一話 普段通りの休日に思い出す願い
不思議なおばあさんと出会った夜から明けて。私はひどい二日酔いと共に目を覚ました。
「さいあく…」
頭は痛いし、吐き気がして朝食も摂れそうにない。酔い覚ましの薬がなかったかと這うようにしてベッドから降り、薬箱をあさる。薬の小さな小瓶で思い出す不思議な薬。
喉が痛むほど熱いのに冷たくも感じて、ひどく甘くて…
夢だったんだと思いたいほど、夢にするには生々しすぎた。けれど、それで何かが変わるわけでもなく、唐突に一宮琉偉が部屋に現れるわけでもない。ただ平凡で穏やかな日常が待っているだけだ。
「洗濯やらないと…」
吐き気の残るお腹に水と吐き気止めの薬だけ放り込んで。部屋中に散らばっている汚れ物を拾い集める。洗濯機が回る音を聞きながら携帯を開くと、上司からラインが入っていた。
『来週から出向が決まった。期間は三か月で同じ子会社である芸能事務所で事務員として勤務してほしい』
そんな文章が並んでいて、内心で本当にあの薬が効いたのかもしれないなんて考えて、胸の奥がドキドキしてくる。だけど、よくよく落ち着いて考えてみる。芸能事務所なんていくらでもある。
一宮琉偉の事務所だって決まったわけじゃないし、サラリーマンでもないのだから事務所に来るわけもない。…いたって普段通りに事務員として地味作業をして終わる。それだけだろう。
そう自己完結して、私は二日酔いのひどい体で最低限の家事を片付けることに集中した。
夢は叶わないから夢なんだ。努力したって叶わないことは幾らだってあった。一度伸びてしまった身長は二度と小さくならないのと同じく、理不尽で不平等なことはこの世にあふれるほどある。
昨夜の惨めさを思い出して、泣き出したくなりそうな気持ちを振り払うように家事を片付けて、残っていた資料作りを片付けて… と貴重な休日なのに忙しく過ごしてしまう。
いい夢を見せてもらった。叶わなくても不思議な薬を飲み干す瞬間だけは真剣に叶うんだと信じていられたんだから。
「…叶ったらいいのに」
最後に料理の作り置きをしながらぼんやりと呟く。
里奈に見せびらかしたいから? 正直、そこはどうでもいい。里奈は里奈できっといい男を捕まえて幸せになるんだろうし。重役令嬢という立場を生かして、いずれ大富豪の若い男でも捕まえるはず。
味方のフリして、私を見下している深雪の鼻を明かしたいから? それも違う。
単純に好きなんだ。人間として尊敬できるし、いつでも努力を惜しまない姿とか背の高さを精一杯生かして活躍している一宮琉偉という人が。
「来週から出向か… 頑張らないとね」
伝えることもできない思いを振り切るように呟いて、料理の仕上げに向かった。料理を仕上げたら、昨日までやっていた仕事に使う資料を社用ネットワークで送って、同じくかかわっていた深雪に引継ぎを頼んで…
一人ぼっちの休日だけど、やることは幾らでもある。数え上げればキリがない。きっとこんな風に地味に忙しくして終わるんだろう。
どこから聞きつけたんだろう。里奈から出向の交代を訴えるラインが入ってきたけれど、それどころじゃないくらい忙しかった。私が行きたくて行くわけじゃないし、そもそも決めたのは上司なのだからどうしようもない。
忙しいからと適当に返事をして、引継ぎ作業に集中した。
続きます( ^^) _旦~~
次回でヒーロー登場の予定です。
お付き合いくだされば幸いです。




