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香る脳汁カウンセラー参戦!

「ねぇ、良かったの?」

「ああ、うん」

白峰(しらみね)先輩からの問い詰めから逃げるため、神代(かみしろ)さんを利用し、その時に僕は無意識で手を繋いでいたのだが・・・。

気づけば、彼女が腕を組み、僕の腕に彼女の胸が密着していて、正直それどころではなかった。

その上、彼女のひし形に空いた前開きの穴から見える谷間が、僕の脳のコントロールを奪い、眼球が勝手にチラチラと見てしまう・・・。

理性の門番が駄目だと僕を叱咤するほど、抑制ができなくなっていく。

智仁(ともひと)くん、さっきからずっと見てるよね」

バレてる。

とは言え、そのこと自体、僕自身も気づいてはいたけど、本能の狼が眼球の舵を右に切ってくるのだ。

「もっとしっかり見ても良いんだよ。智仁くんなら許す♪」

な、何んてことを言うんだ。

そんなことを言われたら、理性の門番までもが眼球の舵を右に切り始めてしまうじゃないか。

「いれてみたい?」

彼女が耳元で優しく囁く。

彼女の呼気が耳のうぶ毛の間を抜けていった。

い、いれるって言ったのか?

マジでそんなこと・・・。

すでに、僕の理性の門番と本能の狼は、さっきまでのいがみ合いが嘘のように互いに硬い握手をかわしていた。

「今、なんかエッチなこと考えてたでしょ」

そりゃもう、そうです。はい。

「指の話だからね」

とハニカム彼女。

それはそれで、なんですけど!

もう心のダムが決壊寸前だった。

駄目だ。僕は神代 雅(かみしろ みやび)への好きな思いが溢れ出てくる。

もう叫んでしまいたい!

そんな衝動に駆られる。

握手を交わした門番と狼が勝利の雄叫びとともに、両手を挙げようとしていた・・・。

が、だが、しかし、けれども、心の中に僅かだったが、非常に力強い光がさす!

そう、花咲(はなさき) ももだ!

その僅かな光が、門番と狼を掻き消していき、僕を繋ぎ止めていた。

「ああ、でもそういうのは、ちゃんと付き合ってからがいいよね♪」

そう言って彼女は組んだ腕を離す。

はあ、はあ、はあ。

運動をしたわけでもないのだが、恐ろしく疲れていた。

緊張で体がこわばっているのがわかる。

あかんやろ。

「ちょっと待っててね」

正直、助かった。

僕は近くのベンチに腰を降ろし、まるで1日中PCの前で作業をした時のように、バキバキに固くなっていた背中や体を揉みほぐす。


「おまたせっ♪」

太陽のように輝く笑顔で神代さんが戻ってくる。

手には紙袋。

「これ、智仁くんへのプレゼント」

「プレゼントって?」

誕生日はとうに過ぎているし、クリスマスにはまだ早い。

「開けてみて」

僕は紙袋から包装紙に包まれた長方形の箱型のものを取り出し、包装紙をゆっくりと剥がしていく。

「ラッキーハッキングキーボード!」

マジかよ・・・。

ラッキーハッキングキーボードは、コンパクト型の理想的なキーボードとして有名だ。

ただ、限定繊細で数が少なく、なかなか手に入らない。

プレミアもかなりついていて、販売価格の10倍ほどになっている。

というのも、そもそも皆が手放さないので、出回ることが自体がほぼ無いのだ。

「これもらっていいの?」

「うん。お詫びと仲直りの印。智仁くん、前に欲しいなあって言ってたでしょ」

待ってよ。それって大学入学後、サークルに入って間もない頃の話じゃん。

覚えてくれていたのか・・・。

それは単純に嬉しかった。

ちなみに、そのサークルは今はもうない。

多分に漏れず、彼女によってクラッシュしてしまった。

(みやび)さ、本当に真剣なんだよ。だから、智仁くんとのことは全部覚えてるんだ」

何だろう。少しだけ、泣けてきた。

僕は彼女を誤解していのかもしれない。

何年も前に、一度だけ話した内容を覚えていてくれたなんて。

当時の彼女との会話なんて、僕はあまり覚えてないのに・・・。

本当に彼女は本気で僕のことを考えてくれているのかもしれない。

目が濁っていたのは、僕の方かもしれなかった。

「か、神代さん・・・」

「雅で良いよ」

「雅さん、ありがとう!」

リーンゴーンカーンコーン。

午後13時の始業チャイムが鳴る。

「あっ、ごめん。カウンセリングの予約入れてたんだ」

「うん。わかった。今度一緒に遊びに行こうね♪」

燦々と輝く彼女の笑顔に、僕は大きく頭を振って応えるのだった。


***


「遅れて、すいません」

カウンセリングルームのドアを開けるなり、僕は頭を下げる。

13時を5分ほど過ぎていた。

これは完全に僕が悪い。

少し走ってきたのもあってか、少し動悸を感じた。

「気にしないで大丈夫よ」

優月(ゆづき)さんは、いつも優しい。

カウンセリングだから、それは当たり前なのかもしれないけれど。

ただ、人生のどん底だった僕にとって、そこから這い上がれたのは優月さんのおかげだし、僕にとっては女神のような存在だとも思っている。

「何だか、少し疲れているみたいね。はいどうぞ」

優月さんはピンク色のセロファンで包まれたチョコレートを僕に手渡してきた。

早速僕はチョコレートをパクリといただく。

ちょっと疲れが溜まっていたのもあったからだろう。甘いものが身体に染み渡る。

「これめっちゃ美味しいですね!」

「それは良かった♪」

すごく嬉しそうな優しい優月さんの笑顔にも僕の心は癒やされる。

「実は手作りのワインチョコレートなの。といっても、アルコールはほとんど入ってないけどね」

「へぇ」

「人間は空腹の状態だと、集中力や記憶力が低下するし、イライラしたりもするから」

流石、そこまで考えてるのかと思った。

実際に僕は少し落ち着きを取り戻せた気もした。

そのせいか、鼻腔を甘い香りがくすぐる。

普段とは違う香りだったが、これも何か意味があるのだろうか。

「それじゃあ、早速始めようか」

少しおっとりした感じの緩やかな優月さんの喋り方も、今の僕にとってはそれだけで心に余裕を与えてくれる気がした。

僕は今起きている状況についてゆっくりと優月さんに話はじめる。

起業の件、1億円の告白サバイバーの件、1億円の懸賞金の件、そして様々な女性たちに迫られている件。

「それは大変だったわね」

「そうなんですよ、心が休まる時が無くて」

本当に最近の僕の心は、まるでジェットコースターのように、目まぐるしいアップダウンの連続だ。

白峰先輩が豹変してしまったのも僕には衝撃だったし、神代さん、いや雅さんのイメージが180度変わったというのもある。

空知(そらち)くんは・・・」

そう言いながら、優月さんが足を組み替える。

その仕草に、思わず目がいってしまい僕はドキリとしてしまう。

タイトな黒のミニスカートから伸びた、少しムッチリとした弾力性のある触り心地の良さそうな太もも。

って、僕は何を考えてるんだ・・・。

優月さんは僕の中では良いお姉さん的な感じで、その大きな胸は少しキツめの白いシャツでは窮屈そうに見えた。

きっと指で押したら、指を包み込む柔らかさなんだろう。

って、ちょっと待て・・・。

何だか思考が変な方向に引っ張られる・・・。

「大丈夫?」

ガン見していたその大きな胸が迫ってきて、僕の視界を奪っていく。

そのまま顔を埋めてしまいたい衝動にかられる。

優月さんは、僕のオデコに手を当てた。

待て待て、何かおかしい気がする。

心臓がドクドクと脈動しているのを感じた。

「少し熱っぽいかもしれないわね」

大学1年の頃からカウンセリングに通っているのだけれど、こんな変な感覚になったのは、はじめてだった。

これも告白サバイバーの影響なのかもしれない。

「何だか、ちょっと変な感じで・・・」

「うーん」

優月さんは椅子に戻り、脇のデスクの上に視線を向けながら髪をかきあげる。

その仕草がとても魅惑的にも見えた。

「もしかすると、空知くんは、恋をしてるのかもしれないわね」

恋を・・・している・・・。

優月さんと僕の目が絡み合った気がした。

「好きな人ができたんじゃないかな?」

好きな人。

僕の頭の中で、ランラン、神代 雅、花咲 もも、そして優月さんの顔が目まぐるしく入れ替わっていった。

えっ?

なぜ、優月さんの顔も浮かんだのだろう。

自分でも驚く。

今まで優月さんに対して、そんなことを考えたことは無かったのに・・・。

女神に見えていた優月さんが、気のせいか今は人間を魅了する夜魔のようにも見えた。

「人を好きになるのは、良い傾向だと思うわ」

それはそうなのだろう。

2年前の僕からは今の状態は想像できないのは確かだ。

「人が恋に落ちるタイミングは大きく2つあるの。1つ目は、はじめて会った時。一目惚れがそうね」

優月さんが再び足を組み直す。僕の目が漆黒の三角形に吸い込まれる。

駄目だ駄目だ。僕は視線を慌てて戻す。

バッチリと優月さんと目があった。

「・・・2つ目は、気づかなかった魅力に気づいてしまった時」

「気づかなかった魅力・・・」

「そうね。わかりやすい例だと、悪そうな人に優しくされた時なんかがそうね」

ああ、それはよく聞く話だし、納得できる。

「つまり、イメージとのギャップが発生した時に、人は恋に落ちるの」

イメージとのギャップ。

今僕は、女神のようだった優月さんのイメージが大きく変化し、大きなギャップを感じている。

とても魅力的な女性に思えている。

これが恋に落ちるということなのか・・・。

恋に・・・落ちているのか・・・。

「どうしたの? 空知くん。最初より顔が赤くなってる気がするけど」

身体が、顔が、少し熱くなっているのは自分でもわかっていた。

ジットリと脇に汗をかいていたのに気づく。

かなり緊張をしているのかもしれない。カウンセリングに来て緊張するなんて・・・。

「だ、大丈夫です」

ようやく口に出した言葉は、少し上ずっていて、か細い声にしかならなかった。

「恋に落ちたら、その気持ちを大切にしてね」

「は、はい」

「何でも話して良いのよ。何でも聞くから」

優月さんが優しく微笑む。

その微笑みに、僕は癒やしではない、愛おしさのようなものを感じていた。

「私にとって、空知くんは特別な存在だから」

特別というのは、どういうことだろう。

他とは違う大切な存在ということだろうか。

それは、僕が感じている思いと同じなのだろうか。

「今、思っていることを素直に話してみて。そうすれば楽になるから」

思っていること・・・。

僕は優月さんのことを、好きになってしまったのかもしれない。

少なくとも優月さんを一人の女性として見てしまっているのは確かだ。

優しい笑顔は蠱惑的な笑みに見え、その微笑みが僕の心を鷲掴みにして、僕の心臓を締め付けているように思えた。

「僕は・・・」

優月さんがまっすぐ僕を見つめてくる。その瞳から目が話せない。

「優月さんのことが・・・」

コン!コン!コン!

と、後ろでドアを叩く音がして、僕はふと我に返る。

優月さんはドアに対して、今まで見たこと無いような鋭い視線で睨んでいた。

ドアがゆっくりと開き

「こんにちは」

と、僕と同じぐらいの年齢の男性が顔を出す。

「予約して来たんですけど・・・大丈夫ですか・・・」

何となく雰囲気を察したのか、少し遠慮がちに見えた。

「ああ、ごめんなさい。鈴木くんよね」

「はい」

「ちょっと待っててね」

気がつけば優月さんは、いつもの優しい雰囲気に戻っていた。

「ごめんなさいね。空知くん」

「いえ、僕も急にお願いしたので」

「続きは、来週にでも話しましょう」

「あ、はい」

ついさっきまでの、あの空間は何だったのだろうと思う。

夢から急に覚めたような感覚があった。

そして僕は、あの時、優月さんに告白しようとしていたことを認識する。

なぜ、あんな展開になってしまったのか。

部屋を出る時に、後ろで窓を開ける音がした。

寒くなってきた11月なのに、空気の入れ替えだろうか。

外の空気を吸って落ち着いたら、ドッと疲れが出た。

今日は想像だにしなかった出来事が多すぎた気がする。

白峰先輩にしろ、雅さんにしろ、優月さんにしろ。

身体の疲れというよりも、心が疲れた。

今日は帰って休もう。


トボトボと帰りながら、僕は優月さんのことを考えていた。

僕は優月さんに恋をしてしまったのだろうか。

じゃあ、ももちゃんや雅さん、ランランに対してはどうなのか?

嫌いではない。いや、むしろ優月さんと同様に好きな気持ちがある。

・・・。

僕は最低じゃないか。

自分の気持ちがわからなくなっていた。

ただ、1つだけ言えることがある。

それは、このまじゃいけないということだ。

どうするのが良いのか?

正しい選択とは何か?

そもそも正しい選択なんてあるのか?

わからない、わからない、わからない。

その日は、ずっとそんなことそんなことばかり悶々と考えていた。

だから、周りで起きていた異変に僕はまったく気付けていなかった。

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