第七十四話 テルム ~Terrified by the fear of dying in vain.
vs鷹城佐重樹、決着の時。
若干短めですが…。
彼の中で『炎』は燻っていた。
元が魔法寄りの存在であったが為に、それは燻る程度の事しか出来ていなかった。 そのままでは燃料となるモノがなかったのだ。
しかしこの中には魔力はなくとも膨大な生命力があった。 いや、直接操る術がないだけで魔力自体は存在しているのだが。
その桁違いの生命力には、残念ながら導火線となるモノはなかった。 生命力はあくまで生命力として在った。
《黄昏》は燻る炎を取り込む。
連理の意思を汲み取り、溢れる生命を喰らい
顕現させる。
それは《生命》の炎。
灯火の様に小さな火種が《黄昏》に灯った。
それは振られる毎に、まるで風を、空気を取り込む様に大きくなり、
「ナあっ……!?」
鷹城佐重樹を飲み込む程に肥大化した炎は、氷で出来た無数の腕を次々と融解させ、そのまま全身を包み込んだのだ。
「――ガあアアあああアアアアアァァァァぁぁぁッ!?」
それに鷹城佐重樹は恐怖した。
この炎は痛みもなくただ焼く。
その身を、アクマと化したその身をひたすら燃焼させるのだ。
炎に耐性を持つはずの肉体が、いとも簡単に灼かれていく。 薪の様に燃える事はなく。灰にすらならずに、ただ風に溶けていくかの様に消えていく。
それは正しく恐怖だ。
恐怖など疾うに克服したはずの自身が怖れを抱くなど、有り得る事ではないのに、心の内で発露したのは間違いなく恐れであり、怯えであり慄然とする恐怖そのものであった。
(バかな、ばカナ、ばかな!? 恐怖に怯エるだト!? ワタしが!? こノ鷹城佐重樹ガっ!?)
己の身を包む炎、失われゆく肉体、迫り来る刃、鋼の刃すら通らないはずの身体を切り裂く刃。 普通であれば恐怖の対象であろう事は理解出来ても、自身がそれで怯えるなど認められるものではなかった。
彼は吼える。 怖れなど吹き飛ばさんと。
「がァぁぁぁァァァァぁぁぁァァァァぁぁぁァァァッ!! …………?」
吼えて、ふと気づいた。
鷹城佐重樹は目の前の天敵に怯えている訳ではないのだと。
この既に敗北を認めた、認めてしまった肉体は、もう成すべき事を成せないのだと、仇も取れずにただ死に逝くのだと、それを恐ろしく感じているのだ。
(……タだ無為に生キ、無為に死ンでユクのか……)
そう解ったから、彼は動きを止めた。 呆ける様に動きを止め、自身を切り裂くであろう《悪魔喰い》の刃の到来を見据える。
待つまでもなくその日本刀に似た刃は炎を纏いながら鷹城に迫っていた。
(……お前の仇は取れなかったな……愛理)
散々語っておきながら決して余裕のない表情で自身を見る少年。 その姿は必死だ。 正しく必死。 死を思う程の覚悟と気合いで鷹城佐重樹を睨み付ける。
かつての彼と同じ様に、全力で前へと進む様相、形相だ。
刃が腹を切り裂く。
痛みはない。 ただちからが抜ける。
ゴフっと、口から血が溢れた。
鷹城佐重樹の、その険のない表情に連理は動きを止めていた。
初めて会った時の見下す様な顔ではなく、先程までの狂気に染まったそれでもなく、何処か穏やかにも見える表情。
「………………ああ、キミか……。 まだ生きていたとはね。
いや、あの狐がいたのだからキミがいても可笑しくはないのか……」
「……今更正気に戻ったのかよ……」
「……さあね? 何処が正気で、何処までが狂気かは解らないが……神というのは存外ロマンチストなんだろう。 いや、合理主義者なのかな?」
そう言いながらスレイヤーの長は、いつの間にか倒れていた椅子を立て、そこに腰掛けた。
斬られた腹から内臓が零れているがそれに頓着する様子はない。 命に未練は在る。 心残りは消えやしない。
だが疾うに覚悟は決まっている。
「何を……言ってるんだ?」
「恐らくわたしは説明役を仰せつかったんだろうと言う事さ。 ……神という存在がいるなら、だけどね」
それは神と口にしながら、それでもそこに信心の欠片も見せずそう言った。
「……オレは急ぐんだけどな」
「キミと狐の話さ……。 聞きたまえ」
有無を言わせぬ『上司』の態度に思わず背筋が伸びる。
「……長くは付き合わないぞ」
「生意気な口を利くものだ……。 どの道長くはないさ」
苦笑しながら言う彼の言う『長く』は一体どちらの意味なのか。
「わたしがあの狐を連れてきた理由だよ。
見当が付くかい、今のキミの知識で?」
そう言われても解るはずもない。
今の連理の知る限りではオルトロス『シュラ』の受けた実験が脳裏に浮かぶが、それだって態々アレク所属のファンタズマを攫い、行うにはリスクが大きい。
もっとも、彼の与り知らぬところでその『リスク』を低減するはずの策が働いてはいたのだが。
「解らないだろう?
アレクはこの知識を広めていないからね」
そこまで言って鷹城はゆっくりと息を吸った。 腹から流れる血は止まらず、その顔色は酷く白い。
だから連理は言葉を挟まない。 彼の邪魔をしない。 ただ彼の声に耳を傾ける。
「ミュータントと魔物が共に命を落とした時、そこにテルムが生まれる。
そこに必要なのはキミだ。 キミの存在が不可欠だった」
「………………はっ? テルム?」
数瞬把握出来なかった言葉が浸透し、思い出したのは釣瓶落としのかつて言ったセリフだ。
――知っておっても知れせぬ様にしておる、という可能性はあるやも知れぬな。
そちら程の組織が只知らぬ、というのは道理に合わぬ――
つまりはそういう事なのだろうか?
アレクが知っていてもテルムを作らせない理由。 スレイヤーがテルムを作っている節があったという理由。
スレイヤーはミュータントを『作っている』。
人工的なハンターである『クリエイション』やここにいる鷹城佐重樹の様な『後天的デモノイーター』だ。
そして彼等の死は大抵魔物達を相手にしての事だ。
結果的に相対した者と共に死ぬ事もあるだろう。
「ただの失敗作からは大したテルムが生まれない事は判っている。 テルムの強さには元になった者たちの強さが必要なのさ……。
だからこその……キミだ」
一息吐く。
スレイヤーにも諜報に優れた者はいる。 連理が『普通ではない』ミュータントである事は知られているのだ。
「あの狐はキミを誘き寄せる為のエサであり、キミと共に死ぬ運命を持った、テルムを生む為の材料でもある訳だ」
鷹城佐重樹は死にかけた身体で、それでも毅然とした姿で連理を見た。
「それでもキミは……先に進むのかい?」
このテルムの生成理由こそがヘレティックとミュータントを分けた理由でも在ります。




