第七十六話 痛哭の一撃、痛烈なる一歩 ~What was not known.
Emergency! Emergency!
ちょっとシーン的にはえぐいかもです。
12/29、タイトル&中身を少しだけ補正しました。
ライアード=ショックはテルムを構え直した少年を見て、内心ほくそ笑んだ。
彼はどうやら狐を見捨てる覚悟を決めた様だと見取り、その瞬間に彼を打ち抜かんと先程まで使っていた銃を仕舞い込み、もう一丁の銃を手にする。
銃の形自体は同じだが性能は段違いな上に、スレイヤーでタリスマンが作った炸裂弾が装填されている物だ。
炸裂弾と言っても榴弾の様に着弾時に爆発する物ではなく、体内に入った瞬間に魔術的な爆発を起こす代物である。 その上、弾頭は貫通力を高める為にフルメタルジャケットになっており、相手が『何』であろうとも外皮を貫きやすい様になっているのだ。
この弾丸であれば頭に当たれば頭が、腹に当たれば腹が消し飛ぶ程の威力を発揮する。
もっとも、高価な上に作ったタリスマンは組織内では極少数の『穏健派』に属している為、彼が入手できたのはたったの二発だけだったが。
先程までの銃撃は全てこの二発を当てる為の布石に過ぎない。
少年が狐を殺し、動きを止めた瞬間に先程までとは違う速度と正確さで、確死の弾丸が放たれるのだ。
避けられるはずがない。
その後で狐にもきっちりと同じ弾丸をプレゼントしてやろう。
そんな未来を見て彼はほくそ笑む。
最早隠しきれないそれは、苦笑する様にも少年を哀れむ様にも見える形にその相貌を歪ませる。
――さあ、その刃を叩き込め!
そこにライアードの想定した様な激しい動きはなく、少年の持つ《テルム》は幻に突き入れた様なあっけなさで『狐』の胸を貫き――
ライアードの身体を、魂すら振るわせる様な強い衝撃が襲った。
◇ ◇ ◇
戦う気になれば連理がササを制するのは至極容易い。
肉体的な性能も然る事ながら彼の中の『悪魔殺し』がそれをより容易にするのだ。
人であった鷹城佐重樹には勝てなかった彼が、一層強くなったアクマ鷹城佐重樹に勝った様に。
だから連理はこうも思う。
いつか誰かが『人と魔物とは区別しきれない』と言っていたが、ならば自分は何なのか、と。
人はアクマと化し、魔物は時間によって世界にその一員と認められる。 場合によって子どもすら生しうる二者の、その一方を圧倒的暴力を以て撫で斬り喰らう自分は何なんだろう、と。
だが、だからこそ今の彼にはササの中に渦巻く黒い昏い靄が見える。 先程よりもはっきりとくっきりとそれを視認する。
彼女の心臓を掴む様に、押さえる様に見える『それ』は、ライアードと、もしくはその杖と同質のモノなのだ。
斬るべきは『それ』。
喰らうべきも『それ』。
彼女の肉体の損傷を抑える為、攻撃はたった一度の刺突のみ。
ササの動きに合わせて正面よりも右にずらし、刃は横に寝かせ肋骨の隙間を徹す様に、
――貫いた。
肋骨と肋骨の間から、重要臓器の隙間を突き、
黒い『それ』だけを斬り裂き、喰らい尽くす。
連理はその結果を確認する事なく《黄昏》を封に戻し、ササを抱きしめると一足でライアードから距離を取った。
ヤツの銃撃から彼女を守る様に。
「――ぎゃぐわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!?」
だが、その時聞こえたのはライアードの苦悶の声。 文字通り魂消る様な、おぞましい悲鳴。
「かはっ!? げはっ!! ああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!?」
全身から恐ろしい程の汗を噴き出させ、銃も杖も放り出してのたうち回るその姿は、一体どんな毒を飲んだのかと思ってしまう程に、苦痛と絶望に満ちていた。
その理由を連理は知らない。
彼の斬った靄のせいかと思いはするが、それ以上の想像など出来るはずもない。
その理由をライアードは知らない。
スレイヤーでは彼のテルムを《支配》と『間違った』認識をしていたのだから知るはずもない。
ライアードの持つテルムの正式名称は《領主》。
英語の支配者・統率者を意味する『Dominator』の語源でありながら、己が身を粉にして働く者の名を冠するモノなのだ。
◇ ◇ ◇
テルム《領主》。
本人や周囲は魔物を支配するテルムだと思っていた。
事実ライアードは多くのシャドウを支配しては潰し、支配しては潰していた。
実態は違う。
この《領主》というテルムは使用者の魂を分割し、それを以て自我の薄い魔物、すなわちシャドウを動かすという代物なのだ。
スレイヤー内でこそ《支配》と呼ばれて、本来の銘の《領主》も、一見支配者的意味とも取れるが、本来は領民の為、身を粉にする者の能力である。
分割された魂は相手を支えるちからになる為、支援的な使い方が正しいものであるが、その相手がシャドウであれば使用者が半ば憑依した様な状態となるせいで、ある程度自在に操作できる ――支配している様に見えるだけなのだ。
それでも本来は、この状態のシャドウやファンタズマ等が斬られ倒れても、彼自身は何の痛痒も受けはしないはずだった。 取り憑いたシャドウらが死んでも、彼の分割された魂は彼の元へ戻るだけなのだから。
だが、今彼の分割された魂を切り裂いたのは《黄昏》。
『魔』を喰らう刃は以前今林真理亜の分体から本体へそのダメージを届かせた時の様に、今もササに巣くう分霊から本体へ、一部とは言え魂が直接喰われる衝撃を、死に至る程の痛撃を与えていた。
だからこそ、ところ構わずのたうつ彼が、泡を噴きながら転げ回る男が、ロックの外れた引き金を引っ掛けたとて、何ら不思議もなかった。
そこに響いたのは二発の銃声と爆音。
一撃は連理の足元で爆発を起こし、もう一撃がライアード自身の腹に撃ち込まれ赤い花火を咲かせたのだ。
「――あがっ!?」
右足が吹き飛んだかの様な衝撃を受け、倒れ込む連理は、己の身よりもまず腕の中に居る少女を見た。
予想外の爆発だが、自分が盾になっているはずだ。 怪我をしても軽傷だろう。
――そんな希望的観測は脆くも崩れ去った。
ササは頭と太股に大きく傷を負っていた。
それ以外にも細かな傷は数知れず。 全身くまなく、という程ではないが明らかに重傷である。
「ササ!? ……なんで……何でだっ!?」
思わず激昂する連理の身体から、激痛と共にちからが抜ける。
見下ろす彼の身体は ――血塗れだった。
ライアードの銃撃は硬質な床材に食い込んだ直後に爆発を起こし、それを周囲へばらまいたのだ。 さながら手榴弾の様に。 その際に高速で放たれた無数の床材の一部は連理の身体を貫通し、ササを大きく傷つけたのである。
連理という『盾』がなかったら、恐らく彼女の肉体は無数の肉片に変えられていた事だろう。
それは救いだったのか、更なる絶望への道なのか。
「があぁぁっ!?」
倒れ込み、起き上がろうとした彼の足から痛烈な痛み。
連理の右足はボロボロだった。 状況としては地雷を踏んだに等しいそれは、足がついているだけまだマシなのかも知れない、そんな状態の足である。
そもそもが、今までの《悪魔喰らい》によって底上げされた耐久力がなければ、とっくに死んでいる様な爆発、そのレベルの怪我なのだ。
普通なら歩くどころか立つ事も出来ない、立ちようがない、立つ術のない重傷患者。
――その足にはもう殆ど皮膚がない。
――爛れた足は筋肉がその用を成していない様に見える。
――骨すら覗かせる脛を見れば、歩けるはずがないと皆が皆太鼓判を押すだろう。
「ああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
だが、彼は立った。
全身に重傷レベルの怪我を負い、右足の状態は更に、特に酷い。
少しでもちからを込めると噴き出す血流。 何しろ、彼はいくら小柄で軽いとは言え、少女ひとりを抱えているのだ。 自然出血量は多くなる。
それでも、立つのだ。
「ぐっ……! あぁぁ……!」
一歩進む。
全身を駆け抜ける激痛は一体何処から発した痛みなのか、それすらも判らないほどに体中を駆け巡る。
「ざけんなっ、よ……!」
中でも右足の痛みは油断したら気を失いかねないほど、強烈だ。 一歩踏み出すまでもなく、ただ前進しようと足を上げるだけで脳髄の奥にまで衝撃が突き抜けてくる。
踏み込んだのならその衝撃は倍以上だ。 そこには最早痛み以外の感覚は有り得ない。
しかし、歩けている。
そして歩けているなら、前に進むだけなのだ。 この腕の中の少女がまだ生きている内に、外へ、外へ。
「――ぎっ……!」
進む毎に、動く度に激痛が全身を苛む。
それでも連理はササを両手で抱き締め ――ゆっくりと、前へ進み続けた。
無機質な通路へ、真っ赤なラインを描きながら。
以前、黒澤耶彦に嵌まったテルム《双子》、実はアレもあの場で生まれたモノでした。 あの場で命を落とした塗壁の岳とミュータント:クリエイションを持つ高原奈羅伽、ミュータント:サンクチュアリを持つ剣崎史朗が居ましたから。
ちなみに描写するにはアレだったんで書きませんでしたが、今回の最後のシーン、連理のスマホは胸元でぶっ壊れてます。 衝撃に強いこれがなければさしもの彼も動けなかったかも知れません。




