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四話 一宮琉偉の過去と五月の抱く恋心

麻木さんが連れて行ってくれたのは一宮さんが勤めていたという美容室だった。ショップ店員をしながら美容師の資格を取るために働いていたんだとか。


更に驚いたのは美容師の誰かに任せるのではなく、自分でシザーを握る姿で。まさかこんなことになると思わなくて。緊張と自覚しちゃった気持ちでドキドキが止まらない。美容室なんて行ったのも何年かぶりだもの。


「希望とかある?」


「アップにできる長ささえ残してくだされば… あと、あんまり派手なカラーリングも仕事に差し支えるので困っちゃいます」


「了解。それさえクリアできれば、あとは好きにしていいね」


私の伸ばしっぱなしでろくに手入れされていない髪を梳かしながら、ひどく楽しそうな様子で言う。


「俺はやっぱりこっちの方が性に合ってるなあ。落ち着くっていうか」


私の髪をシザーでテキパキ切っていきながら漏らす。くつろいだ顔でひどく楽しそうに見える。


「琉偉、イメージはこれでいいか?」


「いいかも。カラーはこっちがいいな。量はそんなでもないから無理に減らさなくていいと思う」


「OK。準備しておく」


先輩美容師だった男の人と話をする横顔は俳優さんなのに、美容師らしくも見えて不思議だ。


「腕がなまってなくてよかったよ。俳優に疲れたらいつでも戻ってきなさい」


「ありがとうございます。今でもこっちの方が好きな仕事ではあるんだけれどね。嬉しいことに俳優業の方が忙しくて」


先輩美容師と話す様も寛いでいて、ひどく楽しそうだ。相手が私でよかったのかな? と思ったけれど、私自身は一生ものの記念になると浮かれていた。


「お前、俺の店に来るんならもっとマシな格好で来なさいよ。そんなダサい服の店員がいるって思われたら俺が困るんだって。な?」


「ごめんって。今日は予定になかったからさ。舞台おごるから許してくださいよ」


呆れ笑いを浮かべる先輩美容師を見下ろして、屈託なく笑う。そんな様まで華やかでカッコいいと素直に思う。推し俳優さんではいても、異性として意識したことはなかったのに…


「あの、好きなヘアメイクの仕事を無理にごり押しすることはできなかったんですか?」


「う~ん… ごり押しって考えはなかったなあ。俺は基本的に趣味とか拘りとかなくてさ。できるからっておだてられたら簡単にその気になっちゃうんだ。幸い、今は仕事にも恵まれているからよかったけどね」


私の素朴な疑問にカラーリングの準備をしながら答える。苦笑していたけれど、やっぱり華やかで素敵な男性でしかない。


「贅沢言いやがって! なりたくてもなれないやつはゴマンといるんだぞ」


「分かってますって。だから、そういう人たちに追い越されないように努力もしてるつもりですよ。芸能界はいつだって群雄割拠! ですからね」


「そうそう。そうやって今よりもっと売れて、俺の店に客を連れてきてくれればいいんだよ。お互いにメリットしかないだろ?」


そんなことを話して笑いあう様は売れっ子俳優でしかなくて。だけれど、素顔の一宮さんでもあって。私は俳優の一宮さんと素顔の一宮さん、どっちが好きなのかわからなくなった。どっちも好きだというには、まだ日が浅すぎて。


「時間さえあったら、次は服装もどうにかしたいなあ。もっとおしゃれしてもいいと思うんだよね。マーメイドラインのスカートとかさ」


「考えたことなかったです。いつも仕事中心で…」


「仕事熱心もいいけれど、オンオフの切り替えって大事だよ。休日まで仕事しちゃうタイプでしょ?」


ズバリ言い当てられて顔が赤らむ。持ち帰りで仕事をして休日が終わるなんてことも当たり前だったから。むしろ、一宮さんがいないと仕事にならないから、最近の休日はのんびりできてありがたいくらいだ。


「俺も最初はそうだったね。休みの日もセリフ確認したりしてさ。今は休日ほど仕事を忘れるようにしてるけどね。そうしないとストレスで大食しちゃうんだ。実は太りやすい体質で」


「そうなんですね…! 私はあんまり食べるのが得意じゃなくて。体質で、あんまりたくさんは食べられないんです」


「へえ。じゃあ、ダイエットしたわけじゃないんだね。羨ましいなあ」


こんな他愛ないことを話す。そんなのが日常になるなんて、誰に想像できただろう。今、この瞬間に死んでもいいような、生きてもっと違う姿を見てみたいような複雑な気分だった。


恋愛感情を抱くことさえ初めてじゃ、こんな時どうしたらいいのかわからないよ。

一つだけわかってるのはこの人の前だと自然に背筋を伸ばしている私がいること。彼が背の高い人だからじゃない。


自然と見苦しい様を見せたくないって思ってる私がいる。…好きなんだ。一宮さんのことを。


「俺の趣味に付き合ってくれてありがとう。次は俺のお気に入りの店を案内するよ。トールサイズのが充実した店でさ。時間が半日しかないのが惜しいね」


「いいえ、十分に楽しかったです。ありがとうございました」


「俺も楽しかったよ。ちょっと鬱屈してたんだ。タバコじゃ口寂しさを紛らわすくらいしかできなくてね」


そんなことを話しながら麻木さんの車が迎えに来るのを待つ。…不意にこれがあと二か月くらいで終わっちゃうんだ。それでもいいと最初は思っていたけど、そんな短い時間で終わらせたくない。


いつまで傍にいれば満足できるのか? 分からないくらい私は一宮さんだけを見ていたいと願っていた。背筋をまっすぐに伸ばして…


仕事でも傍にいられるだけでよかったのに。今はそれだけじゃ満足できない私がいる。もっと知りたい。誰より傍にいたい。…好きになるって、こんなにどんよくになるものだったのね。


私の中にこんな貪欲さがあるなんて思わなくて。私は自分の変わりように戸惑っていた。魔法のことなんて忘れて。

ようやく五月が自分の気持ちに気づきました( ^^) _旦~~

一気に動く予定ですが(-ω-;) まあ頑張ります。

ハピエン大好き人間なので。

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