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三話 一宮琉偉の本当の姿

翌日から本格的に始まった仕事そのものは難しくなかった。雑用係といった感じで一宮さんの代わりにコンビニ行ったり、差し入れの注文をしたり、スケジュール調整をして無理なく仕事ができるようにしたり…


なにより驚いたのは芸能人にはわがままや凝り性が多いという噂がよく流れてくるけれど、そんなことは全くない素朴な人柄だった一宮さんだ。


初日に強引なことをしたのはなんだったんだろうと思うくらい、穏やかでのんびりしている。


「おはようございます。小菅さん」


「待ち合わせ時間まで30分以上ありますけど、何かあるんですか?」


「いや、そういうわけじゃなくてさ。現場で準備したいことがあるんだ。セリフの読み合わせしたくて」


そんなことを言いながら車に乗りこんでくる彼の姿に内心で驚いてしまう。寝ぐせこそ直してあるけれど、着ているのはヨレヨレのジャージに履き古されてボロボロのスニーカーだ。


「琉偉、もっとマシな格好で来いって言ってるだろ! ファンに出くわしたらどうするんだ!」


「私服くらい好き勝手させてくれてもいいじゃないですか。どうせ今日は稽古しかないんだしさ」


麻木さんのお叱りを受け流している様は優しげなイケメンに違いないんだけれど、首から下はとっても残念な印象だ。


「まったく… センスはいいんだがな。普段から自分にも発揮してくれないのが残念でならん」


そんなことをぼやきながら黒塗りの車を発進させる。今日は一日舞台稽古で、取材やバラエティ出演みたいなのは全く入っていない。…というより、一宮さんは舞台中心に活動しているから、素顔を知らないファンがほとんどだ。


「一宮さん、昼食はどうしますか? もしもリクエストがないのなら差し入れのついでに…」


仕事の延長で問いかけると、これもまた使い古されたバッグから水蒸気タバコを取り出しつつ、


「いや、外に出るからいいよ。差し入れのお弁当食ったら夜は抜かないといけなくなるからね」


サラリととんでもないことを答える。食事管理は徹底していて、基礎代謝を厳密に測り、運動量をプラスしてカロリーオーバーにならないよう管理している。その一点だけはとても芸能人らしい所だ。代わりにタバコに手を出しているのだから、良いのか悪いのか。


これもイメージが悪くなるからと麻木さんはいい顔をしないけれど。


「了解しました。カロリー制限もほどほどにしないと… 体壊しちゃいますよ」


苦笑しながら買い置きの水を差し出す。飲み物もカロリーゼロの水かお茶しか飲まないのでありがたいような心配なような感じだ。


「そうだ。小菅さん、スケジュール変更があっただろ? 説明してやってくれ」


「了解です。今日は一日舞台稽古でしたけど、この後、お休みになりました。今日から本格的に舞台で稽古の予定でしたけど、セットが間に合わないとかで」


「急に休みもらってもな。これといって趣味もないし、ヒマになるだけなんだけど…」


困惑するのも芸能人では当たり前なのかな。私だったら喜んで家に帰ってぐうたらしちゃう所なのに。


「気になってる舞台があるんならチケット取ってやるぞ。勉強かねて観てこい。午後の稽古に間に合うので頼むぞ」


「う~ん… じゃあ、気分転換に小菅さんを貸してよ。やってみたいことがあるんだ」


「いいぞ。小菅さん、この後の仕事はいいから琉偉に付き合ってやってくれ」


麻木さんの運転をしながら言った指示に目を丸くしてしまう。こんなにあっさり私のスケジュールを変更しちゃうなんて… 一宮さんはやっぱり特別なのかな。まあ、あの事務所の稼ぎ頭だものね。当たり前と言えば、そうかもしれない。


「琉偉の趣味みたいなもんだ」


「そうそう。どうにかしたかったんだ。あなたはもっと映える女の子になれるはずなんだよね」


「え~っと… つまりスタイリストみたいなことでもするんですか?」


急に私に焦点が当たって。パニックになりながらもなんとか答えを出して言ってみる。映えるってそういうことだよね。


「聞いてない? 俺、俳優の前はショップ店員してたんだ。美容師の資格も持ってる。女性は初めてだけどね。まあ、なんとかなるでしょう! 任せなさい」


それは初めて聞いた。最初から恵まれた人生を生きてきたんだとばかり思っていたから。だけど、言われてみたら10年前に急に現れた演技派俳優って有名だったっけ。それまではそんなありふれた人生を生きていたなんて…!


「公開してないからな。聞いてるわけがない」


「そうだったんですね。イメージ大事な芸能人ならではですね」


「俺の事務所に入ってきたのも、もとはヘアメイクを希望しての入社だったんだが、この見た目と背丈だろ? 俺が絶対に稼がせてやるからって俳優にしたんだ」


どこか誇らしげに麻木さんが語ってくれる。その話にも驚きを禁じ得ない。こんな華やかでスタイル抜群の人が、そんな裏方を希望してたなんて…!


「そういうことだったんですか… これもうっかり話せませんね」


「俺はいつでも明かしていいと思ってるんだけどね。麻木さんの方針でさ。SNSも事務所で管理してるよ。俺はそういうの苦手でね」


水蒸気タバコ片手に苦笑する様さえ華やかで素敵なのに、素顔の彼は本当に素朴で穏やかで、派手な世界の似合う性格じゃないんだと理解する。…ギャップに驚いたのもそうだけれど、同じくらい好ましいと思っている自分にも驚いた。


芸能人としての彼じゃなく、素顔の方を好きだと思うなんて…!


私の中にこんな貪欲さがあったなんて思わなくて。私は一宮さんの方をまっすぐ見られないままよろしくお願いしますと事務的に返事をしていた。


…どんな目で一宮さんが私を見ていたのか? そんなことも知らないままで。



琉偉くんが何を思っているのかはラストあたりで明かすつもりです( ^^) _旦~~

最後までお付き合いくだされば幸いです。

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