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4 お部屋を飾ろう

 こうして、ギルマイン家別宅での暮らしが始まった。

 食事はたいてい一緒にとっており、二人は少しずつ話をして、互いを知りつつある。

「研究でも何でも、ここで続けろよ」

 トルフォンが言うので、始めのうちは遠慮していたルティーダも作業を再開。客室には、実験用の器具やら植木鉢やら大量の本やらが並ぶようになった。


 一方、トルフォンは山に入っていることが多い。

「ギルマイン家領地の山で植林をやってるから、まあ監督だ。冬場じゃなけりゃ、山で一晩過ごすのも好きだ。簡単な調理器具なんかも持って行ってな」

 本人は軽くそう話す。


 しかし、ようやく警戒を解いてくれた管理人夫妻に聞いた話では、トルフォンの仕事はそんなに軽いものではなかった。

 国境が近いため、隣国の民が山賊化して侵入してくることがある。さらに山道は、隣国と行き来する隊商も通る。林業を監督しつつも、トルフォンはあらゆるものから領民を守っているのだ。

(道理で、鍛えてらっしゃるわけだわ)

 しかし、領民のために領地を離れられないことで、バルラディ家に遅れをとってしまったのかもしれない。


 もちろん、トルフォンは屋敷で過ごすこともある。

 ルティーダが研究に没頭し、ふと顔を上げると、いつの間にかトルフォンが作業を眺めていた。目が合うと、彼はしみじみと言う。

「生き生きしてるなぁ」

「お……おかげさまで?」

 変てこな返事をすると、トルフォンは楽しそうに笑うのだ。


 季節が冬へと移ろう中、トルフォンが頭に怪我をして帰ってきたことがあった。

「トルフォン様!?」

 たまたま前庭で植物のスケッチをしていたルティーダは、馬から下りた彼の様子に仰天した。彼は頭の左側を布で押さえているが、すでに布は真っ赤で、額から頬に血が滴っている。

「何があったんです!?」

「おう、ルティーダ。見回りの途中で、とうとう山賊連中を見つけたんだ。戦いになったが一網打尽にして、部下たちが国境の砦に連行していった。これで少しは静かになるだろ、ははは」

「笑ってる場合ですかっ、ひどい怪我」

「首領をふんじばる時に暴れやがって、岩場にちょっとぶつけた。頭からの出血だから派手なだけだ。……おっと」

 少しふらついた彼を、彼女は「ほら……!」と支え、段差に座らせる。

「すぐに血を止めないと。待ってて下さい!」


 ルティーダは全速力で、自分の部屋に駆け戻った。片手で水差しを持ち、片手に蓋つきの陶器の器を握りこんで、また全速力で駆け戻る。


 トルフォンの横で器の蓋を開けると、彼女は中の白い軟膏を、新しい布にたっぷりと塗った。

「トルフォン様、手を放して」

 ルティーダは彼の横に膝立ちになり、傷を水で洗い流してから、軟膏を塗った布で押さえた。

 両手を重ね、目を閉じる。うっすらと、清涼感のある香りが漂った。

「……何やってんだ?」

「しっ」

「おう……」

 しばしの時が流れる。

 やがてトルフォンは、血が全く垂れてこないことに気づいた。

 ルティーダが息をつき、手を離す。

「もう大丈夫です。一応、押さえてて下さい」

「止まった? もう?」

 これだけの傷だと、縫うまで完全には止まらないのが普通だ。

「ちょ、あんた、何だその薬」

「えっ? 何って、たまたま持っていた止血薬ですが」

 わかりやすく目を泳がせるルティーダに、トルフォンは呆れた。

「んなわけないだろ。それもあんたが作った、特別な薬なんだな」

「う……」

「ロザから作られる花聖女の薬とも、全然違うよな?」

「そう、ですかね? 色々と研究しているうちに、あの、副産物? といいますか」

 ルティーダは口を濁す。

「すごいじゃないか。スーッとする匂いだな、何からできてるんだ」

 根ほり葉ほり聞いてくるトルフォンの圧に、ルティーダはパッと立ち上がると、

「あ、あまり深く追求しないで下さい! あの、誰か、トルフォン様をお願いしますー!」

 と叫びながらその場を走り去った。

 だいぶ血を失っているので後を追うことはできなかったが、トルフォンは座ったまま、ククッ、と笑う。

「まだ何か、隠してそうだな。面白い」



 ある日、馬車が数台やってきて、人足が大きな荷物をいくつも運び込んできた。布に包まれた、何枚もの絵だ。

 屋敷の中には、部屋と部屋を繋ぐ、豪華な通路にも見える長い部屋がある。人足はトルフォンに指示され、その壁に次々と絵をかけていく。

「おいルティーダ、来てみろ」

 トルフォンに呼ばれ、ルティーダは長い部屋に踏み込んだ。

「わあ!」

 思わず声を上げる。


 ずらりと並んだ絵は、全て植物画だったのだ。

 花が美しく描かれているだけではない。葉や茎、実や種、ガクも弁も細かく書き込まれ、断面図が添えられたものまである。

 それは美術品であり、研究資料でもあった。


「素晴らしいわ……! ああ、これは海辺で咲くという花……こっちは南国の果物かしら。見たこともないものがこんなに」

「昔、ギルマイン家のお抱え絵師が描いたものらしい。倉庫に眠ってたんだが、あんたが見たがるんじゃないかと思ってな」

「貴重な資料です、ありがとうございます!」

 大喜びでルティーダが礼を言うと、トルフォンも笑った。

「気にするな。これであんたの研究が進めば、またすごい薬を作るかもしれないわけだろ?」

「わ、私はそんな大したことは」

 とはいいつつも、ルティーダはすぐに絵を見始めた。

「ああ、顔に紋様を描かなくても、すぐ近くで花をじっくりと見られる。嬉しい……」

 緑の瞳をキラキラと輝かせ、頬を上気させているルティーダから、トルフォンは目が離せないでいた。

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