様!」

 客室に入るなり、高い声が飛んできた。

 テーブルの向こうで、ソファに座っていたシアーシャが立ち上がっている。薄紅色がかった茶色の髪は、高い位置で結ってから華やかに垂らしてあり、はっきりした顔立ちにはっきりした色のドレスがよく似合っていた。

 シアーシャはルティーダを見た瞬間、あっ、と両手で口を押さえた。顔の紋様に驚いたのだ。

 けれどすぐに、笑顔になる。

「元気でよかった!」

「シアーシャ、私も心配していたの。元気そうで嬉しいわ。結婚、おめでとう」

「ありがとう! 幸せに過ごしているから、安心してね」


 二人とも再会の喜びを表しているのだが、シアーシャはテーブルの向こうからこちらには出てこない。

 ルティーダもまた、入ったその場所から動けなかった。

(怖いわよね、私の顔……)


「やあ、ルティーダ」

 シアーシャの隣に立つのは、長めの金茶の髪を顔の周りに遊ばせた、美しい男性。レーク・バルラディ──ルティーダの元婚約者で、シアーシャの夫だった。

「久しぶりだけれど……どうしたんだ、その顔は?」

「レーク様、お元気そうで何よりです。この紋様は、私の力を落ち着かせるために描いたもので、害はありません。ご安心を」

「彼女が、自分で研究して作り出した方法なんだ」

 なぜかトルフォンが説明し始める。

「この染料でこの紋様を描くのが大事らしい。俺も驚いた。すごいなルティーダは」

「そうだね、花聖女の中でも特に優秀だったよ」

 レークが微笑みながら褒めると、シアーシャがすぐに加わる。

「お姉様は本当にすごいのよ、生まれつき。私はずーっと敵わなかったの。だから、まさかこんな立場になるなんて、想像もしてなかったわ」

 そして彼女は、ふと表情を曇らせる。

「会いに行かなくて、ごめんなさい。私は行きたかったんだけど、周りの誰もがよってたかって止めるんだもの。ひどいわよね?」

「え、ええ……」

「さあ、座って! 一応、この部屋に花は飾らないようにさせたから、安心してくつろいでね!」

「……ありがとう」

 トルフォンにも視線で促され、ルティーダはようやく彼と並んでソファに腰掛けて、シアーシャたちと向き合った。

(どうしてかしら。シアーシャの言葉の端々が、心に小さな傷をつけていく)


 メイドが茶や菓子を用意し、そして下がっていった。

「トルフォンと一緒とは、驚いたよ。二人は知り合いなのかい?」

 レークがルティーダとトルフォンの顔を見比べると、トルフォンはニヤリとしながら答えた。

「実は今、彼女はギルマインの別宅で暮らしてるんだ」

「えっ」

「彼女の追放先で、運命の出会いをしたんだ。すぐに連れて帰った」

 トルフォンは大げさな身振りで語る。

「山賊も出るような山の中に、花聖女を放っておけるわけがない。そうだろ?」

「……そんな場所にいたのか」

 レークが軽く眉をひそめ、トルフォンはどこか白々しく「知らなかったのか?」と驚いた。暗に「元婚約者のくせに」という意味を含ませているらしい。


「で、客人としてもてなしてるうちに、彼女の美しさと賢さに参っちまってな」

 横から手が伸びて、ルティーダの髪を一房、手に取る。

(はい???)

 ぎょっ、と振り向くと、トルフォンは彼女を熱い視線で見つめながら──

 ──髪の先に、キスをした。

「俺はこのまま、ルティーダと結婚したいと思ってる」

 シアーシャとレークが同時に「えっ」と目を見開く。

(やりすぎですトルフォン様!)

 いたたまれず、ルティーダはもう帰りたくなった。

 しかし、若くして高位の花聖女になり、神殿で数々の儀式をこなしてきた彼女である。咳払い一つで気持ちを立て直した。

「とにかく今は、客人として置いていただいているので……私も何か、トルフォン様のお役に立てればと思っています」

「それならなおさら、妻になってくれ」

 今度は手を握ってくる、トルフォンである。


(レーク様とシアーシャの前で言質取ろうとしないで!)

 ルティーダが困っていると、シアーシャがクスッと笑った。

「トルフォン様、あまりお姉様をからかわないで下さらない? 結婚なんてしたら、ギルマイン家の皆様や使用人たちを怖がらせてしまうわ。お姉様は優しくて控えめな方だから、そういうのは嫌なんです。ね?」

 ルティーダが返事をする前に、トルフォンが軽く首を傾げた。

「花を枯らすことの、何がそんなに怖いんだろうな」

 彼はじっと、シアーシャを見つめている。

「この紋様で力も抑えられてるし、俺の別宅の使用人はすぐに慣れた。ルティーダは彼女の才能を生かした方がいいし、生かしていける。そう思わないか?」

 シアーシャは、曖昧な笑みで首を振った。

「ロザを枯らすって、大変なことなんです。花聖女でない方には、この感じ、わかっていただけないかもしれませんね」

「そうだな、わからない。それならなお、花聖女以外の人間の前では姉を貶めない方がいい」

 トルフォンはルティーダの手を握ったまま、まるで睨むようにシアーシャを見ている。

「俺の前でもな」


(トルフォン様)

 ルティーダは、胸が熱くなるのを感じた。

(なんだか、守られているみたい)


「…………っ」

 シアーシャは息を呑み、すぐに隣のレークを見る。

「そ、そうね! お姉様はそれでいいのかもしれないわ。花聖女としてのお役目は、私が代わりにちゃんと果たしているんだし。ね、レーク様」

「うん、シアーシャはよくやってくれているよ」

 レークはいつものように、穏やかな表情だ。シアーシャが笑顔になる。

「嬉しいわ」


「二人が幸せそうで、本当によかった」

 ルティーダは心から、そう言った。

(もう、このままでも……)

 しかし、ぐっ、と彼女の手を握るトルフォンの手に、力が入った。横を見ると、彼が見つめ返してくる。

(……そうね。気づかなかったふりはできない。トルフォン様に守られるばかりじゃ、ちゃんと生きていけないもの)

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