5 さやかに秘密は現れ
一枚一枚、じっくりと見ていた彼女は、やがて「あ」と声を上げる。
黄色い花の絵だ。どこか管楽器を思わせる形で、細長く、先の方が開いている。
「ん? これが、どうかしたか?」
「いえ、久しぶりに見たなと思って。キトという花なんですが、花の谷には咲いていないんです」
ルティーダは苦笑いした。
「古い文献に、ロザの近くに植えるとロザが育たなくなるとか、花聖女がキトの花を食べると、ロザの力がうまく引き出せなくなると書いてあって。相性が悪いんでしょうね。こんなに特徴的な花ですから、間違って食べたりはしませんけど」
「……ふーん」
トルフォンはキトの絵を見つめ、目を細めた。
「その話、花聖女なら知ってるってことか?」
「いえ、知っている人はほとんどいないんじゃないかと思います。元々、谷やその周りでは自生していない花ですし、私はたまたま古文献を読んで知っただけなので」
「俺、この花を見たことがあるぞ」
トルフォンは、横に立つルティーダを見下ろす。
「三年前の、あんたの結婚式の日だ。正直、まあ面倒で、ぎりぎりまで神殿の裏でサボってた。その時、シアーシャが花束を抱えて歩いていくのを見た。この花の、花束だった」
「えっ!?」
ルティーダは、頬がこわばるのを感じた。
「シアーシャが、キトを?」
「花聖女と相性が悪いって話、シアーシャも知らないのか?」
「……いえ……知ってる、はずです。あの子には、私から話したことが……」
「ほう。じゃあ、何でそんなもの持ってたんだろうな」
つぶやいたトルフォンは、ルティーダの顔を見て驚く。
彼女が、みるみる真っ青になったからだ。
「どうした。倒れそうな顔してるぞ」
トルフォンが背中に触れた。
ルティーダはハッとして「いえ、何でも」と首を振ったけれど、彼は軽く身を屈めて顔をずいっと近づける。
「何でもないって顔か。言えよ。シアーシャがキトを持ってたのは、やっぱりおかしいんだな?」
ルティーダは動揺しながらも、小さくうなずく。
「はい……それで、思い出したんです……式の直前に、シアーシャが珍しく、お茶を淹れてくれて。落ち着くからって」
「つまり、キト入りの茶か。その直後、あんたの力は暴走した」
核心を突いたトルフォンに、ルティーダは泣きそうになる。
「そんなはずは……」
「飲んだとき、変だと思わなかったのか?」
「キトは、味も匂いもないんです。だから……本当にシアーシャがそんなことしたのか、わからない。そう、わからないわ」
するとトルフォンは、すぐに言った。
「だったら、王宮に行って確かめよう」
「えっ?」
「レークは成年貴族として、王宮でも仕事をしている。近頃、シアーシャも呼び寄せて王宮で暮らし始めたらしい。もう新王夫妻気取りってのは気にくわないが、会いに行って話をしてみればいい」
ルティーダは驚いて首を横に振る。
「おっ、王宮になんて! 追放された私が行けるわけないです!」
「何度も言うようだが、あんたは罪人じゃない。それに、ひとまず山賊も片づいたし、俺が一緒に行くから大丈夫だ」
ドン、とトルフォンは拳を自分の胸に当てた。
「ギルマイン家のトルフォンが、話を通してやる。花聖女ルティーダは花を枯らすことはない、何かあれば俺が責任を取るってな。そうすりゃ、あとは姉が妹に会うだけだ、おかしいことは何もないだろ?」
「そう……かも……? お祝いも、言えてなかったし……」
彼のペースに乗せられそうになったルティーダは、ハッと我に返る。
「いえ待って下さい!『どうしてトルフォン様が、追放花聖女をわざわざ連れてきたんだ』って怪しまれるわ!」
「おお、そうだそうだ」
トルフォンは、人差し指をルティーダの顔に突きつける。
「そこで、前に言ったあれだ。結婚だ」
「は?」
大きな目を瞬かせていると、彼は楽しそうに続けた。
「今も、ルティーダが強い力を持つ花聖女なのに変わりはない。あんたはトルフォン・ギルマインの婚約者として、堂々と王宮に行けばいい」
「こっ、婚約者!? そんな、おこがましいこと」
「気にするな。俺にしてみればバルラディ家への牽制になるし、レークの弱みになるかもしれない。俺を利用しろ。あの紋様もバーンと描いて、あいつらをビビらせろ。いや、これは面白くなってきたぞ」
「何も面白くありません!」
(やっぱりこの方、私を利用する気満々じゃないですか……!)
ルティーダはわなわなと手をふるわせる。
しかし。
「気になるんだろ? 確かめたいだろ? 行くよな」
まるで、彼女の返事は最初から一つだとわかっているような態度のトルフォンである。
(気になるに決まってるわ。シアーシャ……嘘よね? でも……)
ルティーダは悔しく思いつつも、トルフォンに屈した。
「……行き、ます」
◇ ◇ ◇
刺すような冷たさの風が、ほんの少し温み始めた頃。
ルティーダはトルフォンとともに、ミロシュ王国の王都ロシュラーナを訪れた。表向きは、レークとシアーシャに結婚祝いの挨拶をするためだ。
開け放たれた大門の向こうに、噴水と花壇がいくつも続く長い通りがあり、奥に壮麗な宮殿群が広がっている。
(この王宮に……シアーシャと、レーク様が)
馬車の窓から見つめながら、ルティーダは少しずつ緊張を感じ始めていた。
元々、レーク・バルラディは宰相の補佐的な役割を務めていたため、先王の時代から王宮に滞在することが多かった。
体調を崩しやすい彼が、領地を駆け回ったり遠方に視察に行ったりは難しいため、成年貴族の中で自然とそういう役割に収まったのだ。
「宰相が摂政になってるから、引き続き補佐をしやすいようにとか何とかで、王宮にさっさと移り住んだってわけだ。実務に手を着けることで、足場を固めようとしてるんだろう。今のところはレークが王座に一番近いから、貴族連中も文句は言わないようだ」
「じゃあ、シアーシャももう、祭司として学び始めているのでしょうね」
「かもな」
中央宮の前で馬車を降りた二人は、中へと踏み入れる。
門衛はすでに連絡を受けていたようで、ルティーダたちを奥へと案内した。