1 ルティーダと夜の訪問者
本日から25日夜にかけて、短いですが物語を贈ります。どうぞお楽しみ下さい!
薄紅色にふち取られたクリーム色の花びらが、幾重にも重なった花。
大陸神オリゾナが、自らの身体を土として育む神聖な花、ロザの花束が、ルティーダの手の中で枯れる。
花嫁のブーケが、枯れていく。
「ど、どうして」
ハッとして見回せば、ルティーダを中心に花々が色を失うのが見えた。神殿中に飾られた花が、次々と力を失ってうなだれ、乾き、散っていくのだ。
(いったい、何が)
うろたえた彼女はベールを翻し、祭壇を振り向いた。
しかし、祭壇の前に立つ花婿レークは、彼女を冷ややかに見つめて言う。
「神に誓う前でよかったよ。こんな女性とは結婚できない。代わりに、君の妹のシアーシャと結婚する」
「はい、レーク様」
すっ、とルティーダの横からシアーシャが現れ、祭壇へと歩き出す。まるで、ルティーダが見えていないかのように。
その間にも、花は枯れていく。
「花聖女が、花を枯らしている!」
「祭壇から引き離せ!」
「何をしてもいい、早く止めろ!」
騎士たちが槍を手に駆け寄ってくる。
(誰か、助けて……!)
怯えて後ずさったその時、後頭部に強い衝撃があった。
ルティーダの意識は、あっという間に、枯れた花びらに覆い尽くされていった。
◇ ◇ ◇
ふっ、と目を開く。
部屋の中は暗かったけれど、ベッドサイドに置いたランプが煌々と光り、枕の横に置かれた本を照らしていた。
「夢……あの時の」
ぼーっとつぶやき、そしてようやく意識がはっきりしてきた。
(いけない、本を読んでいるうちに眠ってしまったのだわ……灯りも消さずに)
眠りが浅いと、悪夢を見やすいものだ。
そしてルティーダの場合、それはたいてい、三年前の結婚式の夢だった。
ここミロシュ王国は大陸の中央に位置し、大陸神オリゾナを戴く大神殿と、『花の谷』と呼ばれる聖域を擁する。
花の谷、というのは、ロザという花の一大生息地だ。ロザはオリゾナが人々のために遣わしたとされる神聖な花で、神事にはロザが欠かせない。その重要性から、神殿は花の生産・加工と輸出によって、国の干渉を受けず独立を守っている。
花を育て、ロザ水やロザ油に加工する作業を担うのは、花聖女と呼ばれる女性たちだ。中でも、高位の花聖女は特殊な力を持ち、ロザの持つ力を引き出して人々を癒したり、また、薬を作ることができる。
薬は病を和らげ、痛みを抑える貴重なもので、人々はオリゾナと花聖女に感謝しながらその薬を使っていた。
信仰を集める者は、国に影響する大きな力を持つ。王侯貴族は、そんな彼女たちとの婚姻を望んだ。
特に今、貴族たちにとって、花聖女の存在は大きなものになっている。
ミロシュ王国に現在、王がいないためだ。
細々と続いていた王家がとうとう絶えてしまい、貴族の中から新たな王家を慎重に選ぶことになった。それまでは、摂政が国を預かる。
新王家として有力なのは、バルラディ侯爵家とギルマイン侯爵家だ。
バルラディ家の長子レークは、ギルマイン家の長子トルフォンより年上。しかも高位の花聖女と婚約したため、新王家争いはバルラディ家が一歩リードする形になっていた。
その、レークの婚約者だったのが、ルティーダである。
レークは聡明で穏やかな性格で、少々身体が弱いものの、花聖女の助けがあれば問題なく安定している。この婚約に、ルティーダは何の不満もなかった。十七歳で迎えた結婚式も、幸せなものになるはずだった。
ところが式の真っ最中に、ルティーダの花聖女としての力が、突如として暴走し──
(今でもわからない。何をきっかけに、私の力があんなことになったのか……)
ルティーダは小さくため息をついた。
花を枯らすような花聖女は、ロザの咲き乱れる谷にはいられない。ルティーダはそのまま追放され、ここ、山の中の修道院で暮らすことになった。高齢で引退した花聖女のソフィが、侍女としてついてきてくれている。
あたりに民家はなく、通りがかる人もいない。花を枯らさないように、あえて花の咲かないような場所を選んだので、窓からの景色も殺風景だ。今の季節は、数本の木の控えめな紅葉が、せめてもの慰めだった。
窓の外は暗い。夜明けまではまだ、遠い時間。
軽く頭を振り、寝直そうと、ランプに手を伸ばす。
その時ルティーダは、部屋の外が騒がしいのに気づいた。目が覚めたのも、そのせいだったようだ。
急いでベッドから降り、足を布靴に滑り込ませ、肩掛けを羽織る。扉の向こうからは、知らない男の声が聞こえてくる。
「建物の中をあらためる。そこをどけ」
「お待ち下さい、ここは女性の寝室です!」
侍女のソフィの声、そしてノックの音。
「ルティーダ様っ、大変です、いきなり山賊が……ひゃあっ」
「誰が山賊だ」
低い声とともに、バン! と、扉が開いた。
「こんなところに隠れているお前たちこそ山賊……ん?」
そこに立っていたのは、使い込んだ革のマントに身を包み、剣の柄に手をかけた男だった。
背が高く首も太く、まるで猛獣のような鋭い目つきの彼は、ルティーダをじろりと見下ろす。一見すると本当に山賊のようだが、身につけているものや話し方の端々からは、高貴なものを感じる。
(貴族……?)
彼の背後に、突き飛ばされたのか、ソフィが尻餅をついている。
ルティーダはランプを掲げ、自分の顔が彼から見えるようにした。
「乱暴なことしないで下さい。どなたですか?」
「……!」
男が息を呑んだ。
ルティーダの顔の右側、額から頬にかけて、緑色の染料で不思議な紋様が描いてあるのに気づいたのだろう。きっと、魔女のように見えるはずだ。
「あんた……追放された花聖女の、ルティーダか?」
うなずいたルティーダもまた、彼の顔をようやく思い出していた。
あの日の参列者の中にも、いたはずだ。
「トルフォン・ギルマイン様?」
二つの王家候補のうち、ルティーダが嫁入りするはずだったバルラディ家の対立候補、ギルマイン侯爵家。その長子、つまり、新国王の座を争う一人であるトルフォンは、気を取り直したのかニヤリと笑った。
「ああ。そうだ」